三引 お知らせ

7月23日 羽黒神社祭典 を執り行いました。
リンクページに 仙台東照宮 追加しました。
あけましておめでとうございます。旧年中は沢山のの御参拝ありがとうございます。この新しい年が益々良い年になりますようお祈り申し上げます。
リンクページに 仙台愛宕神社 追加しました。
平成29年 厄年 年齢早見表 掲載しました。
七五三の受付を始めました。
白鳥や鮭がやってくる候になりました。 当神社のそばの川へ来た白鳥、鮭の写真を掲載しました。
7月24日(日) 羽黒神社祭典 を執り行いました。
リンクページに 涌谷神社 ( わくやじんじゃ ) 追加しました。
神社庁のページに紹介動画が掲載されました。

九曜 羽黒神社由来 三引

神社由緒社伝 ( じんじゃゆいしょしゃでん ) によると 慶長 ( けいちょう ) 19年(西暦1614年) 佐沼城 主・ 亘理宗根 ( わたりむねもと ) 公が大阪冬の役(大阪冬の陣)に出陣する際、 出羽國羽黒山 ( でわのくにはぐろさん ) に戦勝祈願をし戦功を立てました。戦功の御礼として 栗原郡高清水 ( くりはらぐんたかしみず ) 村(現栗原市高清水)に羽黒神社を 勧請 ( かんじょう ) し、領内の守護神にしました。

その後宝暦11年(西暦1761年)高清水から現在の地に移し、亘理家代々から尊崇されたと伝えられています。

ご祭神は 倉稲魂神 ( うかのみたまのかみ ) 、合祀社に 火伏秋葉神社 ( ひぶせあきばじんじゃ ) 、境内社に 山神社 ) やまのかみしゃ ) 道祖神社 ( どうそじんじゃ ) をお祀りしています。



宮城県神社庁のサイトには下記の記載があります。

当社は佐沼城主亘理家始祖・伊達家御一家・亘理伯耆又次郎宗根が慶長19年齢十五にして大阪冬の陣出陣の砌、出羽国羽黒山に戦勝祈願を行い、戦功を立て、元和元年5月凱旋した。その報賽の為、宗根は家臣の協力のもとその領地であった栗原郡高清水村に羽黒神を勧請し領内の守護神と崇め、権大僧都善岳院に神務を奉仕せしめた。宝暦6年6月佐沼邑主津田丹波定康改易後、同地は亘理要人倫篤の領有となるに及び同11年6月15日高清水より現在の地に移祀し今日に至る。また仙台藩儒臣・田辺希文編纂・封内風土記には、「羽黒権現社、亘理家氏神、寶歴7年本邑移造営」と記されている。明治12年6月村社に列せられ、同42年3月維持法確立の許可を受けたが、明治43年3月佐沼町大火の際社殿並に社記悉く焼失、当時本殿のみを造営し幣拝殿は昭和12年11月竣成したものである。

当神社の御紋について

三引両紋 ( みつびきりょうもん )

三引

当神社が、仙台藩初代藩主 伊達政宗 ( だてまさむね ) 公の 子息 ( しそく ) 亘理宗根 ( わたりむねもと ) 公より賜りました御紋です。伊達家の御紋と申しますと、有名な竹に雀の御紋を思い浮かべられる方もいらっしゃると思いますが、この三引両紋含め、沢山の御紋を使っていらしたようです。

伊達家とのゆかり深い亘理家だからこそ使用を許された由緒ある御紋です。

九曜紋 ( くようもん )

九曜

九曜紋についても三引両紋同様、佐沼城主亘理家より、当神社が賜った御紋であると伝えられており、九曜紋も伊達家とのつながりが深い御紋です。

この二つの亘理家由来の御紋の存在が、社伝通り、亘理家よりこの地に 勧請 ( かんじょう ) され佐沼の 鎮守社 ( ちんじゅしゃ ) となった当神社の由来を証明する、証拠の一つです。