地震予知研究の歴史と現状

上田 誠也

はじめに

 私は「地震予知」はほとんど無理だろうから、それに無駄なお金を使うのはバカげているなどと思いながら、東京大学の地震研究所に30年ほど勤めておりました。もっぱら別な研究をしていたのです。しかし、定年間近になって翻然と地震予知はできるかもしれないと思うに至ったのです。ですから、何十年も行われてきた地震予知研究において指導的立場にあったことなどはさらさらなく、標題の「地震予知研究の歴史と現状」についてもアンダーグラウンド的な私見にしかすぎません。ですがおそらくあまりまちがってはいないのではないかと思っておりますので、お話を申し上げることにいたします。
 まず、本日の話の概略を申し上げます。はじめは、地震学ABCでして、マグニチュードと震度とは違うということとか、地震はなぜ起こるのか、などの話です。そして本題の地震予知研究はどのように始まって、現状はどうなっているのか、今後はいかにあるべきかについての私見を申し上げましょう。

地震学ABC

 地震が起こるたびに、テレビではどこそこの震度は4とか3とかが出ます。そして「地震の規模を表すマグニチュードは4.6でした」などといいます。数値は似ていますが、震度とマグニチュードは全く違います。震度は揺れの激しさ、マグニチュードは地震の大きさです。わかりやすい例では、電灯の下での明るさ(ルクス)と電球の強さ(ワット数)のようなものです。電球の直下では明るくても遠くに離れると暗くなるのは当たり前ですね。地震一つに対してマグニチュードは一つですが、震度は震度計の数だけ出てきます。マグニチュード(Magnitude)と書くのは長たらしいので、以下では略号Mを用いましょう。
 参考までに申し上げると、ワールドトレードセンターが9・11のテロで倒れたときの地震?のMは3、先日の北朝鮮の核実験が4、広島型原爆が5くらい、兵庫県南部地震(以下では阪神大地震)、中越地震が7クラスでした。予想される東海地震は8クラス、先年のスマトラ沖大地震は9.3ぐらいでした。さらについでに申し上げますと、図1にみられるように、M4以上の地震数はものすごく多い。しかし5や6以上になるとぐっと減る。7以上はもっと減ります。Mの大きな地震は少ないのです。Mが1増えると頻度は約10分の1になります。一方、詳しいことは省略しますが、Mが1大きいと地震の発するエネルギーは約30倍になるのです。頻度は10分の1で、エネルギーは30倍。Mが2違うと頻度は100分の1、エネルギーは1000倍になる。つまり、地震のエネルギーは断然、少数の大地震がまかなっているのです。このような関係はいろいろな臨界現象にも見られるもので、地震もその一つであろうと思われます。

図1 1901年−2000年の100年間における地震分布(気象庁データ)

 では地震はなぜ起こるのでしょうか。それは断層が急激に動くことによってです。それによって、振動が起こり、大地が揺れるのです。阪神大地震のとき、淡路島の野島断層は1ないし2メートルずれました。では断層運動はいったいなぜ起こるのか。世界の地震は主として帯状の地域で起きています(図2)。皆さんはプレートテクトニクスという言葉を耳にされたことがおありでしょう。その考えによると、地球の表面は10個あまりのプレートに分かれています(図3)。プレートはそれぞれ動いていて、衝突したりずれたりして、その境界ではストレスが溜まります。そのストレスを解放するために断層が動いて地震が起きるのです。日本列島はそういうプレート境界にあるので、M6以上の地震が毎月平均一回くらいどこかで起きています
 ではなぜプレートが動くのでしょうか。簡単にいうと、プレート運動はマントル対流のあらわれです。マントルは固体ですが、ゆっくりゆっくりと流動しているのです。ではいったいなぜマントル対流が起こるのか。それは火の玉だった原始地球が今なお冷えつつあるからです。お味噌汁が冷えるときにお椀のなかに見える対流と同じようなことです。


図2 世界の地震分布

図3 世界のプレート分布(地震調査研究推進本部)


