天宗院天台宗
平塚市土屋フレームを復活させる

散松葉 苔段ふみし 歴史見ゆ

苔が生え磨り減った階段、なんとも言えぬ味があります、松の手入れが行き届き階段の登りが苦にならぬ,

『新編相模国風土記稿』より、

○天宗院 八澤山東圓寺と号す、古は真言宗なり、

正保4年(1647)天台に改め江戸浅草東光院末、定圓寺と号せしが、
明る慶安元年(1648)東叡山の免許を得て今の山寺院号を稱すと云
按ずるに、延宝7年(1674)2月、本寺より当寺へ與へし文書に、相州東圓寺、当寺末寺候間、自今以後、加山号院号、為八澤山天宗院とあれば、此時より山院の号を唱へしなり、慶安元年(1648)と云は誤なり、

開山 眞慶延宝6年(1678)11月8日卒、

開基 は地頭田澤久左衛門なり承応3年(1654)5月27日死、法名点宗院心誉了清安徹

本尊 三尊彌陀    △薬師堂 

△地頭田澤氏墓碑五基 田澤久左衛門以下、分骨を納むと云茶湯料として新畑八反を寄附す、

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