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生きたかった。ただその事が悔やまれてならない。体から抜けて流れる血の 感覚などもう既になく、傷口がどこだかも分からない。ただ、倒れている私の 視界に映るのは曇りきった空。多分近くで起きているであろう、爆撃の音も、 銃撃戦の音も、随分前に聞こえなくなってしまった。人が昼飯の最中だろうが、 夜トイレに行くときだろうが、そんなことはおかまいなしに戦争は続く。自分は 何故ここにきたのだろう。ただそんなことを考えて、いや、もう考えている のかも自分で意識できないくらい、ただ疲れて、そこに横たわっていた。最後の 記憶は爆撃によって自分の足がふっとんだこと。人の食事中くらい、攻撃の手を 休めてくれてもいいじゃないか。仲間は、どうなったのだろう・・・。 風が強く吹き荒れ、幾度となく繰り返された戦闘により、大地が不毛の地へと その容貌を変えたのはつい先週のことであった。私は人の声が理解できる猫である。 そして、死んでゆく人の記憶の欠片を持つ事のできる猫である。そう、長い髭が 自慢の戦闘地区に生きる猫である。 カサカサカサ・・カサ・・・・ 「にゃぎゃぁあ!」 カサカサカサカサ・・・ ・・・失礼した。目の前を私の主食であるトカゲが横切ったので思わず興奮して しまった。あまり興味はないかもしれないが、私の食事事情についてお話ししよう。 自己紹介しようにも私は猫であるし、どう抗おうと猫であることに変わりはない。 実はあまり時間がない。すぐ横に転がっている人間の死体が匂い出すまで、もう そんなに時間がないからだ。それにその死体からは記憶の匂いがぷんぷんする。 面倒はごめんだ。 そう、食事事情だ。先にも言った通り、私はとかげを主に食べて生きている。 水は雨水がたまった場所があるし、いざとなれば肉はそこら辺に転がっている。 新しいものであればまだ食べられることも多い。ただ、あまり美味しくはないのだが。 野菜は食わん。私は肉食だ。野菜などと、あんなそこらへんに生えた雑草を誰が 好んで食べるものか。しかもよく腹を壊してしまう。・・・まぁ、こんな事を言っ ても君にはあまり関係がないのかもしれないけどな。 「・・・・・・」 すまない、先ほどから横の死体がうるさいのでね。記憶を食べることにするよ。 頭の後ろのやわらかい部分と骨の境目に出っ張りがあるだろう。そこをちょっと したこつで刺激するとな、頭から出てくるんだよこの記憶ってやつが。もや状の、 見えるだろう、空気とは違うけども何かがある感覚。それが掴めれば上出来だ。 ところでこの記憶、すごい匂いだ。ったく人間共が、水浴びくらいしろってんだ。 記憶から自分の匂いがぷんぷんしやがる。腹が減ったな。そういや俺の仲間って のは何処にいるんだろうな。・・・いや、こんな猫世界にも一匹かもしれないな。 なにせ、自分を猫だと認識できる猫がこの世にいるはずないからな。 ただいま。といっても君には一瞬のことかな。今ちょっとそこの砂漠を渡った先 の川まで行ってきたよ。魚なんて一匹もいないんだ。食べたことはないんだけど、 猫は魚が好きなもんなんでだろ?先週食べた記憶にあったよ。雌の猫だったんだけど、 それがまた可愛くて・・・ってこんなこと君に言っても仕方がないね。む、とかげの 匂いだ。少し待っててくれ。 ん〜雨が降ってきた。傘が欲しいところだけど、水浴びにはちょうどいいね。ただ、 この前はぴりぴりする雨が降ってきやがっ、じゃなくてきてな、大変だったんだ。 君の下の隙間に逃げ込ませてもらったんだよ。はは、あの時は面白かった。水に濡れて ただもくもくと黙ってる君は面白かったよ。まぁ、これも誰かの記憶の感覚なんだけどな。 しかし人間は飽きないな。