 さあ、これで地震がどこでなぜ起こるのか、究極的な? 答がわかったのです。では、もうそれで地震予知ができるでしょうか? それがそうはいかない。ある現象の意味が分かるということと予知ができるということはまるで違うのです。私たちは死ということの意味を一応は知っていますが、誰かがいつ死ぬのかを予知するのはいかにもむずかしい。
 私は東大卒業が1952年、定年が1990年ですが、その期間は偶然、地球科学に大革命が起きたときと一致します。大学卒業から定年までの間に大陸移動説が確立され、動くのは大陸ばかりではなく海底も動くということになって、プレートテクトニクスも確立されました。熱気に満ちた生きがいのある時期でした。しかし大革命が一段落してみると、その後は画期的な進歩は難しい。残り少ない研究人生、これ以上たいしたこともできまいと諦めかけたときに突然、ある偶然のきっかけで、地球科学の最後のフロンティアは、地震予知ではないかと思うに至ったのでした。

地震災害―人の死は戻らない

 地震被害のなかで、我々にとって最も深刻なのは人命の損失、すなわち死です。建物などは倒れればまた建て直せばいいけれど、人は死んだらおしまいです。ところで地震で命を失うのは大抵の場合、倒壊した建物の下敷きになるからです。阪神大震災では6400人の命が失われましたが、その90%以上はそのようにして亡くなったのだそうです(図4)。それは地震発生の数分以内で、いかなる行政判断も救援活動も始まる前だったのです。耐震建築の重要性がわかります。


図4 阪神大震災の犠牲者はどこで亡くなったか?

 ここでもう一つ大切なのは地震予知ではないでしょうか? 地震予知ができれば、人命は劇的に助かる。倒れる前に建物から飛び出す時間さえあれば命は助かるだろうことは、皆さん実感として納得なさるでしょう。耐震対策と短期予知の二本立てが重要なのです。耐震対策の方はそれなりに進んでいるように見えましたが、地震予知の方は長年の研究にもかかわらず、全くめどすら立っていないのみならず、誤った努力をしているようにさえ見えました。これが老いらくの身の転身のモチベーションでした。
 地震予知は基本的には三つの情報を含んでいなければなりません。「いつ」「どこで」「どのくらいのマグニチュード」の地震が起きるかということです。
 三つの情報のうちで、一番難しいのは「いつ」です。過去の統計が役立たないからです。
 問題とする時間スケールの長さによって、予知を長期、中期、短期(直前)などと分けることがあります。長期は、普通は10年以上の期間に関わることで、断層の地質調査や古文書の世界です。これは長期予測とはいえても、予知というのは羊頭狗肉ですね。中期は、今後数年間のことで、これには近年の地震・測地計測情報が役立てられています。しかし、これも私たちが自分の命をまもるためにはほとんど役に立ちません。役に立つのは(そして科学的にも、もっとも意味のあるのは)「短期予知」です。皆さんもそうお思いでしょうが、地震予知といえば「短期予知」のことを指すのが世の常識です。

