陸機(陸士衡) > 黄耳(晉書-陸機伝・藝文類聚-巻九十四)

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◆白文

A.晉書-陸機伝
初機有駿犬、名曰黄耳、甚愛之。既而羈寓京師、久無家問、笑語犬曰
「我家絶無書信、汝能齎書取消息不」犬揺尾作聲。
機乃爲書以竹筩盛之而繋其頸、
犬尋路南走、遂至其家、得報還洛。其後因以爲常。

B.藝文類聚-巻九十四
「述異記曰、陸機少時、頗好猟。在呉、豪客献快犬、名曰黄耳。機後仕洛、常将自隨。
此犬黠慧、能解人語、又嘗借人三百里外、犬識路自還、一日至家。
機羈旅京師、久無家問、因戯語犬曰、我家絶無書信、汝能賚書馳取消息不。犬喜、揺尾作声応之。
機試為書、盛以竹筒、繫之犬頚。犬出駅路、走向呉、飢則入草、噬肉取飽、毎経大水、
輒依渡者、弭毛掉尾向之。其人憐愛、因呼上船、裁近岸、犬即騰上速去。先到機家、口銜筒作声示之、
機家開筒取書、看畢、犬又伺人作声、如有所求。其家作答書、内筒、復繫犬頚。
犬既得答、仍馳還洛、計人行程五旬、犬往還裁半月。
後犬死、殯之、遣送還葬機村、去機家二百歩、聚土為墳、村人呼為黄耳冢。」

◆書き下し文

A.
初め機に駿犬有り、名を黄耳と曰ひ、甚だ之を愛す。既に京師に羈寓し、
久しく家問無し、笑ひて犬に語りて曰く
「我が家とは絶へて書信無し、汝能く書を齎(もたら)して消息を取るや不や」と。
犬は尾を揺りて聲を作す。機は乃ち書を為して竹筩を以て之を盛りて其の頸に繋く、
犬は路を尋ねて南へ走り、遂に其の家に至り、報を得て還洛す。
其の後、因りて以て常と為す。

B.
「述異記に曰く、陸機は少(わか)き時、頗(すこぶ)る猟を好む。呉に在りて、豪客が快犬を献じ、名して黄耳と曰う。
機の後に洛に仕うるに、常に将(も)って自ら隨う。此の犬は黠慧(かっけい)にして、能く人語を解し、
又(また)嘗(かつ)て三百里の外の人に貸すに、犬は自ら還る路を識りて、一日にして家に至る。
機は京師に羈旅(きりょ)し、久しく家問(かもん)の無きに、因りて戯れに犬に語りて曰く、
我が家より絶えて書信の無きに、汝は能く馳せ書を賚(たま)い消息を取らずや。犬は喜びて、
尾を揺らし声を作(な)して之(これ)に応ず。機は試みて書を為(な)し、竹筒を以って盛り、之を犬の頚に繫(か)ける。
犬は駅路に出(い)で、呉に向けて走り、飢えれば則ち草に入り、肉を噬(くら)いて飽を取り、
大水を経ると毎(いえど)も、輒ち渡る者に依りて、毛を弭(び)し尾を掉(ふ)りて之に向かう。
其の人は憐んで愛し、因りて船の上に呼ぶに、裁(わず)かに岸に近づけば、犬は即ち騰上して速かに去る。
先ず機の家に到り、口に筒を銜(くわ)え声を作(な)して之を示し、機の家が筒を開け書を取り、看(み)畢(おわ)れば、
犬は又(また)人に伺い声を作し、求むる所の有る如し。其(すなわ)ち家は答書を作り、筒に内(い)れ、
復(ま)た犬の頚に繫(か)ける。犬は既に答えを得ると、仍りて馳せ洛に還り、人の行程を計るに五旬を、
犬が往還するに裁(わず)かに半月なり。後に犬の死するに、之(これ)を殯(もがり)し、送還せしめて機の村に葬り、
機の家を去ること二百歩に、土を聚(あつ)めて墳と為し、村人は黄耳冢と呼び為す。」

◆現代和訳/通釈文

A.
その初め陸機は名犬を飼っていた、名を黄耳(こうじ)と言い、とても可愛がっていた。
既に都に仮住まいをして以降、しばらく故郷の家から便りが無かった。
陸機は笑いながら犬に語りかけた「我が家から全く音沙汰がないが、
お前に手紙をことづけたら、返事を持ち帰ることが出来るだろうか?」と。
犬はしっぽを振って吠えた。そして陸機は手紙をしたため竹の筒の中に入れ
それを犬の首に掛けてやった。犬は道を探すと南へと駆け出した。
遂に家にたどり着き、返事をもらって洛陽に帰って来た。
このことがあって後は、これがいつものこととなった。

