▼▼▼新選組考察▲▲▲

●ダンダラ羽織

新選組と言えば「だんだら羽織」がトレードマークだと言っても過言ではありませんね。
このダンダラ羽織は浅葱(あさぎ)色麻地裾に白地の山形模様をあしらったもので、人気歌舞伎の
『仮名手本忠臣蔵で赤穂浪士が身に着けていた討ち入り装束に擬えたデザインと言われ、大丸呉服店(現・大丸百貨店)に作らせたと伝えられています。ちなみにこの色と形を決めたのは芹澤鴨だったとか。


『仮名手本忠臣蔵』の浮世絵(左)とNHK大河ドラマ『新選組!』より(右)

文久3年(1864)の「八月十八日の政変に際する会津藩士の記録によれば、

「壬生浪人と号し、居候者五十二人一様の支度を致し浅黄麻へ袖口の所計白く山形を抜候羽織を着し」(鈴木丹下 『騒擾日記』より)

との記述があります。永倉新八の回顧録にも

「大坂の鴻池から金子二百両を借入れて服装をかえた新撰組の浪士、中にも羽織だけは公用に着用するというので、浅葱色の袖へ忠臣蔵の義士が討ち入りに着用した装束みたようにだんだらを染め抜いた」(永倉新八 『新撰組顛末記』より)

との証言があり、加えて八木家の八木為三郎の談話にも

「浅黄のうすい色のぶっさき羽織で、裾のところと、袖のところへ白い山形を赤穂義士の装束のように染抜いてあるのですが、大きな山で袖のところは三つ位、裾が四つか五つ位でした」(子母澤寛『新選組遺聞』より)

とある事からも分かります。ちなみにあさぎ色は「浅葱色」または「浅黄色」とも書きます。

羽織の色にあさぎ色を選んだ理由は一般に

「あさぎ色が切腹の時の裃(かみしも)の色だから、いつでも死を覚悟しているという証」

だとされています。

ではこの「あさぎ色」とはどんな色だったのか?実はここが問題なのです。
何故ならばこの「あさぎ色」には濃い「浅葱色」と薄い「浅葱色」の2種類が存在し、色合いが全く違うので、羽織の色については物議をかもしています。

元来の「浅葱色」は葱(ネギ)の若芽にちなんだ色名ですが、濃い「浅葱色」は緑味がかった青色で、藍染めを薄く染めることによって自然と緑色ぎみになってこの色合いになったようです。昔の絹織物は素材に黄味がかなり残っており、藍染めが薄ければどうしても緑がかってしまうものだとか(友禅ネット引用)。
現代の色彩デザイン上における「浅葱色」は実物の葱より青味の強い緑青色で洋名だと「ブルーターコイズ」、青みのトルコ石の色という扱いをされています。ちなみに大河ドラマ『新選組!』等ではこちらの濃い色を採用しています。


濃い「浅葱色」の友禅色見本(左)と薄い「浅葱色」の生地と色紙見本(右)

もう一つの薄いほうの「浅葱色」とは微かに黄色がかった明るくて薄い水色を言います。実はこちらの色が俗に言う「切腹装束色」です。
映画やテレビ等では白無地の裃(かみしも)姿で切腹をしていますが、本当は白の裃は切腹用ではなく葬式用でし
た。実際の切腹用の裃は麻地でこの薄い「浅葱色」だったのです。
本来の「浅葱色」は、青みがかって見える葱(ネギ)の色から由来する色名であり、「浅い葱色」つまりは薄い藍
染めの緑みを言いました。江戸時代当時の染料は天然の素材の藍が原料になっているため、現代の染料と比べると彩度は落ちる訳です。ただ、現代では合成染料で出る鮮明な色の範囲までを「浅葱色」の名で呼んでいます。ちなみに栗塚旭さん主演『燃えよ剣』等では薄い方の色を採用しています。

あさぎ色を選んだ理由が死をも覚悟という事なら間違いなく薄い「浅葱色」ですが、果たして縁起でもない色をわざわざ選んだのか?という疑問もあります。しかし濃い「浅葱色」を選ぶ特別な理由が見当たらない事や、八木為三郎の談話にある

「浅黄のうすい色のぶっさき羽織」

との話から推測すれば、こちらの薄い「浅葱色」だったと考えるべきでしょうね。
大河ドラマのあの羽織の色はどうしても

「色がちょっと濃すぎるな」

と思ってしまい、違和感を感じてるのは私だけでしょうか?NHKさん、三谷さん、ゴメンなさい!

しかし、残念ながらこのダンダラ羽織は記録上あまり登場していない事から、初期の頃に使われただけだったと見られています。というのも発案者が芹澤だった点や数が足りなかった事がその理由とか。その後の新選組は

「全員、黒づくめの服装だった」

とする証言がある事や、夜間の取り締まり活動等を考えると、やはりあさぎ色よりは闇に同化する黒装束が相応しいと思います。

ちなみに全くの余談ですが、私の母親は結婚するまで「大丸百貨店」に勤務しておりました!笑

武士会流新選組研究「羽織考」参照→武士会流新選組研究

NHK 新選組!こだわりポイント羽織参照→NHK大河ドラマ『新選組!』公式サイト

追記

会津藩史研究家・佐藤K太さんから貴重な情報を頂きました。

それによると会津藩の身分制には「紐(ひも)制」と呼ばれる階級制度があり、藩士は7つの階級別に羽織に付ける紐を色別していたそうです。上から順に

綮臧・・・家老・若年寄
’叱揺・・・大目付・大組物頭
黒紐・・・役付、奉行
紺紐
・・・猪苗代士
げ嵒・・・組頭
ッ禀・・・頭、上役人
λ┣紐・・・下役人
Ю黄紐・・・与力

これによると浅黄色(浅葱色)は最下級藩士と言う意味になるそうです。会津藩配下であった新選組がこの浅黄紐の意を取り入れてダンダラ羽織の色とした可能性もありますね。

 

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