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みんなで輪(車座)になって、
ともに呼吸しながら、
沈黙の内に座り、
そこから起きるべきことが、
起きるべくして自然に起きてゆく…。
スティルネス・センタード
沈黙中心のアプローチ
この自然発生的で、ややヒプノティックな雰囲気は、
座房が提供するすべてのワークやセッションにおいて、
その底流となり、また、その隅々にまで浸透している質です。
そこからすべてが生起し
そこにすべてが還ってゆく
ときに、「システミック・コンステレーション」と呼ばれる、
見て聞いて感じるためのアプローチによって、
語られたイシュー(問題、課題、テーマなど)の背景にある、
遠い過去からの記憶に由来する関係性の「もつれ」が明らかにされ、
それまで除外されてきた人物や心情といったエネルギー情報体が、
ふたたび敬意をもって迎え入れられることにより、
そこに和解と解決がもたらされます。
尊重が愛の発露となり
その自然な流れが
癒しをもたらす
そして、座房のワークやセッションにおいては、
まずはもっと基本的で大切なこととして、
それがどれほど苦痛に満ちた悲惨なものであったとしても、
あるがままの現実をあるがままに直視し、
それを受け止めることができるためのリソースである、
瞑想的な質の広がりをサポートしてゆきます。
あるがままに見て感じる
ただ聞かせていただく
なぜなら、日々の暮らしの中で、
「ここぞ」という正念場において助けとなり、
ほんとうの意味で生きる力となるのは、
受容的で開かれた愛の質をともなうある種の「静けさ」とともに、
あるがままの生をやわらかなまなざしでもって直視し、
それをあたたかく受け止めることができる、
「見る者」ないし「聞き手」としての瞑想的な「在り方」だからです。
見ることと聞くことの
感じることの
アート
アタマを空っぽにして、
ハートを感じやすく開いたまま、
お互いのハラとハラとで直に感じ合い、
沈黙にもくつろいで耳を澄まし、あるいはまた、
他の誰かから発せられることばや動きを注意深く見聞きし、
さらに、この身体の内側でうごめき、ざわめいている、
この何とも言えないフィーリングやセンスを十分に感じながら、
それらが瞑想的な気づきの光をさらに明るく輝かせる機縁となって、
エゴの巧妙な戦略を見抜くより強力で繊細な「見る力」が自然に高まってゆくことにより、
これまで「これが自分だ!」と思い込んでいた、そう、同一化してしまっていた、
「人格」と呼ばれるエネルギー情報体からの脱同一化が促進され、
いまでは古くて役に立たなくなってしまった「アイデンティティ(牢獄)」からの、
解放(手放し)によるクリーニング(浄化)と癒しが起きてゆくことで、
アタマからハート、ハートからハラへと深く根づいてゆき、
ハラの向くまま、ハラのペースで生きてゆくことが可能となります。
そうなってはじめて…
伸び広がる意識として
いまここに在りながら
くつろいでいられる
座房が提供する「インナーチャイルド・ケアワーク」は、
このために開発されたセルフ・ケアのメソッドで、
できるだけはやく、セラピーやカウンセリングなどから、
自立していただけるようにデザインされており、
ときに、「ハラのムシ(潜在意識)のケア」と呼ぶことや、
単に、「ハラ(の)ケア」などと呼ぶこともあり、
「ハート瞑想」や「タッチング」、あるいは上述した、
「システミック・コンステレーション」というワークでさえ、
この「インナーチャイルド・ケアワーク」のために行なわれる…と、
そのように言っても、けっして過言ではないでしょう。
この生にゆったりとくつろぐことができ、
のびやかに楽しむことができるための質や力が、
自ずから発現してゆくという、
この不可思議な「ご縁の座」へのご参集を、
こころよりお待ちしております。
記:高落 伸(たかむら しん)2006/12/03(2010/04/25加筆訂正)
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