B.
「述異記にいわく、陸機はわかいころ、とても猟が好きでした。呉にいたときに、お金持ちからすばらしい犬を
献上されたので、黄耳と名づけました。陸機がのちに洛陽につかえるようになったら、犬もみずからついてきました。
この犬はかしこい犬で、人のことばがよくわかり、また以前に130.24kmも遠くの人に貸したことがありましたが、
犬は自身で帰る道のりがわかって、一日で家に戻ってきました。陸機は洛陽の先生のところに身をよせていて、
ずっと家からのたよりがなかったので、冗談で犬に「私の家からずっとたよりがないが、きみが走って手紙を
もらってきて消息を得られないものかなぁ」と言いました。犬は喜んで、しっぽを振って鳴いてこれに応じました。
陸機はためしに手紙をかいて、竹筒にいれ、これを犬のくびにかけてやりました。犬は街道にでて、
呉に向かって走り、おなかがすいたら草むらに入って、肉をたべて満腹し、水が深いところにくるたびに、
そこを渡ろうとしている人のところにいき、服従のポーズをしてしっぽをふりながらその人を見つめました。
その人は犬が気の毒だし可愛いと思って、船の上に呼んでやりましたが、船が対岸に少しでも近づいたらば、
犬はすぐに上陸してすぐに行ってしまいました。いちばんに陸機の家に行って、口に竹筒をくわえて鳴いて
これを示すので、陸機の家の人が筒をあけて手紙をとって、読みおわると犬はまた家の人を見て鳴き、
なにかが欲しいような様子でした。それなので家の人は返事を書き、竹筒にいれて、また犬のくびにかけてやりました。
犬は返事をもらうと、洛陽に走って帰り、人が50日はかかる行程を、犬はわずかに半月で往復するのでした。
のちに犬がしんだら、これをかりもがりして、送り還してやって陸機の故郷の村に葬り、
陸機の家から200歩離れたところに土を盛ってお墓にして、村の人はこれを黄耳冢(塚)と呼びました。」

◆スレッドの関連ログ(抜粋)

852 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/02/28(水) 22:25:05

以前何かで「陸機が飼っていた犬が死んで呉に帰って埋葬した
地元の人はそれを黄耳塚と呼んだ」ってのを読んだ
どなたかその詳細をご存知でしたら教えてたも
『晋書』陸機伝にはこう書いてある。

初機有駿犬、名曰黄耳、甚愛之。既而羈寓京師、久無家問、笑語犬曰
「我家絶無書信、汝能齎書取消息不」犬揺尾作聲。
機乃爲書以竹筩盛之而繋其頸、
犬尋路南走、遂至其家、得報還洛。其後因以爲常。

初め機に駿犬有り、名を黄耳と曰ひ、甚だ之を愛す。既に京師に羈寓し、
久しく家問無し、笑ひて犬に語りて曰く
「我が家とは絶へて書信無し、汝能く書を齎(もたら)して消息を取るや不や」と。
犬は尾を揺りて聲を作す。機は乃ち書を為して竹筩を以て之を盛りて其の頸に繋く、
犬は路を尋ねて南へ走り、遂に其の家に至り、報を得て還洛す。
其の後、因りて以て常と為す。


853 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/02/28(水) 22:25:44
その初め陸機は名犬を飼っていた、名を黄耳(こうじ)と言い、とても可愛がっていた。
既に都に仮住まいをして以降、しばらく故郷の家から便りが無かった。
陸機は笑いながら犬に語りかけた「我が家から全く音沙汰がないが、
お前に手紙をことづけたら、返事を持ち帰ることが出来るだろうか?」と。
犬はしっぽを振って吠えた。そして陸機は手紙をしたため竹の筒の中に入れ
それを犬の首に掛けてやった。犬は道を探すと南へと駆け出した。
遂に家にたどり着き、返事をもらって洛陽に帰って来た。
このことがあって後は、これがいつものこととなった。

洛陽から陸機の故郷である華亭(上海市松江県)まで直線距離でざっと1000キロ。
だいたい青森から大阪ぐらいの距離かな?
海のような長江をどうやって渡ったのか、餌はどうしたのか、とか疑問は尽きない。
何より読んでて辛い記述ばかりの陸機伝で唐突に(*´Д`)イヤサレル


859 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/01(木) 05:44:19
黄耳萌え


867 名前:1(ry [sage] 投稿日:2007/03/01(木) 18:21:59

>>852
Thxです!! 黄耳はかわいい(*´Д`)ハァハァというか、陸機たん(*´Д`)ハァハァ
#黄耳塚
まえ、エバー航空の機内誌に、豊子zトという人の護生画集というのの引用で
黄耳塚の話がでていたですー。もっていないのですが……orz orz orz


