上橋菜穂子

上橋菜穂子さんの「守り人」「旅人」シリーズは、人々の生活様式、価値観など、細部までねられ、つくりこまれたファンタジーです。このページでは、上橋菜穂子さんの「守り人」「旅人」シリーズと、初期作品の感想、紹介文を書いています。

「山椒のこつぶっこ」トップ読書ノート*国内児童文学>上橋菜穂子



精霊の守り人

あらすじにそって書いていますので、ネタばれありです。ご注意下さい。

絵:二木真希子 1996年 偕成社 高学年から

「精霊の守り人」は、「守り人」「旅人」シリーズの1作目である。「守り人」シリーズの主人公バルサ、「旅人」シリーズの主人公チャグム、薬草師タンダ、タンダの師トロガイ、星読博士のシュガが登場する。

バルサは、30歳の女性にして、腕利きの短槍使いであり、用心棒だった。青弓川に転落した皇子チャグムを救ったことから、チャグムの護衛をまかされることになる。

チャグムは、水の精霊のたまごを生み付けられていた。そのことがもとで、帝である父と、正体の知れない精霊から命をねらわれることになったのだ。

神の子孫とされる皇族が精霊に宿られたとなると、帝の威信に傷が付き、国がゆるぐことになりかねない――帝や星読み博士たちはそう考える。

これまで、皇宮のおくで、従者にかしずかれ、何不自由ない生活を送っていたチャグムだった。しかし、帝と聖導師が放った刺客からのがれるために、バルサに連れられて宮殿を去る。町中へ、それから薬草師タンダの小屋へと逃げていく。チャグムは、庶民の料理を食べ、庶民のことばをつかい、身の回りの雑用を自分でするようになる。また、バルサから護身術の手ほどきを受ける。

チャグムは、自分の運命をのろい、バルサにあたりもした。

バルサは、チャグムの気持ちを受け止め、「自分のいらいらから逃げるな」と言う。チャグムをさとしながら、自分の幼いころを語る。チャグムに、幼いころの自分を重ね、バルサをきたえた養父ジグロの気持ちをなぞっていたのだ。

バルサは、なんとかしてチャグムを救おうとする。チャグムをねらう者が帝だけなら、バルサはチャグムを守れるはずである。しかし、精霊から守るのは難しいことだった。

チャグムにたまごを生み付けたのは、水の精霊ニュンガ・ロイ・イムだった。百年に一度、「ナユグ」という異界の地から現れ、産卵するという。そのたまごがかえるまで守りきれなかったら、たまごを宿した者「精霊の守り人」も死ぬのだ。さらに、おそろしい干ばつが何年も続くのだそうだ。ラルンガと呼ばれる精霊は、ニュンガ・ロイ・イムのたまごを好物としていた。チャグムを追っていた精霊はラルンガだった。

タンダは、ニュンガ・ロイ・イムについて知っていたが、ラルンガからたまごを守る方法は知らなかった。バルサとタンダは、呪術師トロガイに助言を求めた。

タンダとトロガイは、新ヨゴ皇国の先住民族ヤクーの血をひいていた。ニュンガ・ロイ・イムとラルンガの言い伝えは、ヤクーに残っていた。しかし、新ヨゴ皇国の建国の伝説によって作りかえられ、風化していた。トロガイにさえわからないことが多かったのだ。

宮殿では、星読博士のシュガが古文書を読み解いていた。星読博士たちは、「天道」を信じ、この世の動きを読むことを司っていた。「天道」は宗教であり、学問でもあった。しかし、星読博士たちは、政治に関わることが多かったため、「天道」の祭司としての役割がおろそかになっていた。星読博士たちにも、失われた知識や知恵があったのだ。シュガは、それを取りもどそうとしていた。

帝の第一皇子がきとくにおちいったことで、チャグムをとりまく状況は変わる。第一皇子が亡くなると、チャグムが皇位継承者となる。チャグムが帝から命をねらわれることはなくなった。

バルサだけでなく、タンダ、トロガイ、かつての敵である刺客、シュガたちは、一致してチャグムを守ろうとする。タンダは、夏至祭りが象徴していたラルンガをたおす方法に気づく。シュガは、トロガイに助けられて、古文書から得た「なあじる」ということばのなぞを解く。

たまごは、チャグムから生まれ出た。たまごも、チャグムの命も、みんなから守られたのだ。バルサは、ラルンガをたおす。

すべてが終わり、チャグムは宮殿にもどる。バルサは、故郷カンバル王国にむかって旅立つ。

バルサは、チャグムと生活する中で、過去の自分と対峙した。バルサは、幼いころ、チャグムと同じように、養父ジグロから保護され、カンバル王国から逃げたのだ。ジグロは、バルサを守って刺客と戦い、バルサの行き場のない怒りを受け止め、バルサを育てあげた。そのジグロの思いを、ジグロと同じ立場に立ったバルサはわかるようになっていた。新しい旅は、自分を見つめ直すためのものだったのかもしれない。 05.6.5

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闇の守り人

絵:二木真希子 1999年 偕成社 高学年から

「闇の守り人」は、カンバル王国を舞台としたファンタジーだ。だが、空想物語(ファンタジー)というより、民族の生活様式やものの考え方に根ざし、長年語りつがれてきた伝承文学のような力強さがある。

主人公バルサは、槍の名手の三十代の女性だ。幼いころ、先代カンバル王ログサムの陰謀に巻き込まれ、父の友人ジグロにつれられて他国に逃亡した。育ての親であり、槍の師でもあるジグロは、七年前に病気で亡くなった。バルサは、二十五年ぶりに、長い洞窟を通り抜けてカンバル王国に帰る。

バルサが通った洞窟は、深く、入り組んでおり、おそろしい闇の守り人であるヒョウルが住んでいる。洞窟のおくには、「山の王」の宮殿がある。その宮殿は、この世で最も美しい宝石ルイシャでできているといわれている。

