破神伝〜伝わらない物語〜
「何度もあった平凡な始まり」
     




豊かな緑に恵まれた国の一角に、針葉樹が立ち並ぶ緑のヨルサワ山がある。
その美しさに療養のため訪れる人も少なくなく、人々の憩いの場として
親しまれていた。また良質の木材が多くあることから、木こりの宝庫として
林業が栄えた場所でもある。朝には隣接する山に白い霧がかかり、人々の
目を楽しませていた、そんな場所である。

しかし、数年前からそんな平和な事情も変わってきていた。荒くれ者が山に
住み着いてしまったのである。ただの荒くれ者ならば「人熊」と恐れられる
ヨルサワ山のきこりに敵うはずがないのだが、それが三国に名だたる盗賊団
だったのだから話は変わってくる。元々沢山の山が隣接し、開発された場所
以外は立ち入れば遭難してしまうほどの濃い森が存在しているヨルサワ山は、
隠れ家としても格好の条件を備えていたのである。しかして盗賊団の一行により、
山は人が踏み入ることのない荒くれの巣窟へとその姿を変えてしまっていた。

麓の町の住人はこの非常事態に対し、盗賊団に賞金をかけて対処を図った。
村のほとんどの人がきこりであるその村にとって、山は自分の命相応の物である。
早急に問題を解決しなければ言葉どおり生活が成り立たなかったのだ。しかし、
数々の賞金稼ぎや冒険者達がこの地を訪れるものの、その全てが敗れ去ったのである。
その噂を聞きつけた旅人達は次第にその村から足を遠ざけ、自然と盗賊団を倒そうと
考えるものがいなくなった。それに追い討ちをかけるように、今までの恨みとばかりに
盗賊の村に対する暴行はひどくなり、町はさらに寂れていった。

この事態に追い詰められた村長は、村に残るなけなしの金をかき集め、
その方面の企業に仕事を依頼することを決断したのであった。


ウェボール山の北麓の一角に日の光りから隠れるように存在する洞窟で、数刻前から
血みどろの戦いが繰り広げられていた。

「おぉぉ!いい加減、消え去れぇぇ!」

続く戦闘ですっかり枯れてしまった声を、それでも腹の底から吐き出しながら男が
立ち回っていた。藍色のフード付きコートにから両手を突き出し、直径2メートルもの
水の球体を飛ばす。疾風の如き速さで目標を包んだ球体は、すくみ上がった敵に命中
すると、一瞬にして野球ボール大の球へと凝縮する。

「グぼぁぁぁ・・・」

断末魔の叫びだったのか、それとも液体が無理に凝縮された音だったのか、思わず耳を
塞ぎたくなる音が反響する。鈍い音と共に地面に転がったのは、哀れにも先ほどの力に
よって野球ボール大の肉塊へと化した「物」だった。うっすらと水の膜が物の周りを
覆っている。その力によるものなのだろう、肉が飛び散ることはなかった。

「はぁはぁはぁ〜ぁ〜。あ〜やっと終わった!もう居ないよなぁ。」

フードを後ろへ払うと、鈍く光る髪を掻きあげながら男というにはまだ若すぎる
青年がため息をついた。後ろを振り返り、何時の間にか壁にもたれかかっていたもう
一人に声をかける。先ほどの戦闘まで誰もいなかった場所に女が立っていた。

「あら、結構かかったじゃない?強かったのかしらその盗賊。」

青年と同じフード付きのマントを羽織った女はうっすらと微笑みを浮かべている。

「タニアさん!それは、ないでしょう?なんで、助けてくれ、なかったん、すか。
そこでずっと、見てたくせに。はぁ・・はぁ・・・はぁ、しんど。」

青年は膝に手をついて顔だけを上げると、呼吸を整えながら女性の言葉に苦笑した。
女性タニア=ノールスンはそれを聞くと困った様な笑いを浮かべ、茶化すように
組んだ手を上げて伸びをした。

「だって、服が血で汚れるのが嫌だったんですもの。」

暗い洞窟の中にでうっすらと浮かび上がる笑顔が似合いそうな、奇麗と言うよりは
可愛らしいと言う顔だち。大きな瞳が彼女のチャームポイントとなっている。
ぽちゃっとした感じがするものの、出る所はでていて、引っ込むところは引っ込んで
いるプロポーション。すこしおじさんに人気がありそうな顔だが、町を歩けば同年代の男
性が少なからず言いよってくる。そんな彼女、推定年齢24歳は戦っていた青年の上司であり、
戦闘においてのパートナーでもある。

