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『十九春詩集』椎の木社、1933年


   さくらうぐひにそへて

巌をつたふ点滴の
藤のむらさき錆びはてし
み山の奥のうぐひすの
そこにしづみし声あらば
みづ苔あさきうつろ戸に
あかき鰭をば掻きたてつ
さくら石斑魚も春ならむ。 *
水なき里の乾土に
粉米のはなの散りしきし、
妹がゆうべをまゐらせむ。
さくらうぐひは美《くは》しきものを。
                   明治四十年七月 十九歳

*『全詩集』では「あくら石斑魚も」。


   むしうりのうた

あはれ加賀富士、高尾山
霧がつべたいくさむらで
はじく小臑《ずね》のてざわりも *
露もろともにつかまへた。

あきのはじめのそらの藍
こぼれてさいた月ぐさを
みづにぬらして入れてやれば
あすはみやこの何処で啼く。

山の芒がこひしけれや
かごの片戸をぬけてこい、
あすはみやこの路次の奥、
さびしかつたらにげて来よ。
                   四十年十一月

*「臑」にのみルビ。


   愛の日

わが胸にうつり
きみはも、みいらとなりぬ。
あはれ愛の木の芽は
見よ 胸にたかなるくるしさよ。
                   四十一年二月


   春の夜の

暖炉のぬくみみちし室ぬちに
惰げなる時計のおとのちくたくと。

肌しろきもでるのをみな、
俯むきてはにかむけはひ、立ちあがる。

ふとりたるをみなのおもみ、
春の夜のさゝずみのごとあかるみて。
                   四十一年四月


   針

しろがねの神経の針のさきこそ
きらめきわたれ
きみがうへ。
                   四十一年七月


   地震きたる

地震《なゐ》きたるはるかの陸《をか》に
鳴りよどむひびきのそらは
たゞ灰いろに。

樹のゆすれ 地のなげき
火のばらのほのほぞ廻れ
市のまなかに。

かかるときしもただむき捲きて、
ほゝと笑めりきみとわれ、
あざけりうかべ地震をきく。
                   四十一年七月


   天日

わだつみのふかき底にしも
あゝ天日の
かなしみよどむ日もあらば……。
                   四十一年八月


   くらき藪の奥

ざわざわと風はかなしむ、
いづこよりわたりし風か、
ひもすがら音を立てぬ。
                   四十一年八月


   考へる虫

虫は這へり、
灰いろのしめれる壁に、
いとゆるやかにかげをひき。
窓のそとなる秋風に
羽根立てぬ虫のこころは。
                   四十一年九(七)月


   胸の日の暮

おもふとしもなく浮ぶ灰だめるおもひ出の、
 しろき埃の絃のなげかひ、
何ものかふれては嘆く胸の日の暮。
                   四十二年一月


   煙草

けふもまた煙草をのめば
乾けるこころのそこに
哀しみの漂ふを知りぬ。
にこちんに暗めるたましひは
けふもねむりぬ煙草のどくに。
                   四十二年三(一)月


   女

わすれえぬをみなよ、
はなやぐ声の
母おやときくからに悲しまる、
わがかみなでつ
やさしきことを言ひたまふ。
                   四十二年三月


   夜のしづく

ふかき夜のしづくしたたり
ふかき夜のさしぐみながるる
そのそこにめざめて
にぶきつかれに
ひるの眼のおどろきに
餓えたるわれのちからぞせまる
                   四十二年五月


   わが心

わが心
巻絵の函にえがける
をみなごを好み
そがかたへにありて嬉しむ、
わが心よ
あはれ絶えなむをみなごを。
                   四十二年五月

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