洞窟とヒョウル、ルイシャがこの物語のかぎとなる。カンバル王国では、およそ二十年に一度「ルイシャ贈りの儀式」が行われてきた。カンバル国最高の槍つかいが、洞窟の中で、ヒョウルと「槍舞い」を舞う。ヒョウルに認められた者だけに、山の底の扉が開かれる。そして、「山の王」と会い、ルイシャを贈られるのだ。大いなるものや自然、未知のものに対する畏敬の気持ちや、信仰心のようなものが感じられる儀式だ。

その儀式で、不遜な計画を実行しようとたくらんだ男がいた。ジグロの弟ユグロだ。ユグロは、名誉ある「王の槍」の役職についている。眼光が鋭く、優雅で、弁も立つ。人々から尊敬されている英雄でもある。しかし、ユグロは、先王ログサムの陰謀に加担し、兄ジグロを陥れて、英雄になった男だった。そのことを全くはじていないばかりか、巧妙な嘘でおおいかくしている。

ユグロがくわだてた計画とは、「ルイシャ贈りの儀式」の際、「山の王」の宮殿に軍隊を率いて攻め入り、ルイシャを奪おうというものだった。未知のものも、自然も、力で支配しようとする傲慢さが感じられる。

バルサは、ユグロの計画を阻止しようとする。バルサは、「山の王」の民から、ユグロの計画が絶対成功しないこと、そして、ユグロの計画がもたらすであろう最悪の結果を知らされたのだ。

バルサは、図らずも「槍舞い」の「舞い手」となり、、ヒョウルと槍舞いを演じる。その時に、自分の真の心、ヒョウルの正体と、ヒョウルが槍舞いを舞うわけを知る。ヒョウルも「山の王」も力で制圧できるものではなかった。また、ルイシャも、他の宝石のように、自由に掘り出せるものではなかったのだ。

不誠実で傲岸なユグロが行き着いた末は、心をなくしたあわれな姿だった。

ユグロのような人物は、現実の社会にもいるし、ユグロの考え方も、現代では一般的なものではないだろうか。そう考えた時、本書「闇の守り人」がファンタジーという枠でくくれない、ある意味、現実を描いた物語に思える。 04.11.23

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夢の守り人

絵:二木真希子 2000年 偕成社 高学年から

上橋菜穂子さんは、いまここにある現実の世界サグと、命がそのままにある異世界ナユグをモチーフに、「守り人」「旅人」シリーズの物語を書かれている。

サグとナユグ、ふたつの世界は重なりあっていた。どちらかひとつの世界に強くひかれてしまうのは、人間性や命を失いかねない危険なことだった。

本作「夢の守り人」では、サグとナユグのほかに、水中の気泡のように近づいたり離れたりしている(p50)ふしぎな世界のことが語られている。

現実の世界で、自分が置かれた境遇が受け入れがたかったり、非常に困難なできごとや悲劇に遭遇し、それを乗りこえられなかったりしたとき、どう生きるのか――主だった登場人物の生き方を通して、この問いが投げかけられている。

呪術師トロガイは、若いころ、子を亡くしたことがきっかけで、村の人たちと同じように生活することができなくなった。現実の世界で、生きづらさを感じていたのだ。

若いトロガイは村を捨て、湖のほとりで、異界の夢を見た。人の夢を糧として咲く花と、花を育てる「花番」の夢である。トロガイは、「花番」と恋に落ち、子を産んだ。異界の花は、数十年後、人の夢を誘って受粉する。種が実ると、現実の世界と花の世界をつなぎ、花を散らす風が吹くのだ。そして、次代の宿主に種を託すという。

薬草師タンダの姪カヤ、サグム皇太子を亡くした一ノ妃、サグムのあと、皇太子になったチャグムは、何日も目を覚ますことなく眠りについていました。原因不明の眠りであり、意識をとりもどさせるためには、「魂呼ばい」という呪術を試みる必要がありました。これは、身体から離れた魂を追う、危険な術でした。

タンダは「魂呼ばい」で、カヤの魂を追い、異界の花のもとにたどりつく。そこには、チャグムも、一ノ妃もいた。カヤたちは、トロガイの息子ユグノの歌に誘われ、花の夢のなかにとらわれてしまったのだ。花に誘われて夢を見た人びとは、種が育つと、役割を果たし終え、現実の世界にもどれるはずだった。

しかし、ユグノは、「木霊の想い人」と呼ばれる、たぐいまれな歌い手だった。花にとらわれた人びとは、ユグノの歌によって、決して得られないものへの、こがれる気持ちや悲しみをかきたてられ、夢の中に逃げこみ、夢から覚めないことを願うようになったのだ。

近ぢか、嫁ぐことが決まっていたカヤは、ユグノに恋をし、思うままにならない現実をはかなんでいた。チャグムは、皇帝としてではなく、バルサとともに生きたいと願った。一ノ妃は、サグム皇太子を亡くした悲しみが癒えないばかりか、チャグムやチャグムの母をうらんでさえいた。

タンダは、花にとらわれた人びとを救おうとする。チャグムを現実の世界にもどらせることに成功しますが、うらみによって汚染された花にとりこまれ、「花守り」とされてしまう。

タンダは、花に支配され、「人鬼」と化し、ユグノをとらえるために追い求めた。バルサやトロガイ、チャグム、シュガらは、それを阻止しようとする。

ユグノは、花にとらえられることを恐れていた。花の世界からは命の脈動が消え、受粉させた人のうらみが満ちていた。花は、ユグノから「歌をうばう」と、脅迫さえしたのだ。

種が実り、花の世界に風が吹く日がきた。トロガイは、タンダや、花にとらわれた人びとを救うべく、花の世界に入りこむ。そこで、一ノ妃を見つけた。

花を受粉させた一ノ妃は、現実の世界に背を向け、生きる力をなくし、うらみにむしばまれていた。

トロガイは、一ノ妃の魂を解き放ち、もとの世界に帰らせた。それができたのは、トロガイが、一ノ妃と同じ「子を亡くした悲しみ」を知っており、一ノ妃に共感し、悲しみを分かち合おうとしたからだろうか。

なにより、一ノ妃自身が夢から覚めることを望んでいたように思える。一の妃は、花の夢から飛び立ったチャグムの力強い命、生きものの命を揺さぶるユグノの歌にふれ、生をとりもどそうとしていたのだろう。