地震予知―必要なのはイノベーション

 では「短期予知」はできるのか。少なくとも我が国ではできてはいません。そしてそれは当面「不可能」とされているのです
 それかあらぬか、近ごろ、緊急地震速報というシステムが話題になっています。たとえば、三陸沖で大地震が起きたとしましょう。震源に近い東北地方でいち早くそれを感知し、電波で、「東京には40秒後に大揺れがゆくぞ」などと知らせるのです。地震はすでに起きているのですから、これも地震予知とはいえませんが、大工場や精密機械の操業停止、新幹線や、高速走行車の減速、外科手術中の応急処置などには役立つでしょう。問題は、長い警告時間がとれるような遠方の地震では大きな被害は起きないので、そのような情報の必要はない。かといって近くでの大地震では警告時間は限りなくゼロに近くなってしまう。しかし、いきなり殴られるのと、ハッと身構えてぶん殴られるのでは違うという話もあり、なるほどとも思えます。
 本題に戻ります。簡単に結論から申しますと、我が国の地震予知計画は、地震観測網を充実しなければいけないということから始まりましたが、それを熱心に行っているうちにそれが主な仕事になってしまい、予知という本来の目的を見失ってきた。地震観測では起こった地震のことはわかりますが、これから起こる地震のことはそうわかるわけがないのです。そんなことは、はじめからわかっていたはずなのに、地震観測だけがとどまるところがない大事業になってしまいました。
 そのうちに阪神大震災が起こりました。もちろん予知はされませんでした。その犖果瓩箸い辰討いいどうかわかりませんが、地震予知、特に「短期予知は当面不可能」ということになり、その研究すら放棄することになってしまったのです。国民の安心・安全に関わるお国の方針にこの重大な変化があったことを国民の皆さんはほとんど知らない。皆さんもご存じないでしょう。国民の皆さんは「いまでも日本では地震短期・直前予知の研究を一生懸命やっている」と思っておいででしょうが、実はやっていないのです。憂慮すべき事態です。どこかの国のミサイル対策も重要だろうが、それは外交努力で何とかすべきこと。大地震は必ず来るし、止めようがないのです。
 私は、「短期予知はできるに違いない」と思います。地震はいわゆる複雑現象なので、一筋縄ではいかない相手ですが、それでも明らかな自然現象です。科学的手法によって予知・予測ができないはずはないのです。具体的には、まず何らかの前兆現象を捕まえなければなりますまい。何もなしの予知・予測は神がかりの占いの世界です。そして意味のある前兆現象は地震計だけをいくら並べても見つからなかったし、なかなか見つかりそうもないというのが長い経験の教えるところです。そうとなれば、「前兆現象は地震以外の現象に見られるのではないか」という可能性を探るのが科学の常道ではないでしょうか? 適当な例とはいえませんが、天気のいい日に雨がいつ降り出すかを予知するのには、雨量計ではだめで、湿度とか、温度とか、なにか別の物理量を測らねばなりますまい。これは素人にも、地震屋さんを含めて専門家にも納得のいくことだと思うのですが、どうもそれがそういうことにならないのです。ところで前兆現象は地震を起こす要因でなくて良いのです。いま仮に地震の前に地電流異常が発生するとしましょう。でも、地電流が地震を起こすとは考えられません。それは地震を起こす何かによって、直接・間接に発生すればいいのです。地震観測網に加えて、最近はGPS測地(ご存知のカーナビの精密版です)による地殻変動測地網の充実も目覚しく、大きな貢献をしていますが、それらでは地電流異常をとらえることはできません。大地震のまえに、深部低周波微動とか、ゆっくり地震、「前兆すべり(いまだに観測されたことはない)」とかが活発化するというようなことがあればいいのですから、地震・地殻変動監視も怠ってはなりませんが、他の分野の観測・研究もやらねばならないのです。
 では、どうしたらいいか。流行りの言葉でいうと、イノベーションです。ただしそれもなにかまるで新しいサイエンスをというのではなくて、虚心坦懐、はじめからわかっていることに戻ろう、科学の論理に戻ろうという「心を入れ換えていただく」イノベーションが絶対必要なのです。

