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萩原朔太郎 詩一覧

『萩原朔太郎全集』(筑摩書房)による。題名と冒頭を示した。
・一部を除き、旧字体、異字体は新字体に置き換えた。
・フリガナは《》でくくった。
・「くの字点」は斜体で示した。下線部は傍点つき。

『月に吠える』

竹とその哀傷

地面の底の病気の顔(地面の底に顔があらはれ、)
草の茎(冬のさむさに、)
竹(ますぐなるもの地面に生え、)
竹(光る地面に竹が生え、)
すえたる菊(その菊は醋え、) *『蝶を夢む』再録時には「酢えたる菊」に改題。
亀(林あり、/沼あり、)
笛(あふげば高き松が枝に琴かけ鳴らす、)
冬(つみとがのしるし天にあらはれ、)
天井縊死(遠夜に光る松の葉に、)
卵(いと高き梢にありて、)

雲雀料理

感傷の手(わが性のせんちめんたる、)
山居(八月は祈祷、)
苗(苗は青空に光り、)
殺人事件(とほい空でぴすとるが鳴る。)
盆景(春夏すぎて手は琥珀、)
雲雀料理(ささげまつるゆふべの愛餐、)
掌上の種(われは手のうへに土を盛り、)
天景(しづかにきしれ四輪馬車、)
焦心(霜ふりてすこしつめたき朝を、)

悲しい月夜

かなしい遠景(かなしい薄暮になれば、)
悲しい月夜(ぬすつと犬めが、)
死(みつめる土地《つち》の底から、)
危険な散歩(春になつて、/おれは新らしい靴のうらにごむをつけた、)
酒精中毒者の死(あふむきに死んでゐる酒精中毒者《よつぱらひ》の、)
干からびた犯罪(どこから犯人は逃走した?)
蛙の死(蛙が殺された、)

くさつた蛤

内部に居る人が畸形な病人に見える理由(わたしは窓かけのれいすのかげに立つて居ります、)
椅子(椅子の下にねむれるひとは、)
春夜(浅蜊のやうなもの、)
ばくてりやの世界(ばくてりやの足、)
およぐひと(およぐひとのからだはななめにのびる、)
ありあけ(ながい疾患のいたみから、)
猫(まつくろけの猫が二疋、)
貝(つめたきもの生れ、)
麦畑の一隅にて(まつ正直の心をもつて、)
陽春(ああ、春は遠くからけぶつて来る、)
くさつた蛤(半身は砂のなかにうもれてゐて、)
春の実体(かずかぎりもしれぬ虫けらの卵にて、)
贈物にそへて(兵隊どもの列の中には、)

さびしい情欲

愛憐(きつと可愛いかたい歯で、)
恋を恋する人(わたしはくちびるにべにをぬつて、)
五月の貴公子(若草の上をあるいてゐるとき、)
白い月(はげしいむし歯のいたみから、)
肖像(あいつはいつも歪んだ顔をして、)
さびしい人格(さびしい人格が私の友を呼ぶ、)

見知らぬ犬

見しらぬ犬(この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、)
青樹の梢をあふぎて(まづしい、さみしい町の裏通りで、)
蛙よ(蛙よ、/青いすすきやよしの生えてる中で、)
山に登る(山の山頂にきれいな草むらがある、)
海水旅館(赤松の林をこえて、)
孤独(田舎の白つぽい道ばたで、)
白い共同椅子(森の中の小径にそうて、)
田舎を恐る(わたしは田舎をおそれる、)

長詩二篇

雲雀の巣(おれはよにも悲しい心を抱いて故郷《ふるさと》の河原を歩いた。)
笛(子供は笛が欲しかつた。)


『青猫』

幻の寝室

薄暮の部屋(つかれた心臓は夜をよく眠る)
寝台を求む(どこに私たちの悲しい寝台があるか)
沖を眺望する(ここの海岸には草も生えない)
強い腕に抱かる(風にふかれる葦のやうに)
群衆の中を求めて歩く(私はいつも都会をもとめる)
その手は菓子である(そのじつにかはゆらしい むつくりとした工合はどうだ)
青猫(この美しい都会を愛するのはよいことだ)
月夜(重たいおほきな羽をばたばたして) *『蝶を夢む』再録時に「騒擾」と改題。ただし、『定本青猫』では「月夜」。
春の感情(ふらんすからくる煙草のやにのにほひのやうだ)
野原に寝る(この感情の伸びてゆくありさま)
蠅の唱歌(春はどこまできたか)
恐ろしく憂鬱なる(こんもりとした森の木立のなかで)

