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夏の太陽は空高く飛んで光のシャワーを大地へと降り注ぐ。 時の到来を感じ取った蝉達が己の子孫繁栄の為に地上へと姿を現す。 全ての自然が、そして空が透き通って光に満ち溢れる時。 それこそ夏の美しさ。それこそ夏の夏たる由縁。そして、夏の始まりには こんな物語りがあるのを人は御存じだろうか?私の夢。夏の夢。 一人の少年と少女の夢。御覧あれ、彼等が生き抜く夏の時間を! 悲しくも美しさに溢れた私の夢の欠片を今ここに語らせていただこう.........。 眩しいまでに明るい一室の窓際、ゆりかごの様に揺れる椅子に座った少年がいた。 まだまだ幼さが残る面立ち、だがその表情は子供のそれではなかった。 その目は何処をも見ておらず、かといって閉ざされている訳ではない。 白。彼を表現するならばその言葉を使うべきだろう。眩しい光を反射して輝く はずの笑顔は彼の元に無い。反射されるはずの光は彼を通り透かしていた。 「彼の状態はどうだ?」 室内を一望できるマジックミラー越しに、二人の男が立っている。 彼等の会話、無論指している彼とは少年の事に間違いはない。 「肉体的には問題ありません。」 「肉体的には、か。」 「はい。残念な事にショックが大きすぎた様です。」 「仕方あるまい。.....私たちの監督不行届でもあるんだ。」 「心中お察しいたします。すみません、息子さんを。」 「謝る事はない。私たちが間違っていたのかもしれない、ここに連れてきた、 私達が間違っていたのだよ。」 「しかし.....。」 「止めよう。こうやって会話を続けていると君達に責任があるように聞こえてくる。」 「ですから、それは......」 「次の私の予定は何だったかな、田崎君。」 「っ!.....B-047の初実験に立ち合う事になっています。」 「わかった、いこう。」 青いスーツに身を包んだ父親は後ろを振り返る事無く、静かにその場から立ち去った。 彼の部下である田崎が何か言いたげに後ろを振り向く。 少年は少しも微動だにすることなく、椅子に腰掛けていた。 田崎が姿の遠ざかる自分の上司を慌てて追いかける。椅子が、少し揺れ動いた。 少年がこの研究所に来たのは一月前だった。 夏になり、学校が休みとなった彼は、父親が住み込みで働いている場所へ母親と共に 遊びに来ていたのだ。当然そこには小学生の子供が遊ぶ為に用意されたものは全く 無いのだが、見慣れない土地に来たという事実は彼を興奮させるには十分だった。 しかもそこには普段いない父親がいる。時間さえあれば遊んでくれる父親に、少年は 憧れのまなざしを一層強くし、その力強い背中に隙さえあればしがみつくのだった。 父親の助手と呼ばれる田崎氏も、暇さえあれば色々と構ってくれる。少年はとても 満足して毎日を過ごしていた。 同年代の子供が何故か沢山そこにはいた。母親から父は先生なのだと教えられて いたので、少年は疑う事なくその子供達と遊ぶ。とても楽しい時間が流れた。 ただ一つ、少年が不思議に思った事。それは、遊ぶ友達が毎回毎回違うということ。 ある日父親に尋ねた少年は、やんわりとそれが彼等が家に帰ったからだと教えられた。 どこか釈然としないながらも子供は無邪気に笑い、遊びに時間を費やしていくのだった。 「おかあさ〜ん。」 「な〜に、翔太?」 「今から森に探検に行ってくるね。」 「いいけど、あまり遅くならないようにね。それと、あっちの森には近づいたら駄目よ。」 そういって母親は西の方向に広がる森を指差した。 「うん、確か猛毒の蛇がいるんだよね。」 「そう。だから近づかないようにね。」 「ラジャー!行ってきま〜すっ!」 「ふふ、元気ね本当。」 今年で小学校4年生になる自分の息子にはしゃぎ様に自然と微笑む。 だ〜っと駆けていく少年の背中を見送った後、彼女は読みかけの本に視線を戻した。 強い夏の日差しをその身でさえぎる緑に生い茂った木々の下を、一人の少年が駆けていく。 