欠落夢物語〜奮い立つ狂気〜





ぼ〜っとした私の目には宇宙が広がっていた。黒い、ただ一言に黒い宇宙。
その中に光の線がさっと払われては消えていく。しばらくして一際光る星。
それは大きな爆発だった。

「緊急事態!緊急事態!パイロットは至急出撃して下さい!」

艦内に緊迫した女性の声が流れる。報告される事態は目の前で繰り広げられている
殺戮、または破壊によって多少過大に女の口から流れてくるのではないだろうか。
栗毛色に大きな目が印象的な通信士の姿がよぎる。先日、別れた恋人だった。

「あなた、最近変よ。」


女が残した言葉が空しく自分の脳裏に響く。だが、心に届くことはなかった。

コックピットに搭乗、ヘルメットを被る。

一体何度この人型戦闘機械に乗り込み殺戮を行っただろうか。

そもそも月と地球で戦争をするなどと、
もう4年という長い歳月になるのだ。






「出撃します。」
「了解、アガツ一等兵のサポートに回ってください!」
「了解。」

アガツ・・・確か先日配属された若い青年だっただろうか。月に対する憎しみは
強く、まっすぐに前を見た青年だった。『気をつけて』と、以前までは聞こえていた
声を思い出してしまう自分に苦笑し、最高速度で飛び出した。状況は、普通。

銃弾、光線が行き交う。その戦闘宙域の真っただ中にアガツ一等兵はいた。

「少尉!すみません、自分が至らないばかりに!」
「喋るな、舌を噛む。前だ、敵が来る。」
「は、はい!」
「・・・・・・。」

だから喋るな、と言いかけた瞬間、正面を敵のバズーカ弾頭が通り過ぎる。
ロックオンの確認は出来なかった、狙いは船だ。冷静に撃ち落とす。弾の爆発を
確認。敵の殲滅に入る。

「付いて来い。」

返事はなかった。一気に敵陣に突っ込む。肩についているマシンガン、脚部の
ミサイル、付け加えて両手に装着したレールガンで次々と敵を撃つ。少し遅れて
アガツが敵を撃ち落とすのを確認した。私はいつもこういう戦い方をする。

「突撃。」

その一言の元、敵を蹴散らすのだ。崩れた陣形を後衛に任せ、撃ち落とさせる。
今まで失敗したことは無い。でなければ死んでいる。

「少尉危ない!」

アガツが叫んだのと同時に機体左腕に何発か銃弾が当たるのを感じた。
計器から飛び散る火花が降りかかり、私は足に軽い火傷を負った。熱い。頭に血が
めぐり始め、鼓動が跳ね上がる。けたたましい警戒音、そしてロックオン。座標で
敵の位置が通達される。頭にかーっと血が上った。自然、手に力が入り腕の筋肉が
盛り上がる。私は叫んでいた。ただがむしゃらに獣のように。瞬きする間も与えずに
落とす。ただそれだけを考えて。私は全力で銃撃を回避、敵を追撃した。
死ぬわけにはいかない。ただ、その脳裏に浮かぶ一言が自分を突き動かしていた。



「君は、何を目指して宇宙軍に仕官したのだね?」
「月から地球を攻撃する、反逆者を一掃するためであります!」

度重なるフルバーストにより疲弊した身体が幻覚を見始める。あれは、仕官
したての自分だろうか。

「うむ、みながみなそう言う。だが、具体的に君は何を考えているのかな?」
「具体的に、ですか?・・・そうですね、とりあえず敵機を十は落とします!」
「ははは、そうか!若いな。ちなみに俺は48機だ。越えられるように頑張れ。」
「はい!」
「うむ、下がってよろしい。」
「はい!失礼致しました!」