憂鬱なる桜

憂鬱なる花見(憂鬱なる桜が遠くからにほひはじめた)
夢にみる空家の庭の秘密(その空家の庭に生えこむものは松の木の類)
黒い風琴(おるがんをお弾きなさい 女のひとよ)
憂鬱の川辺(川辺で鳴つてゐる)
仏の見たる幻想の世界(花やかな月夜である)
鶏(しののめきたるまへ)

さびしい青猫

みじめな街灯(雨のひどくふつてる中で)
恐ろしい山(恐ろしい山の相貌《すがた》をみた)
題のない歌(南洋の日にやけた裸か女のやうに)
艶めかしい墓場(風は柳を吹いてゐます)
くづれる肉体(蝙蝠のむらがつてゐる野原の中で)
鴉毛の婦人(やさしい鴉毛の婦人よ)
緑色の笛(この黄昏の野原のなかを)
寄生蟹のうた(潮みづのつめたくながれて)
かなしい囚人(かれらは青ざめたしやつぽをかぶり)
猫柳(つめたく青ざめた顔のうへに)
憂鬱な風景(猫のやうに憂鬱な景色である)
野鼠(どこに私らの幸福があるのだらう)
五月の死びと(この生づくりにされたからだは)
輪廻と転生(地獄の鬼がまはす車のやうに)
さびしい来歴(むくむくと肥えふとつて)

閑雅な食欲

怠惰の暦(いくつかの季節はすぎ)
閑雅な食欲(松林の中を歩いて)
馬車の中で(馬車の中で/私はすやすやと眠つてしまつた。)
青空(このながい煙突は)
最も原始的な情緒(この密林の奥ふかくに)
天候と思想(書生は陰気な寝台から)
笛の音のする里へ行かうよ(俥に乗つてはしつて行くとき)

意志と無明

蒼ざめた馬(冬の曇天の 凍りついた天気の下で)
思想は一つの意匠であるか(鬱蒼としげつた森林の樹木のかげで)
厭やらしい景物(雨のふる間/眺めは白ぼけて)
囀鳥(軟風のふく日)
悪い季節(薄暮の疲労した季節がきた)
遺伝(人家は地面にへたばつて)
顔(ねぼけた桜の咲くころ)
白い牝鶏(わたしは田舎の鶏です)
自然の背後に隠れて居る(僕等が藪のかげを通つたとき)

艶めける霊魂

艶めける霊魂(そよげる/やはらかい草の影から)
花やかなる情緒(深夜のしづかな野道のほとりで)
片恋(市街を遠くはなれて行つて)
夢(あかるい屏風のかげにすわつて)→『青猫』再録時に「とうらむ」というルビがついた
春宵(嫋《なま》めかしくも媚ある風情を)

● ● ● ● ● ● ● ● ● *実際には「○の中に小さい●」。

軍隊(この重量のある機械は)


『蝶を夢む』
前篇は『青猫』の選にもれた詩をあつめたもの。 ただし、そのうちの8篇は『青猫』からの再録(▼印)。
後篇は『月に吠える』と同時代の作品。 ただし、そのうちの8篇は『月に吠える』からの再録(同じく▼印)。

蝶を夢む 詩集前篇

蝶を夢む(座敷のなかで 大きなあつぼつたい翼《はね》をひろげる)
腕のある寝台(綺麗なびらうどで飾られたひとつの寝台)
青空に飛び行く(かれは感情に飢ゑてゐる。)
冬の海の光を感ず(遠くに冬の海の光をかんずる日だ)
▼騒擾(重たい大きな翼《つばさ》をばたばたして) ※『青猫』掲載時は「月夜」。異同あり。
▼群集の中を求めて歩く
内部への月影(憂鬱のかげのしげる)
陸橋(陸橋を渡つて行かう)
灰色の道(日暮れになつて散歩する道)
▼その手は菓子である
その襟足は魚である(ふかい谷間からおよぎあがる魚類のやうで)
春の芽生(私は私の腐蝕した肉体にさよならをした)
黒い蝙蝠(わたしの憂鬱は羽ばたきながら)
石竹と青猫(みどりの石竹の花のかげに ひとつの幻の屍体は眠る)
海鳥(ある夜ふけの遠い空に)
眺望(さうさうたる高原である)
蟾蜍(雨景のなかで/ぽうとふくらむ蟾蜍《ひきがへる》)
家畜(花やかな月が空にのぼつた)
▼夢《とうらむ》
▼寄生蟹のうた
▼野鼠
▼閑雅な食欲
▼馬車の中で
野景(弓なりにしなつた竿の先で)
絶望の逃走(おれらは絶望の逃走人だ)
僕等の親分(剛毅な慧捷の視線でもつて)
涅槃(花ざかりなる菩提樹の下)
かつて信仰は地上にあつた(でうすはいすらええるの野にござつて)
商業(商業は旗のやうなものである)
まづしき展望(まづしき田舎に行きしが)
農夫(海牛のやうな農夫よ)
波止場の煙(野鼠は畠にかくれ)