若き日のトロガイやタンダは、他の村人と同じように生きられない自分に気づき、自分らしい生き方を見つけた。カヤと一ノ妃は、死の夢から覚め、悲しみやつらさを乗りこえて、現実の世界で生きていく道を選んだ。チャグムは、皇太子としての自分を受け入れていく。

このような人びとのなかにあって、バルサの強さが際だっていた。バルサは、6歳にして父を殺され、養父ジグロと放浪した。かつて友だった刺客と戦うジグロを見て育ち、ジグロの苦悩を知っていた。幼いころから武術をしこまれ、成人してからは用心棒として生きている。自分を知り、迷わない、夢に逃げることがないバルサの存在は、チャグムやタンダに力を与えたことだろう。   2005.8.3

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神の守り人 来訪編

絵:二木真希子 2003年 偕成社 高学年から

「神の守り人」は、前編「来訪編」と後編「帰還編」の二巻よりなる長編ファンタジーだ。主人公のバルサは、三十代女性、すご腕の用心棒で、短槍使いとして通っている。

「神の守り人」のキーパーソンとでも言うべき人物は、美少女アスラである。アスラは、残酷な神タルハマヤを信じており、タルハマヤを召喚する力を持つ。アスラや、タルハマヤの正体が明らかになるにつれて、「アスラを殺した方が平和が保てる」という呪術師スファルが考えにも一理あるように思えてくる。

ロタ王国のシンタダン牢城での大虐殺事件が物語の発端となる。囚人も看守兵も、のどを切りさかれて死に、むくろは処刑場を中心に放射状にちらばっていた。それだけではない。処刑台や城壁には、ざっくりとけずりとられた跡が残っていた。何者が、何のために、そして、どのようなやり方でこの虐殺を行ったのか、なぞに包まれた事件だった。

この虐殺事件に酷似した事件が再び起こる。「草市」の宿で、人身売買組織の者たちが、のどを切りさかれて殺されたのだ。

手をくだしたのはアスラだった。アスラは、自分が兄チキサから引き離され、売られようとしたとき、身の危険を感じ、「カミサマ」に祈った。アスラが信じる「カミサマ」であるタルハマヤは、アスラをおびやかす者たちを皆殺しにしたのだ。

タルハマヤは殺戮を好む神であるから、太古の昔から、出現を封じられてきた。ロタ王国に住むロタの人びとや、「タルの民」は、タルハマヤを忌み、恐れてきた。タルハマヤを招いたり、タルハマヤと一体となったりする者が現れないようにするため、ながい間、いくつかの禁忌が守られてきたのだ。

太古の昔、タルハマヤと一体化した少女がいた。「神と一体になった人」という意味のサーダ・タルハマヤと呼ばれた。彼女は、年をとらず、ねむらず、百年近くもの間、人びとを恐怖におとしいれることによって国を治めた。

少女は「タルの民」の祖先だった。「タルの民」のなかには、タルハマヤを招くことができる異能力者が現れることがあるのだ。

この少女、サーダ・タルハマヤと、彼女をたおし、ロタ王国を建国した初代王の伝説は、ロタの人びとにも、「タルの民」や「カシャル」(猟犬)にも、語りつがれていた。

伝説は、ロタ、「タルの民」、「カシャル」、それぞれの民族に、違った考え方や生き方をもたらした。ロタの人びとにとって、サーダ・タルハマヤは悪、初代王は英雄である。国を統治するロタ王家は、英雄の末裔となる。

「カシャル」にとって、タルハマヤを招く者は、いつの世にあっても、狩るべき存在だった。

「タルの民」にとってのサーダ・タルハマヤは、二度と出現させたくない者だ。だから、自分たちを律し、政治の表舞台から身を引いてきた。かげにかくれて生きる道を選んだのだが、その結果、ロタの人びとから差別を受けることになった。

「タルの民」の一部の者たちの間で、サーダ・タルハマヤの伝説に、新しい解釈が生まれる。サーダ・タルハマヤは忌まわしく恐ろしいものではない、しいたげられてきた「タルの民」の救世主となる、というものだ。サーダ・タルハマヤが善の心を持ってさえいければ、恐怖に満ちた国ではなく、理想の国がつくれるはず、とする考え方だ。アスラの母トリーシアも、この考え方を信じていた。彼らは、タルハマヤの出現を渇望していた。

アスラは、タルハマヤのことを自分を危機から救ってくれる善い神だと信じている。ゆえに、自分が人の死を願ったことに気がついていないし、人の命を奪ったつらさも感じない。

「カシャル」の長であるスファルは、アスラを殺そうとする。殺したくて殺すのではない。アスラがタルハマヤを呼び出しただけで、大量虐殺を引き起こした。もし、アスラがサーダ・タルハマヤとなれば、つまりタルハマヤと一体化すれば、取り返しがつかない悲劇を招く恐れがあるのだ。

アスラの兄チキサと、バルサがアスラに向けるまなざしは、温かくもあり、悲しくもある。チキサは、タルハマヤの残酷さを恐れ、人が死ぬのを見たくないと思う。

バルサは、アスラが殺されるのを見過ごすことができず、スファルたちの手からアスラを救い出す。バルサは、アスラが生きのび、真に救われる道はないかと模索する。アスラが「死」の影をまとっているのに対し、バルサは生命力にあふれている。バルサとともに過ごすうちに、アスラは少女らしい感情を取り戻していく。アスラは、残酷でおろかな少女ではない、やさしく感性が豊かな子だとわかってくる。

バルサは、隊商の護衛をしながら、アスラとともに旅に出る。バルサなら、アスラを救えるのかもしれない、という期待感が、この物語を読み進めるうちに生まれてくる。   04.12.13

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神の守り人 帰還編

絵:二木真希子 2003年 偕成社 高学年から

「神の守り人 帰還編」では、アスラの持つ不吉さが、より強くなる。

バルサはアスラを連れて、隊商の護衛をしながら旅をしていた。とちゅう、逃げた馬を追っているうちに、隊商の仲間と、アスラと友だちのミナ、バルサは狼の大群に出会う。たおしてもたおしても狼の数は減らない。隊商の仲間の矢はつき、バルサもけがを負う。危機におちいったとき、アスラは、タルハマヤを呼び出す。

