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クローン病確立以前の歴史














































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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クローン病 > クローン病確立以前の歴史

アスクレピオス
アスクレピオス

Asklepios

(アスクレピオス)

 

紀元前600年というはるか昔、ギリシア神話に登場する名医アスクレピオスは腸疾患患者を診療していたとか。

それが本当だったとしても、そのころは医学というより呪術の様な物だったのかもしれません。

 

 

 

アルフレッド大王
アルフレッド大王

King Alfred

(アルフレッド大王)

 

849年生まれ、899年没

イングランド南西部・ウェセックス王国の王。

アルフレッド大王は食事によって苦痛と障害を引き起こす、現在のクローン病にも相当する病気を患っており、症状は快復することなく20歳の若き国王を苦しめました。

当時この病気は魔力によるもの、あるいは国王の不義による罰であると考えられていました。振り返ってみれば、この病気がクローン病であった可能性もあります。

 

モルガーニ
Dr. モルガーニ

Dr. Giovanni Battista Morgagni

(ジョバンニ・バチスタ・モルガーニ)

 

解剖学者、病理学者

1682年2月25日イタリア生まれ、1771年12月5日没。

現代解剖病理学の父と呼ばれており、肉芽腫全腸炎が最初に報告された症例とされています。

1760年代、モルガーニは痛みを伴う慢性の出血性下痢を発症した20才の男性患者に関する、肉芽腫全腸炎の臨床経過を解説しました。患者は回腸末端の穿孔により死亡し、これが現在確認されているクローン病症例の最初の報告であるとも考えられています。

 

Dr.バーグ
Dr. J.W. バーグ

Dr. John Wilhelm Berg (Johan Vilhelm Berg)

(ジョン・ウィルヘルム・バーグ)

 

1851年3月2日、スウェーデン・ストックホルム生まれ、1931年没。

1898年、スウェーデンのストックホルムにおいて症例を報告。

 

 

 

 


Dr. Antoni Lesniowski

(アントーニ・レスニオフスキー)

 

外科医。

ワルシャワにて医学を学び、1890年に博士号を取得。

1904年、ポーランドのワルシャワにおいて症例を報告。

1919年にワルシャワ(病院)の外科教授になり、1930年から

1931年まで、ワルシャワの医学部の学部長を務めました。

 


Dr. Thomas Kennedy Dalziel

(トーマス・ケネディ・ダルジール)

 

スコットランドの医師、T.ケネディ・ダルジールは、1913年10月25日の英国医師会ジャーナルにおいて、右側結腸と小腸末端部が厚くなるケースを含む9件の症例について解説、このうち6件の手術については成功しています。検死においては13人の患者の空腸、回腸、結腸に炎症が見られ、より詳細に炎症を調べると、この病気に特有の貫壁性炎症が明らかに見られましたが、原因を見つけるには至りませんでした。

 

ダルジールは、ドイツ人医師 ヨーネ ( Dr Heinrich Albert Johne )によって1895年に発表された、牛に発病するヨーネ病とこの病が類似していることに気がつきました。

ヨーネ病では、この徴候を引き起こす抗酸細菌またはバクテリアが見つかっているという点で、人間の患者にあらわれるこの病とは異なっていました。

 

彼は病気の病因を見つけることはできませんでしたが、この病気が今まさにこの世に現れようとしていることを完全に予想していました。

 

Dr.エリ・モシュコヴィッツ

Dr. エリ モシュコヴィッツ

Dr. Eli Moschcowitz (1879-1964)

(エリ・モシュコヴィッツ)

Dr. A. O. Wilensky

(A. O. ウィレンスキー)

 

1923年、ニューヨーク・マウントサイナイ病院の臨床医であり病理学者であるエリ・モシュコヴィッツとA. O.ウィレンスキーは、「腸の非特異性の肉芽腫」についてアメリカ医学界ジャーナルに病理学的に詳細な4人の症例を発表し、腸瘻をともなう肥厚な回腸末端部の非特異性肉芽腫の症例について解説しました。

その徴候は虫垂炎と似ており、炎症のパターンは腸結核特有の症状でした。

 

 

Dr. A.A.バーグ
Dr. A.A.バーグ

Dr. Albert A. Berg (1872-1950)

(アルバート・A・バーグ)

 

ニューヨーク生まれ。外科医。

マウントサイナイ病院において、腹部手術の革新者として全国的名声を得ていました。

 

1925年、A.A.バーグ博士はレオン・ギンズバーグとゴードン・オッペンハイマーがポールクレンペラー博士の研究所で働いている時、彼の助手であるレオン・ギンズバーグに腸の炎症性肉芽腫症の研究を実行するのを奨励しました。

A.A.バーグはクローン、ギンズバーグ、オッペンハイマーの一連の患者14人の執刀もしており、ギンズバーグにより担当患者全員の外科医として、共同執筆者として名を連ねるよう提案されました。しかし原稿の多くの部分について自ら書かない限り名前を連ねないことが彼の方針だったため、この提案を辞退しました。A.A.バーグがこれを受け入れ、著者がアルファベット順に並べられていれば、現在の「クローン病」は「バーグ病」と呼ばれていたかもしれません。

 

兄である伝染病専門医ヘンリー・W・バーグ(1858-1938)とともにマウントサイナイ病院にて月曜から土曜まで、及び日曜日でさえも熱心に働き、大晦日の深夜にも執刀をしたという仕事中毒タイプの外科医でした。他に3人の兄弟と3人の姉妹があり、生涯独身を通した二人の兄弟はニューヨークのタウンハウスで共同生活をしました。彼らが収集した貴重な版の英国/米国文学本や原稿は、1940年 ニューヨーク公立図書館に「バーグコレクション」として寄贈されています。

 

 

Drs. ギンズバーグ、オッペンハイマー

Drs. オッペンハイマー、クローン、ギンズバーグ

(レオン・ギンズバーグ)

(ゴードン・D・オッペンハイマー)

 

その後レオン・ギンズバーグとゴードン・オッペンハイマーは12人の類似した患者について、これらの患者が他のどの炎症性疾患とも異なることを示しました。彼らの業績は、バリル・バーナード・クローンが回腸末端炎について発表したのと同じ1932年5月にもアメリカ胃腸病学協会のミーティングで発表しています。このときオッペンハイマーは病理学研究所に勤務、ギンズバーグはA.A.バーグの助手として働いていました。

 

Dr. クレンペラー

Dr. クレンペラー

Dr. Paul Klemperer (1887-1964)

(ポール・クレンペラー)

 

1926年から1955まで、マウントサイナイ病院の病理学部長を務め、病理学的解剖の重要性を唱える。

1942年には膠原病を定義する。

 

 

 

 

Dr. クローン

Dr. クローン

Dr. Burrill Bernard Crohn (1884-1983)

(バリル・バーナード・クローン)

 

1930年、彼は2人の腸疾患患者の症例を提示しましたが、このときまでに2つのグループが別々の報告をしており、ポールクレンペラーの提案によって2つのグループは情報を結合し、最終的に1932年のアメリカ医師会にて3人の著者として発表しました。

その結果クローンたちの調査結果は大衆に受け入れられましたが、1913年に英国医学ジャーナルに発表したダルジールの論文は認知されませんでした。