斉藤洋「白狐魔記」

「白狐魔記」シリーズは、歴史上のできごとをふまえた和風ファンタジーです。平安時代末から鎌倉時代末までを舞台に、白狐魔丸となったきつねの目を通して、人間たちのおろかさが描かれています。斉藤洋さんの小学校高学年向き中学年向き低学年向きの作品は別ページに書いています。

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白狐魔記 源平の風  白狐魔記 蒙古の波  白狐魔記 洛中の火  白狐魔記 戦国の雲


白狐魔記 源平の風

1996年 偕成社 高学年から

「白狐魔記(しらこまき)」シリーズ1作目である。

人間に興味を持ち、人間のことをよく知ろうとするきつねが、人間同志の殺し合いである戦争を見つめ、人間と関わって生きていこうとする物語だ。物語中繰り返される「修行」「殺生」「縁」という三つの言葉をキーワードとしてとらえてみた。

きつねは、白駒山(しらこまさん)の仙人のもとで修行し、変化(へんげ)の術を身につけた「白狐魔丸」となる。

「修行」したと、思っているのは白狐魔丸だけかもしれない。

仙人は、修行――とくに苦行をきらっている。苦行は自己満足にすぎないと言う。当時、修行をしなければならないはずの山伏や僧のなかに、武力を持ち、国司と争ったり、強訴をしたりする者もいたことを思えば、仙人は、「修行」ということばに欺瞞(ぎまん)を感じていたのかもしれない。

また、苦行は意味がないとする考え方は、バラモンの苦行を否定したシッタルダの思想に通じるところがある。

仙人は殺生をきらった。たとえ、生きていくための狩りであっても、白駒山が見えるところでの殺生は禁じた。これは、きつねにも、猟師にも要求された。

たったひとつの狩りですらきらう仙人だ。大規模な殺し合いである、源平の戦をどのような思いで見ていたのだろうか。

戦争をきらうのは、きつねも同じだった。同種の生き物で殺し合うことに、きつねは納得できない。殺し合いをなりわいとする武士は、最下級の人間だと思っている。

一ノ谷の合戦の直前、きつねは、源義経やその家臣佐藤忠信らと出会う。きつねが白駒山をさがしている途上でのことだった。

義経は、きつねに「縁があったらまた会おう」と言って、戦いにおもむいた。きつねは、源平の合戦を見て、「人間同士のなわばり争いなのか」と思う。

後に、きつねは、義経や忠信と再会するのだから、「縁」はあったのだ。きつねは、「縁」ということばにもこだわっている。白駒山と「縁」があれば、見つけることができるだろう、と信じていたし、きつねを追いつめた猟師との間に、奇妙な「縁」をみつける。

きつねと義経らとの二度目の出会いは、義経が兄頼朝に追われ、奥州に落ちていくとちゅうのことだった。きつねには、弟義経の命をねらう兄頼朝の気持ちが分からない。

義経の旅に、きつねは同行する。きつねは、白駒山の仙人のもとで修行をし、変化すること、人間の言葉をしゃべることができるようになっていた。

きつねは、するどい目をした義経にひかれるものを感じていた。しかし、最も好きで、親しかったのは、心やさしい佐藤忠信だった。

忠信は、山伏たちに追いつめられたとき、義経の身代わりになる決意をする。つまり、死をかくごしたのだ。義経の直垂(ひたたれ)と鎧(よろい)を身につけ、敵をひきつけて戦っている間に、義経を逃がそうとする。忠信は、義経への忠義と信義の心を誇りにしている。しかし、きつねには、そのような武士の考えに共感できない。

きつねも忠信とともに残って戦う。忠信が死ぬと、自分が義経に化けて敵をふりまわす。

きつねは、義経と頼朝の争いも「なわばり争い」だと思う。家臣にしたわれている義経であるが、何百人もの人を死なせた。また、忠信を敵前にひとり残し、死に追いやった。きつねは、義経の生き方に、わりきれないものを感じている。

きつねは、武士が好きになれない。武士には、ある命を守ろうとする一方で、たくさんの命をうばうという矛盾(むじゅん)があるからか。 05.1.10

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白狐魔記 蒙古の波

1998年 偕成社 高学年から

「白狐魔記 蒙古の波」は、「白狐魔記」の2作目だ。時代背景は、鎌倉時代後期、元寇(げんこう)前後。前作「源平の風」から85年が経過している。

主人公の白狐魔丸は、白駒山の仙人を師とし、化身の術を身につけたきつねだ。白狐魔丸は、武士がきらいだが、ただ一人、佐藤忠信を信頼していた。しかし、忠信は、義経の身代わりとなって、すでに死んでいる。

