天台宗醫王山東福寺宝積院相模 新西国第二十一番霊場
平塚市上平塚13−34 (0463)34−5253 フレームを復活させる 

 

宝積院 大山背光 花脇侍

花水川と大山を背にした良き地形にあり 、天台宗の寺院です。山門の両側には寛政9年(1797)と宝暦3年(1753)の六地蔵が立っています。
静かな落ち着いた雰囲気の寺院です。墓地には宮崎拡堂とその子三昧(さんまい)の墓塔があります。拡堂は文久2年(1862)頃、現在の八雲神社南東の小高い地に「成器塾」を開き、平塚近郊近在の子供に教育を施し、その結果多くの高名な子弟が輩出しました。また長男三昧は東京、日日、東京朝日で新聞記者生活を送り、小説も著し文壇で活躍しました。

◎宝積院薬師堂は本尊薬師如来像で、上平塚の鎮守梵天社すなわち現在の八雲神社の本地仏でした。南北朝時代の作で、髪際、目鼻立ち、複雑な衣のしわ等、宋元風の特色を現しているといわれ、平塚市の重要文化財に指定されています。なお薬師如来とともに、脇侍の日光、月光菩薩、十二神将もあわせて祀られています。

『新編相模国風土記稿』 巻之四十八 村里部 大住郡巻之七
徳川幕府が11年の歳月を費やして天保12年(1842年)に完成させた相模国の大地誌である。 全126巻におよび、村々について歴史・地理・寺院・神社等を詳述しており、江戸時代の相模国各村を知る貴重な史料である。

○寶積院 醫王山東福寺と号す、天台宗、土屋村大乗院末、

本尊 地蔵 △稲荷社、△辧財天、△薬師堂、宿内梵天社の本地佛を安ず、
慶安2年(1649)8月3日、三石五斗の堂領を附せられ、御朱印を賜ふ、

 

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