アストリッド・リンドグレーン

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アストリッド・リンドグレーンさんは、スウェーデンの児童文学作家です。1907年に生まれ、学校の先生や事務の仕事をして、1945年「長くつ下のピッピ」を発表しました。「やかまし村」、「名探偵カッレくん」シリーズで知られています。

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ミオよ、わたしのミオ

岩波書店 1967年 大塚勇三訳 中学年から

Mio,min Mio 1954

「ミオよ、わたしのミオ」は、美しいファンタジー物語です。9才の男の子ミオの旅と、残酷な騎士(ざんこくなきし)カトーとの戦いが書かれています。

「ミオ」は、「はるかな国」での男の子の名前です。ストックホルムのウップランド通りにいたころは、「プー・ヴィルヘルム・ウイルソン」という名前で、「ボッセ」とよばれていました。

ボッセ(ミオ)には、ほんとうの両親がいません。1才のとき、「子どもの家」から、エドラおばさんとシクステンおじさんにもらわれたのでした。ふたりは、ボッセにつらくあたります。あからさまに「おまえが、うちにきた日こそふしあわせな日だったよ」と言います。

ウップランド通りの子どもたちも、ボッセをいじめていました。ボッセにやさしかったのは、なかよしの友だちベンカと、ベンカの両親、果物屋のルンディンおばさんだけでした。

このようなつらい毎日をおくっていたボッセは、「はるかな国」へと旅立ちます。そこでは、ボッセではなく、ほんとうのすがたである王子ミオにもどるのです。ミオは、王さまのおとうさんにたいへん愛され、「ミオよ、わたしのミオ」と、何度もよびかけられます。ベンカが、おとうさんから、身長をはかってもらって、台所のドアにしるしをつけてもらったように、ミオもおとうさんから、台所のドアに背の高さのしるしをつけてもらいます。

「はるかな国」は、美しい国でした。銀のポプラは、葉をならして音楽をかなで、バラやユリがさきほこり、白い小鳥が人なつこくとんできます。

ベンカによくにたユムユムという友だちもできました。金のたてがみをもつ白馬、ミラミスも手に入れました。

ミオとユムユムは、馬に乗ったり、ふえをふいたりして遊びます。何もこまったことがなく、幸せそうです。

しかし、「はるかな国」に住む人たちに会ったり、「夕暮れにささやく井戸」からむかし話を聞いたりするうちに、残酷な騎士カトーの悪事、ミオの使命(しめい)が明らかになってきます。

カトーは、「はるかな国」から多くの子どもたちをさらったのでした。「暗い森」に行き、残酷な騎士カトーとたたかうこと――これは、王家の血を引く男の子に課せられたしごとだったのです。

「王家の血をひいたひとりの少年は、金のたてがみをもった白い馬にのり、ただひとりの友だちをともにつれていく」(p134)ことが、何千年も前から決められていたというのです。

ミオは、残酷な騎士カトーがこわくてたまりません。多くの物語に出てくるヒーローのように、勇敢(ゆうかん)ではありません。それでも、戦いに行きます。

カトーの城がある「死の森」には、生きているものは、草いっぽんさえありません。木々や大地、土すら死にたえています。カトーは石の心臓(しんぞう)と鉄の手をもち、いつも悪いことを考えているのです。カトーは「死」を象徴(しょうちょう)しているようです。

最初のうち、ミオは、カトーやカトーの部下たちをこわがっていました。戦うことができずに、かくれていました。

どうすることもできなかったミオを、「死の森」に住む人や自然がたすけてくれます。かれらもまた「死」の世界からときはなつミオの力をしんじたのでしょう。

ミオとユムユムがカトーにとらえられ、自分はにげられても、ユムユムをにがす方法がなくなったとき、ミオは戦う決意をします。たったひとりでカトーに立ち向かいます。

カトーとの戦いを終え、カトーからさらわれていた子どもたちを助けたミオは、ユムユム、ミラミスといっしょに「はるかな国」にもどります。

ミオは、「はるかな国」で、ウップランド通りのことを思い出しています。ウップランド通りでは、だいじにしてくれる親がなく、「いらない子」としてあつかわれたミオです。しかし、「はるかな国」では、「ミオよ、わたしのミオ」とよびかけてくれるおとうさんの王さまがいて、ミオだけにしかできない大切なしごとがありました。  05.1.13