松葉に光る 詩集後篇

狼(見よ/来る/遠くよりして疾行するものは銀の狼)
松葉に光る(燃えあがる/燃えあがる)
輝やける手(おくつきの砂より)
▼酢えたる菊(その菊は酢え) *『月に吠える』の時には「すえたる菊」。
▼悲しい月夜
▼かなしい薄暮
天路巡歴(おれはかんがへる)
▼亀
白夜(夜霜まぢかくしのびきて)
巣(竹の節はほそくなりゆき)
懺悔(あるみにうむの薄き断片に)
夜の酒場(夜の酒場の/暗緑の壁に)
★月夜(へんてこの月夜の晩に)
見えない凶賊(両手に凶器)
有害なる動物(犬のごときものは吠えることにより)
▼さびしい人格
▼恋を恋する人
▼贈物にそへて
遊泳(浮びいづるごとくにも)
瞳孔のある海辺(地上に聖者あゆませたまふ)
空に光る(わが哀傷のはげしき日)
緑蔭倶楽部(都のみどりば瞳にいたく)
榛名富士(その絶頂《いただき》を光らしめ)
▼くさつた蛤

散文詩 四篇

吠える犬(月夜の晩に、犬が墓地をうろついてゐる。)
柳(放火、殺人、窃盗、夜行、姦淫、およびあらゆる凶行をして柳の樹下に行はしめよ。)
Omega の瞳(死んでみたまへ、屍蝋の光る指先から、お前の霊がよろよろとして昇発する。)
極光(懺悔者の背後には美麗な極光がある。)


『純情小曲集』

愛憐詩篇

夜汽車(有明のうすらあかりは)
こころ(こころをばなににたとへん)
女よ(うすくれなゐにくちびるはいろどられ)
桜(桜のしたに人あまたつどひ居ぬ)
旅上(ふらんすへ行きたしと思へども)
金魚(金魚のうろこは赤けれども)
静物(静物のこころは怒り)
涙(ああはや心をもつぱらにし)
蟻地獄(ありぢごくは蟻をとらへんとて)
利根川のほとり(きのふまた身を投げんと思ひて)
浜辺(若ければその瞳《ひとみ》も悲しげに)
緑蔭(朝の冷し肉は皿につめたく)
再会(皿にはをどる肉さかな)
地上(地上にありて/愛するものの伸長する日なり)
花鳥(花鳥《はなとり》の日はきたり)
初夏の印象(昆虫の血のながれしみ)
洋銀の皿(しげる草むらをたづねつつ)
月光と海月(月光の中を泳ぎいで)

郷土望景詩

中学の校庭(われの中学にありたる日は)
波宜亭(少年の日は物に感ぜしや)
二子山附近(われの悔恨は酢えたり)
才川町(空に光つた山脈《やまなみ》)
小出新道(ここに道路の新開せるは)
新前橋駅(野に新しき停車場は建てられたり)
大渡橋(ここに長き橋の架したるは)
広瀬川(広瀬川白く流れたり)
利根の松原(日曜日の昼/わが愉快なる諧謔は草にあふれたり。)
公園の椅子(人気なき公園の椅子にもたれて)

