春の小川」歌碑東京・渋谷
 高野辰之作詞の文部省唱歌「春の小川」の碑が、東京・代々木にあることは耳にしていたが、訪ねたことはなかった。今回、奥信濃に「朧月夜」のふるさとを訪ねたついでに、行ってみた。インターネットで調べたら、小田急線代々木八幡駅に近いことが判った。出かけたのは5月18日、天気は良過ぎて都心でも30度を越えた、という日だった。
 代々木八幡の駅で教えてもらった目標をたどって歩いたが、途中で判らなくなって、何度も尋ねてようやくたどり着いた。
場所は代々木5丁目65番地、代々木小公園に隣接し、小田急線沿いの道路脇に建っていた。「ここはかつて清らかな小川が流れ、黄色のかわいらしい‘こうほね´が咲いていたので、河骨川と呼ばれて……」と、渋谷区教育委員会の説明板に記してある。高野辰之はこの歌の発表された大正元年当時、現在の代々木3丁目に住んでいて、娘を連れてこのあたりまでよく散歩し、「春の小川」の作詞のイメージを得た所と言われる。小田急線の開通するはるか以前のことである。その河骨川も、東京オリンピックの区画整理の時に暗渠となった、埋められた河骨川の流れが、狭い道路になってその跡をとどめている。
 「高野辰之住居跡」の木標は代々木3丁目3番地にあって、これは小田急線参宮橋駅から5,6分、すぐにわかった。 


小林古径邸
「春の小川」歌碑(中央)。碑陰に「表面の碑詩は故博士の息女の書」と記されている。左手に渋谷区教委の説明板。後ろを通るのは小田急線
渋谷区教委の説明板↑
かつての河骨川は埋め立てられ、今は道路となっている。手前にあるのは下水のマンホール↑
「かつて清らかな小川が流れ」ていた当時のおもかげを、「永く後世に伝えるために」、と記された歌碑説明板の隣には、皮肉にも区のゴミ集積所が設置されているし↑、碑の背後の塀には、心無い落書きがあった→
↑代々木3丁目の通りにある「高野辰之住居跡」の標識→