以前、タルハマヤを召喚したとき、アスラには意識がなかった。だが、今回、アスラは、目覚めたままでタルハマヤを招く。そして、殺しつくすタルハマヤに自分の気持ちをのせている。アスラは、殺戮を心地よいものだと感じている。シンタダン牢城での虐殺、人身売買組織の殲滅、狼の殺戮、アスラは三度、タルハマヤの力によって大量に殺した。それでも、罪の意識も恐怖も感じていない。アスラは、タルハマヤのことを、自分が危ないときに救ってくれる神だと信じているからだ。

バルサは、アスラの心を思い、悲しむ。命がけの戦いをくぐりぬけてきたバルサだ。バルサは、人を憎むことのつらさや、人の命を奪う痛みを知っている。「善い人を救って、悪い人を罰する神に出会ったことがない」「憎い相手を殺す神はこの世を幸せにするのか」と、バルサはアスラに投げかける。バルサは、アスラに殺しをさせたくない。アスラを真に救いたいと願っている。

だが、アスラを「神を招く人」から「神と一体になった人」サーダ・タルハマヤにしようと企てる人物がいた。スファルの娘シハナだ。アスラの母トリーシアや、「タルの民」の女性イアヌたちも、シハナの考えに感化されていた。彼女らは、サーダ・タルハマヤが、しいたげられてきた「タルの民」を救うと信じている。

王家とつうじるシハナには、別の野望があったのではないか。シハナは、サーダ・タルハマヤとなったアスラを政治的に利用しようとしたのではないか。人々を恐怖におとしいれるサーダ・タルハマヤの圧倒的な力を利用できれば、強大な権力を手に入れたも同然だから。シハナの真のねらいは、ロタ王国を理想の国にすることだった。

ロタ王国の現王は名君で、善政をしいている。王の弟は因習や伝統にとらわれない進歩的な考えを持つ、情に厚い人だ。シハナは、ロタ王の弟がかつてトリーシアを愛していたことを知り、トリーシアも、王弟も、自分の野望達成のために利用する。

アスラにサーダ・タルハマヤとなる道を選ばせるために、シハナはわなをはる。「タルの民」をおとしめる内容のロタ王国「建国ノ儀」の舞いを見せ、王弟がイアヌを殺すよう仕組む。

シハナの思わく通り、アスラは、サーダ・タルハマヤとなるために、聖なる巨樹をのぼる。アスラは同胞を見殺しにできなかった。その優しさをシハナは利用したのだ。アスラは、サーダ・タルハマヤとして、人々の前に「神」の姿で現れる。

タルハマヤと一体化しつつあるアスラは、「建国ノ儀」の祭典に集まったロタ人たちを喜々として殺そうとする。だが、「殺したい」と願った瞬間、アスラは自分を取り戻す。

バルサがアスラに語りかけたことば、バルサの温かさ、兄チキサの願い、ミナや隊商の人々と過ごしたふつうの少女としての日々が、アスラに、サーダ・タルハマヤになることをとどまらせたのだろう。

アスラは、サーダ・タルハマヤにならないという決断をする。

アスラを救いたいというバルサたちの願いが、アスラにとどいたのかもしれない。

だが、アスラの強い意志がなければ、タルハマヤと決別することは、できなかったはずだ。物語の中盤までは、アスラは、タルハマヤを盲信していた。敵の死を願ったことさえ、タルハマヤに転嫁する弱さが感じられた。それが、タルハマヤに心をあけわたさない強さに変わっている。

アスラの信仰心、宗教全般を否定すべきではないと思う。しかし、何をどのように信じるのか、という信仰の対象と、信じる者の生き方は、幼いアスラに対しても問われるべき問題だった。

その後、アスラは、長いねむりについたまま、覚めなくなった。アスラは、自分に「殺したい」という気持ちがあったことに気づいた。多くの人の死は、自分が引き起こしたのだと知った。アスラは、かつて感じたことがない罪の意識、人の命をうばったことのつらさ、悲しさ、後悔という感情を持ったのかもしれない。だから、目覚めることができなかったのだろう。

バルサは、「目覚めなよ」とアスラに話しかける。バルサは、自らタルハマヤを封じ込めたアスラが、自分の意志で目覚めることができると信じている。アスラなら、悲しみやつらさを抱きながらも、美しい服の似合うふつうの少女として、生きていけることを信じているのかも知れない。   04.12.8

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虚空の旅人

2001年 偕成社 高学年から

「虚空の旅人」は、「守り人シリーズ」の外伝である。「守り人シリーズ」の主人公バルサは、名前だけしか出てこない。この本では、「精霊の守り人」で、バルサが命がけで守った新ヨゴ皇国の皇太子チャグムが主人公だ。

新ヨゴ皇国では、皇家は尊いものとされ、国の民からはへだてられている。特に、「国の魂」である帝や、帝に近い者ほど神聖視されている。帝となる者は、国の人々とふれ合うこともなく、人々の心を知ることもなく、宮のおく深くで育てられる。帝には、人間らしい感情を持つことすら許されないのかもしれない。

皇太子チャグムは、将来、帝となる身だが、下じもの人の間で生きてきた。チャグムには、人間ばなれした皇家の冷たさがない。やさしさと賢さ、命をいとおしむ清らかさを持つ少年だ。