手に木の棒を持ち、行く手を遮る葉っぱを相手にしては、格闘を繰り返していた。 学校で抑えつけられた探究心と冒険心がここでは思いきり解放できる。 少年は伸び伸びと行動できる事に、とても充実した思いで時をすごしていた。 しかし遊びつかれて空を見上げると、すでに落ちてくる日の光はオレンジ色に変化している。 急に心細くなった少年は優しい母親の元へと帰ろうと思った。そこではたと止まる。 道が分からない。知らぬ間に少年は自分の知らない場所へと深入りしてしまっていた。 心細い上に急ごうとする彼の心が、確実に少年の冷静さを失わせていく。 眉間にしわを寄せて辺りを見回す少年。彼の心臓がその音を大きくしていく。 彼は走りだした。何処へ向かっているのか。少なくとも彼は母親の元だと信じている。 とにかくあの優しい母親の顔が見たい。少年の心はそれを求めて小さく鳴きはじめた。 「ただいま。帰ったよ。」 部屋に戻った男は違和感を感じた。部屋に戻ると真っ先に飛び込んでくるはずの 何かが来ない。彼は息を潜め、ゆっくりと部屋の中を歩きはじめた。 「あら、おかえりなさいあなた。」 急に背後から声をかけられて男はびくりと後ろを振り返った。 「どうしたの、そんな驚いた顔して。」 「あ、いや。翔太はどうしたのかな、と思ってな。」 「翔太?翔太なら森に探検に行ったわよ。」 「探検?」 「ええ、あの頃の子供はそういったものが大好きですから。」 「しかし遅くないか?」 「そうね。そろそろご飯の時間だし。あなた、すみませんけど翔太を呼びに行って くれませんか?」 森といわれたその場所は、敷地の区切りを壁で外と隔てている為、大人にしてみれば決して 広い場所ではない。徒歩で10分もあれば端までたどり着いてしまう。だが子供にしてみれば そこは広大な森だ。迷子になっても仕方がないとは言える。 「ああ、分かった。」 手早く普段着に着替えた彼は、手にした自分のスーツを暫く見つめていた。 焦点が合っていない男を母親の声が呼び覚ます。慌てて彼は外に歩き出した。 勢いよく壁に掛けられ、ゆらゆら揺れる青のスーツ。襟に一点の黒い染みがついていた。 森の中の少年の焦りはどんどん募るばかりだ。走り続けて息を切らす。膝に手をついて呼吸を 整えては、また走りだす。刻一刻と闇へと変ずる森は、少年の心をさらに急き立てた。 「はぁはぁはぁ。」 立ち止まるのは何度目だろうか。膝に手をついて呼吸を整えている彼に光と一つの窓が見えた。 一瞬呼吸を止めてそれに食い入る様にして見つめる少年。彼はまた走りだした。 歌が聞こえてくる。走り続ける少年はふとそう思った。 光が漏れてくる窓の近くから、澄んだ歌声が聞こえてくるのだ。 やっとの思いで窓までたどりつき、中を覗いた少年は落胆した表情を見せた。 そこは見慣れた部屋ではなかったのだ。やわらかい色の壁紙もなく、地が丸見えになっている 灰色の部屋。机が一つと椅子が一つ。先程から光を放っていたのは木製の机に置かれた、 一つのランプだった。机の上には一枚の紙と封筒、それと鉛筆が置かれていた。 「...........。」 どこからか声が聞こえる。部屋に人はいない。少年は声の主を探して歩き始めた。 「翔太〜!翔太、どこだ〜。もうそろそろご飯だぞ〜。」 幾度も幾度も叫んだが、帰ってくるのは自分の声だけ。初めは気楽に探していた男も、 次第に暗くなってくる森に幾らか焦らされていた。何より息子が見つからない。 立ち止まり、思考を凝らす父親は一つの可能性に行き当たった。きびすを返して歩き出す。 森の西へと向かう父親。それは確かに彼の息子が通った道だった。 「誰!」 がさりと動いた茂みに、ベランダに立った少女は身を固くしてすくみ上がった。 「死神さん?」 彼女の脳裡に大人達からから吹き込まれたイメージが浮かび上がる。 死神。この森は夜に死神がうろついているのだ。だからここから出てはいけない。 そう少女は大人達からに言い聞かされていた。以前部屋を抜け出そうとした時もそう。 