その時、確か部屋を出ようとした私を中年の上官が引き止めた。

「あ、待て。肝心なことを聞き忘れていた。」
「はぁ。なんでしょうか。」
「そもそも何故月の民は地球を攻撃してきたと思う?」
「それは・・・・・」

若い時の私は、その後なんと答えたのだったろうか。
しばらく後、空軍で各種機械の訓練を受けた私は、念願かなって宇宙へと飛び立った。

「少尉っ!」

アガツ、彼もまた私と同じ道を通ってきたのだろうか。

「何をしているんですか少尉!正面ッ!」

ぼんやりとする私の視界に、敵の機体が高圧電流の流れる剣を振り上げているのが映る。

「少尉!」


間に合わない。そう判断した私は一気に加速して敵機の真下に回避した。頭部に ついている通信用のアンテナが剣に切断される。火花が飛び散った。が、間一髪。

この場合、
かすったのは髪ではないが。

そんな流暢なことを考える前に、
敵機へ弾丸をお見舞いする。一瞬のタイムラグの後、 爆発四散する敵機を確認し、私は帰投することにした。弾薬、装甲共に危険な状態だ。


「アガツ、帰投するぞ。」

直信用のワイヤーをアガツ機に打ち込み、引き返す意思を伝える。

「はっ!しかしまだ敵は残っていますが。」
「今回の戦いは私たちの勝ちだ。」

レーダーに味方の艦隊が近づいていることが表示されている。割れているせいで
若干見難い。

「ですがまだ自分は掃討する余裕があります!」
「興奮するな。弾薬尽きてから戻ったのでは途中で狙われたら落ちるしかない。」
「ですが、自分はまだあと二割」
「十分だ。死ぬぞ。」
「・・・・・・。」

返事はなくなった。母艦に報告をしつつ、帰投の準備に入る。切り替えが早いのか、
アガツは先行していた。どうやら昔の自分とは違うようだ。じんじんとする自分の
足を一瞥したあと、思い切りペダルを踏み込んだ。身体がシートに沈む。燃料はまだ
十分な程に残っていた。

今回は母艦の護衛が全てだった。近づくその姿を確認して、私は幾分か肩から力が
抜けていくのを感じた。脈拍も落ち着いている。風呂に入ろう、そしてコーヒーに
牛乳を沢山混ぜ、一気に飲み干すのだ・・・。


「今回の戦果はここに表示された通りだ、味方の被害はあるものの、母艦を無傷で
守りきったことは評価に値する。・・・おいお前!」

艦橋で行われるブリーフィングを適当に聞き流していた私を上官が呼びつけた。

「は、なんでありましょうか。」
「機転を利かせて攻勢に転じるその意気や良し、喜べ今回の功績者はお前だ。」

決して誉めている顔ではない。

「はっ、ありがとうございます。」
「・・・ふん、それでは報告の続きといこう。ここからはナカベ、頼む。」
「はい。では今回の・・・・・。」
資料を片手に女性士官が説明をはじめる。先ほどの上官は相変わらず無表情でその
報告に耳を傾けているが、先ほど自分を見たときの形相は消えていた。ナカベ、今
話している女性士官の名前。上官はその名前を口にしたが、私の名前を口にする事
は決して無い。私は軍でもやっかい者として有名なのだ。

「少尉、少尉ってば!」

先ほど報告を行っていた女が私を揺り動かしていた。

「なんだ?」
「なんだじゃないですよ!ブリーフィング、終わりました。もう皆さん解散して
帰っちゃいましたよ。」
「そうか、起こしてくれてありがとう。」
「どういたしまして。でもま〜た副艦長出て行くとき睨んでましたからね!」