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はるかな国の兄弟

岩波書店リンドグレーン作品集18 1976年 岩波書店 大塚勇三訳 高学年から

BRÖDERNA LEJONHÄRTA 1973 

この「はるかな国の兄弟」は、「ミオよ、わたしのミオ」を壮大に発展させたような物語です。実際、似ている部分も多いです。主人公の男の子が現実の社会にあっては、ひどく苦しい状況にあること、つらい日常から「はるかな国」へと旅立つこと、「はるかな国」では試練が待ち受けていること。それから、いずれの物語も、主人公が、ファンタジー世界での旅を終えて、現実にもどってくることはありません。

このファンタジー物語は、「はるかな国」ナンギヤラの風景や、カールとヨナタンの兄弟愛が美しく描かれています。それだけに、ナンギヤラをおおう不吉さ、戦いの血なまぐささが際だっています。何より、ラストの衝撃は大きいです。

小さなカールは、自分のことを「とてもぶかっこうで、ほんとにまぬけで、こわがりで、足がまがってたりする」子だと言います。

兄ヨナタンは、やさしくて、強く、何でもできる美しい少年です。カールはヨナタンをしたい、ヨナタンはカールを「クッキー」と呼んでかわいがっています。

カールは病気で、死が近いことを知っています。そして、死を恐れています。ヨナタンは、死んだ後に行く世界ナンギヤラの話をし、カールを安心させます。

まもなく、カールとヨナタンは、ナンギヤラに旅立ってしまいます。つまり、ふたりとも死んだのです。

ナンギヤラのふたりは、「騎士の家」に住み、いい馬を持っています。カールの病気も足もよくなり、世界は美しく、毎日は楽しく、幸せでした。ナンギヤラは、お話と冒険の国なのです。

しかし、ナンギヤラに、暗雲がたれこめます。悪の征服者テンギルが、カルマニヤカからナンギヤラに攻めてきていたのです。野バラ谷はすでに敵の手に落ちていました。野バラ谷の指導者オルヴァルは、テンギルによってとらえられています。テンギルは、カールたちが住むサクラ谷の指導者ソフィアをもとらえようとしていました。

サクラ谷に裏切り者がいるらしいこと、テンギルがおそろしい兵器カトラを持っているらしいこともわかってきます。

ヨナタンは、ソフィアとともにテンギルに抵抗しています。カールは、ヨナタンといつもいっしょにいたいと思っています。危険なところにもついて行き、兄を助けて活躍します。兄弟のきずなの深さがわかります。

カールとヨナタンは、ついにオルヴァルを救出します。オルヴァル、ソフィアを中心に、野バラ谷、サクラ谷の人々は蜂起し、テンギルの軍隊と戦います。

戦いには勝ちました。たくさんの犠牲をはらって。カールが大好きなおじいさんも死にました。

カールとヨナタンは、勝利を喜ぶ気持ちにはなれません。ヨナタンは、たとえ敵であっても、殺すことをいやがっていたのです。

たくさんの人が泣いている時に、オルヴァルは、目を燃え立てて「わたしたちは幸せになるだろう」と言います。彼は、自分の理想のためには、人を死なせても心が痛まないのです。

ナンギヤラが、もとのように美しい世界にもどるのか、疑問です。カールやヨナタンの思いとは違った方向にいくような気がします。

カールとヨナタンは、カトラの始末をつけるために、カルマニヤカへとおもむきます。危機をきりぬけ、カトラを消滅させることはできたのですが、ヨナタンは死に瀕してしまいます。カールは、ヨナタンと別れたくないと思い、とても悲しみます。

そこで、衝撃の結末をむかえます。このラスト・シーンは、「児童書にふさわしのか?」と、論議をよんできたそうです。ラストについての感想は、ネタばれがはなはだしいので、以下ふせています。反転させてください。

ここから。ヨナタンの体は、カトラの炎にやられ、動かせなくなっていました。死がすぐそこにせまっています。しかし、ヨナタンには、死後に行く世界がわかっていました。ナンギリマなのです。

カールは、ヨナタンを背負い、ナンギリマに行く決意をします。そのために、目がくらむような深みに飛びこみます。このシーンが「自殺を肯定しているのではないのか」と言われてきたそうです。

ナンギリマは、テンギルが攻める前のナンギヤラのように美しいのかもしれません。そこで、カールとヨナタンは幸せになれるのかもしれません。しかし、ナンギリマでも、別の試練が待ち受けているかもしれないのです。幸せは、この世界ではなく、「はるかな国」にあるのか。ヨナタンを失っても、カールは生きていくべきではないのか。疑問はいくつも残ります。