チャグムは、相談役であるシュガをともない、サンガル王国の「新王即位ノ儀」に出席するため、同国を訪れる。

そこで、サンガル王家をおとしいれ、権力をにぎろうとする者の陰謀に巻き込まれる。島守りアドルたちをそそのかし、サンガル王国を手中におさめようとする者がいたのだ。

チャグムの滞在中、サンガル王国をおびやかす事件が続けざまに起こる。

「ナユーグル・ライタの目」となり、異世界ナユーグルの民からのっとられた5歳の女の子エーシャナを海へ返す、つまり殺す儀式。

「新王即位ノ儀」を間近にひかえ、サンガル王国の第二王子タルサンによる、兄の殺人未遂事件。

タルシュ帝国の侵攻の危機。

そして、島守りたちのクーデターの計画。

だが、これらの事件は、すべて一本の糸につながっていた。その糸を、裏で引いていたのは呪術師ラスグだった。

この危機を冷徹に乗り切ろうとしたのは、サンガル王国の王女カリーナだった。カリーナは有能で冷静、かけひきにたけた人だが、人々を政治のこまとしか見ない冷たさがある。国を救う情報をもたらした少女スリナァ、「ナユーグル・ライタの目」のエーシャナ、弟王子の兵士でさえ切り捨てようとする。

チャグムは、命あるものを見捨てることができない。たとえ、皇太子という立場上、国家のためには見て見ぬふりをした方が得策である場合でも。処刑されることになったタルサンと姉のサルーナ、殺される運命にあるはずのエーシャナをも救おうとする。カリーナには、チャグムの幼さとしか思えないことだった。

サンガル王国の第二王子タルサンは、エーシャナのことを本気で心配していた。彼は、一本気な武人だった。チャグムは、いくさを好まないが、タルサンの感情の豊かさにはひかれたのではないだろうか。

政治のかけひきの世界では、一人の人間、ひとつの命も、こまでしかすぎない場合がある。しかし、その対極にあるのが、「命がそのままにある世界」(p267)命そのものがつきつけられる世界、ナユグなのだろう。チャグムは、その両方の世界に身を置いている、とも言える。どちらか一方に深くしずみこむと、人格、人間性を失う危機におちいるのではないか。人を策略のこまとして見るようになると、自らの感情を欠落させ、命を軽視するようになる。ナユグに魅せられると、ナユグにとらわれ、現実の世界に帰ってこられなくなってしまう。

チャグムは、皇太子として生きながらも、人々からかけはなれたところにいるのではなく、ひとりの人間の命をいつくしみ、関わっていきたい、と思っているのだろう。  05.1.8

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蒼路の旅人

あらすじにそって書いていますので、ネタばれありです。ご注意下さい。

絵:佐竹美保 2005年 偕成社 高学年から

本書「蒼路の旅人」は「旅人」シリーズの2作目である。「守り人」シリーズの主人公がバルサであるのに対し、「旅人」シリーズの主人公は新ヨゴ皇国のチャグム皇太子だ。

上橋菜穂子さんは、あとがきで「バルサは『自分』という個人の視点でものをみ、チャグムは『国』の視点でものごとを考える」と書かれている。ふたりの視点の違いは、人との関わり方にも表れているようだ。バルサが、ひとりの人と徹して関わっているのに対し(とことんまで面倒をみる用心棒気質とでもいうか(^-^)、チャグムは多くの人々の命と生活を守ることに力をつくそうとしていた。

チャグムは、父帝や、新ヨゴ皇国の伝統的な価値観と衝突していた。幼いころ、庶民のなかに投げ出された経験と、優しく潔癖な性質ゆえに、帝を神聖視した上で行われる政治のあり方が、受け入れがたかったのだ。

皇太子でありながら、弟の誕生によって、再び父から排除されようとしていたチャグムに、新たな試練がおそいかかろうとしていた。

チャグムの祖父トーサ提督は、タルシュ帝国から攻められていたサンガル王国に、援軍を率いて向かう。チャグムも、父によって、トーサと行動をともにするよう命じられた。チャグムと、彼の後ろ盾であるトーサを亡き者にしようとする父帝の策略だった。

チャグムはトーサを失い、サンガル王国の捕虜となってしまう。サンガル王国はすでにタルシュ帝国によって枝国(属国)とされていたのだ。サンガル王国は、タルシュ帝国に忠誠心を示すため、新ヨゴ皇国の戦力をそぐためのわなをはっていたのだ。わなと知りつつも、新ヨゴ皇国は、援軍を出さないわけにはいかなかったのである。

チャグムの試練は続く。タルシュ帝国の密偵ヒョウゴにとらえられ、帝国に護送されてしまう。

強大で豊かなタルシュ帝国が、新ヨゴ皇国に侵攻すれば、新ヨゴ皇国の都は戦火に包まれることは明らかだった。

タルシュ帝国のラウル王子は、聡明で、残酷、征服欲の強い人だった。ラウル王子は、チャグムに新ヨゴ皇国の帝になれ、と迫る。それは、裏を返せば、チャグムに父と弟を殺し、タルシュ帝国の枝国の帝となれ、ということだった。枝国の帝となることは、カンバル王国とロタ王国を攻めること、多くの新ヨゴ皇国の民を戦争にかり出し、死なせること、カンバルとロタの民からうらまれることを意味していた。

ラウル王子に屈すること、または、自ら死ぬことが、チャグムにとって、最も安易な問題解決の方法だった。しかし、チャグムは、そのどちらをも選ばなかった。

チャグムは、最も困難なみちをゆこうとしていた。父帝も弟も死なせず、タルシュの枝国にもならず、新ヨゴ皇国の民を守るみちだった。チャグムは、ロタとカンバルと同盟を結び、ともにタルシュ帝国と戦うことが最善の方策だと考えていた。それを実現するために、第一歩をふみ出そうとしていたのだ。

本書「蒼路の旅人」は、チャグムがロタを目指す場面で終わる。チャグムとタルシュ帝国との戦いは始まったばかりである。本書は、長い物語の序章なのだろう。  06.2.12

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天と地の守り人 第一部

ほぼあらすじ ネタばれあり

絵:二木真希子 2006年 偕成社 高学年から

前作「蒼路の旅人」は、長い物語の序章のような終わり方をしていた。「天と地の守り人」は、その続編でもあり、「守り人」「旅人」シリーズの集大成とでもいうべき物語である。「精霊の守り人」から始まった、ナユグとサグが交錯する不思議な世界観をもつ一連の物語群は、「天と地の守り人」に内包され、帰着していく。