ナカベ、こいつは結構艦内でも仲がいい。恋人と別れた時も、誰も近寄ろうとしない
私をからかったりしたのはこいつだけだ。

「じゃあ俺は寝るさ。」
「疲れてる?」
「まぁな。」
「あれだけ戦闘で暴れればさぞかしストレス発散でしょうね。」

そういって右手を振り回し、近くの壁に殴る真似をする。間違って拳が壁に当たり、
涙目になりながらナカベがこちらに振り返った。

「今回の戦闘での撃墜数、いくつだったかわかります?」
「そんなものはいちいち数えてない。」

嘘だ。

「あ〜あ、これだよ〜。艦内の全員が興味を持ってる少尉の撃墜数!肝心のこの人
といったら全く興味なしだもんね〜。」

艦橋の奥にある部屋から出ようとした私の前にナカベが回りこんできた。ドアを開け、
私が出るのを待っている。

「少尉は今回15機落としたんですよ15機!」

自分の記憶と違う。
艦橋を抜け、鉄に囲まれた四角い通路を歩く。重力装置に問題はない様だ。ちょこ
ちょこと隣にナカベが歩く。先に私が口を開いた。

「幾らなんでもそれはないだろう。今回はアガツ一等兵も活躍した。」
「あぁ、彼ですか?」
「俺の後衛に着いていた。数機爆破したのを見ている。」
「あんなの、少尉が行動不能にしたのにとどめを刺しただけじゃないですか!」
「・・・。」
「私は認めませんよ〜あんなの。」

暇な奴だ。確か戦闘中は艦橋に配置されていたと思うが、こんなことを気にしていて、
実際に戦闘で危なくないのだろうか。

「真面目に仕事してろよ。」

ちょっとため息交じりの私の声に敏感に反応するナカベ。

「えへへ〜、ま、いいじゃないですか!一ファンとしてこれだけは譲れません!」
「ファンかよ。」


苦笑いしてしまう。何故か若い奴らには私のことを好いている人間が多い。上の 人間達とは大違いだ。確か、アガツも私のファンだとか言っていた。

「アガツもお前も、いい加減にしておけよ。」

頭一つ違うナカベを見る。左脇に先の書類を抱え、遅れまいと私に歩調を合わせている。
なんとなくペースを落とすと、調子に乗ったのかニヤリと話し出した。

「アガツ一等兵なんかと一緒にしないでくださいよ。私は筋金入りです!」

だからなんなんだ。

「過去の戦闘の情報もしっかりファイルして管理してるんですからね!」

それには私も驚いた。今まで数えるのが面倒な程戦闘に参加しているのだ。

「・・・お前、月のスパイか?」
「え〜!ひっど〜い!私は正真正銘の地球人ですよっ。」

大声で非難してくる。耳が痛い。

「分かった、分かったからあんまり大きな声を出すな。」
「あはは、ごめんなさい。でも本当に少尉が戦ってる回数って多いですよね。」

ごそごそと脇のファイルホルダーを器用に漁る。取り出した数枚の紙束を見ると、

「ほら、やっぱり。戦争中、宇宙で行われた戦闘の約6割!小さな小競り合いから
大きな作戦まで、沢山の戦闘に出て、成績は常に上位!」

表、グラフ、数の羅列がちらと見える。しかし何故今そこに持っているのだろうか。

「すごいな・・・。」
「なに言ってるんですか!自分のことですよっ。」
「いや、お前がだよナカベ下士官候補生。」
「あっ、私の階級ちゃんと覚えててくれたんですね!うれしいなぁ。」

ニコニコと上機嫌なナカベをよそに私は冷静に考えていた。ナカベ下士官候補生、
元宇宙軍パイロット。撃墜数1。一度戦闘に出撃したものの精神的なショックで辞退。
しかし、軍学校での成績が良かった為、以降士官を目指すべく日夜努力中。自分を
付け回す人間だ。悪い気もするが、その身元確認ぐらいはしておかなければならない。
それが、戦争というものなのだ。

「どうしたんですか少尉?そんな難しい顔して。」
「いや、なんでもない。少し、疲れたからだろう。」

少し先に食堂を示すプレートが見える。

「ふ〜ん、あれだけブリーフィングで寝てたのに。」
「はは、それは勘弁してくれ。」

うかつだった。どうもこればかりは苦笑するしかない。自分が思っている以上に疲れ
が残っているのだろうか。寝たことに気が付かなかった。食堂で何か食べて仮眠を
取ることにしよう。今からこの艦はどこかに寄港して補給を受けるはずだ。

「そういえば少尉?」
「なんだ。」
「一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「だからなんだ。」
「どうして少尉はこんなに戦うんですか?あ、それは戦争ですし、分かりますよ。
でも通常のパイロットってこんなに頑張らないですよ。決して人手不足じゃないし、
確かに少尉ってすごいですけど、それでも、何か、何て言えばいいんでしょう?」