「そんなぁ、俺ってその服以下の存在ですか?」

大分楽になった青年は、腰に手を当てた状態で立つとタニアに向かって歩きながら、
いつもの調子で仕方のない先輩をなじった。

「まぁいいじゃないの。アー君も無事だったんだし、結果オーライって、ね?」

最後にごまかすように笑う姿が、彼女の自由奔放な部分を憎めない原因でもある。
呆れ顔で見つめてくる青年、アルスの顔を覗き込むと笑顔で小首をかしげる。

「アー君」とよばれた人物、本名アルスヴェル=カノンは17歳の青年である。目じりが
すっと切れ上がった、誰の目から見てもスポーツ少年の顔立ち。短めにカットされた
珍しい銀色の髪は奇麗に整えてあり、オールバックになっている。先ほどの戦闘で
受けた返り血を少し顔に浴びているものの、それを全く意に介していない。ただそんな
彼も、タニアに見つめられてほんのりと赤く顔を染め、慌てて彼女から顔をそらした。

「タ、タニアさん、そのアー君っての止めてくださいよ。」
「あら、照れてるの?うふふ、かっわい〜アー君、抱きしめたくなっちゃう。」
「や、止めてくださいよタニアさん。」

抱きしめたくなっちゃうといいながら、本当に手を回して抱きついてくるタニアに
あたふたとさらに赤くなったアルスは、まるで湯で上げた蛸の様に真っ赤になった。

「ちょ、ちょっとタニアさん、苦しいですよ。」

彼女の身長のほうが少し低いため、ちょうど今彼女の胸はアルスの肺のあたりを圧迫
していた。ある人物いわく90センチ以上はあると言われる彼女の胸は、あまりにも
彼女が強く抱きしめるため、アルスの呼吸を困難にしていた。一向に放そうとしない
彼女を見てさすがに冷静になったアルスはため息をつくと、禁句とされている言葉を
投げかける決心を固めた。

「ったく、本当にタニアさんはガキっすね。だからいつまで経っても彼氏ができない
んですよ。」

すると顔をアルスに擦り付けていたタニアの動きがぴたっと止まった。回された腕は
そのままなのだが、呼吸までもが止まっている。対して、アルスは冷や汗だらだらである。
タニアと決して短くはない付き合いであるアルスは、この後の自分の身を必死になって
予測しようとした。

タニア暴走対策最終手段「彼氏いない砲」。これを使うとたいてい彼女は怒るか沈むかする。
そして沈む分には丸一日無視されるだけなので可愛いのものなのだが、怒るとアルスで
さえ手がつけられなくなる程恐い。付け加えていうと、本気になった彼女が術を行使する
ならば、洞窟一つなどあっという間に吹き飛んでしまうのだ。顔は可愛いくとも、上司は
上司である。その力は本物で、見かけに騙されたら痛い目にあう。現実は厳しい。
だが、以前に抱きつかれた際には気持ちがいいからと、15分間も拘束されたのである。
任務中である今の状況でそれは避けたい。

静かな沈黙の後、タニアがそっと顔を上げた。その表情は前髪に隠され、上からでは確認
できない。すっと空気を吸う音が聞こえ、何か言われる、と覚悟した丁度そのとき、洞窟
の奥から誰かが駆けてくる音が辺りにはっきりと響いた。

「ちっ、敵か?まだこちとら疲れが取れてないってのに。」
「・・・・・。」

内心小躍りしたい気持ちを抑えつつ、いまだ解放されない自分の体を気にかけながらも
顔だけ音のする方向へと向ける。唯一自由に動かせる腕だけを動かし、手を胸の前に
組み呪文を唱える態勢に入った。なんとも間抜けな格好である。

タニアはというと何かを言おうとした瞬間に止められた状態のまま止まっていた。
ますます大きくなる足音。もしこの時に注意深くその顔を確認することが出来たなら、
可愛らしい顔には青筋が浮き上がり、彼女が爆発寸前だったと言うことが分るだろう。