郷土望景詩の後に

I 前橋公園(前橋公園は、早く室生犀星の詩によりて世に知らる。)
II 大渡橋(大渡橋は前橋の北部、利根川の上流に架したり。)
III 新前橋駅(朝、東京を出でて渋川に行く人は、昼の十二時頃、新前橋の駅を過ぐべし。) 
IV 小出松林(小出の林は前橋の北部、赤城山の遠き麓にあり。)
V 波宜亭(波宜亭、萩亭ともいふ。)
VI 前橋中学(利根川の岸辺に建ちて、その教室の窓窓より、浅間の遠き噴煙を望むべし。)


『萩原朔太郎詩集』(第一書房版)
既刊詩篇は省略。

青猫(以後)

桃李の道(聖人よ あなたの道を教へてくれ)
風船乗りの夢(夏草のしげる叢《くさむら》から)
古風な博覧会(かなしく ぼんやりとした光線のさすところで)
まどろすの歌(愚かな海鳥のやうな姿をして)
荒寥地方(散歩者のうろうろと歩いてゐる)
仏陀(赤土の多い丘陵地方の) *副題は、「或は『世界の謎』」。
ある風景の内殻から(どこにこの情欲は口をひらいたら好いだらう)
輪廻と樹木(輪廻の暦をかぞへてみれば)
暦の亡魂(薄暮のさびしい部屋の中で)
沿海地方(馬や駱駝のあちこちする)
大砲を撃つ(わたしはびらびらした外套をきて)
海豹(わたしは遠い田舎の方から)
猫の死骸(海綿のやうな景色のなかで)
沼沢地方(蛙どものむらがつてゐる)
鴉(青や黄色のペンキに塗られて)
駱駝(さびしい光線のさしてる道を)
大井町(おれは泥靴を曳きずりながら)
吉原(高い板塀の中にかこまれてゐる)
大工の弟子(僕は都会に行き)
空家の晩食(黄色い洋燈の下で)

郷土望景詩

監獄裏の林(監獄裏の林に入れば)


『現代詩人全集第九巻 萩原朔太郎集』
既刊詩篇は省略。

郵便局の窓口で(郵便局の窓口で)
時計(古いさびしい空家の中で)
我れの持たざるものは一切なり(我れの持たざるものは一切なり)
虚無の鴉(我れはもと虚無の鴉)

『氷島』
『純情小曲集』『萩原朔太郎詩集(第一書房)』に収録されていたものには▼印を付した。

漂白者の歌(日は断崖の上に登り)
遊園地《るなぱあく》にて(遊園地《るなぱあく》の午後なりき)
乃木坂倶楽部(十二月また来れり。)
殺せかし! 殺せかし!(いかなればかくも気高く)
帰郷(わが故郷に帰れる日)
▼波宜亭
家庭(古き家の中に坐りて)
珈琲天 醉月(坂を登らんとして渇きに耐へず)
新年(新年来り/門松は白く光れり。)
晩秋(汽車は高架を走り行き)
品川沖観艦式(低き灰色の空の下に)
火(赤く燃える火を見たり)
地下鉄道《さぶうえい》にて(ひとり来りて地下鉄道《さぶうえい》の)
▼小出新道
告別(汽車は出発せんと欲し)
動物園にて(灼きつく如く寂しさ迫り)
▼中学の校庭
国定忠治の墓(わがこの村に来りし時)
▼広瀬川
虎(虎なり/曠茫として巨像の如く)
無用の書物(蒼白の人/路上に書物を売れるを見たり。)
▼虚無の鴉
▼我れの持たざるものは一切なり
▼監獄裏の林
昨日にまさる恋しさの(昨日にまさる恋しさの)