その際にも顔面を蒼白にした大人達は何度も死神の事をくり返していた。少女は考える。 死神が向かえに来たのだと。急いで部屋に戻らなくてはいけないのだと。だが、 体は意思に反して動かなかった。 「だ、誰なの?」 半分叫び声のような感じで言葉を投げかける少女。茂みが揺れると小さな影が飛び出して来た。 「きゃっ。」 反射的に顔を腕で覆い隠す少女。恐怖のあまり膝ががくがくと震えている。 「ご、ごめんなさい。おどろかすつもりはなかったんです。」 そんな彼女の耳に届いたのは、小さな男の子の声だった。驚き半分に腕を動かす少女。 そこに立っていたのは、服の汚れた少年だった。 「ちいさな死神さん.....?」 彼女の頭からはいまだに死神の事が抜け切れない。ここに来てから今まで会った事が あるのは、全て大人ばかりだったのだ。子供なんて自分以外に知らない。 彼女の警戒心はまだ消えなかった。 「違うよ。死神なんかじゃないよ。」 「じゃあ、あなた誰なの?」 「僕、翔太っていうんだ。お父さんがここで働いてるから、遊びにきたんだよ。」 「じゃあ、お父さんはどこなの?」 「仕事。」 「やっぱり信用できない。あなた小さな死神さんでしょう、やっぱり.....。」 「違うよ!」 「じゃあなんでここにいるの。」 「森を探検してたら、暗くなってきて、それで、お化け退治をしてたらここに着いたんだ!」 「お化けなんか出ないわよ。」 「でるよ!だって僕が走ってた時、ずっと後ろを追いかけてきたんだもん。」 実際お化けなんかがいる訳はない。死神は別として、大人達はお化けの事など一言も 言った事はないのだ。後ろに誰がいると勘違いしたという事は、何かにおびえていたか、 または.....。 「あなた、迷子でしょう。」 「迷子なんかじゃない!」 男の子はむきになって言い返した。それで少女はすべてを理解する。 「じゃあ、早く帰りなさい。ここにいたらお父さん心配するでしょ。」 「え、......。」 いきなりの事に少年はどう答えていいか分からなかった。おろおろした後、泣き出しそうな 顔になる。 「ほら、迷子じゃない。」 「だって、外だんだん暗くなってきて、それで僕どうやって帰ったらいいか分からなくて、 それで、それで......。」 少年の顔が歪み、今にも大声をあげて泣きそうだ。 「ちょ、ちょっとまって。ね、泣かないで。いじわるしてごめんなさい。でも驚かしたのは あなたなのよ?レディの家に無断で入ってくるのは良くない、ってお父さんに言われなかっ た?」 「レディって?」 「私みたいな女の子の事。」 「うん、他所の人の家には勝手に入ったらいけないってずっと前に言われた。そんなの当り前 じゃん。」 「ほら、ね。」 「でも、そのレディがどうのこうのって言った事はないよ。」 「あ、そう......。」 少年は少しづつ自分を取り戻してきた。先程まで目尻にたまっていた涙はどこへやら、俄然 男の子らしく振る舞いはじめる。反して会話の流れを相手に取られた少女は少し困惑していた。 「.....た〜。」 「しょうた〜。」 遠くから声が聞こえてくる。少年はそれにぴくりと反応すると後ろを振り返った。 耳を澄まして、それから喜んだ様に少女に話しかける。 「お父さんだ!」 「そう、良かったね。」 少女は笑う。少年も笑う。 「うん。僕帰らないと。お姉ちゃん名前は?」 「私?私はね、美沙っていうの。」 「美沙おねえちゃん?うん、それじゃまたね!」 「うん、またね。」 急いで走りだす少年。 「お父さ〜ん!」 手を振りながら、辺りをきょろきょろ見回す父親目がけて一生懸命走っている。 「元気な子。.....またね、なんてずっと使ってなかった。」 そんな後ろ背中を見送りながら、少女は久しぶりに笑った事を思い出すのだった。 普段の生活。大人達がやってきては、自分の体、特に頭を調べて帰っていく。 長くて暇なその時間を送った後、食事をとって部屋に帰る。気付くと夕方で、 何もすることなくその日一日を終わるのだ。笑う事など一つもない。 