<課題>携帯電話
タイトル:どこかしらある場所
   作者:HATO

 <登場人物>
 津川圭司(18)浪人生
 相川ヨシミ(10)圭司の隣人
 志村あけみ(19)圭司のアルバイト仲間


○坂道(夕)
   セミの声が遠くに近くに聞こえてくる。
圭司の声「猛暑の続くその年の夏、僕の住む
 町では放火が相次いでいた」
  陽炎に揺れて自動車教習所の送迎バスが
  上ってくる。やがてバスが停まり、昇降
  口が開き、降りてくる相川ヨシミ(10)
  と乗り込む津川圭司(18)。
  お互いにチラリと目を交わす。

○走る自動車教習所の送迎バスの中
  乗客の「あれ、火事じゃねえか」の声で
  他の乗客が一斉に窓にへばりつく。
圭司「(窓の外の燃える家を見つめている)」  

○アパート・裏庭(朝)
  六畳ほどの庭木に囲まれた芝生の庭。
  陽射しを浴び顎を伝う汗を拭いながら芝
  生を刈っている圭司。
  アパートの二階の部屋の窓から遠くを見
  ているヨシミ。
圭司「いたの?…何か見える?」
ヨシミ「(遠くを見たまま)黒い煙が見える。
 家が燃えてる」
  圭司、庭木を分けて眼下に広がる町並み
  を見る。
圭司「ひどいな…」
ヨシミ「日記に書けそう」
圭司「…(顎の汗を拭う)」

○高校・プール
  ザバン!とプールに飛び込む圭司。
  プールサイドで仰向けで寝ているヨシミ。
  プハッ、と水面から顔を出す圭司。
圭司「泳がない?気持ちいいよ」
  腕を上げて宙に絵を描くヨシミ。
ヨシミ「…頭の中だとうまく描けるのに」
圭司「『8月20日、晴れ。同じアパートに
 住む浪人生に連れられてプールで泳ぐ。
 陽射しはきつく、音もなく吹く風が水面を
 なでている』どう?」
ヨシミ「絵日記なのよね」
圭司「…そう(と、潜る)」

○走るバスの中(夕)
  窓の外は暮れ始めている。
ヨシミ「よかったの?プール?」
圭司「実はビビってた。卒業生だからって
 使っていいことはないからね」
ヨシミ「それでずっと潜ってたんだ」
圭司「ケケケ、バレてた?」
  頬を窓に当てるヨシミ。
圭司「昨日、教習所のバスに乗ってたね」
ヨシミ「あれいいよ。お金いらないし、暇つ
 ぶしにいい…ああ、冷たくて気持ちいい」
  圭司、夕陽にあたるヨシミの横顔を見つ
  める。そしてボタンを押す。
ヨシミ「え、もう?」
圭司「頭で考えてもお金は増えないからね
 (と、ヨシミに二百二十円を渡す)」  
ヨシミ「それぐらいある」
圭司「誘ったのは俺だからさ」
  バスが停まり降りていく圭司。
ヨシミ「(ポツリと)8月3日、晴れ。初潮
 ってやつが来た。…血は水に浮かないこ
 とを知った」

○ファミリーレストラン・内(夜)
  窓の外は雷をともなった激しい雨。
  テーブルを片付けている圭司。
  バイト仲間の志村あけみ(19)が来る。
あけみ「手伝う」
圭司「サンキュ」
あけみ「今日も教習所のバスで来たの?」
圭司「バレてた?」
あけみ「貧乏人の知恵ね」
圭司「ほっとけ」
あけみ「でも津川君ちのアパートには避雷針
 あるんでしょう?」
  激しい雷が鳴る。
あけみ「(上目遣いで)あたしんちないんだ」
圭司「…」

○アパート・裏庭(朝)
    芝生を刈っているヨシミ。

○同・圭司の部屋・内
   裸のまま窓に腰掛けて庭を見ている圭司。
   窓からの陽射しで目を覚ますあけみ。
あけみ「(バックから煙草を取り出して吸う)
 何か見えるの?」
  外を見つめたままの圭司。
  あけみ、裸のまま窓の外を覗く。
  ヨシミが二人を見上げる。
圭司「よう」
  ヨシミ、無視して芝を刈る。
あけみ「愛想のない子」
圭司「(今気づいたように)け、けっこうキ
 ツイ作業だから」
  鎌で指を切ってしまうヨシミ。
ヨシミ「クソッ」
  携帯電話の鳴る音。
圭司「君の?」
あけみ「私のは切ってある」
  圭司、壁を見る。
圭司「(ヨシミに)電話鳴ってるよ」
  ヨシミ、切った親指をくわえて、
ヨシミ「投げてくんない」