自分が出撃した時を思い出しているのだろうか。多少焦点が合ってない目で私を
見てくる。

「特に何もないさ、ただがむしゃら」
「でも撃墜数212ですよ!軍内トップです。記録もとっくに塗り替えられてるし、
次点は63で、その人はエースパイロットって言われて少尉よりずっと高齢です!」
「・・・・・。」

無言のまま、私は食堂に入った。ナカベが入ってくる気配はない。私は無言のまま
無愛想にこちらを見ているコックに料理を注文した。

「・・・宇宙うどん一つ。」



「私の、私が目標としていることは・・・四桁の敵を倒すことです。」

実質、それは月都市国家間連合宇宙軍の全てを指していた。

「四桁の人間ということかね?」

私の前に並んだ5人の上官はいささか眉を吊り上げた。

「はい、人間とは言い切りませんが機械を含めて、四桁です。」

たまりかねたのか、上官二人が何かこそこそ耳打ちをした。全員が向き直った時、
中央に座る当時大佐だった男が静かに口を開いた。

「わかった。此度の面接はここまでとする。」

それは私が中尉になるための試験だった。



ピピピピピピピピピピピ・・・・・。

腕につけたスケジュール管理までかねる時計が、耳障りな機械音を鳴らす。
地球に居た時はお気に入りの音楽をタイマーセットして起きたものだが、
軍艦にそんなものを持ち込むスペースも余裕もなかった。一人部屋だから
他の人よりはゆとりがあるものの、やはり狭い事は否めない。通常は2人か
4人が当たり前なのだが、私の功績と特殊な事情によって一人部屋が当て
がわれている。なに、簡単なことで誰も私との相部屋を望まないということだ。
この傾向はあの試験、そして戦場で叫んだ私の言葉が原因だと勝手に思う
ことにしている。そして、それはあながち外れてはいないだろう。

ビービービー・・・チッ。

「はい。」
「あっ、少尉さん!?おはようございま〜す!」

通信機の役目も果たす時計に表示されている音量メーターが、常に赤を示すほど
の声。男が7割以上を占める軍艦の中でも目立つ女性だが、こいつの声は特に特徴
がある。

「なんだナカベ。俺はブリーフィングにでも遅刻したか?」
「いえ〜違いますよ〜。そんなことだったら面白いからずっと黙ってますって。」

けらけらと笑いながら、不謹慎な言葉を発するナカベ。

「なら何のようだ?」
「いま〜アガツ一等兵と一緒にいるんだけど、彼がどうしても少尉と訓練したいって
うるさくて。仕方ないからこうやって私が通信したんです。」

後ろで何かを叫んでいる声がする。アガツだとしたら、多分ナカベに私を呼び出す為
のダシにされて怒鳴っているのだろう。時計を見ると3時間は寝ていたことになる。
十分疲れは取れた。目覚めの運動には相手をするのがちょうどいいかもしれない。

「わかったすぐ行く。」

チッ

すぐに通信を切る。多分そのままつけていてもナカベがうるさいだけだ。



「少尉すみません!お休みの所を起こしてしまったようで!」

周りを見ると先日アガツと一緒に入隊した二人のパイロットも、訓練のために来て
いるようだった。

「そんなに沢山相手する時間はないと思うが。」
「あ、いえ!そんな恐縮です。自分を相手にしてもらえるだけでも勿体ないです!」

アガツ以外の二人はすこしおびえるように立っていた。怖がられているのか・・・。
ちらと横を見ると、パックジュースを飲みながら椅子に腰かけているナカベが、喉の
奥でくつくつと笑っていた。仕事はどうした、おい・・・。

「あ〜仕事なら今交代で、お休み中なんですよ〜。」

私が何を考えているのか察したのか、ストローから口を離すとにっこりと笑う。
いつからこんなに戦艦というやつは気楽になったのだろう。最近、確かに小競り合い
は少なくなっているが、まだまだ戦争は続いているのだ。ため息がでてしまう。

