法傳寺日蓮宗
平塚市南金目867      (0463)58−0051フレームを復活させる

『新編相模国風土記稿』 巻之四十九 村里部 大住郡巻之八

○法傳寺 大通山と号す、法華宗身延山久延寺末、

開山 日傳十三世寶聚院と号す、天文17年(1548)12月11日卒、

天文元年(1532)小田原新久に創建す、天正14年( 1586)北條氏境内三箇條の制札を與ふ、曰、禁制、寺内竹木生花以下剪取事、他邦之者、住持無合點而宿借事、見物之貴賤致狼藉事、以上、右三箇條於違之輩者、可令披露、可處嚴科者也、 仍如件、天正14年(1586)丙戌12月27日、法傳寺、雪簡奉之、北條氏虎朱印、按ずるに、制札の文に縁れば、当時境内に草木を植、花時には遊観の人ありしと見えたり、

延宝5年(1677)3月住僧日通本寺三十世、寂遠院と号す、延宝7年(1679)2月11日卒、当村に引移して再建す、故に此僧を中興開山とせり、
中興開基は村民二人一人は喜兵衛と称し、藤間氏なり、正徳2年(1712)7月3日死す、法名道源日到、一人は彌左衛門、柏木を氏とす、天和2年(1682)正月3日死す、法名宗信日修、共に子孫あり、あり、

本尊 三寶諸尊を置

【什寶】△経文切一軸日蓮筆当寺十一世日承の裏書あり、△北條氏制札一通其文前に註す、△七面堂

古花水橋の欄干が在るが?

 

次は 不動院 約0.9k


ホームページ