物語は、新ヨゴ皇国から始まる。帝は、タルシュ帝国との戦を危惧し、鎖国に踏みきり、草兵(民兵)を徴集する。ロタ王国やカンバルとの同盟は考えていなかった。もし、戦が始まれば、多くの民が死に、強大なタルシュ帝国の前に、新ヨゴ皇国は滅んでしまうかもしれなかった。チャグムは、それを回避するために、ロタとの同盟を目指して、ひとり海を渡ろうとしたのだが、志なかばで亡くなったと考えられていた。

バルサは、チャグムが生きていることを知られる。チャグムの無事を願い、足取りをつかむために、ロタ王国にはいる。ロタ王国で出会ったさまざまな人びとから、情報を得ているうちに、タルシュ帝国やロタ王国の複雑な政情と、陰謀が明らかになっていく。タルシュ帝国の王子たちや、ロタ王国の領主たちは、一枚岩ではなく、二派に分かれて対立していた。ロタ王国の領主のなかには、タルシュ帝国とのつながりを持つ者もいたのだ。チャグムが当初考えていたロタ王国との同盟は、困難だった。一方、タルシュ帝国のラウル王子の配下ヒュウゴは、戦を起こさせまいとしていた。ヒュウゴはバルサに、「チャグムは、ロタ王とカンバル王に手を組ませるべきだ」と伝える。

チャグムは、新ロゴ皇国から疎まれ、権謀術数に翻弄されながらも、国と民を戦から救う道を見つけ出そうとする。それは、困難な道だったが、バルサの助けを得て、進もうとする。 08.2.3

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天と地の守り人 第二部

ほぼあらすじ ネタばれあり

絵:二木真希子 偕成社 高学年から

「天と地の守り人」第一部は、ロタが舞台だったが、第二部はカンバルである。長い間、別々の道を行き、やっと再会したバルサとチャグムは、タルシュの刺客をかわしつつ、カンバルを目指すのである。タルシュの侵略から北の国々を守るために、何としてでもロタとカンバルの同盟を成立させなければならなかった。チャグムは、この同盟に、新ヨゴ皇国を加えることを願っていた。

しかし、気がかりなことがひとつあった。カンバル王の側近がタルシュに通じているのだ。カンバル王は、既に調略され、チャグムの提言に耳を貸さないかもしれなかった。また、タルシュの刺客と、内通者から襲撃されるおそれもあったのだ。バルサとチャグムは、ジグロの甥のカームを頼って、館に向かうが、そこで驚くべき事実を知る。(ネタばれ→カームこそが内通者だったのだ。カームが目指していたのは、南部領主とカンバルが組み、ロタ王朝を圧迫し、タルシュに下る計画だった。しかし、カームは、ロタ南部の大領主が通じているのは、統帥権を持たないハザール王子であることを知らなかった。強大な軍事力を持つラウル王子とつながらない限り、意味がないのだ。チャグムは、このことをカームや王の槍たち、カンバル王に知らせる。

一方、新ヨゴ皇国では、戦争が始まろうとしていた。タンダも、草兵として、徴集されていたのだ。タルシュ帝国では、王の崩御が近く、二人の王子は、王位継承権をめぐって争っていた。

タルシュとの戦争と同時に、カンバルの人びとがノユークと呼ぶ異界にも、異変が起ころうとしていた。ノユークの精霊たちの婚礼のシーズンが訪れたのだ。それは、気温の上昇を招き、青霧山脈の根雪をも溶かす。新ヨゴ皇国に、大洪水を引き起こすことになるのだ。

バルサは、新ヨゴ皇国の人びとに、このことを伝えに帰国することを決める。また、チャグムはカンバルとロタの兵を率いて、戦争と天災というふたつの危機に遭遇した故国へ、帰還の途に着く。 08.2.11

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天と地の守り人 第三部

ほぼあらすじ ネタばれあり

絵:二木真希子 偕成社 高学年から

「天と地の守り人」三部作で、物語の舞台は、ロタ、カンバル、新ヨゴ皇国と移っていく。新ヨゴ皇国が最も災禍に見舞われ、戦が終結し、天災が収束する地になる。

新ヨゴ皇国に侵攻するタルシュ軍と、新ヨゴ皇国との戦は始まった。タンダもいた戦場は、凄惨きわまりなかった。「天と地の守り人」は、暴力的なシーンが目につくが、なかでも戦の場面と、戦場跡の描写はすさまじい。清らかな天上人であるはずの皇太子チャグムは、血塗られた道を歩むことになる。

バルサは、タンダの安否を案じ、タンダを探し求める。やっと見つけ出したタンダは、瀕死の状態で、傷を負った腕は壊疽しかかっていた。

新ヨゴ皇国に迫った天災に、呪術師トロガイ、シュガらは気づき始めていた。青霧山脈の根雪が溶け、大洪水が起きれば、三角州にある光扇京は沈んでしまう。トロガイは、「金の蜘蛛」の術をつかい、国の人びとに危機を知らせ、避難させようとする。

チャグムは、ロタとカンバルの軍を率いて、故国にもどったのだが、あくまで天子であり続けようとする帝に受け入れられようもなかった。チャグムの異母弟の外祖父ラドウも、チャグムの帰還を快く思っていなかった。また、聖導師見習いシュガや、ラドウの弟カリョウは、頑迷な帝を殺し、タルシュと講和しようと画策していた。

しかし、チャグムを中心に、戦争も、新ヨゴ皇国の行方も動き始める。シュガは、タルシュと通じていたことを逆手にとり、天災を利用した戦術を練る。

やがて、大洪水が起こり、光扇京は沈み、帝は都と共に死ぬ。タルシュ軍も、洪水と、ロタ・カンバル・新ヨゴ皇国連合軍によって痛手を受け、敗走する。

タルシュ帝国では、皇帝が崩御し、ラウル王子が帝位を継承した。ラウルは、ヒュウゴの命がけの諫言を受け入れ、侵略よりも、内政に目を向けようとしていた。

チャグムは新ヨゴ皇国の新しい帝となり、バルサは、タンダやトロガイ師とともに暮らすようになる。 08.2.11

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月の森に、カミよ眠れ

ネタばれ多いです。かくしていませんのでご注意下さい。

絵:金成泰三 1991年 偕成社 中学生から

この物語は、大和朝廷による統一国家が形成され、班田収授法という税制が確立された7〜8世紀の九州を舞台としています。

月の森に近い小さなムラには、カミンマと呼ばれる蛇の巫女がいました。代々の巫女は、ムラの長であり、月の森のカミとの掟をつかさどる「絆」としての役目を担っていました。

