とうとう俺にもバトンがまわってきてしまいました。総萌大学萌学部教授、御存知LAN騎です。










さて、これまでに四人の方が”萌え”についてテキストをお書きになられました。
萌えの起源、漢字的意味、ちょっとした小ネタから放送事故まで、さまざまなテキストが”萌え”という主題に沿って生まれてました。
四人の方々が自身の解釈で”萌え”を検証しながら、そして此処へ至ったわけであります。
今までに四つのテキストが書かれたわけですが、それら良テキストにより一般の方々の関心・理解を得られたところで、俺の番がまわってきました。
俺のことを良く知る皆さんが、きっとこの俺に期待しているであろうことはすでに明白です。ええ、わかってますとも。



俺に逸般人向けのテキストを書けと言ってるんですね。



四人の方々のように俺は一般人に優しくありません。
理解出来ないことが多々あると思いますが、そこは苦く笑って、許してやって下さい。
では、五番手である俺の”萌え”考察。いきたいと思います。










”萌え”



近年、ヲタクの間ではこの単語が挨拶さながらの頻度で使用されている。
しかし、これは間違った傾向であると俺は主張したい!なぜなら、”萌え”という言葉にはもっと深い意味があり、高尚な言葉であるからだ!





そもそも”萌え”という感情は、性欲でもなく愛情でもなく、言うなれば『性欲を愛情がコントロールしている状態』と定義づけることが出来る。
ブルマを見てハァハァしたり、巫女服を見てハァハァしたりするヲタクは五万といるだろうが、実際に暴行を働くようなヲタクはまずいない。
”性欲”というカテゴリーでスッパリ分けれるような感情ではないのだ。もし”萌え”という感情が”性欲”と同義であれば、人間以外の動物にも”萌え”という感情が存在することになる。
あなたは小学生にハァハァする犬を見たことがあるだろうか?眼鏡っ子にハァハァする猫を見たことがあるだろうか?
否、それは有り得ない。ということは、”萌え”という感情は極めて人間らしい感情だ。つまり、二次的欲求であると言える。
しかし、”萌え”のベースが”性欲”あるということも完全に否定は出来ない。なぜなら、健気なメイドさんに勃たない男はいないからだ。
話が少々下品になったが、そういうことである。”萌え”=”性欲”ではないが、まったくNoとも言えないのだ。





ならば”萌え”とはどういった感情なのだろうか。
”性欲”でないとするなら、次に挙げられるのは”愛情”である。
ヲタクというものは自分が”萌え”たモノに対して、かならずと言っていいほど愛情を注いでいるものだ。執着心と言ってもいい。
それが今日における即売会やキャラフェスといった一大ムーブメントを築き上げる原動力になったわけだが、この『愛情』とは異性間における恋愛的な感情ではなく、むしろ、かのゴータマ=シッタルダが唱えた無償の愛”Agape”に相当するものと思われる。
そう、好きなキャラクターのグッズを買うためにいくらお金をつぎ込んでいたとしても、見返りは全く望んでいないのだ。
それが、”萌える”という感情の最大の原則である。
つまり”萌える”とは、『感情の動機の大部分は”性欲”から起因するが、その”性欲”を”無償の愛”で抑制、または転換する』という極めて高度で理性的な情動と言えないだろうか。



だからこそ”萌える”という言葉を挨拶代わりに使ってはいけないと思う。
なぜなら、”萌える”という言葉は世において『無償の愛』を実践している”ヲタク”という民族の、最高の誇りである言葉だからだッ!!




















いかがだったでしょうか、俺の魂の咆哮。
それらしいことを、それらしく、それっぽい字数で、それらし気な単語を連ねて書いてみました。お目汚しですいません。



さぁさぁ、続いて六番手を担うのは、”福井の眠れる獅子侍”こと『漢のススメ』のかずきさんです。
”萌え”というテーマに対し、いったいどのようにして斬りかかっていくのか。










兎にも角にも続きは次回!期待して待てッ!!






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