吉祥院
平塚市寺田縄66-1     (0463)58-1441フレームを復活させる

古仏前 にわか信者も こうべ垂れ

『新編相模国風土記稿』

○吉祥院 瑞雲山と号す、曹洞宗伊豆国賀茂郡宮山村最勝院末、

草創の年代は傳へざれど、慶安2年(1649)の呈書其文下に註記す、に、二百二十余年の古跡たる由見えたれば、永享(1429~1440)の頃起立せしなるべし、

開山 噩叟宗俊(ガクソウ)文明18年(1486)11月19日卒、
慶安2年(1649)住僧禅長が奉行所に出せし書の案に、吉祥之院義は、噩叟和尚者、報恩開山、総寧四代春屋宗能和尚之法嗣也、春屋七派之内、一派之其内也、噩叟和尚者、於吉祥院示寂了、吉祥院開闢二百二十余年之古跡、有由来霊地、於叢林無其隠者也、噩叟和尚開山所、伊豆州下田壽福寺、相州寺田縄郷吉祥院之外、無御座候云々、
中興開山 佛山長壽本寺十世、慶長12年(1607)3月22日卒、

慶安2年(1649)8月、寺領十五石の御朱印を賜ふ、

本尊 釈迦

△衆寮 △天神白山合社 

○寶勝院 前寺の末なり、本尊 阿弥陀 ※廃寺

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