ムラの先代のカミンマのばばさまは、カミンマとしてのつとめを全うしようとした人でした。人の世のことより、まず月の森のカミとの「絆」のことを第一に考え、山の命である「かなめの沼」を守っていました。

しかし、ばばさまは、12年前から真のカミンマではなくなっていたと言います。そのわけは、ムラの人びとのあやまちと、ばばさまが、それを止められなかったことにありました。

それは、ホウズキノヒメを愛した月の森のカミを殺してしまったことでした。ホウズキノヒメは、カミの子を身ごもっていました。しかし、魔物にとりつかれたと思った、ホウズキノヒメの母は、ヒメに鉄の針をわたします。ばばさまから教えてもらった「鉄は魔物の毒だから、魔物を殺せる」ということを思い出したのです。ホウズキノヒメは言われるままに、若者の姿をしたカミの衣のえりに針をさしました。カミは、その傷がもとで死にました。ばばさまは、その日からカミンマではなくなってしまったのです。

ホウズキノヒメは、カミの血をひくタヤタとともに、カミの領域である月の森で生きていくことを決意しました。ヒメによって、人の過ちはつぐなわれ、「絆」は保たれたのでした。

カミンマのばばさまは、亡くなる前に、キシメにあとを託していました。キシメは、まだ少女でしたが、タヤタと結ばれ、「絆」としてのカミンマになるはずでした。タヤタとキシメは、遊び友だちというほどの親しい間がらでした。タヤタは、蛇の性質を強く持っていましたが、キシメを愛していました。

キシメの前には、ふたつの生き方がありました。

ひとつは、タヤタの愛を受け入れ、「かなめの沼」を守りぬき、カミと人とをつなぐ「絆」として生きる道です。この世とあの世の境に立ち、人の命だけでなく、すべての命を守るのです。

もうひとつは、月の森のカミを封じ、人の世で生きる道でした。

朝貢から帰ってきた男たちは、都で知った稲作について語りました。ムラで稲作をすれば、税の負担が軽くなり、飢えることもないと、ほかの民から聞いてきたのです。稲作に適した土地は、ムラでは「かなめの沼」ただひとつでした。月の森の聖域である「かなめの沼」を水田に変えることは、月の森のカミを封じること、タヤタを殺すことを意味していました。キシメは、カミとのつながりを断ち切らなくてならないのです。

キシメは、ふたつの道の岐路に立ち、ゆれ動きます。

カミと人との「絆」に最も近いキシメです。カミンマのばばさまやホウズキノヒメから、月の森のカミの話を聞き、山の命を感じていました。また、自分でも気づかぬうちに、タヤタにひかれていました。しかし、ムラの人たちの思い、飢えのつらさをも知っていました。タヤタを殺さなければ、ムラの人たちが、タヤタの怒りにふれて死ぬこともわかっていました。

無理に「かなめの沼」に踏みこもうとした男たちは、無数の蛇に殺されてしまったのです。タヤタの怒りをしずめ、蛇を退かせるために、ホウズキノヒメは、自ら犠牲となったのでした。

カミを封じるために、ナガタチは、ムラに招かれていました。ナガタチは、オニと人との間に生まれた子でした。カミにより近い者を、オニと呼ぶのも、カミと呼ぶのも人間です。ナガタチの母が「人はおそろしき者をオニと呼び、おのれに益をもたらせば、カミと呼ぶ」(p37より引用)と言ったように。

ナガタチとタヤタは、似たような境遇でありながら、対照的でした。一方はオニと呼ばれ、もう一方はカミと呼ばれました。月の森のカミを封じる際には、ムラの男たちは、タヤタのこともオニと呼びました。ふたりともカミと人との子でしたが、綿々と続く命のうずにつながるタヤタはカミに近く、人のためにカミを封じるナガタチは人に近い者でした。

ナガタチは、月の森のカミやタヤタのこと、ホウズキノヒメ、カミンマのことを、キシメから聞きました。キシメが、タヤタと人との間に立って、迷う気持ちも聞きました。

キシメは、実の兄やムラの人びとのことを心配していました。タヤタと結ばれると、人の世から離れてしまうことの不安も感じていました。カミンマというより、少女らしい迷いでした。キシメは、ムラをほろぼしたくないという思いから、ついに、タヤタを殺すことを決めます。

キシメは、タヤタの気持ちを知ろうとはしなかったのかもしれません。タヤタのことより、人のムラのことを心配するキシメに、ナガタチは怒りすら覚えます。ナガタチは、タヤタに嫉妬しながらも、タヤタと同じく、カミ(オニ)としての孤独を知っていたからでしょう。

タヤタは、ムラの人びとの考えも、キシメの迷いと決意も、知っていました。知ってなお、キシメを愛していました。タヤタはつらかったはずです。しかし、感情をぶつけることなく、たんたんとキシメと会い、ナガタチとの決闘を受けます。

タヤタを殺したのは、オニ(カミ)であるナガタチではありませんでした。キシメの兄によって――人間によって殺されたのです。

カミを封じ、禁忌であるはずの「かなめの沼」に立ち入ったとしても、カミがたたることはありませんでした。しかし、カミと人との絆は断たれ、月の森からは、カミも、精霊も去りました。そして、山は少しずつ死んでいくのです。あの世とこの世の境は閉じ、人は、すべての命の大きなうずから、きり離されたのです。