国家計画としての地震予知研究

 以上のことをもうすこし詳しくお話しましょう。我が国の地震予知の組織的研究は1962年、いわゆるブループリントで始まりました。私の恩師、坪井忠二先生、和達清夫先生、萩原尊礼先生たちの提案です。プレートテクトニクスも、およそハイテクもなかった当時としては、科学の正道にのっとった先見性のあるものでした。それを予算化するにあたっては、まず地震の起き方を詳しく知るために、地震観測網の整備・充実に人員や予算を集中しました。当然ながら、これは予知研究を行うための必要条件でした。しかしそれは「短期予知」のために十分条件ではない。前兆検出のためには地殻変動監視が重視され、技術開発努力もされました。地下水、ガス放出、地磁気・地電流などは、「短期予知」への次のステップとして挙げられていました。ところが、ひとたび大規模な地震観測網の整備・充実をはじめると、それが目的化してしまい、それ以外は人員的にも予算にも刺身のツマになってしまったのです。別な言葉でいえば、研究が事業化してしまい、学問的活性がとぼしくなり、いつまでたっても進歩しないという事態になったのです。もちろん熱心な研究者も多く例外はありましたが、私などが属していた「地球観革命」の活気満々の世界から見ると、予知計画の皆さんは雑用に追われ、科学的緊張感の欠如した集団に見えました。しかし、10年、20年も同じことを続けているとさすがに外部の眼も厳しくなり、心ある当事者たちには焦りが出てくるようでした。
 阪神大地震も予知できなかったとあって、学会挙げての計画の見直しが図られました。草の根レベルでも真剣な議論が盛んに行われました。従来のやり方に対する批判・反省から出発しましたが、ほどなく「今後は前兆探しはやめて、地震現象の物理を理解することに重点を」という風潮が支配的になりました。これは次代をリードせんとする若い研究者たちの真摯な批判意見でしたし、その後成果も上がっています。しかし、その風潮の結果はだんだん思わぬ方向に進みました。それまでの予知計画では、実際には前述のように地震観測ばかりで、まともな短期予知の研究、すなわち前兆現象努力もしてきたことになっていたのですね。そういう「地震予知計画」を何十年続けてきたものですから、いまさらしてなかったとはいえず、「ついに前兆検知には成功しなかった。それは極めて困難であり、誰にもできないだろうから、当分はあきらめよう」という結論が出たのです。若い方々は前兆検知努力もろくに行われていなかったという現実をあまり認識されておらず、長年の虚報? を額面どおり受け取ったのかも知れません。しかしこれでは、地震予知計画はみなふっ飛んでしまいます。それでは困るので、「今後の地震予知研究では、従来の前兆探し的短期予知はあきらめて、基礎研究にもっと力を注ぐべきだ」という結論が出ました。これも良心的かつ反論しがたい結論に見えるし、当事者たちも正直そう思ったのでしょう。しかし、これは結果として、やってもこなかった架空の「従来の前兆探し的短期予知」に罪を押し付けて、短期予知研究をすべてやめてしまえという驚くべき風潮を正当化することになってしまったのです。そして実質的には基盤観測の名の下に、地震・地殻変動観測網整備・拡充のみをもっとやろうということになってしまった。かくて「短期予知は当分しなくてよいが、もっと予算がとれる」体制が確立しました。
 勿論、長期・中期予知については、それなりの研究が行われています。地震調査推進本部は、各地が30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を発表しています。しかし、どの地域に地震が多いかなどということは長年の先覚以来の研究で、すでにわかっていたことで、数値になっていなかっただけです。数値が出たのは結構ですが、30年以内に見舞われる確率ですから検証不可能です。30年たって、起こっていれば当たった、起こらなければ確率だから当たらなかった、というだけの話です。とても予知とはいえません。
 中期予知の場合は年限が短いから検証は可能です。そこでの基本戦略の一つは空白域(あるいはギャップ)という考えです。大きな地震の震源域を描いてみると(図5)、海溝に添って並んでいます。ある時期、そこに空白域ができると、次に起こるのはそこだろうと推測するわけです。1973年に私の先生が国会に呼ばれて「次の地震はここであろう」といったら、本当に1973年に根室半島沖地震が起こった。これは大成功だということになったのですが、それが塞がってしまうと、次はどこで起こるのかわからない。