○同・ヨシミの部屋・内
   机の鉛筆たてに入っている携帯電話。

○同・裏庭
  ヨシミの部屋の窓から携帯を投げる圭司。
  落ちた携帯を拾うヨシミ。
ヨシミ「もしもし…うん。わかった(と、
 電話を切って庭から出て行く)」  

○圭司の部屋・内(夕)
  あけみが服に着替えている。
  シャツのボタンをはめながら窓の外を
  見ている圭司。眼下に広がる町並みから
  黒い煙が立ち昇り家が燃えている。
圭司「…(釦がなかなかはめられない)」
  隣の部屋から女の喘ぎ声が聞こえてくる。
あけみ「やだあ、あの子の部屋?」
圭司「ああ、しょっちゅうだよ」
あけみ「…やね、フフフ」
圭司「さあ、行こうか」
 
○走る自動車教習所の送迎バスの中
  消防車が唸りをあげて通り過ぎていく。
  窓に斜めにもたれて座っているヨシミ。
  携帯電話が鳴る。
携帯からの声「(母親)もういいよ、帰って
 きても」
ヨシミ「…・うん」

○送迎バス停留所
  送迎バスが停まり降りてくるヨシミ。
  乗り込むあけみ。立ち尽くしている圭司。
あけみ「(乗らない圭司に)どうしたの?」
  圭司、歩き出す。
あけみ「ちょっと(扉が閉まり走り出すバス)」

○道
  ヨシミの後をつけている圭司。
ヨシミ「(立ち止まって)なに?」
圭司「うちに帰るの?」
ヨシミ「そうだけど」
圭司「ちょっと寄ってかない?」
 
○境内(夜)
   参道を挟んで立ち並ぶ屋台。
   行き交う人々の群れ。
   綿菓子を食べて歩いているヨシミと圭司。
ヨシミ「…・あの人、恋人?」
圭司「そんな面倒臭くない」
ヨシミ「そう…ちょっと来て(と、圭司の手
  を引っ張っていく)」

○神社の裏手の森の中
   圭司の手を引いて歩いているヨシミ。
圭司「わぁ、懐かしいなあ。昔、良くここへ
 甲虫を取りに来たんだよ」
ヨシミ「甲虫じゃないよ。きれいな湖に連れ
 てってあげる」
圭司「湖?この森の中に?」
ヨシミ「(嬉しそうに)昔ね、パパが湖に連
 れてってくれたんだ。そこに行くの」
圭司「あるの?」
ヨシミ「期待してて」
  歩くヨシミと圭司。
圭司「見つからないね」
ヨシミ「そんなことない。私、日記に書くこ
 とないから一年の時の日記を写してたんだ。
 そこにちゃんと描いてあったんだもん」
  二人は歩きつづけ、屋台の明かりが届か
  ないところまで来ている。
  ヨシミ、マッチを取り出して火を点ける。
  ヨシミの携帯電話が鳴る。
圭司「ねえ、もう帰ろう」
ヨシミ「ヤダ、絶対にあるんだから。パパと
 行ったんだから!」
圭司「お母さん心配してるよ」
  ヨシミ、石を投げ始める。
圭司「もう、帰ろうよ」
ヨシミ「投げて、石拾って投げて、湖だった
 ら水の音がするから!」
圭司の声「僕は知ってる。この森に湖なん
 かないことを」
  圭司、それでも石を拾って投げ始める。
  必死に石を投げているヨシミ。
圭司の声「・・・彼女はずっとありもしない
 事をあった事のように日記に綴り、そして
 全てがもう焼き尽くされて何も残らない家
 をうっとり眺めている。僕は陽が昇る前に、
 森が陽射しに包まれる前に何とかしなけれ
 ばと思った。彼女が燃える家の住人になっ
 てしまう」
  圭司、大きな石を拾ってヨシミの背後に
  近づき、振り落とす。
  ×      ×         ×
  日は昇り、辺りは明るく梢を通して大地
  に降り注ぐ陽射し。見渡す限り湖はない。
  
○送迎バスの中(夕)
   窓の外を見ている圭司。
圭司の声「あの石は思ってもみなかった人を
  好きになった僕の罪の意識のぎりぎりの
  選択だった。あれ以来、町に火事は消えた。
  森で死体が見つかったという話も聞かない。
  そして僕はときどき全てを焼き尽くす火を
  見たくなる」
   ×   ×   ×
   暗闇の中、携帯電話の鳴る音が響く。
   そしてマッチの火が灯る。    
                 
                 (終)  

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