「それじゃやるか、アガツ。」
「はいは〜い!それじゃわたしが審判やりますねっ!」

ナカベが勢いよく立ち上がって近くのコンソールを叩く。ここはシミュレーション
ルームという部屋で、最大六人までが擬似宇宙の中で模擬戦闘を行える。設備は非常
に高価で、臨場感を出すためコックピット部がそのまま6つ配置され、部屋も開始
するころには擬似宇宙の一部となる。だが、コックピットにはデジタル画面に全てが
映し出されるわけで、はっきり言って外で待つ人が退屈しないようにするための機能
以外の何でもない気がする。

「設定はチーム戦じゃなくて、敵はコンピューター。少尉アガツペアと残り二人は
別の設定にしといたからね。少尉達の方は設定を難しくしておきましたよ。」
「あ、足を引っ張らないように頑張ります!」

いかん、完璧にあがっている。

「気楽に行こう。確かに意気込むのは肝心だが、今回は自分の欠点を探すことでも
あるんだ。冷静に、な。」
何故かぼーっとして動かないアガツを放って、私はコックピットに乗り込んだ。
扉を閉じるとき、横目にナカベに尻を蹴られているアガツが見えたが、そのまま私
の意識は擬似戦闘宙域に集中されていった・・・・・。



「少しこれは酷だったんじゃないのか?」

吹き出た汗を拭き、渡された水を飲みながら私はナカベに問い掛けた。当の本人は
うなだれているアガツに、データを元にアドバイス(説教)をしている。さすがに
元パイロットだけあって指摘は正しい。だが、

「さすがに敵が20機というのは驚いて無理はないさ。」

シミュレーション開始。そう表示された後、レーダーに映った敵機の数20。正面に
陣形を組んでいる形で対峙したのだが、これが取り囲まれている設定だったら確実
に私もやられていた。今回は敵機との距離が離れておらず、いきなり接近戦という
形だったのだが、先日初陣を飾ったばかりのようなアガツにはまだ酷だった。成績
は二機落とした時点で撃墜。私はというと16機落とした辺りで、機体の損傷率、
弾丸数共に危険の兆しが見えてきていたのだが、設定で味方の援軍が到着、何とか
作戦は成功と言ったところだった。前回の戦闘のデータが打ち込まれており、中々
思うように戦えなかったのは、私も歯がゆいところだったりする。

「でも、そんなこと言ってたら!次の、あっ何でもないです。」
「次の?」

私はすぐに聞き返した。何か重要な響きを含んでいたからだ。

「しかしさすがです!少尉には感服しました!機体の操縦が本当に獣みたいで、
さすがに『俺の目の前にあるもの全部消してやる』って言うだけあります!」

拳をくぅ〜っと握りしめてアガツが勢いよく立ち上がった。

「こ、こらっアガツ一等兵!」

血相を変えてナカベがアガツに食ってかかる。

「本人の前でそれは言ったら!あ・・・」

その時の私の顔はあまり優れたものではなかったのだろう。拳を握り締めたアガツ
でさえも少し顔色を悪くしたのだから。

『俺の目の前にあるもの全部消してやる』

正確には、

『死ねっ、死ねっ、死んで消えろ!人間として跡形が残らないまで、無残に殺して
消し去ってやる!立ちふさがるやつは全員消えろ!消えてしまえ〜っ!』

私の、昔の戦場での呪いの言葉。これを私は通信をオープンにしたまま叫んで
いたのである。昔は敵に対してぼそりと毒をつぶやく程度だった。だが一度、興奮の
あまり叫んでしまったことがあった。たまたまそれが自軍、ひいては盗聴しようと
試みていた敵軍に伝わってしまったことが、私の今の微妙な地位を作りあげている。
いや、それだけではない。その言葉の通り頭に血が昇った私は、友軍機をも撃墜した。

