撮影ポイント 語らいポイント ステーキもゴミ箱も豪快だ
軍事基地とは広大な面積が必要だと実感できる。通信基地とはいえ、機密を保持すること、基地を守ることを考慮すると、有事に備えてこれだけの視界が必要なのだ。人の出入りを監視することが守備の基本であるに違いない。とはいえ、基地管理区域の中ほどに広い芝生の広場があり、一般開放が黙認されている。世の中が平和だと、空気や水のような存在と同様に「基地」について何の話の端にも登場しないが、きな臭くなってくると、基地返還問題や、立ち入りの規制やイベントの中止などが取り沙汰される。平時であれば、フレンドシップデーと称して、桜祭りや盆踊り大会が催され、陽気なアメリカ人たちが大人も子供も屋台を出したりする。ビールやハンバーガー、リブステーキなど本場の味が楽しめ、所属部隊のマスコットグッズの販売もある。
アメリカは、戦争を仕掛けることでイラクの大量破壊兵器の存在を証明しようとする。実際には景気の低迷がそれを欲している訳だが、「経済は魔物」という言葉を免罪符のように使うのはやめて欲しい。
富士山が丹沢に隠れて見えない 葉桜でもこれだけ続くと見事 桜の天井で道路は覆い尽くされる
桜祭り
桜祭りのときは、相鉄線瀬谷駅から歩くのが賢明だ。約3kmの海軍道路は桜祭りのメイン会場へ向おうとする車の列で、入り口をネックに上下線とも大渋滞になる。お花見場所に出店される、ヤキソバやタコヤキなどお馴染みの露店をはじめ、米軍関係者による日本では味わえないコーナーも並んでいるし、舞台ではいろいろな出し物が催され、芝生にビニールシートを敷いてゴロリと寝転がりながら、春の一日を満喫できる。ただし、青空天井なので、日焼けが苦手な人はUV対策クリームを念入りに。
盆踊り大会
盆踊り大会といえば、ショッピッングカートや手押し台車などをガラガラいわせながら基地に向う日本人の姿をよくみかけた。今のように比較的容易にアメリカビールが手に入りにくかったから、関税のかからない基地の中で、しこたまケース缶ビールを買い込んでいた。とにかく、アメリカ人は陽気だ。2002年、テロ事件で開催が危ぶまれたものの、厳重な警備の中で「盆踊り大会」を、盛大かつ無事に乗り切ってしまう。
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 かつての日本では、軍事予算というものが聖域化しており、その争奪に地域こぞって血眼になった。今の在日米軍上瀬谷通信隊の基地もその成り立ちを探れば例外ではない。当時は「横須賀海軍資材集結所」といった。相鉄線瀬谷駅引込線が「海軍道路」に沿って敷設されていたらしい。海軍道路は真北に一直線に約3キロ続く。一説には緊急用の滑走路だったらしく、灯火管制下でも北極星と富士山との目測で離発着を決行できるようにつくられたともいう。厚木基地も同様に海軍道路と平行する位置に滑走路がある。あちらは真南の江ノ島から真北の北極星に進入できるという好条件を備えており、航空基地として申し分がないといわれるゆえんだ。道路の両側に桜が植えられたのは、当時、米軍がヘリコプターを足代わりに使っていたため滑走路が不要だったこと、トラック輸送が主で資材の積替えが必要な鉄道も不要にだったこと。ちなみに、終戦時、日本海軍の通信設備に目を付けて接収したものの、米軍が進駐してみると、線路と地中ケーブルは盗まれていたという。盗んだ「組」は今、中堅どころの土建屋になっていると土地の古老が話していた。

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