図5 マグニチュードが7.5より大きい地震の震源域分布


図6 東海地震は短期予知の試金石

 図5の真ん中に「東海地震?」とあるのはもう一つの空白域です。この地域でも震源域は非常によく並んでいて、しかも100年から150年の間隔でほぼ同じ場所で繰り返し大地震が起こっています(図6の右図)。ところが1940年代の地震は一番東の部分で地震が起なかった。1976年に「これぞ次の地震」と石橋克彦さんが指摘したのが東海地震です。この地震は起きる前から名前が付けられた珍しい地震です。1979年以来、気象庁には判定会(地震防災対策 強化地域判定会)が設けられ、東海地域に設置された大観測網(歪計が約50、伸縮計が約10、傾斜計が約50)のデータを監視していますが、30年以上たっても問題の地震は起きていません。これから短期予知には成功するかもしれませんが、中期予知としては成功したとはいえません。
 問題は「短期予知」です。これも思ったようには行きません。アメリカの西海岸にはサン・アンドレアスという大断層があります。断層の上にパークフィールドという有名な場所があって、そこでは1857年に観測が始まって以来、ほぼ22年ごとに規則的にM6クラスの地震が起きてきました。幸い、ここは田舎で住民が3、40人しかいないので大惨事の心配はないのですが、地震学者たちは大観測網を敷いて手ぐすねひいて待っていました。すると小さな地震が起こり出したので、1985年にM6クラスの地震が5年以内に起こるだろうという予報を出しました。7年ほどたったころに、かなり大きな地震が起こり出したので、いよいよ72時間以内に6クラスが起こると予報を出した。しかし何も起きない。実際には12年後の2004年に起こったのです。「Long waited earthquake(みんなで待っていた地震が起きた)」といって喜びました。ですが、ここでは6クラスの地震がほぼ20年ごとに起きていたのですから、それが今回そうでなかったということで、私にいわせれば長期・中期・短期ともに失敗でした。1970年代には一時楽観論が盛んだったアメリカでは、このような失敗経験から、現在は悲観論に支配されています。中でも極端なロバート・ゲラー東京大学地震学教授は、「予知研究などやめてしまえ」と論陣を張っています。予知研究体制批判では私も彼の意見に理がなしとはしませんが、彼の地震予知不可能論は、いまではアメリカですら、ほとんど誰も相手にしなくなっています。それとは対照的に日本よりアメリカの影響の少ないロシアなど旧ソ連諸国、中国、ギリシャ、イタリア、フランス、メキシコ、トルコ、インドネシアなどでは悲観論はあっても、それに抗して活発かつまともな研究が進められています。悲観論が世界の大勢だというのは当たっていません。むしろ、アメリカが孤立しているのです。どこかの戦争をめぐる国際情勢のような雰囲気です。

「短期予知」

 では直前予知は本当にできないのか、できるのか。現状を申し上げると、すでに触れたように東海地震がM8以上であれば短期予知の可能性があるとして、気象庁は24時間体制で大観測網を敷いて監視しています。ひとたび警報が出た場合の種々の緊急対策をとるための法整備が必要であろうとして、大規模地震対策特別措置法(大震法)という法律も通りました。そういう意味で、東海地震は中期予知は失敗だったが、短期予知の試金石となっています。その根拠が全然ないわけではありません。1944年の東南海地震や1946年の南海地震の前年に、地殻変動が観測されているようなのです(図6の左図)。44年といえば終戦の前年、日本全土が猛爆撃にさらされていた最中に陸軍はその測定をしていたのです。東京大学の今村明恒先生の指示だったのです。この地震では、日本の航空機生産工場が壊滅したのですが、その前兆をとらえた観測結果は茂木清夫先生が1985年になって解析されたのです。また今村先生は、終戦の翌年の1946年にも次は南海とみて、紀伊半島での観測を努力されています。食うや食わずの時代に、こういう仕事をされた日本人は偉かったですね。もしかするとこれらは現代のキメ手たる「前兆すべり」だったのかも知れません。また起これば今の技術をもってすればリアルタイムで検知できるはずですから、起こるか起こらないかの試金石になっているわけです。難点は、異常がほんの一、二日前に起こり出したことです。何か起こりだしたときの判断は急を要します。「判定会」の皆さんにとっても試金石です。
 先年のスマトラ沖地震があまりにもすごかったためもあって、東海地震と南海地震が連鎖的に起こり、超弩級の大地震となるかもしれないなどという憶測もあります。短期予知は益々大事なのです。