カールは、今いる世界を捨て、別の世界へ旅立つことを選びました。そして、ナンギリマの光を見いだします。しかし、私は、悲しい結末だと思いました。ここまで。  05.1.22

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やかまし村の子どもたち

1965年 岩波書店 大塚勇三訳 中学年から

Alla vi barn i Bullerbyn 1947

「やかまし村の子どもたち」は、農村の自然と遊びが、たっぷり書かれた物語です。

やかまし村には、家が3けんしかありません。村の子どもは6人で、7才の主人公リーサ、にいさんのラッセとボッセ、南となりに住んでいるオッレ、北となりのブリッタとアンナです。

家がたった3けんで、子どもが6人しかいなくても、村は明るくて、にぎやかな感じがします。

子どもたちは、五感を豊かに働かせ、自然や生き物とふれ合って遊びます。リーサたち女の子は、野イチゴがたくさんある場所を見つけたり、岩のさけ目に遊び小屋をつくったりします。男の子は、ほし草おき場の迷路やひみつの小屋をつくります。

リーサたちは、遊ぶだけではなく、仕事もします。カブラぬきやたまごさがしをして、お金をもらいます。子どもといえども、一人前の働き手です。

それから、リーサたちは、いろいろな人ともかかわります。病気になった先生の家をたずね、料理をつくってあげたり、そうじをしたりします。いやみなくつ屋のスネル、森のわきに住んでいるクリスティンの家にも行きます。

やかまし村のおじいさんのことは、大好きで、することがないときは遊びに行きます。目が見えないおじいさんのために、新聞を読んであげ、かわりにおじいさんから話をしてもらいます。おじいさんは、リーサたちが「家出をする」と言い出しても、あわてず、受け入れてくれる人です。

やかまし村には、今のように、便利な道具や機械、自動車はありません。吹雪がふいても、歩いて学校から帰らなければなりません。休校になっても、電話がないので、学校まで行って、初めて知ることになります。しかし、物が豊かでないかわりに、やかまし村の生活そのものが豊かな感じがします。  05.2.1

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ちいさいロッタちゃん

偕成社 山室静訳 1980年 低学年から

BARNEN PÅ BRÅKMAKARGATEN 1958

ロッタちゃんは、3人きょうだいのすえっ子で、3〜4才です。(物語のはじめは3才、なかばすぎは4才になっています)お父さんからは、「かわいいもんくや」とよばれています。

元気いっぱいのロッタちゃんです。ごうじょうな子で、一ど思ったことは、実行せずにはいられません。それに、口がたっしゃです。「ロッタちゃん語ろく」ができそうなほど、おもしろいことや、気のきいたことを話します。お母さんから「つかってはだめ」と言われた きたないことばを、わざとつかいたがります。

ロッタちゃんと、お兄さんのヨナス、お姉さんのマリヤは、遊んで、遊んで、遊びまくります。「かいぞくごっこ」、おもちゃの家遊び、雪遊び…。ロッタちゃんは、お兄さん、お姉さんから、いやな役をおしつけられますが、負けてはいません。「ちっともおもしろくないや」「いやだもん」と、はっきり言います。

いとこの男の子トッテとも遊びます。同じ年なのに、トッテをからかったり、こわがらせたりします。お姉さんぶって子もり歌を歌ってあげることもあります。

そんなロッタちゃんを、大人たちは、あたたかく見まもっています。お父さんは、ロッタちゃんのやんちゃぶりを楽しんでいます。お母さんは、ロッタちゃんを時どきしかりますが、ロッタちゃんたち3人の子どもがいてよかった、と心から思っています。となりのベルイおばさんも、ロッタちゃんたちをかわいがっています。 05.2.20

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名探偵カッレくん

訳:尾崎義 絵:エーヴァ・ラウレル 岩波少年文庫 2005年新版 高学年から

MÖSTERDETEKTIVEN BLOMKVIST 1946

「名探偵カッレくん」は、MORIが小学生だったころに読んだなつかしい本です。この物語は好きだったのですが、覚えていたのは「バラ戦争」のことと、エーヴァ・ロッタのパパが新しいコーヒー・カップのとってを全てこわしてしまったこと(p79)くらいでした;;

