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更新日:2011/02/09 
 2011初蹴りフットサル&抽選会   2011.01.16 
初蹴りフットサル&抽選会  降雪中止の元旦サッカー大会代替え開催
・今年の元旦は記録的な降雪となり、中止を余儀なくされた元旦サッカーでしたが、その代替えとして1/16(日)に日吉津村農業者トレーニングセンターにて初蹴りフットサル&抽選会を開催しました。この日も外は吹雪でしたが、選手はもちろん保護者、OBなど多数の参加を頂きみなさんの協力を得て無事終了しました。これも一重にみなさまのご理解の賜物と感謝しています。ありがとうございました。また、セリオOBでサンフレッチェ広島所属の丸谷拓也くん(#28)からは参加出来ない中、サイン入りシューズ袋やサッカーシューズの提供を頂き、抽選会も盛り上がりました。
親子フットサル! 抽選会開始! 抽選会にて丸谷賞ゲット その1 抽選会にて丸谷賞ゲット その2
 2009元旦サッカー  〜毎年恒例の「元旦サッカー大会」で初蹴り!〜 2009.01.01 
 毎年恒例の「元旦サッカー大会」で初蹴り!  セリオOBの丸谷拓也選手(J1サンフレッチェ広島所属)も参加!
・毎年恒例となっている元旦サッカー大会が1月1日午前9:00から、雪の降り積もる中、現セリオメンバー(小1から中3年)50名、丸谷拓也選手をはじめとする高校・大学生のOB15名、一般のOB15名、指導者6名、保護者約50名、総勢136名の参加のもと、OB戦などが日吉津小学校グラウンドで行われました。
 開会式では、上場会長が「あいにくの天気にも関らず、たくさんのOB、保護者の参加を頂きありがとうございました。セリオが益々発展することを祈りながら、楽しい初蹴りにしましょう!」とあいさつ。そして、ジュニアユースの樋口キャプテンが「寒さに負けず、楽しみましょう!」と選手宣誓し、大会の幕が開きました。
 開会式後、選手・OB・指導者が雪の中をランニングし、「蚊屋島神社」への初詣を行い、2009年のセリオの飛躍を誓いました。
 初詣の後、早速、雪一面のグラウンドで丸谷選手を交えて紅白戦やOB戦が行われました。
 紅白戦では、子どもたちが寒さを吹っ飛ばそうと必死にボールを追いかけ、ゴールを目指しました。また、高校・大学生チーム対一般(現トゥリパーノメンバー含む)のOB戦では、久しぶりに会う仲間たちと談笑しながら、寒さも忘れ、ホットな戦いが繰り広げられました。一般チームも若いOBに負けない熱いハートで戦い、白熱した勝負となりましたが、雪のピッチ状態に苦しみ、残念ながら高校・大学生チームに敗れました。試合後は、早速来年の雪辱を誓っていました。
 その後、保護者に用意していただいたおにぎりやトン汁を食しながら、OB、保護者、指導者を交えて、セリオ時代や元旦サッカーの試合の話に花が咲き、楽しいひと時を過ごしました。また、小・中学生は憧れの丸谷選手からサインを貰ったり、握手したり、大きなお年玉に心を奪われていました。
 最後は、チームや指導者、丸谷選手から提供された約100の景品による大抽選会が行われ、抽選1回1回に一喜一憂。特に、丸谷選手の品では、盛り上がりは最高潮。そして、丸谷選手のサイン入りサッカーシューズを当てた長原くんは、「大きなお年玉です。宝物として大事にします。」と嬉しさを隠しきれない様子でした。
 2009年は、雪の中の初蹴りとなり親子サッカーが出来ませんでしたが、来年の良い天気を祈りつつ、来年も沢山のOBや保護者を迎えて初蹴りが盛大に行うことを誓い合い大会を終了しました。
 元旦サッカーに協力いただいた保護者、指導者の皆さん、寒い中準備等ありがとうございました。
                                                                〜鳥取セリオFC 代表 高田 直人〜
セリオOBであるサンフレッチェ広島所属の丸谷拓也選手が参加してくれました。 雪が降り積もる中、ジュニア紅白戦キックオフ! ジュニア紅白戦 その1
(丸谷選手参加)
ジュニア紅白戦 その2
(丸谷選手参加)
ジュニア紅白戦後、
丸谷選手を交えて記念撮影
ジュニア選手にサインする丸谷選手
サインして下さい・・・
高田監督と丸谷選手 OB戦の後、丸谷選手とトゥリパーノFCメンバーと記念撮影
抽選会で景品を渡す、丸谷選手
ちょっと緊張気味のセリオ選手達。
抽選会で景品を渡す、丸谷選手
握手して下さい...
丸谷選手とセリオのOB,指導者と記念撮影 丸谷選手とセリオのOB,指導者と記念撮影
 高田監督インタビュー 日本海新聞掲載!(2008.12.31日本海新聞掲載) 2008.12.31 
・我が鳥取セリオFCの高田直人監督が、Jリーガーを2年連続排出したクラブチームの監督として日本海新聞社にインタビューを受け、2008.12.31の日本海新聞に掲載されました。