阪神淡路大地震以後の基礎研究

 さきに申し上げたような事情によって、阪神大地震以後は、「短期予知」は放棄されたのに、さらに大きな予算がついて観測網を整備することになりました。現在では日本中に2000点もの地震観測点があって、世界中の地震学者がその恩恵に浴しています。また、GPSステーションも1000点以上もつくられ、日本の地面の動きがリアルタイムでわかるようになりました(図7)。夢のような話です。


図7 GPS観測による地殻変動速度(国土地理院)

 さらに、地震を起こす海溝の底まで穴を掘って状況を調べようと、深海掘削船がつくられました。57500トンの世界一の掘削船で、深海の海底下7000メートル下まで掘れる「ちきゅう」が近々実動します。昨今研究の主体となっている若い世代には、往時の雰囲気とは違う活気がみなぎっている感じです。
 以上のように研究は進んでいますが、「短期予知」研究は全く入っていないのです。人員、経費ともに全体計画の1%も満たないまでも重大な成果が期待できるのに、それはなぜでしょう? それは先ほどからのお国の方針に沿ってか、膨大な経費を運用する一種の産官学共同体ができて、純粋に科学の論理だけでは話が進まなくなってきたことではないかと思われます。必要に応じて深さ2000メートル以上の深い孔まで掘って高感度の地震計を1000個も設置するにも、巨船をつくるにも多額のお金が動くし、しかもその予算措置は官ですから、大きな産官学共同体の作業です。そこでは科学以外の論理も重要になるでしょう。それはそれで社会の発展過程の一つなのでしょうから全面否定はいたしませんが、地球科学の最後のフロンティアとも言うべき地震予知研究が、科学の論理主導では動きにくい体制になってしまったとした問題ではないでしょうか。反省すべきは研究体制なのです。

電磁気的方法とは

 神戸薬科大学の安岡由美さんたちは、彼らの研究の一環として大気中のラドン濃度を長年測定していました。大気中のラドンは地面の中から大気中に出てくる放射性のガスですが、その数値が阪神大震災の前に急激に上がったというのです。ラドン以外にも地下水位・成分・温度の変動などなど、非地震性の前兆現象は数多くあるのですが、地震予知の主流派はなるほどねというだけで、さっぱり乗ってこない。やはり地震・地殻変動以外の前兆現象には興味がないのですね。
 地震電磁気学はもっと研究者も多いし、事例も多いのですが、まあ似たような扱いを受けています。電磁気的な予知の発想は単純なことです。モノが壊れるときに電気が起き、光も出る。これは実験室で十分確認されています。壊れるときだけに起こったのでは地震の予知に役に立たないが、地震の前にもそういう現象があるのではないかということです。
 阪神大地震のときには、偶然、直流域からメガヘルツにわたるいろいろな周波数の電磁現象を何人かの人がモニターしていました。必ずしも地震予知を狙っていたわけではないのです。そうしたら、その多くが本震の数日前に異常を見出していたのです。観測された異常変動には地下の震源からのシグナルとおぼしいものと、震源域の上を通った人工電波の伝わり方の異常とがありました。これを契機として、みんなで「地震電磁気学」を進めようということになったのです。
 私がある日突然、地震予知は可能かもしれないと思ったのは、VAN法というものに出会ったからでした。1984年のことでした。VAN法は、Varotsos、Alexopoulos、Nomicosという三人のギリシャの物理学者たちが始めた方法で、3人の頭文字をとって名づけられました。地中に流れる電流を連続的に多地点で測っていると地震の前に信号が出て、震源もMも発生時期も大体分かるというのです。この方式は実証的にも理論的にも世界で一番進んでいる方法だと思います。成功基準は、時期は数時間から一カ月、震央位置は100キロメートル以内、Mは0.7以内です。ギリシャのM5以上の地震について、1980年代ですでに成功率、警告率はともに60%くらいでした。Mのもっと大きな地震については、さらに確率は高くなります。私は劇的な成功の瞬間を現地で何度か目撃しました。
 ところが、当時この方法を評価したのは私くらいでした。私がある国際学術誌の編集者になったときに、「とても信ずることのできない内容の投稿論文」として扱われていたのを検討してみて、「これは出版の価値あり」として掲載を決めたのでした。偶然のめぐり合わせです。しかし、その後も、VAN法はギリシャでも世界でも広くは評価されておりません。彼らの論文がいつも読みにくいのは事実で、なかなか読む人がいないせいもありますが、地震予知関係者はまったく関心を払わないどころか、そのようなことは不可能で、素人仕事だというのです(彼らは地震学者でない!)。しかし、私は彼らを研究者としても、人間としても信用しています。