「あ、あの少尉!自分は決してそんなつもりで言ったわけでは、ないのです。」

語尾が小さくなりながらもアガツが必死に弁明してきた。普段明るいナカベですら
言葉が出てこないのかじっと私の顔を見ている。

「別に・・・かまわない。逆に正面きって言ってくれた方が陰で言われるよりずっと
楽だ。アガツ一等兵、君は何も気にすることはない。」

嘘はついていない。

「あ、ありがとうございます!」
最敬礼して俺を見るアガツ。心なしかぐっと胸がつまった。

バフッ。


不意に視界が暗くなる。苦しいと思った時、自分の頭の真上から声が聞こえてきた。

「う〜ん少尉偉いっ!
なんかよく分からないけど、
つらいんだねぇ、うんうん。」


もがいて顔を出すと、自分の胸に私の頭を抱いたナカベの顔が見えた。頭一つ違う
私の頭をどうやって抱きしめるに至ったのか疑問が浮かぶ。



が、嬉しそうに目を細めて笑うナカベの顔を見たら、そんなことがどうでも
よくなってくる。しばらくしてやっと、あまりない胸(それを後で言ったら
すねを蹴られたが)から解放されるとアガツがニヤニヤと笑っていた。
コックピットから残りの二人も出ていたらしく、不思議そうな顔でこちらを見ている。
極めつけには何の用で来ていたのか、前の恋人が他二人のクルーと一緒に
シミュレーションルームの入り口で固まっていた。
何故。

部屋に間が置かれたような息苦しさ。
不思議に誰もが息をしていないのではないかと錯覚してしまいそうな沈黙。
終わりが感じられない空気の中で、私は自分が地面に立っている気がしなかった。

ゴン。

「あれ?」

いや、実際、間の抜けたアガツの声で私は気が付いた。
体が浮き上がる衝撃、不意に視界がぶれ、私たちは皆浮き上がっていた。

「緊急事態!各員所定の配置に着け!戦闘配置ッ!緊急事態だッ!」

方膝をつき顔を上げた頭上から副艦長の声が降り注いだ。緊急艦内放送。
出撃だ。



「状況は!」

せわしなくディスプレイに表示されては消えていくOSの起動コマンド。
前回の戦闘で受けた部分を全部取り替えになったのだろう。新品の赤や緑のライト
が私の顔を照らしては点滅し、全てが順調に働いていることを知らしてくれる。

「敵艦隊が補給部隊の後方より出現。我が艦隊の約三割が行動不能に陥っている。」

驚いたことに聞こえてきた声は艦長のものだった。

「都合の悪いことに我が艦は未だ補給の真っ最中でな、補給艦をパージして反転
するにも時間がかかる。その間に落ちる確率は非常に高い。」

額にしわを幾重にも寄せた初老の老人を思い浮かべる。最近黒髪の方が白髪より
目立つようになってきて、まさに貫禄をつけ始める門出に立っている男。その声
からは、困難に直面して悩む様子がひしひしと伝わってきた。

「はい。」

いいたいことは分かっていた。

「何人か連れていってもいい。だが、なるべく人員は最小限に留めてくれ。」
「はい。」
「私は君のために何もしてやれなかったな。」
「いえ、この艦に乗せてもらっただけでも感謝しています。」

格納庫の作業員達がせわしなく動いている。艦橋から送られてくる情報が一分一秒
を争って新しいものに変わっていく。現在は哨戒に当たっていた5隻が戦っている
が結果は火を見るより明らかだろう。

「私の記録なぞ、当の昔に破られてしまったな。」
「そうですね、私も驚いています。」

カチンコチンに緊張して若かりし頃の艦長の前に立った自分を思い出す。

「少尉、いや、キネガイ少尉。規定により君が提出している遺言書が準備された。
それと、アガツ一等兵が此度の作戦に志願している、連れて行け。あと二名、別艦
から順次向かうとのことだ。」

迷いのない、凛とした声。準備は整った。

「はっ!キネガイ少尉、発艦します!」
「帰ってきたら、特佐への昇進と・・・・」

残りの言葉は高まるエンジン音と、集中した私の意識から締め出された。これから、
死地へと向かう。余計なことは考えられなかった。





第二部へ

この作品を棚へ戻す。