さっきも見たろ、ジープが何台も通り過ぎていった。 落ちてる死体に見向きもしなかったから、多分敵だったのかもな。お、今度は難民だよ。 しめた、何か食い物がもらえるかもしれない。これでも身だしなみには気をつけてる、 多分何かもらえるはずだ。ちょっと行って来る。 「ここが猫さんのお家なんだ〜。て〜っても大きいんだねぇ。」 「にゃぁ。」 勘弁してくれぇ。身動きが取れない。首ねっこをつかまないでくれぇ。 「へへ、ここで寝てるのかなぁ?なんか面白い隙間なんだなぁ。」 「・・・・。」 頼む、そこはトイレだ。 「マトレー坊や、置いて行くわよ!早く戻ってらっしゃい!猫は置いてくるのよ!」 「はぁいママー!て〜ってもね、て〜っても面白いんだよぉ!」 「にぎゃぁ。」 ぬぉぉ、チョークチョーク、入ってる、入ってるよお兄さん! 「あ、ごめんねぇ。ばいば〜い!またね猫さん!」 「・・・・。」 二度と会いたくないわ! 「ばいば〜い!」 はいはい。 「ばいば〜い!」 はいはいはい。 「ばいば〜」 しつこいわ! 「にゃぁ。」 「やったぁ!ママ、ママ、見てみて猫さん返事してくれた!」 もうどうにでもしてくれ。 いやすまねぇな。見苦しいところお見せしちまって。しかし君、いい加減自分が 何なのか思い出したかい。まぁいいけどよ。大変だぜあいつら。人間のことだよ。 自分の国がしたこと覚えてないのかね。あのまま歩いて行くと地雷原でどかんだ。 避けられねぇよ。あんなでかい台車引いて、どこにいくつもりなんだろうな。まぁ、 俺には関係ないし、興味があるとすればあの台車、戦争の度にどこから調達してる のかってくらいだけどな。あ、ほら聞こえたか?今何かがはじける音と、砂に落ちた 音。あいつらだな。いわんこっちゃねぇ。・・・わり、ちょっと行ってくる。 「みぃ。」 ちっ、気分がわりぃ。 ちょって腹ごしらえしてきたんだな。あてで口洗いに行かないとな。なんか俺の他に も人間が来てたぜ。何してたんだろうな。いやしかし、がきの肉はやわらかかったよ。 あ、こういう話嫌いだったか。しっかり記憶も食べてきてあげたんだ。問題はないと 思うんだな。別に記憶食ったからって死んでる人間がどうなるもんでもないし。ん? ん?ん? 「にゃぁ。」 「ふぎゃぁ!ふ〜〜!ふ〜〜!」 ふむ。普通に鳴けるんだな。な〜んかおかしいんだな。どうも声の調子がてても悪い ような気がしてならない。ん?まぁいいか。しかしあのがきの記憶、本当に小さくて な、ろくな食べ物の味知らないんだよ。一番よくて焼きたてのパンだったんだな。 ん?やっぱり変だよ何か。あ、悪い、何言ってるんだかさっぱりなんだな。人間の 記憶ってのは、そいつの全てが入ってる訳だ、記憶に関することなら味とか、風景、 それこそ話し方や性格まで入ってくる。ま、こうやって話せるのも記憶のお陰・・・ って、あのがきか!そうなんだな!がきなんだな!ってまずい、こう見えても俺、 まだ子供なんだよ!あれも子供だったし、影響受けやすいよ!どうするんだな! どうするんだな!って、やぶへびなんだな! 「・・・・・。」 俺はもう話さないんだな。・・・嫌なんだなぁ。相性の問題なんて考えてもみなかっ たんだな。 「・・・・・。」 君ては長い付き合いだったんだな。色々て話相手になってもらって悪かったんだな。 お別れだよ。こうなったら君を食べて元に戻るしかないんだな。いただくんだにゃあ! 薄暗い部屋、見上げる先は天井。最後に「そういえば君喋れないんだったんだな〜!」 と聞こえた悲鳴は目覚ましの音にかき消された。重力に抗い体を起こす。けたたまし く鳴り響く目覚まし時計。休日、つまり時間はある。再び私は眠りについた。すっと 闇に溶け込んでいく意識。いつからか、目の前には猿の格好をした長い髭の猫がいた。 「にゃぁ!」 て〜っても、濃い人生はいらんかね? |