地震総合フロンティア計画

 阪神大地震の後、我が国の地震予知研究をどう進めるかについての模索の途中で、何人かの理解者のおかげで、科学技術庁(当時)が「地震総合フロンティア計画」なるものを立ち上げ、理化学研究所に地電流・地磁気観測を中心とした研究のために資金を出してくれることになりました。電波伝搬異常の研究に対しても宇宙開発事業団(当時)に資金を出してくれました。私どもは大いに感激して、同志を募って、東海大学を拠点として理化学研究所のプロジェクトを担当しました。北海道から沖縄まで、日本中にたくさんの観測点をつくって、馬車馬のように働いたのです。


図8 地電流異常観測例:岩手地震(M=6.1, D=9.6km:Sept. 3, 1998)


 図8は紙面の都合でお眼にかけられるほんの一例です。岩手山麓で観測網を張っていたら、ある日突然、すごい信号が出てその二週間後にM6の地震が起きました。これはおそらく前兆だったと思います。
 2000年の三宅島の噴火のときには、伊豆諸島海域に大規模な群発地震活動が起きました。我々はその二年半前から新島に観測点をもっていましたが、何の異常も起きていなかった。ところが2000年の四月末から急に変動を示し出したのです。ほぼ同時に伊豆半島での地磁気変動にも異常が始まりました。噴火や群発地震が始まる二ヶ月前のことでした。他にもこのような事例がたくさん出ています。VAN法は荒唐無稽な話ではなかったのです。
 これらのことから電磁気的地震予知は案外うまくいくかもしれないぞと張り切って、国際的な外部評価委員会に評価を受けたのですが、時すでに遅く、その前に「短期予知は不可能」というお国の基本方針が決定しており、我々の計画は止められてしまいました。「評価がこんなに高いのにどうして継続できないのか」と担当官にきくと、「問答無用。あれは科学的評価。我々は政治的評価をする」とのことでした。これは我が国の評価システムの汚点となる事件だったと思います。さて、そうなると、全国に四十数点つくった観測点は片端からつぶされ、定職をなげうって各地からはせ参じた同士たちも失職、いまや、我々は残党になってしまいました。

地震電磁気研究の現状

 電気通信大学の早川正士教授を中心にして進められていた宇宙開発事業団でのプロジェクトも我々と同じ運命でした。いまやお国の予算は文字どおりゼロです。一般に研究者は競争的な科学研究費に応募して評価に通れば、研究資金を受けられるのですが、現在、文部科学省の募集項目には明示的に「地震予知」としたものはないのです。これも驚くべきことではないでしょうか?これでは「研究するな」というようなものです。しかし、我々は研究を放棄してはいません。ほとんどがボランティアみたいなものですが、若い学生さんたちは貴重な戦力ですし、活発な国際共同研究や国際会議もやっています。
 地電流を測るVAN法は直流的なものですが、ULF(超低周波)の地磁気変化や、VLF(数キロヘルツ)の信号を捕らえたという研究者もいます。一方、電波伝播の異常も盛んに研究されていて、実験的予知すら実行されています(図9)。電波伝搬の異常はとりもなおさず、震源上空の大気圏・電離圏の異常を意味するわけですから、世界的にも、電波物理学や電信工学の専門家たちが研究をリードしています。台湾の研究者は、電離層の電子密度の日変化が地震の前だけは起きないことを示したし、フランスでは、電離層が変化するのなら人工衛星で空から見たらいいというので、Detection of Electro-Magnetic Emissions Transmitted from Earthquake Regions(地震から出てきた電磁放射を検出しよう)を略した「DEMETER」という人工衛星を2004年に打ち上げました。現在、日本の有志たちも参加してそのデータを検討しており、有意義な結果が出つつあります。人工衛星による地震電磁気研究はソ連が草分けなのですが、ソ連崩壊をうけてフランスが引き受けた。旧ソ連圏諸国、スエーデン、ポーランドでも復活していますし、中国、メキシコ、トルコも計画を進めています。悲観論に抗して、アメリカでは民間研究グループがQuakesat衛星を打ち上げました。
 信じられないことですが、フランスが「DEMETER」衛星を打ち上げる前に、日本の上を通るときにデータを地上に吐き出すから受信してくれないか打診してきましたが、我が宇宙開発事業団は「オールジャパンとしては足並みが揃ってないから」との理由から断わったのだそうです。フランスは自国にはほとんど地震もないのに衛星を上げ、地震国日本はそれに協力もしない。これは一体どうしたことなのでしょう?

