平成21年4月24日(金)京都大学東南アジア研究所、稲盛財団ビル3階の控え室に着いたのは午前11時前。担当の速水洋子先生に会いご挨拶。

お食事をいただいて、水野所長さんに挨拶したり、また、通訳さんとも打ち合わせがあり、午後1時過ぎから「二十一世紀タイ・ウオッチャー」の5名の方々がタイの過去から未来を語り始めた。

タイ王国大阪総領事館のスポット総領事さんをはじめ9人の館スタッフもサポートに力が入っている。福井教授やジェトロの助川先生、そして私の前段の講演者玉田先生と続く頃には「場違いだな!」「キムラシゲヨ最大の危機!」という悲壮な後悔がふつふつとわき起こってきた。学問をやってない、者の話しがどこまでこの場に反射するのか?このまま帰りたい心境だった。まあ、修羅場をくぐったキムラはもうあとには引けない。

私がプロジェクター操作のためにパソコンのボタンにさわり、もう一方の手でマイクをもって40分の戦場に立ったのは午後4時半だった。前段の玉田先生への熱い質問の嵐のあと、私の話は「プライベート・ヒストリー」、一人称が体験した主観的なタイ農村の話し、協会設立と活動の話し、あげくにタイ理解のキーワードの紹介、そして教育交流で感じたこと、「タイの人は人に迷惑をかけて生きていってもいい。自分も迷惑をかける代わりに他人も自分に寄りかかかってくる。今の日本の現状を見ていると「他人に迷惑をかけるな!」「自立が大事!」「自ら考え自ら行動する」「個性を大切に」というイデオローグに浸っている。特に、戦後、教育やしつけの方向が子の流れに疑いの余地もなく引き継がれてきた。しかし、タイをみていると「依存」「他人を頼る」、そしてその中から「感謝」や「人とのコミュニケーション」が育っている。日本の場合は「自立」を気張ったため「孤立」に立たされている。みんなバラバラで共同体や家族として何も汲みされていない。

そして、「国を愛する」「共同体に依存する」「家族を大切にする」「年配者や先生を敬う」「仏に手を合わす」「伝統文化を大切にまもる」。人間として当たり前の不易価値がタイには十分息づいている。私が連れて行った日本の高校生達が経済的豊かさ、以外の豊かさ、精神的な豊かさに気づいて、帰国後に意識が変わった話などを二百人を超すオーディエンスに静かに語りかけた。担当の速水先生が「木村先生のような話しは学者にはできない。言いたくても言えない。

最後を締めくくるのにふさわしい静かな講演だった」と感想をいただいた。

終了後は、所長さんに発表者や領事館の方達全員が岡崎の京料理で宴にあずかった。

<感想>●24日「21世紀のタイ:ウォッチャーが語る過去から未来へのタイ」の後援会で、お話を興味ぶかく 聞かせていただきました。 ありがとうございました。

 (K)●先日は素晴らしい講演を聞かせていただきまして有難うございました。ご苦労様も言わ ずに帰ってしまい申し訳ありませんでした。 「こだわる」ということの重さを私も痛感して生きてきましたが、残念ながら、その深 さは木村先生の足元にも及びません。もう一回人生を繰り返すことが出来るならそんな 人生を考えてもいいなと思っています。(N)●先日は、大阪タイ総領事館主催の講演会にて、ご講演いただきまことにありがと うございました。 先生方のお話は私自身もとても勉強になり、タイのお話でひと午後過ごすという 贅沢を味わうこともできました。 おかげさまで大盛況で領事

館の方も、大変満足してくださったようでした。(H)