『定本青猫』
すべて既刊の詩集からの再録。巻末に、「今後すべて必ずこの『定本』によつてもらひたい。」とある。

蝶を夢む(座敷のなかで 大きなあつぼつたい翼《はね》をひろげる)
黒い蝙蝠(わたしの憂鬱は羽ばたきながら)
石竹と青猫(みどりの石竹の花のかげに ひとつの幻の屍体は眠る)
海鳥(ある夜ふけの遠い空に)
陸橋(陸橋を渡つて行かう)
家畜(花やかな月が空にのぼつた)
農夫(海牛のやうな農夫よ)
波止場の煙(野鼠は畠にかくれ)
その手は菓子である(そのじつにかはゆらしい むつくりとした工合はどうだ)
群衆の中を求めて歩く(私はいつも都会をもとめる)
青猫(この美しい都会を愛するのはよいことだ)
月夜(重たいおほきな羽をばたばたして) *『蝶を夢む』では、「騒擾」となっていたもの。
春の感情(ふらんすからくる煙草のやにのにほひのやうだ)
蠅の唱歌(春はどこまできたか)
恐ろしく憂鬱なる(こんもりとした森の木立のなかで)
憂鬱なる花見(憂鬱なる桜が遠くからにほひはじめた。)
怠惰の暦(いくつかの季節はすぎ)
閑雅な食欲(松林の中を歩いて)
馬車の中で(馬車の中で/私はすやすやと眠つてしまつた。)
最も原始的な情緒(この密林の奥ふかくに)
天候と思想(書生は陰気な寝台から)
笛の音のする里へ行かうよ(俥に乗つてはしつて行くとき)
蒼ざめた馬(冬の曇天の 凍りついた天気の下で)
思想は一つの意匠であるか(鬱蒼としげつた森林の樹木のかげで)
顔(ねぼけた桜の咲くころ)
白い牝鶏(わたしは田舎の鶏です)
囀鳥(軟風のふく日)
悪い季節(薄暮の疲労した季節がきた。)
桃李の道(聖人よ あなたの道を教へてくれ)
風船乗りの夢(夏草のしげる叢《くさむら》から)
古風な博覧会(かなしく ぼんやりとした光線のさすところで)
まどろすの歌(愚かな海鳥のやうな姿をして)
荒寥地方(散歩者のうろうろと歩いてゐる)
仏陀(赤土の多い丘陵地方の) *副題は、「或は 世界の謎」。
ある風景の内殻から(どこにまあ! この情欲は口を開いたら好いのだらう。) *第一書房版『萩原朔太郎詩集』と異なる。
輪廻と樹木(輪廻の暦をかぞへてみれば)
暦の亡魂(薄暮のさびしい部屋の中で)
夢にみる空家の庭の秘密(その空家の庭に生えこむものは松の木の類)
黒い風琴(おるがんをお弾きなさい 女のひとよ)
憂鬱の川辺(川辺で鳴つてゐる)
仏の見たる幻想の世界(花やかな月夜である)
鶏(しののめきたるまへ)
みじめな街灯(雨のひどくふつてる中で)
恐ろしい山(恐ろしい山の相貌《すがた》をみた。)
題のない歌(南洋の日にやけた裸か女のやうに)
艶めかしい墓場(風は柳を吹いてゐます)
くづれる肉体(蝙蝠のむらがつてゐる野原の中で)
鴉毛の婦人(やさしい鴉毛の婦人よ)
緑色の笛(この黄昏の野原のなかを)
寄生蟹のうた(潮みづのつめたくながれて)
かなしい囚人(かれらは青ざめたしやつぽをかぶり)
猫柳(つめたく青ざめた顔のうへに)
憂鬱な風景(猫のやうに憂鬱な景色である)
野鼠(どこに私らの幸福があるのだらう)
輪廻と転生(地獄の鬼がまはす車のやうに)
厭やらしい景物(雨のふる間/眺めは白ぼけて)
さびしい来歴(むくむくと肥えふとつて)
沿海地方(馬や駱駝のあちこちする)
大砲を撃つ(わたしはびらびらした外套をきて)
海豹(わたしは遠い田舎の方から)
猫の死骸(海綿のやうな景色のなかで)
沼沢地方(蛙どものむらがつてゐる)
鴉(青や黄色のペンキに塗られて)
駱駝(さびしい光線のさしてる道を)
大井町(おれは泥靴を曳きずりながら)
吉原(高い板塀の中にかこまれてゐる)
郵便局の窓口で(郵便局の窓口で)
大工の弟子(僕は都会に行き)
時計(古いさびしい空家の中で)


