ふたりのロッテ

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ケストナー 1949年

岩波書店  ケストナー少年文学全集6

ロッテとルイーゼは、ふたごの姉妹です。しかし、ふたりがものごころつく前に両親が離婚をしたので、六年半もの間、はなればなれになっていました。休暇中の子どもの家で出会うまで、ふたりは自分に姉妹がいることを知らずにいたのです。

ふたりは、両親を結びつけるために、入れかわって帰省する計画を立てます。ロッテはルイーゼになって、ウィーンに帰ります。ルイーゼはロッテになってミュンヘンに帰ります。

「両親の離婚によって、苦しんでいる子どもがたくさんいる。両親が離婚しないために苦しんでいる子どももたくさんいる」とケストナーは書いています。今でこそ、離婚をとりあつかった児童書は多いのですが、この本が出た1949年当時、離婚をあつかっていることに、まゆをひそめる人がいたことでしょう。わざわざシャーリー・テンプルのエピソードがそう入されていることからわかります。

「ふたりのロッテ」は、私が小学校三年生のころからずっと大好きだった本です。小学生のころ、くり返し、くり返し読みました。「ああ、私にも生き別れになったふたごのきょうだいがいればいいのに」と思ったものです。

子どもの家で、初めて出会ったロッテとルイーゼがだんだんうちとけていくところも好きでしたし、二人が入れかわる作戦を立てるところも好きでした。ロッテが家政婦レージの家計簿チェックをしたり、ルイーゼが意地悪なアンニーをやっつけたりするシーンは痛快でした。

トリヤーの絵も大好きで、ロッテとルイーゼが犬のペペールをつれて散歩をするカットは、模写をしたことを覚えています。

大人になって読み返すと泣けてきます。

子どものころは、「なぜ、『ふたりのルイーゼ』とか『ルイーゼとロッテ』じゃなくて、『ふたりのロッテ』なんだろう」と思っていました。

今は、自分なりに答えをみつけた気がします。

ロッテとルイーゼは、ふたりともおさげにし、ロッテになりすまします。(正確に言うと、ロッテになりすましたのはルイーゼだけですが。)休暇の家の先生、同級生たちにも、区別がつきません。

ふたりのロッテになってとった写真は、物語の伏線になっています。この写真がもとで、ロッテの母が「入れかわり」に気づくからです。

ロッテとルイーゼが入れかわった後、ルイーゼよりロッテの方がはるかに苦労をしています。幸福な家庭を手に入れるために、ロッテがはらった代償の大きさを考えると、やはり「ふたりのルイーゼ」ではなく、「ふたりのロッテ」の方がぴったりだな、と思います。

ロッテが父親に「ガベーレさんのアトリエと、父の仕事場をかわってほしい。そうすると、ガベーレさんは、光がたっぷり入る部屋で絵をかくことができる。父は、自宅のとなりで仕事ができる」と、要求する場面もそうです。ロッテは、ただをこねたり、あまえてお願いしたりしません。自分の父親なのに、えんりょしているのではないか、と思える話し方をします。

ロッテ最大のピンチは、ゲルラハ嬢によってもたらされます。ゲルラハ嬢は、美人で、カンがするどくて、気が強い大人の女の人です。最悪なことに、ロッテの父親との結婚をねらっていたのです。ゲルラハ嬢は、ロッテの「お父さん、仕事場をかわって」要求を、自分に対する宣戦布告と受け止めます。ロッテは、いそがしい父親にそばにいてほしくてお願いしたのだろうに。ロッテが病気になったときも、「あんなちびのくせにすごいやつ!手段をえらばずに戦うがいい!とこについて、仮病をつかうがいい!」(注1)と言います。

ついに、父とゲルラハ嬢が結婚の約束をした、と知ったロッテは、病気になってしまいます。

もし、ロッテとルイーゼが出会わず、入れかわることもなかったならば、ルイーゼが経験するはずだった試練です。母親のことを全く知らずにいた、以前のルイーゼなら、ここまでショックを受けなかったかもしれません。けれども、母親に愛されて育ったロッテにとって、この結婚の約束は、絶望的なことだったでしょう。そもそも、ロッテとルイーゼは、父と母に復縁してほしくて、「入れかわり作戦」を立てたのです。ロッテにとって、父とゲルラハ嬢との結婚は、あってはならないことなのです。

ショックで寝込んだロッテには、相談できる人さえいませんでした。ロッテの味方であるガベーレさん、レージ、シュトローブル先生にも、ロッテとルイーゼが入れかわっていることをあかすわけにはいかなかったからです。何でも話し合えるはずのルイーゼには手紙を書くこともできません。(病気がひどかったから……)

一方、母は、「ふたりのロッテ」の写真を見て、ロッテとルイーゼが入れかわったことを知ります。母とルイーゼは、父に電話をかけます。ロッテの病気を知ったルイーゼの「あたしたちウィーンにいってもいい?大いそぎで?」(注2)という一言がきっかけで、状況は好転していきます。

ロッテが、意志の強い、勇気がある子だとしても、一人で危機をのりこえることは、難しかったことでしょう。ロッテとルイーゼは、いっしょにいるべきなのです。これまでのようにはなればなれではなく。

ロッテとルイーゼは、両親に「意見を言ってやる」(注3)ことはせずに、両親を結びつけることに成功します。

(注1、2)「ふたりのロッテ」(ケストナー作 高橋健二訳 岩波書店)より引用

(注3)ルイーゼは「いい両親だわね、どう?まあ、おぼえているがいいわ、いつかふたりにあたしたちの意見をいってやるから!おどろくわよ!」と言っています。(引用:同上)

04.8.26

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