慈眼寺曹洞宗
平塚市豊田打間木419  筺。毅機檻隠械横フレームを復活させる

慈眼寺 福聚山と号す、曹洞宗、宮下村大智寺末、本尊地蔵、
開山 梅岑文秀 本寺九世、貞享3年正月14日卒、(1686)

打間木村 豆知識

豊田郷に属す、
江戸より十六里、民戸三十六、東西七町余、南北六町余、東、新土村、西、小嶺村、南、豊田本郷・小嶺・宮下・平等寺四村入会地、北、下島村、及小嶺・宮下・平等寺三村入会地、

検地は慶長8年(1603)なり、堀田備中守正篤領す、御入国後、石川興兵衛知行、寛永年中 (1624)御料となり、宝暦10年(1760)正篤が先世に賜ふ、

○玉川 村東を流る、幅七間、堤あり、高九尺、
○谷川 西方を流る、幅三間、


「不許葷酒入山門」
「葷酒山門(くんしゅさんもん)に入るを許さず」と読みます。
仏教の教えによって、葷(ニラ、ニンニク、ネギ、カラシ)など酒を飲食したりして山門に入るのを禁じるという塔です。
禅宗の曹洞宗寺院にあるだけの塔です。

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