85年もの長いねむりから目ざめた白狐魔丸は、白駒山から西へと旅をしていた。そのとちゅう、京で、一人の武士の危機を救う。五人の武士からいたぶられていた市谷小平太(いちがやつこへいた)だ。小平太は、六波羅探題南方代官(ろくはらたんだいみなみかただいかん)の北条時輔(ほうじょうときすけ)の家来だった。

そのことが縁で、白狐魔丸は、小平太の主、北条時輔の屋しきにとどまることになる。

小平太は、心が優しく、絵が好きな男だ。主の時輔も、ものごしのやわらかな、礼儀正しい若者だった。

だが、時輔は、異母弟である時の執権北条時宗から、謀反(むほん)の疑いをかけられ、夜襲にあう。白狐魔丸は、武士同士のあらそいにまきこまれてしまう。時輔と時宗は兄弟なのに、なぜ殺し合うのか?白狐魔丸には大きな疑問だった。

人間の殺し合いは、さらに大きな事件、蒙古来襲(もうこらいしゅう)へとつき進む。

この物語は、進むにつれて、暴力や殺し合いの規模が大きくなっていく。それに感応するかのように、白狐魔丸の「気」も強くなっていく。白狐魔丸は「気」の使い方、「気」の集め方を身につける。

武士のあらそいなど、どうでもよい。この国を治めるのが鎌倉幕府であろうが、元であろうが、白駒山で殺生が行われない限り、かまわない。白狐魔丸は、はじめはそう思っていた。

だが、白狐魔丸は、白駒山を降り、博多に向かう。元の大軍が、博多に上陸しようとしていたからだ。白狐魔丸は、元とたたかおうとしていた竹崎季長(たけざきすえなが)を助け、元の上陸を阻止しようとする。竹崎季長は、小平太の友人であり、白狐魔丸が親しくなった武士だった。

この物語は「文永の役」と「弘安の役」でクライマックスをむかえる。元が退却する原因となった二度の嵐には、白狐魔丸、白狐魔丸の師の仙人、狼であるブルテ・チョノが関わっていた。

白狐魔丸と同じように強い「気」を持つ三人、仙人、ブルテ・チョノ、雅姫の人間との関わり方が興味深い。敵を殺したことをくやむ仙人、憎しみの心をうけつぐブルテ・チョノ、人を愛した雅姫。だれもが、物語のとちゅうで姿を消すのだが、その行方も気になるところだ。 04.10.18

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白狐魔記 洛中の火

漢字多すぎです(T^T)。人名の読み方は下に書いています。

偕成社 2000年 高学年から

鎌倉時代末の争乱、建武の新政が物語の背景となっている。楠木正成の挙兵、後醍醐天皇の配流と隠岐脱出、鎌倉幕府の滅亡、中先代の乱(注1)、湊川の戦い(注2)と、時代は目まぐるしく動いている。

武士や、人間同士の殺し合いをきらう白狐魔である。だが、人間と関わり、数人の武士と親しくなり、戦いのただ中に身を置くようになる。

白狐魔は、楠木正成や、大和十蔵と出会う。

戦争をきらい、戦争を終わらせたいと願っていながら、戦わざるをえない楠木正成。護良親王に反感を持ちながらも、護良親王を守って戦わなければならない十蔵。

白狐魔丸は、戦争をする意志がなくても、主君の命令で、戦争をしなければいけない者の悲しさや憤りを知る。

戦争が人の命をうばうものである以上、残された者は、深い悲しみやうらみをいだく。十蔵や雅姫がそうだった。

十蔵がしたう主君村上義光は、護良親王の身代わりとなって死ぬ。十蔵は、護良親王に復讐することを決意する。

雅姫は、かつて愛していた北条時輔とよく似た北条仲時を大切に思っている。しかし、仲時は、反幕府の軍に敗れ、自殺した。雅姫は、仲時の自殺を止めることができなかったことをくやみ、仲時を死に追いやった後醍醐天皇、護良親王を憎んでいる。そのうらみの深さは、雅姫の気を異様に高め、白狐魔を圧倒する。雅姫は、後醍醐天皇、護良親王に復讐するために、策略をめぐらす。