『宿命』

散文詩

ああ固い氷を破つて(ああ固い氷を破つて突進する、一つの寂しい帆船よ。)
婦人と雨(しとしとと降る雨の中を、かすかに匂つてゐる菜種のやうで、)
芝生の上で(若草の芽が萌えるやうに、この日当りのよい芝生の上では、)
舌のない真理(とある幻燈の中で、青白い雪の降りつもつてゐる、)
慈悲(風琴の鎮魂楽《れくれえむ》をきくやうに、) *れくれえむはママ。
秋晴(牧場の牛が草を食つてゐるのをみて、)
浪と無明(無明は浪のやうなものだ。)
陸橋を渡る(憂鬱に沈みながら、ひとり寂しく陸橋を渡つて行く。)
恐怖への予感(曠野に彷徨する狼のやうに、)
涙ぐましい夕暮(これらの夕暮は涙ぐましく、私の書斎に訪れてくる。)
地球を跳躍して(たしかに私は、ある一つの特異な才能を持つてゐる。)
宿酔の朝に(泥酔の翌朝に於けるしらじらしい悔恨は、)
夜汽車の窓で(夜汽車の中で、電燈は暗く、)
荒寥たる地方での会話(「くづれた廃墟の廊柱と、そして一望の禿山の外、」)
パノラマ館にて(あふげば高い蒼空があり、遠く地平に穹窿は連なつてゐる。)
喘ぐ馬を駆る(日曜の朝、毛立の艶艶とした二頭の駿馬を駆つて、)
春のくる時(扉もつ若い娘ら、春の屏風の前に居て、)
AULD LANG SYNE!(波止場に於て、今や出帆しようとする船の上から、)
木偶芝居(あの怪人形が手にもつ一つの巨大な棒を見よ。)
極光地方から(海豹のやうに、極光の見える氷の上で、)
断橋(夜道を走る汽車まで、一つの赤い燈火を示せよ。)
運命への忍辱(とはいへ環境の闇を突破すべき、どんな力がそこにあるか。)
寂寥の川辺(古沢の、柳のある川の岸で、かれは何を釣らうとするのか。)
船室から(嵐、嵐、浪、浪、大浪、大浪、大浪。)
田舎の時計(田舎に於ては、すべての人人が先祖と共に生活してゐる。)
玉転がし(曇つた、陰鬱の午後であつた。)
鯉幟を見て(青空に高く、五月の幟が吹き流れてゐる。)
記憶を捨てる(森からかへるとき、私は帽子をぬぎすてた。)
情緒よ! 君は帰らざるか(書生は町に行き、工場の下を通り、)
港の雑貨店で(この鋏の槓力でも、女の錆びついた銅牌《メダル》が切れないのか。)
死なない蛸(或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢ゑた蛸が飼はれてゐた。)
鏡(鏡のうしろへ廻つてみても、)
狐(見よ! 彼は風のやうに来る。)
吹雪の中で(単に孤独であるばかりでない。)
銃器店の前で(明るい硝子戸の店の中で、)
虚数の虎(博徒等集まり、投げつけられたる生涯の機因《チヤンス》の上で、)
自然の中で(荒寥とした山の中腹で、)
触手ある空間(宿命的なる東洋の建築は、)
大仏(その内部に構造の支柱を持ち、暗い椅子と経文を蔵する仏陀よ!)
家(人が家に住んでるのは、地上の悲しい風景である。)
黒い洋傘(憂鬱の長い柄から、雨がしとしとと滴《しづく》をしてゐる。)
国境にて(その背後《うしろ》に煤煙と傷心を曳かないところの、)
恐ろしき人形芝居(理髪店の青い窓から、葱のやうに突き出す棍棒。)
歯をもてる意志(意志! そは夕暮の海よりして、)
墓(これは墓である。)
神神の生活(ひどく窮乏に悩まされ、乞食のやうな生涯を終つた男が、)
郵便局(郵便局といふものは、港や停車場やと同じく、)
航海の歌(南風のふく日、椰子の葉のそよぐ島をはなれて、)
海(海を越えて、人人は向うに「ある」ことを信じてゐる。)
建築の Nostalgia(建築――特に軍団した建築――の様式は、)
初夏の歌(今は初夏! 人の認識の目を新しくせよ。)
女のいぢらしさ(「女のいぢらしさは」とグウルモンが言つてる。)
父(父は永遠に悲壮である。)
敵(敵は常に哄笑してゐる。)
物質の感情(機械人間にもし感情があるとすれば?)
物体(私がもし物体であらうとも、神は再度朗らかに笑ひはしない。)
自殺の恐ろしさ(自殺そのものは恐ろしくない。)
竜(竜は帝王の欲望を象徴してゐる。)
時計を見る狂人(或る瘋癲病院の部屋の中で、)
群集の中に居て(都会生活の自由さは、人と人との間に、)
橋(すべての橋は、一つの建築意匠しか持つてゐない。)
詩人の死ぬや悲し(ある日の芥川龍之介が、救ひのない絶望に沈みながら、)
主よ。休息をあたへ給へ!(行く所に用ゐられず、飢ゑた獣のやうに零落して、)
父と子供(あはれな子供が、夢の中ですすり泣いて居た。)
戸(すべての戸は、二重の空間で仕切られてゐる。)
山上の祈(多くの先天的の詩人や芸術家等は、)
戦場での幻想(機関銃よりも悲しげに、繋留気球よりも憂鬱に、)
虫(或る詰らない何かの言葉が、時としては毛虫のやうに、)
虚無の歌(午後の三時。)
貸家札(熱帯地方の砂漠の中で、)
この手に限るよ(目が醒めてから考へれば、)
臥床の中で(臥床《ふしど》の中で、私はひとり目を醒ました。)
物みなは歳日と共に亡び行く(物みなは歳日《としひ》と共に亡び行く。)