『タ、、タニアさん恐え〜。』

表情こそ見えないものの、ひしひしと伝わってくる怒りの波動にアルスは内心すくみ
上がった。これから何が起こるのか、前例のない事態に自分が浮き足立つのを感じる。

「・・・ひとりだぁ?」

ぼそっと呟かれた女性の低い声。
この時、滅多に敵に同情する事のないアルスも今回ばかりは敵の身に降りかかるであろう
運命を憐んだ。なにせその原因を作ったのは他でもない、彼自身なのだから。
自分が結晶にならなくて済んだ安心感から、余裕のできた思考でせめて自分の手でとどめ
は刺してあげようと考える。足音は最大に大きくなり、人型が姿をあらわした。

「どの面下げてあたしの邪魔するんだぁぁぁ!」

怒号が響いた。ゆっくりと手を解放したその主はゆらりと体を捻ると、複雑な印を
手で結び続けていく。

「あぁん!?ふざけんな?私に彼氏がいないからって馬鹿にしてるんじゃねぇよ!」

しかも錯乱しているようである。

ガガガガガッ。

慌ててその場を離れるアルス。同時にタニアの周りの岩が盛り上がり、鋭い矛先を形作っ
ていく。そして、立ちすくんだ人影に向かってそれらは一斉に発射された。
洞窟の通路を埋め尽くす岩の矛。続いてタニアの手の先で次々に尖った岩石が形成され、
敵に向かって飛び出していく。息もつかせぬ攻撃の嵐。距離をとったアルスは体から血の
気が引いていくのをはっきりと感じた。標的は自分だったかもしれない。

「う、うわああああ!」

哀れ岩石を食らう羽目になった敵は、非常識な攻撃に情けない声を上げた。
もうもうと舞い上がる岩の粉塵。騒音の中に人影は為す術もなく崩れ落ちたかに見えた。
しかし、未だ鳴り止まぬ地響きと煙の中からわずかに人の動く気配がしたのを、二人の
戦士は見逃さなかった。逃げ場を埋め尽くす岩石全てを破壊したとでもいうのだろうか。
アルス達の間に不穏な空気がよぎる。

「アルス君っ!」

異常な事態にさすがに我に返ったかタニアが声を上げた。

「あ・・・はっ、はい!」
「何ぼけーっとしてるの!さっさと手伝う!」

突然の出来事に一瞬訳が分からなかったアルスは、我に返ると慌てて水の球体を形成した。
急いで球体を挟んだ両手を突き出す。一呼吸ついて放とうとした瞬間、聞き覚えのある声に
アルスは自分の耳を疑った。

「てめぇ等〜、俺を殺す気か!一体全体、このボルス様に何の恨みがあるってんだ!」

聞き覚えのある声、最初に反応したのはタニアだった。

「ボルス!あなた、仕事は終わったの!?」

ボルス、本名ボルベス=カーサスは土煙の中からのっそりとその姿を現わした。
無精髭に逆立てられた髪。普段は少し垂れぎみの目を今は怒らせ、二人を睨みつけている。
マントを腰に巻きつけ、二メートル近い体をプレートアーマーと黒革のズボンで包み込んだ男。
両手には長さ1メートル半程の鉄の棒を構えている。先ほどの岩石は全てそれで破壊した
のだろうか。アルス達が白い肌でどちらかというと術使いの様に見えるのに対し、褐色に
日焼けした肌とその盛り上がる筋肉。かすり傷が数本程度の怪我しか認められない。

「あったり前だろうが。俺がこんな所の雑魚共に遅れを取るかっ!」

握り締めた棒を振り払い、未だ興奮さめやらぬ顔つきで叫ぶボルス。
そんな彼に対して、タニアは冷静に二言で彼を労った。

「あら、そうなの?ふ〜ん、御苦労様。」
「ボ、ボルスさん、お疲れさまです。」

アルスはひきつった顔を頑張って抑え、自分の先輩への労いの言葉をかけた。
そんなアルスに気が付くと、ボルスは二本の鉄の棒をベルトの左右のケースに収めた。

「おう。おまえもな。しっかしなんだ今のは。普通、一介の敵にあんな大それた術をつかう
もんかね。いつぞやの訓練よりマジだったぞ今のは。そんなにここの敵は強かったか?」
「ああ、いやそれはですね・・・」