たまに内緒で外に出て歌を歌う事以外、とてもする事などないのだ。 「手紙、書こうかな。」 長らく書いていない両親への手紙を書くべく、少女は机に向かった。 明日から楽しくなりそうだ。少女の心は、また来るであろう少年の事を思って軽やかになった。 彼女は今年で小学六年生になる。病気のため、長らく学校に通っていない少女は いつからかこの部屋で暮らすようになった。少女自身、何故そこにいるのか詳しく覚えていない。 ちょくちょく親に手紙を書いては、同じような日々を過ごすといった生活を繰り返している。 ただ、その送られているはずの手紙も覚えている限り一度も返事が返ってきた事がない。 「...........。」 「......。」 外から先程の少年と父親らしき人の声が聞こえる。少女は思わず笑っていた。 数日後の話。 「いってきま〜っすっ!」 「はいはい、冒険ごっこも程ほどにね。ちゃんと晩ご飯までには帰ってくるのよ。」 「はいは〜い!」 近ごろの少年は取り分け元気がいい。母親はその事を素直に喜んでいた。 元気な我が子の姿を見れるのは、どの親にとっても共通の幸せな事だろう。 宿題をちゃちゃっと済ませた翔太は森に突っ込むと、しばらくして西の方向に走り出した。 そして数分後。 「来たよ〜!」 あの少女の部屋にたどり着くのだった。しかし元気な少年の声は空しく響いただけで、 他には物音一つしない。だが慣れているのか少年は困った顔は見せず、部屋の横側に回る。 そこには庭に面したガラス戸があった。ためらう事なくそれを開いて部屋に寝転ぶ少年。 にま〜っと笑うと、部屋に差し込んでくる太陽の光を体いっぱいに浴びながら昼寝を始める のだった。開け放たれた戸からそよそよと風が吹き込んでくる。それは少年の髪を優しく なでると、部屋に緑の匂いを残して消えていった。 「.....ふぅ。」 近ごろ何故か体が軽い。彼女はそう不思議に思いながら廊下を歩いていた。 今まで無愛想だった大人達も近ごろ態度が柔らかくなってきたと思う。 これも全てあの少年が来てからだろうか。考えればそれまでの生活を実はよく覚えていない。 覚える価値のないものでもあったから、少女はまったく気に止めていない。 だが、少年が訪れて来た日から起きた事は全部覚えていた。あの翌日、いつもの様に体を 検査していた大人が突然驚く様な顔をしたのだ。他の大人を呼び集めては、何かデータ みたいなものを見て口をぼかんと開けている。そんな大人達がちょっと可笑しかった。 ふふっと笑うとさらに大人達は驚き、そして慌て始めた。その日の実験はいつもより 長かったと思う。気付けば少女は自室の前に立っていた。扉を開けると、そこには 何か人の形をしたものが横たわっている。部屋の香りもいつもと少し違う。 転がっている物体に近づいて少女は笑みをこぼした。 「くぅ。」 小さな男の子が寝ている。少女に元気を与えてくれる少年がそこには横たわっていた。 これで何度目だろう、この少年が私の部屋にくるのは。出会った日から毎日の様に来ている。 考えると、そろそろ一週間はたつのではないだろうか。まったく、何度注意してもレディの 部屋に無断で上がってくる。これはちょっとお仕置きが必要かもしれない。少女の顔には 悪だくみが浮かんでいた。 「む、..........ん〜〜〜〜〜!」 少年の鼻と口は少女の可憐な手で塞がれていた。もがく少年。かっと開かれた目に驚いて 少女は手を放した。 「ぷはぁ。はぁはぁはぁ、.....こ、殺すきかよ美沙!」 いつの間にか二年という年を乗り越えて対等の口で話すようになった少年。怒った彼の顔を 逆に睨み返す少女。今度は少年が驚く番だった。 「え、え、何、何だよ美沙。」 「レディの部屋に勝手に入ったら駄目って何回言えばわかるの。」 「美沙がレディ?嘘だぁ。絶対嘘だぁ〜。」 これまで幾度となく繰り返されてきた会話である。自分の両親からレディの意味を聞いた らしい少年は、少女がレディに当てはまるとは思っていないらしい。 一瞬少女の顔に青筋がたった。 