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タイカラオケ同好会の思い出

(ペンネーム:世田谷のTさん)からいただいたメールです。


私は三年くらい前の一時期、『XXのXXXを探せ!』という
タイ関係の有名サイトのオフ会に何度か顔を出してました。
名目は「タイカラオケ同好会」みたいなものです。
「他の人はどうしてタイが好きなんだろう?」
そんな疑問を持って参加した最初のオフ会の会場で、
私は妙なことに気がつきました。

「なんだか見通しがいいな」

三秒もしないうちに状況を理解しました。私より背が低い人が多いんです。
私も168センチと、決して大きいとは言えないほうなのですが、
集まった人は、私より小柄な人が多かったです。
しかも、ふっくらした体型の人も多く、
外見的に日本の恋愛市場では苦戦を強いられるタイプの人が大半でした。
(自分の事は棚に上げての話ですので、ご容赦下さい)



最初のオフ会の二次会は、
入管のローラー作戦で絶滅の危機に直面していた
新宿歌舞伎町のタイスナックの一つでした。
そこで皆さんタイポップスを熱唱し、おねーちゃん達のウケを狙うわけです。

「この人たちがタイ好きなのは、そういうことだったのか」

そう思いつつも、私もLOSOなど歌った記憶があります。

私には初めてのタイスナ体験だったのですが、
皆さんタイスナ自体に慣れている様子で、
「パンピー」のオヤジ達の演歌をクールに鼻で笑いつつ、
トンチャイや、私が曲名すら知らないルークトゥンを熱唱していました。

タイカラを歌っている時の皆さんの目は、輝いてました。
マトリックスで言えば、アンダーソン君がネオになったという感じです。

アカペラでモーラムを歌った人(サイト主催者の●●さん)には、
東北出身者の多いおねえちゃん達から歓声が飛び...
●●さんは色々トラブルを経験してきたらしく、
いわゆる「オキニ」もいないようで、冷めた感じでしたけど。



基本的には、酒の席でのセクハラトークなどもあまりなく、皆さん紳士でした。
強いて言えば、●●さんが私のことをおねえちゃん達に、
「カオ・ペン・ボリスット(彼はドーテーだ)」と言っていたくらいでしょうか。
これはまあ、軽い冗談ですね。
他の方もセクハラなどすることもなく、
そこらのオヤジよりは紳士的な方ばかり。

サイトの掲示板では、いつも「今回のバンコクでは2ナタリーでした」
などの見慣れぬ単語が飛び交っていたので、少し意外でした。
その当時は素で「ナタリー」というソープがあることを知らなかったのですが、
今にして思えば、「2ナタリー」って二回ナタリーに行ったという意味だったわけで...。

そういえば、「同志」という言葉もよく使われました。
私も最初、掲示板上で「同志とお見受けしました」
などと呼びかけられましたが、なんの同志と思われたのか、未だによく分かりません。



そのタイスナックは、実は連れ出しアリだったのですが、
皆さん軽く誘いを受け流して店を出て、
風林会館向かいのビルの中にある「ルアンタイ」というお店で一休みしました。
(この時点で十人位から私を含めた三人に減ってました)

次に行ったのが、風林会館地下一階の「タイトゥン(現在はソムロン)」という
タイ料理屋ですが、カラオケもありました。

●●さん、▲▲さん、そして私の三人でそこに入ったのですが、
客席を見てみれば、タイ娘と、彼女達を連れ出したお父さんのカップルでぎっしり。

お父さん達、すごく嬉しそうにタイ娘の腰を抱いてました。
さっきのタイスナで会った女の子とも再会しました。
初めて入った私には、めまいがするほど異次元でした。

そこで▲▲さんが酔いつぶれてダウン。
聞けば、●●さんをはじめ、皆さんガンマ-GTP値の平均が恐ろしく高く...
タイカラ愛好者は、アル中予備軍でもありました。



こんな感じで、オフ会に来る人はほとんど男性でしたが、
横浜の黄金町でオフがあった時には、若い女性が混じっていました。
もちろんタイ好きの女性です。

名前はちょっと忘れましたが、年の頃は二十五前後、
見た目はショートカットで細身、ちゃきちゃき喋る、
タイ好き女性によく見られるマイペースかつ図太そうな印象の人でした。
ちなみにタイ語はかなり喋れてました。

それではタイ好きの男性と彼女に接点があったかというと、
あるようで全然無かったと言わざるを得ません。
タイ好きの若い女性は、詳しく書けばタイの少年好きだったからです。
ベクトルが全く違うんですね。



その時は、みなで●●さんの車に乗って、
当時新宿にあった「アジアンディスコ」会場へと向かったのですが、
車内には彼女の他に、J君というタイ人の留学生の男の子がいました。

彼もオフ会の参加者で、当時(2003年)二十歳位ですが、
見た目はおとなしい高校生。
私が話をした印象でも、頭も性格もいいけどちょっと幼い感じでした。

そして彼女の狙いはというと、そのものズバリ、J君だったのです。
ディスコの会場に入ってからも、J君のお姉さんかと思うくらい親切で、
というか、激しく執拗につきまとって...
「J君どこかしら?」
「あら、J君は?」
「J君こっちに来た?」
傍目から見ても、J君は彼女のことをなんとも思っていないのがあからさまなのに、
彼女は人混みの中でJ君ばかり探していた印象があります。



そうそう、御徒町の居酒屋で忘年会をしたこともありました。
三十五人ほども「同志」が集まって圧巻だったのですが、
その中に長野県から来たという人(仮に長野さんとします)がいました。

どんな人かというと、タイカラ(及びタイ女性)好きの日本人男性の特徴を
集めたような人で...やっぱりガンマ-GTPの値が高いと言っていました。

でも二次会で聞いた彼のタイカラはすごかったです。
当時「ピンケンソー」というタイ人向け居酒屋
(周辺にタイスナ・タイパブが多かった)があり、
そこが二次会の会場だったのですが、
突然タイ女性の見事な歌声が聞こえてきて、
他にいたタイ女性のグループも、
「誰が歌ってるの?」とでも言うように顔を見合わせてました。

そして次の瞬間、彼女達が爆笑し、私は愕然としました。
「マイチャイマイチャイ、マイチャイマイチャイ」とニコルの歌を歌っていたのは、
タイ女性ではなく、裏声を使っていた長野さんだったのです。

今思い返しても、魂のこもった裏声でした。
おそらく長野県のタイスナで、相当練習したのでしょう。



結局、幸か不幸か、私は「オキニ」を見出すこともなく、
英語の歌の方がウケがいいことに気付いて以来、
タイカラオケの習得も億劫になり始め、
入管のローラー作戦の影響でタイ人達が地方に散っていったので、
オフ会も開かれなくなり、
件のサイト繋がりの人達とも疎遠になってしまいました。
たまに某SNSサイトですれ違い、ドッキリしますがそれくらいでしょうか。


以上、いずれも三年ほど前の思い出話ですが、
「心は在タイ日本人」男女のリビドーの昇華された様というか心意気、
伝わりましたでしょうか?