まいったという風に片手を挙げ、ひらひらとさせながら二人の近くへと歩み寄る。
すかさずタニアが口を開いた。

「ちがうのよ。聞いてボルス。アー君がね、私の事いじめるのよ。それで少し頭に血が
上っちゃって。ボルス〜、一言言ってやってよ。アー君たらさぁ。」
「ほほうなるほど、そういう事かアルス。お前さんのお陰で俺は死ぬ思いをしたってんだな。」

ろくに説明もしない内に知った様な顔をしたボルスは二カッと白い歯を見せた。

「でっでも、先に俺を窒息させようとしたのはタニアさんなんですよ。ボ、ボルスさん、
待ってください。その指の間接鳴らすの止めましょう、ね、お願いですから。こっちの
話しも聞いて下さいよ。」
「いやいや、まだわかっちゃいねぇようだな。タニアはうちの事務所のアイドルだぞ。
その人のリクエストとあっちゃ、断わる訳にはいかねぇ。そろそろ理解しろよな、元新入り。」

慌てて弁解を試みるアルス。しかし聞く耳を持たないボルスにどこ吹く風のタニア。
もう何度もボルスの腕力を味わったことのあるアルスは後ずさりながらも頑張った。

「だ、だって、タニアさん俺を抱きしめたんですよ?こんな敵地でそんな事されたら、
だれだって!」

逆効果だった。

「抱きしめられた?・・・アルスヴェル、どうやら俺を本気で怒らせたようだな。」
「ちょ、ちょっと待って、タ、タニアさ〜ん!」
「却下。やっちゃって、ボルス。」
「がってん当たり前だ。うちの事務所の胸を独占しやがって!ただではおかん!」
「一言いうだけじゃないんですか!」
「アルス!男ってのはな、拳で語るものだぜ?」

二人の間で今までも何度と無くやりとりされた会話が展開する。

「......やり返したらもっと怒るくせに。」

そして余計な一言を言ってしまうアルスヴェルの癖は一生治らない。

「アルスヴェ〜ル!」

悪魔の咆哮。その叫びは対象となる相手を金縛りにするボルス専用スキル。多分。

「嘘です、嘘ですよ!まってくださいよ、先輩!って、ああ〜!」

万力で頭を締め付けられたかの様な痛みに、叫び声が洞窟内にこだまする。
薄暗い洞窟の中、その声を聞くものはたったの三人だった。敵が来る気配はない。

他の生き物はすでに言葉さえ理解できない状態で床という床に転がっていた。
アルス達のいる場所から更に奥、洞窟の一番奥にある部屋の壁がどす黒く染まっている。
それは、盗賊団の頭領がすでにこの世にいない事を如実に物語っていた。

この物語りはアルスヴェルと残り数名の人物を中心として綴られていく。
まだ見たこともない幾多ものダンジョン。そして敵。運命という名のあやつり糸に翻弄され、
彼等は大いなる聖と邪との戦いにその身をゆだねる事となる。先に待つのは聖か、邪か。
時代とともに繰り返された、終わりなき戦いの一部が今、ここに開幕されようとしていた。

「ところでボルス。」
「あん?」
「事務所の胸って何よ?」
「あ、いやその、それはだな、タニア。」
「・・・きっちり、説明してもらいましょうか。ボルベスせ、ん、ぱ、い?」
「わ、わりぃ!冗談だ、な、だから!」
「言い訳はぁ、聞きたくないんだからぁっ!」
「う、うわああああ!」

彼らの旅はまだまだ続く。





あとがき:

三年以上放っておいた小説を手直しいたしました。大分会話の流れが変わっ
ています。「前置き」からすると20世紀から21世紀にまたがって更新した
この小説。本当に長い期間を空けての更新となりました。現在大まかな流れは
既に組みあがっており、書きたいシーンが思いつき次第更新していきます。
ところで、これくらいの長さで最後まで退屈しなかったでしょうか?出だしは
まだまだ改善の余地ありと思っていますので、またその内に変更するかもしれ
ません。まだまだ自分でも文章に無理があるのを感じています。
まずは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

初版<7/2/01> 最終改訂<3/6/05>




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