カッレは、名探偵を目指す少年です。カッレは、観察眼と洞察力が鋭く、調べたことをきちんとメモする慎重さをかね備えた探偵向きの性格をしています。

ある日、友達の少女エーヴァ・ロッタの家にエイナルおじさんがやってきました。カッレと、エーヴァ・ロッタ、アンデス仲良し三人組は、おじさんにうさんくささを感じています。カッレは、おじさんを不審人物と見なし、おじさんを注意深く監視します。カッレが集めた情報や資料の確かさには感心させられます。どれも、後で必要になってくるものばかりでした。(作者リンドグレーンさんのストーリー組み立て、伏線のはり方、小道具使いがうまいというべきなのでしょう。)

カッレのカンはあたっていました。おじさんは、宝石窃盗(せっとう)犯のひとりで、仲間を裏切り、盗品を独り占めしようとしていたのでした。カッレは、自分でこのことをつきとめたのです。

カッレの探偵活動に、カッレ、エーヴァ・ロッタ、アンデス三人組の遊びや赤バラ軍との戦いがからみ、はらはらするけれど、のびやかな物語に仕立てられています。

仲良し三人組は、サーカス団「命知らず三人組」や、「白バラ軍」を結成します。命知らず三人組は、サーカスの練習をし、お客を集めて実際にサーカスを興行します。ちゃんと料金ももらいます。芸が成功しなかったら、お客から集めたお金を返金する覚悟がありますから、遊びといえどもプロ意識を持っています。

カッレたち三人組は、シックステンら宿敵赤バラ軍と断続的に戦いをしていました。イギリスのバラ戦争になぞらえて、それぞれの仲間を白バラ軍、赤バラ軍と呼んでいました。この戦いでカッレたちが身につけたスキルは、探偵や窃盗犯の追跡にも役立っています。

エーヴァ・ロッタ、アンデスは、カッレとぴったり息があっていて、カッレの探偵活動に協力します。赤バラ軍でさえ、窃盗犯たちを困らせるのに一役買っています。

窃盗犯一味は、子どもたちに足もとをすくわれ、出しぬかれます。極悪犯人を子どもたちが追いつめていくところが痛快です。  05.9.24

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さすらいの孤児ラスムス

訳:尾崎義 絵:エーリック・パルムクヴィスト 岩波少年文庫 2003年新版 高学年から

RASMUS PÅ LUFFEN 1956

ラスムスは孤児の家で育ちました。だれかが自分をむかえに来てくれ、里親になってくれることを願っていました。

孤児の家のヒョーク先生はきちんとした人ですが、ラスムスに細やかな愛情を示すことはありませんでした。ラスムスは、自分を愛してかわいがってくれる人が親になってくれることを望んでいました。

ラスムスが大変な失敗をした日、孤児の家を逃げ出すことを決意します。ラスムスは、ヒョーク先生からムチでぶたれることをおそれていました。しかし、それはきっかけにすぎないのかもしれません。ラスムスを引き取って、かわいがってくれる人は、いくら待っても現れないから、自分からみつけに行こうとしたのでしょう。

ラスムスが孤児の家を逃げ出した次の日、浮浪者オスカルと出会います。オスカルは、気ままな一日をおくり、アコーディオンをひいて小金をかせいでいました。ラスムスは、最初のうちは心細さから、オスカルといっしょに旅をしたいと思います。

ふたりで歌を歌い、好きなところに行き、好きなところで眠る風来坊のくらしを続けているうちに、信頼関係が築かれていきます。特に、ふたりが、強盗犯との戦いに巻きこまれてからは、より一層結びつきが強くなっています。

強盗は、親切な老婦人宅をおそい、老婦人が娘に贈るつもりにしていた大切な首飾りまで盗みました。老婦人はショックのあまり、意識を失ってしまいました。ラスムスとオスカルは、ふたり組の強盗犯を見逃すことができませんでした。

ラスムスとオスカルは、いったんは、強盗と関わり合うことを恐れ、町を出ます。しかし、老婦人のために首飾りを取り返そうとし、強盗たちと向き合うことになります。

ラスムスとオスカルはたがいに助け合って、知恵を働かせ、機転をきかせ、強盗から首飾りを取り返します。警察をきらっていたオスカルとラスムスでしたが、結果的に、強盗の逮捕に協力したことになりました。

オスカルはラスムスを裕福な農家に紹介しました。ラスムスが願っていた優しい里親がついに見つかったのです。しかし、ラスムスは豊かで安定した農家での生活より、オスカルと旅をすることを選びます。

ラスムスが本当にほしかったものは、豊かな家庭でも、優しい親でもない、心から分かり合える人だったのでしょう。ラスムスとオスカルの旅が終わったとき、ラスムスは心の通い合う家庭を手に入れたのでした。  05.10.1

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