Monsieur Bach, 1973
STIL 1805SAN73

ケネス・ギルバートのハープシコードによる
ブルージュ-ビランクールのユベール・ベダール工房にて

 1969年、スコット・ロスが亡くなってから8日後、フランス文化における『音楽会の肖像』と題されたマルティン・カウフマンのインタビューに答えて、ケネス・ギルバートは、スコット・ロスとの最初の出会いについてこのように語ってくれた(*)。『ユベール・ベダールがパリ音楽院に作った2番目の工房でのことでした。スコットは17歳だったと思いますが、あるいは16歳だったのかもしれません。... そういったものの一つでした。それらはごく稀なもので、復元された楽器、つまり古い楽器とやっていくために必要なものを最初からつかむようなものでした。(ユベール・ベダールは)いろいろな面で、非常に励ましました。それから、この小さな歴史のために、言っておく必要があります。スコット・ロスの最初のレコードは、『バッハ殿』と名付けられた、きわめて共感に満ちたものですが、ユベール・ベダールの工房で録音されたのです。その工房はパリの音楽院のものではなく、ブルージュにあった個人的な工房です。録音はかなり危険な状況でなされたんです。スコットは楽器を1台も持っていなくて、私のコレクションの中の1台で、夏の間練習するためにニースで彼に貸し出していた楽器を使用したがっていました。これはちょっと信じ難い話じゃないでしょうか? ... 私は今日、彼にハープシコードを貸したと言うことができて嬉しく思います。この楽器を知り尽くした後で、彼が自分の最初のレコードを作るときに希望したのはこの楽器だったのです。ブルージュのユベール・ベダールの工房の中でいったい何がなされたのでしょうか?それはこのレコードのどこにも表示されていませんが、事実はこの中にあるのです。』

→Top of this page HOME

ニース古楽学会雑誌1991年第3号 (バロック音楽の話題の特集号であり、スコット・ロスへのオマージュ)149-150

編集記録:バッハ殿、1973年初発売、LPレコード、33回転、Stilレーベル 1805 S 73

表紙30 cm のオリジナル・アルバム・ジャケットの再現。スコット・ロスによって「選ばれた」ハープシコードは、実際にはケネス・ギルバートの所有物であった。ハンス・モエルマンス作、アントワープ 1640年と記された楽器に基づく、ウィリアム・ポスト-ロスによる1970年ボストンにおける複製楽器。

→Top of this page HOME

HOME