298 名前:1(ry 改行変だったら済みませんorz [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 09:54:40
電車から携帯なんで忘れないうちにこれだけレスするですー
まえに陸機たんの黄耳塚の記述をさがしてた人、
いま芸文類聚巻94に、述異記をひいて出ていますたお! 辞書なしなので変だったらすまんですorz

「……後犬死、殯之、遣送還葬機村、去機家二百歩、聚土為墳、村人呼為黄耳冢。」
「……後に犬の死するに、之(これ)を殯(もがり)し、送還せしめて機の村に葬り、機の家を去ること二百歩に、
土を聚(あつ)めて墳と為し、村人は黄耳冢と呼び為す。」
「……のちに犬がしんだら、これをかりもがりして、送り還してやって陸機の故郷の村に葬り、
陸機の家から200歩離れたところに土を盛ってお墓にして、村の人はこれを黄耳冢(塚)と呼びました。」

機の村ってのは華亭でせうか。この話じゃなかったらすまんです……(´・ω・`)


299 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 10:14:41
携帯乙w


300 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 13:23:56

>>298
うおー携帯から!sugeeeeeeee!!!!!そうです、コレです、ありがとうございます!
黄耳くんは名物犬だったのでしょうね。
陸機がいかに犬を可愛がっていたかがよくわかります。


301 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 14:19:50
すごい犬だな
華亭と洛陽はどれぐらいの距離なんだうろかね


302 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 15:48:58
華亭は現在の上海市松江区らしい。
唐代の地理書の元和郡県志によれば洛陽から蘇州府(呉郡)まで2170里
蘇州府から華亭県まで東に270里
そして華亭県の西35里に華亭谷というのがあって、そこに陸遜・陸抗宅があったらしい

古代の距離の測定の精度なんか怪しい物だし、犬がちゃんと街道を通ってきたとは
限らないと思うが、おおざっぱに2500里で、唐代の1里=540mとして1350km
手持ちの現代の地図帳の里程表では上海と洛陽の距離は1175km
犬が山川をものともせずに直線距離を突っ走らない限り
1000km以上は余裕であったとみていいんじゃね
303 名前:無名武将@お腹せっぷく [age] 投稿日:2007/03/17(土) 18:09:07
犬って一日にどんだけ走れるんだw
餌はどうしてたのかとか疑問は尽きぬw


304 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 19:33:03
>>303
餌を与える人でもいたんだろうか。


305 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 20:28:43
小型犬でもあるまいし、普通に野鼠とか兎とか狩って食ってたんじゃないかなあ。
どのルート通るかなんか予測不能だし1回目とかは勝手に飛び出したわけだから
まさか首輪とかに「陸機の飼い犬です。おなかをすかせていたらごはんをあげて
ください」とか書き付けつけとくとかも無理だろうし。


306 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/17(土) 22:37:25
むしろよく途中でとって食われなかっ(ry


307 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/18(日) 01:25:10
当時の中国の犬は柴犬みたいなのかな


348 名前:1(ry [sage] 投稿日:2007/03/20(火) 00:42:35
↑名前欄また誤爆しますたorz 済みませんorz orz orz

>>300-
#黄耳
うおーよかったです! 芸文類聚巻九十四から全文うpしてみますー。
(白文)
「述異記曰、陸機少時、頗好猟。在呉、豪客献快犬、名曰黄耳。機後仕洛、常将自隨。
此犬黠慧、能解人語、又嘗借人三百里外、犬識路自還、一日至家。
機羈旅京師、久無家問、因戯語犬曰、我家絶無書信、汝能賚書馳取消息不。犬喜、揺尾作声応之。
機試為書、盛以竹筒、繫之犬頚。犬出駅路、走向呉、飢則入草、噬肉取飽、毎経大水、
輒依渡者、弭毛掉尾向之。其人憐愛、因呼上船、裁近岸、犬即騰上速去。先到機家、口銜筒作声示之、
機家開筒取書、看畢、犬又伺人作声、如有所求。其家作答書、内筒、復繫犬頚。
犬既得答、仍馳還洛、計人行程五旬、犬往還裁半月。
後犬死、殯之、遣送還葬機村、去機家二百歩、聚土為墳、村人呼為黄耳冢。」