その他の詩篇
ここでは、『萩原朔太郎全集 第三巻』(筑摩書房)から、「拾遺詩篇」(雑誌などに発表されたが生前の詩集には収録されなかったもの)のみを示した。

感謝(野のはて夕暮雲かへりて)
古盃(小人若うて道に倦《う》んじ)
君が家(ああ恋人の家なれば)
煤掃(井桁古びた天井に)
ゆく春(おきつ辺かつ鳴る海青なぎ)
蛇苺(実は成りぬ/草葉かげ)
絶句四章(色白の姉に具されて。)
秋の日(眼を悩む山雀《やまがら》の)
宿酔(堪へがたき悪寒《をさむ》おぼえて)
なにか知らねど(なにか知らねど泣きたさに)
秋(白雲のゆききもしげき山の端に)
ものごころ(ものごころ覚えそめたるわが性のうすらあかりは)
ふぶき(くち惜しきふるまひをしたる朝)
鳥(夕ぐれて/ほの痒くなる指のさき)
小曲集(ほほづきよ/ひとつ思ひに泣けよかし)
小曲集(千鳥あし/やつこらさと来て見れば)
放蕩の虫(放蕩の虫は玉虫)
暮春詠嘆調(年ひさしくなりぬれば)
ありや二曲(えこそ忘れめや)
ふるさと(赤城山の雪流れ出で)
秋日行語(ちまた、ちまたを歩むとも)
虫(いとしや/いとしや)
便なき幼児のうたへる歌(うすらさびしき我が身こそ)
くさばな(君はそれとも知らざれど)
うすやみ(うすやみに光れる皿あり)
神に捧ぐる歌(あしきおこなひをする勿れ)
爪(青くしなへる我が指の)
歓魚夜曲(光り虫しげく跳びかへる)
秋日行語(菊もうららに咲きいでたれど)
郊外(かしこに煙の流るる)
麦(麦はさ青に延び行けり)
雨の降る日(雨の降る日の縁端に)
晩秋哀語(ああ秋も暮れゆく)
からたちの垣根(からたちの垣根の中に)
街道(車にゆられつつ)
春の来る頃(なじかは春の歩み遅く)
早春(なたねなの花は川辺にさけど)
鉄橋橋下(人のにくしといふことば)
春日(恋魚の身こそ哀しけれ)
黎明と樹木(この青くしなへる指をくみ合せ、)
遠望(さばかり悲しみたまふとや、)
浮名(浮名をいとはば舟にのれ、)
利根川の岸辺より(こころにひまなく詠嘆は流れいづ、)
幼き妹に(いもうとよ、/そのいぢらしき顔をあげ。)
初夏の祈祷(主よ、/いんよくの聖なる神よ。)
交歓記誌(みどりに深く手を泳がせ)
供養(女は光る魚介のたぐひ)
受難日(受難の日はいたる)
滝(みどりをつらぬきはしる蛇、)
立秋(遠く行く君が手に、)
偏狂(あさましき性のおとろへ、)
若き尼たちの歩む路(この列をなす少女らのため、)
蛍(ああきみは情欲のにほふ月ぐさ、)
立秋(洞窟の壁にふんすゐあり、)
岩魚(瀬川ながれを早み、)
旅上(けぶれる空に麦ながれ、)
畑(しよんぼり立つた麦畑、)
決闘(空と地《つち》とに緑はうまる、)
感傷の塔(塔は額にきづかる、)
光る風景(青ざめしわれの淫楽われの肉、)
純銀の賽(みよわが賽《さい》は空にあり、)
鉱夫の歌(めざめよ、/み空の金鉱、)
厩《うまや》(高原の空に風光り、)
感傷品(ほつねんなれば)
真如(金のみ仏/金の足)
和讃類纂(ゆきはふる/まなつまひるのやまみちに)
情欲(手に釘うて、/足に釘うて、)
月蝕皆既(みなそこに魚の哀傷、)
磨かれたる金属の手(手はえれき、)
青いゆき(青いぞ、/ゆきはまつさを、)
蒼天(いつしんなれば、)
霊智(ふるへる、/微光のよるに、)
