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────いつの時代、いつの時なのかは分からない。 人は収穫の時を迎えた田畑を囲み、大きな輪となって満月の浮かぶ空を見上げた。 老人は一房の穂を手に握り、しわがれた、しかしよく通る声でその会合の始まりを 告げる詞を読み上げ始めた。 人々の後ろには草で作られた、巨大な山のような人形が鎮座している。 それは、人々の昔の記憶を大地より呼び起こそうとしている、儀式なのかもしれない。 激しく、手に全ての激情を込めたように穂を振りまわし、老人は紡ぎ続けた。 |
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そう、そこでは太陽は美しく輝き、熱を支配する女性だった。 数多の男達に好意を寄せられ、数多の女性から羨望のまなざしで見つめられた。 月は、太陽に好意を寄せる多くの男の一人だった。ただ、彼にはこれ といったものはなく、とりわけ目立たない存在であった。無論、彼に気が ある女性などそうそう見つかるものでもなく、公に噂になる人も全くいなかった。 彼、彼女は全く別の世界の人間だったのかもしれない。 太陽にはひどく寂しがり屋で不安に押しつぶされるところがあった。 人々の視線が集中する場所に常に彼女はいた。視線は決して彼女を良い 気持ちにさせるものだけではなかった。彼女はその身の内に黒い塊が いくつも生まれ出ることを知っていた。そして、それは小さいながらも 決して消えることはなく、彼女が美しいこと、熱を司ることを含め、 全ての輝く面が大衆の目にふれるたび、存在を強くしていった。 そんな中、彼女は一人すっと佇む一人の男を見付けた。 月は素朴だった。彼はとりわけ何かに秀でているわけでもなく、普段 からありのままで、肩の力を抜いた人だった。 月は太陽に好意を抱いていたが、自分がそばにいても霞むだけで、 とうてい釣り合うわけがないと自然に執着するわけでもなく、ただ人より 一歩距離をおいて太陽を見つめるといったことをしていた。別に友人が いないわけではない。ただ別に誇示するものもない。そんな事実は、 彼の中に陰を落とすことはなく、人をねたんだり、うらやんだりするような ことは一切なかったのだ。 ただ、彼もふと寂しさを感じることはあった。誰しも、一人の寂しさには ごまかしを重ねて生きていくしかないのである。 太陽の目にとまった、とても自然なその人はただ、上を見上げ特に何 をするわけでもなく、ただそこに居るだけのような、そんな人だった。 彼女は自然、声をかけた。何故だか、それがとても自然なことに思えたと 後で太陽は振り返ることになるが、その人が月であったのは必然であったの かもしれない。 なにげなくただ、時の流れを感じていた月は、近くに太陽がいることや、 ましてや自分に声をかけてきたことなど、最初は気付きもしなかった。 ただ、二度、自分を呼ぶ声が聞こえてそちらを振り向けば、太陽が自分に 向かって話し掛けていることが知れたのである。月は、あまりの出来事に 逆に冷静になっていた。事は既に月が冷静に対処できる事ではなく、 流れにまかせるより他に、月に出来ることはなかったのである。 他人とは違う、とても自然な反応、しぐさ、そして態度。太陽はとても 安心するものを覚えた。別に、好きになったわけではない。 ただ、そこにいる人は自分とはまったく別の生き方をしている人だと、 ただ、それだけを感じたのである。無論、好感を覚えなかったわけではない。 ただ、太陽はその時まだ気付いてはいなかったのかもしれない。 月と話している自分の黒い疼きは、全く反応を示さなかったということに。 夏が来る。太陽は一層その輝きを増した。 いつもと変わらない夏、ただ一つだけ変わったことといえば、太陽と月は 良き交友関係にあったということ。だが、最低でも週に一度は話す機会を 設けていた二人も、太陽の人気がさらに増すにつれ、疎遠になってしまった。 太陽は自分のそばに月が来ても、その事実に気付かないことすらあった。 太陽はまさに人気の頂点にあった。 毎年の夏、同じように沢山の男から告白を受ける。しかし太陽はすべて断っていた。 ただ、その気がしない。なにが原因だったのか、太陽は未だにその時の気持ちを 理解していなかったが、何かがしっくりと落ち着かないという気持ちだけはあった。 時に、告白というものはとても力のいるものだ。 断る方も、告白する方もその時ばかりは一気に自分の存在が高まる。 