図9 各種の地震電磁気異常の観測

 地震電磁気学的手法については問題がないわけではありません。もう時間もなく詳しいことは申し上げられませんが、問題は山積です。だからこそ研究、それも「基礎研究」が必要なのです。そもそもどうして地震の前に信号がでるのか? なぜ地震の前に信号が出て、地震のときには観測されないのか? 実験室的検討が決定的に不足しています。また、どうして地下から高周波の変動が減衰せずに出て来られるのか?さらにもっと大規模な問題としては、地震の前になぜ100キロメートルも上空の電離層まで変化するのか?有望なモデルや仮説は提出されてはいますが解決はしていません。
 最後にちょっと面白いと思うことを一つ。電磁気現象は単に前兆だけではなく、それ自体が地震を誘発しないのかということです。もしそうだとしたら、それは地震制御につながるかもしれません。昔の日本人はナマズを料亭にまねいてご馳走や美酒を振舞って暴れないようにさせるという賢明な? ことをやっていた。ロシア人も、そのようなことを考えました。その当時はソ連領だったキルギスの天山山脈で2.8キロアンペアもの電流を地下に流し込む実験をしたのです。日本では100アンペアも地中に電流を流せば文句が出るでしょう。幸い、人跡まれなところであったからできたのかもしれません。百十何回も実験を重ねたのでかなり信用できるのですが、翌々日くらいから地震が増え、数日のうちに収まる。そして流した電流のエネルギーよりも、地震のエネルギーのほうが100万倍も大きかった。ですから、電流が地震を起こしたのではなくて、電流が刺激して溜まったストレスが出るような仕掛けがあるらしいという結論になりました。そうなると、我が国でも東京大地震あるいは東海大地震の前に、ナマズを手なずける方法がないかと期待できるわけです。予知は実験できないが、制御なら実験可能です。実験物理学者たちは、M8の地震をM5の地震に分けて起こさせるとかの実験に乗り出すかもしれません。もしかすると、制御のほうが早いかもしれませんね。

ラストメッセージ

 「地震短期予知」は容易ではないが、不老不死の薬や永久機関をつくるのとは違い、普通の意味の科学的作業です。科学の正道を歩みさえすれば成功は射程内にあります。しかし、これには今の研究不在体制を変えるイノベーションが絶対必要です。さもなくば、それこそ当分は無理でしょう。私は地震観測をするなといっているのではありません。それも重要だが、人員と予算の1%でも「短期予知」に投じてはといっているのです。爆発的な人口増加・経済発展の期待されるアジア・中東・中南米諸地域には大地震が多いのですから、「短期地震予知」はこれらの地域の住民にも大きな安心・安全をもたらすに違いありません。それは我が国が成すべき、かつ成し得る最大級の国際貢献ではないでしょうか。時間になりました。ご清聴有難うございました。

(日本学士院会員・東京大学名誉教授・東大・理・昭27)
(本稿は平成19年3月9日夕食会における講演の要旨であります)


Source: 地震予知研究の歴史と現状(学士会会報 2007-IV No.865)

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