雅姫は、後醍醐天皇の側室の廉子に魂憑依する。魂憑依とは、ある人物にとりついて、心も体も思いのままにあやつる術だ。

雅姫は、廉子として、十蔵に復讐の手はずを整えてやる。白狐魔は、親しい十蔵に殺人をさせたくない。白狐魔は、十蔵の復讐を阻止しようとするが、雅姫の思う通りに、ことは運んでいく。愛する人を失った雅姫の怨念の強さ、せつなさが印象に残る。

楠木正成は、足利尊氏の大軍とのたたかいに敗れて死ぬ。「自分がこれ以上生きていれば、後醍醐天皇は自分をあてにする。自分が死んだとわかれば、後醍醐天皇も戦争を終わらせることについて考える」と、正成は、白狐魔丸に言い残していた。正成は、もし生まれ変わることができるのなら、「田に稲を植え、畑で野菜を育てて一生をすごす」(p268)ことを望んだ。

「人々が楽しく、ゆたかに暮らせるならば、まつりごとなどだれがやってもよいのだ。帝でも将軍でも執権でもよい。いったい北条の幕府をたおすことに、何十万もの人が死ぬだけの価値があったのか。」(p235)という雅姫のことばが重い。

注1 中先代の乱(なかせんだいのらん)……北条時行が足利直義の軍を破って鎌倉を占拠した。

注2 湊川の戦い(みなとがわのたたかい)…足利尊氏の大軍が楠木正成の軍を破り、正成を戦死させた。

人名の読み方  楠木正成(くすのきまさしげ)、後醍醐天皇(ごだいごてんのう)、大和十蔵(やまとじゅうぞう)、護良親王(もりよししんのう)、村上義光(むらかみよしてる)、雅姫(つねひめ)、北条仲時(ほうじょうなかとき)、廉子(れんし)、足利尊氏(あしかがたかうじ)  04.10.30

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白狐魔記 戦国の雲

絵:高畠純 2006年 偕成社 高学年から

白駒山の妖狐、白狐魔丸の目を通して、戦乱が描かれた「白狐魔記」シリーズ4作目である。本作では、織田信長の戦争を追いつつ、物語が進行していく。

長い時間を生き、源平の戦のころから、人間の戦いを見つめてきた白狐魔丸にとって、人間の栄枯盛衰ははかないものかもしれない。

「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。ひとたびこの世に生を受け滅せぬもののあるべきか」信長が好んだ敦盛の幸若舞は、戦国の覇者信長の一生を暗示しているかのようだ。

戦国時代の風雲児として、華々しく登場し、諸国の武将のみならず、天皇や神さえも従えようとした信長。しかし、天下布武の途中で命を落とし、子孫に後事を託すこともできず、幕府を開くこともなく、安土城さえ残さずに、彼の栄華は「夢幻のごとく」消えてしまったのだ。

雅姫が河原の石を変化させて作った鼓が、信長の死とともに石に変わり、河原にもどったことは、激動の生涯を閉じ、土に帰った信長の姿と重なる。

戦をきらう白狐魔丸の視線は、信長ではなく、不動丸に寄り添っている。不動丸は、信長を狙撃した唯一の男、杉谷善住坊の弟子だ。不動丸は、名のある武将ではない、一民衆である。白狐魔丸は、信長の戦争を、天下布武の一環としてとらえるのではなく、庶民の立場から見ている。

不動丸は、のこ引きの刑に処せられた善住坊の仇を討つために、信長をつけねらい、信長と敵対する勢力に手をかす。不動丸と白狐魔丸は、信長対長島一向一揆の戦に巻きこまれていく。これは、信長の戦争のなかでも悪名高い虐殺が行われた苛烈な戦いである。

この戦いは、庶民の目から見た信長像を浮き彫りにしている。

本書では、善住坊の刑、長島殲滅戦の他にも、信長の怜悧さ、残酷さを最もよく表すエピソードが描かれている。浅井・朝倉の髑髏の杯、規律を乱す者を手討ちにしたこと等だ。

最初のうち、北条時輔や仲時によく似た信長に好感を持っていた雅姫は、信長に距離をおくようになる。「だれでも、信長のそばにいると、あるとき、いやになってしまうのだ」と言う。

不動丸は明智軍に加わり、本能寺で信長を撃つ。  07.1.4

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