349 名前:1(ry [sage] 投稿日:2007/03/20(火) 00:43:32
(>>348適当書き下しorz)
「述異記に曰く、陸機は少(わか)き時、頗(すこぶ)る猟を好む。呉に在りて、豪客が快犬を献じ、名して黄耳と曰う。
機の後に洛に仕うるに、常に将(も)って自ら隨う。此の犬は黠慧(かっけい)にして、能く人語を解し、
又(また)嘗(かつ)て三百里の外の人に貸すに、犬は自ら還る路を識りて、一日にして家に至る。
機は京師に羈旅(きりょ)し、久しく家問(かもん)の無きに、因りて戯れに犬に語りて曰く、
我が家より絶えて書信の無きに、汝は能く馳せ書を賚(たま)い消息を取らずや。犬は喜びて、
尾を揺らし声を作(な)して之(これ)に応ず。機は試みて書を為(な)し、竹筒を以って盛り、之を犬の頚に繫(か)ける。
犬は駅路に出(い)で、呉に向けて走り、飢えれば則ち草に入り、肉を噬(くら)いて飽を取り、
大水を経ると毎(いえど)も、輒ち渡る者に依りて、毛を弭(び)し尾を掉(ふ)りて之に向かう。
其の人は憐んで愛し、因りて船の上に呼ぶに、裁(わず)かに岸に近づけば、犬は即ち騰上して速かに去る。
先ず機の家に到り、口に筒を銜(くわ)え声を作(な)して之を示し、機の家が筒を開け書を取り、看(み)畢(おわ)れば、
犬は又(また)人に伺い声を作し、求むる所の有る如し。其(すなわ)ち家は答書を作り、筒に内(い)れ、
復(ま)た犬の頚に繫(か)ける。犬は既に答えを得ると、仍りて馳せ洛に還り、人の行程を計るに五旬を、
犬が往還するに裁(わず)かに半月なり。後に犬の死するに、之(これ)を殯(もがり)し、送還せしめて機の村に葬り、
機の家を去ること二百歩に、土を聚(あつ)めて墳と為し、村人は黄耳冢と呼び為す。」


350 名前:1(ry [sage] 投稿日:2007/03/20(火) 00:52:53
(>>348適当訳orz)
「述異記にいわく、陸機はわかいころ、とても猟が好きでした。呉にいたときに、お金持ちからすばらしい犬を
献上されたので、黄耳と名づけました。陸機がのちに洛陽につかえるようになったら、犬もみずからついてきました。
この犬はかしこい犬で、人のことばがよくわかり、また以前に130.24kmも遠くの人に貸したことがありましたが、
犬は自身で帰る道のりがわかって、一日で家に戻ってきました。陸機は洛陽の先生のところに身をよせていて、
ずっと家からのたよりがなかったので、冗談で犬に「私の家からずっとたよりがないが、きみが走って手紙を
もらってきて消息を得られないものかなぁ」と言いました。犬は喜んで、しっぽを振って鳴いてこれに応じました。
陸機はためしに手紙をかいて、竹筒にいれ、これを犬のくびにかけてやりました。犬は街道にでて、
呉に向かって走り、おなかがすいたら草むらに入って、肉をたべて満腹し、水が深いところにくるたびに、
そこを渡ろうとしている人のところにいき、服従のポーズをしてしっぽをふりながらその人を見つめました。
その人は犬が気の毒だし可愛いと思って、船の上に呼んでやりましたが、船が対岸に少しでも近づいたらば、
犬はすぐに上陸してすぐに行ってしまいました。いちばんに陸機の家に行って、口に竹筒をくわえて鳴いて
これを示すので、陸機の家の人が筒をあけて手紙をとって、読みおわると犬はまた家の人を見て鳴き、
なにかが欲しいような様子でした。それなので家の人は返事を書き、竹筒にいれて、また犬のくびにかけてやりました。
犬は返事をもらうと、洛陽に走って帰り、人が50日はかかる行程を、犬はわずかに半月で往復するのでした。
のちに犬がしんだら、これをかりもがりして、送り還してやって陸機の故郷の村に葬り、
陸機の家から200歩離れたところに土を盛ってお墓にして、村の人はこれを黄耳冢(塚)と呼びました。」


351 名前:1(ry [sage] 投稿日:2007/03/20(火) 00:55:00
↑黄耳君は、こういうわけらしいのですー。かしこいワン公だ(*´Д`)ハァハァ 餌は自給自足で(ry
東海道中膝栗毛で、やじきたは江戸から伊勢までの500kmぐらいを15日で歩くわけですから、
人の脚で50日かかるっつーと、三世紀の街道の状態とかをひいてもすごい距離ですおねー。
>>302さんのように、1000km以上はあったのでせうね。片道500kmとして、黄耳君は一日70km以上は
走らないといけないですね。長距離マラソンが42.195kmなのですから、りっぱな犬だー(´;ω;`)ブワッ


366 名前:無名武将@お腹せっぷく [sage] 投稿日:2007/03/20(火) 14:49:54
>>348-351
黄耳はペットじゃなくて猟犬なんだね。
陸機が猟が好きとは意外。

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