宗信寺日蓮宗
平塚市南金目2336     (0463)59−7235フレームを復活させる

『新編相模国風土記稿』

○宗信寺 蓮性山と号す、本寺前に同、慶長10年(1605)起立、

開山 日了元和3年(1617)3月朔日卒、
開基 森播磨守吉秀元和9年(1623)6月19日死、法名蓮行院法健日宗、今子孫村民にあり、

本尊 三寳祖師、

本山二十五世、日暹が書せし曼荼羅寛永7年(1630)5月13日授興之、相州大住郡金目郷、蓮性山宗信寺、常住本尊也、新地修造之檀越、播磨守蓮行院日宗と裏書あり、一軸を寺宝とす、 △七面堂

 金目川の畔、宗信寺の境内に平塚農業高校、秦野高校「発祥の地」の碑が高く建っています。明治19年(1886)5月大住、淘陵(ゆるぎ)足柄上の三郡共立学校がここ宗信寺に創立開校しました。
これが上記二校の前身で、その後明治32年(1899)に中郡共立学校と改称して金目川をへだてた法傳寺の東側に移るなど幾多の変遷を経て今日に至っています。

次は 安養寺 0.0k


ホームページ