平等寺
平塚市平等寺 フレームを復活させる



平等寺の 鐘音いつしか 消えて去り

新編相模国風土記稿』より

平等寺 豊田山醫王院と号す、古義真言宗、岡崎金剛頂寺末、

建久3年(1192)、鎌倉将軍家より、祈願ありし古刹なり、

【東鑑】(あずまかがみ)曰(いわく)、

御臺所(ごだいしょ)御産気相模国神社佛寺、奉神馬被修誦徑云、平等寺、とある。

本尊正観音、弘法作 長一尺五寸、

寺領十石三斗よの御朱印は、慶安2年(1649)8月賜はれり、

△天満宮、△稲荷社、△薬師堂、

本尊行基作、長三尺五寸、

△鐘楼 正保3年(1646)、鋳造の鐘を掛、

○阿弥陀堂 平等寺持、との記述あり。

※古く昔、平等寺は美しく立派なお寺でしたね。

平等寺村 豆知識

平等寺村

江戸より行程、及豊田本郷村より分村せし事、前村に同じ、村内に平等寺あり、因て村名とす、

民戸二十三、東西十一町、南北八町余、

今領主堀田備中守正篤、

検地は寛文6年(1666)4月、坪井治右衛門良充糺せり、

大山道 幅二間係れり、

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