自らの手でカミを殺すことにより、ムラの人びとは、人の世の強大な権力に飲まれ、より進んだ文化に取りこまれていったのでしょう。  05.3.6

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精霊の木

ネタばれ多いです。かくしていませんのでご注意下さい。

絵:二木真希子 2004年(復刊) 偕成社 中学生から

「精霊の木」は、上橋菜穂子さんの処女作で、ナイラ星を舞台としたSFです。いったん絶版になり、2004年に復刊されました。

ナイラ星は、地球人たちが移住した惑星です。地球は、環境破壊によって死の星となって、400年が経っていました。ふるさとをなくした地球人たちは、新たな星を見つけ、移住したのです。

ナイラ星には、ロシュナールと呼ばれる先住民族がいました。地球人は、彼らを「低能な野蛮人」あつかいにし、ロシュナールの歴史や記録を封じ、ほろびつつある彼らを保護の対象としていました。

ロシュナールは、ひたいに「魂の目」(トウー・スガー)をもっていました。魂の目は、自分の精霊(リンガラー)と出会ってはじめて、開かれるのです。ロシュナールの民は語ります。「人は、半かけの魂(トウー)をもって生まれてくる。――中略――精霊(リンガラー)を魂にうけいれたとき、人の魂はようやく完全になる。人は、精霊がなければ生きていかれないんだ。」(p76)と。精霊は、「精霊の木」が産み落とすのです。しかし、ロシュナールが大切に守ってきた精霊の木は、すでに失われていました。

リシアとシンは、いとこ同志で親友です。移住者として、ドームで快適な生活を送っていました。しかし、リシアが、自分がロシュナールの血をひき、政府から監視されていることを知ったときから、生き方を一変することになるのです。

彼女は、ロシュナールの「時の夢見師(アガー・トゥー・ナール)」でした。

アガー・トゥー・ナールは、祖先が体験した過去のできごとを、正確に、夢として見ることができるのです。リシアは、過去を旅するかのように、夢の中で、ひいおばあさんのロウナになり、少女トゥナになり、また、過去のアガー・トゥー・ナールであるリュナになりました。

リシアが夢を見るたびに、精霊の木や「精霊の道(リンガラー・カグ)」のことが明らかになってきます。ロシュナールは、精霊の道を通ることで、時をこえることができました。1000年ほど前のロシュナールの民は、ロシュナール暦で957年、地球人がナイラ星に移住して200年後の現代へ、精霊の道を通ってやってくるのです。精霊の木が、日照りのために枯れ始めたので、「べつの世界へ道をひらこう」と決めたのでした。リュナは、精霊の道を通ることを決心した女性でした。

一方、移住者の環境調整局は、精霊の道が完成されつつあることをつかんでいました。精霊の道は、だれの目にも見えるのです。過去のロシュナールの出現は、彼らにとってきわめて不都合なことでした。200年前、地球人がナイラ星に移住したとき、精霊の木を焼き払い、ロシュナールを虐殺し、彼らが滅びの道をたどるように仕組んだ歴史があばかれることをおそれたのです。

リシアは、精霊の道がかけられる「橋の岩」へ行くことを決意します。「彼ら(過去のロシュナール)に会って、この星のロシュナールがどうやってほろびていったのかをつたえることが、歴史の語り部のつとめのばずだ」(p93)と考えたのです。シンは、リシアを守るために、彼女に同行します。リシアとシンには、追っ手が差し向けられていました。

リシアは、夢を通して、精霊の木がひそかに守られてきた事実を知りました。200年前、移住者たちから、精霊の木をかくし守ったのは、ガユウとタゥニ、ドンの家族でした。

リシアは、ドンがロウナの祖父であることも、夢で知りました。ドンは、リシアの夢の中で、ロウナに語り、うたいます。1000年前のロシュナールがやって来ること、精霊の木がかくされた場所のことを――「われのすみかと、孫の住む家。北のデイ山、南のラグナ、それらのちょうどただ中に、腰をすえる『火たき女』のごと、山の眠りの底に、かがやく花を、見いださん…」(p203)――

ドンのうたは、ロウナに対してではなく、未来に現れるであろうアガー・トゥー・ナールに対して聴かせたものでした。つまり、リシアに聴かせたうたなのです。

リシアは、シンとともにドンのうたのなぞを解き、精霊の木を見いだしました。そして、リシアは、自分の精霊を得、魂の目を開かせたのでした。リシアは、また、精霊の木の種を拾いました。たった9個でしたが、過去からやって来るロシュナールにわたす、大切な種でした。

環境調整局は、シンを殺し、リシアをとらえて利用しようとたくらんでいました。シンは、環境調整局に抵抗し、リシアの「過去のロシュナールに種を渡す」という目的をとげさせようとしました。シンや、歴史学者トカイ=シュウ、リシアの両親、シンの母マシカたちによって、環境調整局のたくらみはあばかれ、副局長コウンズは告発されました。

この物語は、発達した科学や文化を持つ民族と、自然と共存してきた民族の衝突と悲劇という読み方もできると思います。先住民の人権や文化等を軽視し、迫害した歴史を明らかにすることで、ロシュナールとの共存を探っていくナイラ星の人びとの思いが、リシアやシン、トカイ=シュウ博士の行動から読み取られました。

ロシュナールの研究者ジムの「歴史ってのは、過去におかしたあやまちを、二度とくりかえさないために、まなぶんじゃないですか?」という問いかけが、全編に流れています。科学を発達させ、生活の快適さ、利便性を追求するあまり、地球を滅ぼした人びとが、400年後には、ナイラ星の環境を破壊しつくそうとしていました。

精霊の道と、アガー・トゥー・ナールが過去を夢見ることによって連綿と伝えられるロシュナールの歴史は、多くのロシュナールの民の生き生きとした感情をともなって伝えられています。

ロシュナールはほろびつつある民です。しかし、たとえ自分の代に「精霊の木」がなくても、次代に希望をたくし、生きることをあきらめませんでした。リシアや、シン、精霊の道をたどってやってきたロシュナールのおばあさんも、ナイラ星人となった移民者のなかで、強く生きています。「ナイラの人たちは全員もしかしたら自分自身がロシュナールの血を、どこかでうけついでいるかもしれないのだから」(p283)という一節が、ロシュナールとナイラ星の未来に、明るさを感じさせます。  05.4.29

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