「翔太〜?年上の人に向かってなんて口聞くの〜?」 「あ、そういえば美沙って年上だっけ?」 その言葉には少なからずくるものがあったのだろう。少女はさっと少年の頬をつまんだ。 「いてぇ、いたいって。こんにゃろ。」 少年もやり返す。それに乗じて少女はもう片方の頬もつまむ。なんとも間抜けた顔になる少年。 「ふぁふぁふぇ〜。」 放せと言いたいのだろう。だが残念な事にそれは言葉として少女の耳には入らなかった。 「放しなさいよ、翔太。」 お互いの頬がほんのり赤くなってきた。少年も両方の頬をつまもうとやっきになって手を 伸ばすのだが、少女の肘によってそれはすべて妨害されている。お互い涙目だ。 それでも手を放そうとはしない二人。その二人の間に一枚の葉っぱが窓の外から舞い降りる。 それを合図に二人はくしゃみをした。 「.....ちょっと冷えちゃったみたい。翔太、窓閉めてくれる。」 「はいは〜い。」 それを合図に二人は手を放した。 翔太は美沙の体の事となると急に静かになる。前に病気だということを聞いたからだ。 ただ何の病気なのかは知らないし、美沙の方もただなんとなく病気だって事を覚えてる というから、よく少年も分かっていない。しかしながら病気は病気である。前々から、病気の 人には親切にしなさいと母親から言われている翔太は素直な少年だった。 「で、今日は何をするの?」 美沙は赤くなった頬をさすりながらその場の仕切直しを図る。以前にこういう事があった際、 お互いが気まずくなってしまって長い間一言も言わない事があったからだ。こういった所では、 翔太より年上ということもあって自分を言い聞かす事に少女は長けていた。少年翔太の 顔は赤い。むすっとしている上に両側の頬が赤く林檎の様になっている。 「じゃあ、おままごとにしようか。」 「探検かくれんぼ。」 「いやよ。この前やった時に翔太また迷子になったじゃない。」 探検かくれんぼとは、森の中でかくれんぼをするというものだ。どこが探検なのか、それは 少年の心に聞く以外に知る道はない。 「ままごとは嫌だ。」 少女は何故か幼稚っぽい遊びしか知らない。少年は気付かないのだが、小学六年生が おままごとをするというのは少し異常な事である。確かに部屋には何も無いため、 漫画やテレビの話題をするというのが無理だが、それでも少し違和感が残る。 どこか、何かが抜けているのだ。 「じゃあ、また翔太の話を聞かせてよ。そしたらまた歌ってあげる。」 「え〜、また〜?」 「あ、そう。歌、聞きたくないんだ。」 ちょっとすねたように少年を睨む美沙。その仕草がかわいらしい。 「ずり〜!反則だよそれ〜!.....だぁ、ったく分かったよ。」 反論した少年は、その視線の攻撃に耐えられる事なく一瞬で撃沈した。 「やった!」 美沙は少年によく学校や外の話を聞く。まるで行った事がないかの様に、目をきらきら させて翔太が話す事に聞き入るのだ。一週間通い続けている少年は、これで話せといわれた 回数が4回目になったとため息をついた。彼女といる事は確かに楽しい。彼女が歌う歌は 一般にみんなが歌うものとは異なるものがあって、その歌声を聞くととても穏やかになる。 何はともあれ、これが淡い恋心だというのに気が付くには少年の心はまだ幼かった。 だから少年は我慢して、少女に自分が今まで体験してきた事のほとんどを話すのだった。 夏休みの事、母親の事、父親の事、家の近所のガキ大将の事。とにかく色々話す。 そして美沙はそれに頷き、たまに質問をしてはまた話しを促すのだった。 いつしか時は過ぎ、翔太は家に帰る時間になる。少女の歌を聞いていない彼は、割に 合わないと駄々をこねた。美沙は苦笑し、歌いながら少年を家へと送り出す。 元気よく手を振って走りさっていく少年。虫の声が響く庭に、静かな歌がこだまする。 少年の姿が少女の視界から消えると、はたと歌は止んだ。合唱していた虫達も、 何故だか今はその調べを止めている。口を抑えている少女。手を放した口には、 大量の血が付着していた。 |