秘仏(つゆしものうれひはきえず、)
永日和讃(ひとのいのりはみなみをむき、)
ぎたる弾くひと(ぎたる弾く、/ぎたる弾く、)
巡礼紀行(きびしく凍りて、)
蛍狩(愛妹《いもうと》のえりくびから一疋、)
孝子実伝(ちちのみの父を負ふもの、)
玩具箱(青い服をきた狩人が、)
冬を待つひと(こほれる利根のみなかみに、)
疾患光路(我れのゆく路、)
合唱(にくしん、/にくしん、)
岩清水(いろ青ざめて谷間をはしり、)
山頂(かなしければぞ、)
南の海へ行きます(ながい疾患のいたみも消えさり、)
竹(竹は直角、/人のくびより根が生え、)
竹の根の先を掘るひと(病気はげしくなり)
夜景(高い屋根の上で猫が寝てゐる)
祈祷(あなたのめぐみをもて雪をふらしてください、)
小春(やはらかい、土壌の上に、)
芽(いたましき芽は伸びゆけり、)
三人目の患者(三人目の患者は、)
叙情小曲(きみがやへばのうす情け)
もみぢ(霜つききたり)
春日詠嘆調(ああいかなればこそ、)
吹雪(ふもとぢに雪とけ、)
諷詩(友だちはひどく歪んだ顔をしながら、)
絶望の足(魚のやうに空気をもとめて、)
都会と田舎(ひとり私のかんがへてゐることは、)
酒場にあつまる(酒をのんでゐるのはたのしいことだ、)
よき祖母上に(かの家の庭にさく柘榴の花、)
紫色の感情にて(ああその燃えあがる熱を感じてゐる)
我れ何所へ行かん(情緒よ/ながい憂鬱のながれを視てゐると)
眺望する(すべては黒く凍つてゐる)
別れ(友よ 安らかに眠れ。)
春昼(うぐひすは/金属をもてつくられし)
祈祷(黄菊はすでに散つてしまつた)
記憶(記憶をたとへてみれば)
敵(鶉《うづら》や鷓鴣《しやこ》の飛びゆくかなたに)
近日所感(朝鮮人あまた殺され)
クリスマス(クリスマスとは何ぞや)
南京陥落の日に(歳まさに暮れんとして)
広瀬河畔を逍遥しつつ(物みなは歳日《としひ》と共に亡び行く。)
父の墓に詣でて(わが草木《さうもく》とならん日に)
昔の小出新道にて(兵士の行軍の後に捨てられ)
SENTIMENTALISM(センチメンタリズムの極致は、)
遊泳(白日のもと、わが肉体は遊楽し、)
秋日帰郷(秋は鉛筆削のうららかな旋回に暮れてゆく。)
感情詩論(感情至極なれば身心共に白熱す、)
聖餐余禄(鐘鳴る。/我れの道路に菊を植ゑ、)
光の説(光は人間にある)
手の幻影(白昼或は夜間に於て)
危険なる新光線(疾患せる植物及び動物の脊髄より)
懺悔者の姿(懺悔するものの姿は冬に於て最も鮮明である。)
鼠と病人の巣(しだいに春がなやましくなり、)
言はなければならない事(私は子供のときからよくかういふ事を)
握つた手の感覚(四月十九日の朝、)
新人の祈祷(昔の人たちのことは知らない。)
なつかしい微笑(私に言ひたくつてたまらないことがある。)
青ざめた良心(良心とはなに。)
生えざる苗(『おれは、青い空の色がすきだ。)
ADVENTURE OF THE MYSTERY(巧みな演奏者によつて奏された)
二つの手紙(ある男の友に。)
坂(坂のある風景は、ふしぎに浪漫的で、)
大井町(人生はふしぎなもので、)

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