鼓動、瞳、すべてが自分をより美しく、または素晴らしいものに見せようと 絶大な力を発揮するのだ。結果、沢山の告白を受けた太陽はまだ夏の最中と いうのにも関わらず疲れを覚えた。そして、自分が長らく月と話していないことを 思いだした。 月は、相変わらずだった。 ただ、太陽と過ごす時間は急速に失われていたことを少し悲しく感じては いたが、別に自分の前から消えてしまった訳ではなかったので、そこまで 悲観することはなかったのである。 いつか、また話せる日がくる。それまでは。 そう、月は待っていたのである。しかして、太陽はやってきた。彼女はとても 美しく、しかしどこかに一握りの哀愁を漂わせながら佇む。 月の鼓動は一つ、今までになく大きく打ち響いた。 太陽は自分が月と話しているとき、とても安らかになるのを感じた。 何故なのか、その人は安らぎを司るわけでもないのに、自分に安心感を 与えてくれる。そしてその人の前で自分は素直になることが出来る。 太陽は次第に自分が月に惹かれていることに気が付いた。 それは恋の始まり。ほんの、小さな意識の始まり。 そして、それは二人の会う回数が増えていくことに育まれ、ついに二人は 恋人という仲にまでなった。 二人の関係のきっかけが、一体どちらの行動によるものだったのか。 それは本人たちが語ることは無く、また誰も知る由のないところだった。 月は、周りの人から疎まれ、時には石を投げつけられることもあった。 それは傷となり月の姿に跡を残したが、元より全てを受け入れる覚悟だった月は、 決してその身を怒りで赤く染めることはなく、黙して、常に太陽の傍にいた。 しばらくすると、そんな二人に関してそれまでとは打ってかわった、 不思議な噂が流れ出した。二人はそれ以上にないお似合いだと言うのだ。 太陽の横に佇む月、その穏やかさは太陽の魅力と対をなして、見る人達 の心を癒していくのだった。しかして、月は男達から静かに見守られる人となり、 女達からはひそかな憧れと恋心を抱かれた。そして、その噂は自然、太陽の耳にも 入ることとなったのである。 太陽は最初、自分の相手が認められていくことが嬉しくてたまらなかった。 恋をする娘は美しい。太陽もまたその美しさを際立たせ、二人は誰もが あこがれる存在となった。 しかし、月の人気は太陽に勝るとも劣らぬところまでやってくる。 太陽は焦りを覚えた。気付けば自分の周りにいる友人達の目は自分だけで はなく、月にこそ向けられていたのだ。女の視線が月に集中する。 太陽は身に覚え様のない嫉妬に焦がれた。そして、ある日二人は結ばれる事 になる。しかし、それは痛々しい傷跡を月に残してしまうこととなった。 太陽の愛は強く、その身を燃え上がらせた。太陽から求められた、その 行為を月は拒むことはしなかった。むしろ自分も太陽を求めてやまなかった のである。かくして、二人は結ばれた。だが、太陽の愛は熱く、月の半分を 焼け焦がしてしまった。 そんなことがあったせいだろうか。 月は太陽のため、人に決して自分の半身をみせることは無くなった。 穏やかな月に美しい太陽。二人の変わらない関係に、周囲の人は誰もそれ に気付くことがなかったのは幸いだったかもしれない。 長い時が流れ、二人は天に昇った。二人を愛してやまなかった人々は、 その死を受け入れることが出来ず星にその姿を重ねたのである。すると どうだろう。まるで、その二つの星はまるで本当の月と太陽のように なったではないか。 昼に輝く太陽。その輝きは、人々に勇気と元気を与える。 月はその姿を夜にきらめかせ、人々を安らぎへと誘うのである。 時は流れ人々は忘れていくだろう。太陽と月が一緒に現れないのは、 月が太陽のあまりにも近いところに居たのでは太陽にすら見えないということ。 夜、月が美しく見えるのは、その身に太陽の輝かしい光を受けていること。 そして、月はいつも太陽のことを思っているということ。 昼の空を見てみよう。心配のあまりうっすらと姿をあらわして太陽を気遣う、 月の姿がきっとみえるだろう。 二人の物語は人々の記憶の奥底でいつまでも消えることなく、漂っているのである。 ────暫くの沈黙の後、人々は次々と草の巨人の足に火を投じた。 勢いよく草の巨人は燃え上がり、全ての人々の顔を照らしだす。 燃える草のどこか懐かしい香りが漂い、しかし同時に、消えゆく命の叫びをあげた。 そうして、私は暗くなっていく世界で、陽炎のごとき夢を見る。 ―完―
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