遠近法を利用した錯視1

シェパード
遠近法的な表現を無視したとき、テーブルを形成している2つの平行四辺形の形は全く同じ(合同)である。しかし、左の平行四辺形のほうが縦方向に長く見えるのは、遠近法的な知覚によって、深い奥行きがあるように感じてしまうからである。ただし、奥行き方向へのびる線が消失しないこの図は、厳密な遠近法で描かれているわけではない。

遠近法を利用した錯視2

シェパード「恐怖の洞窟」
人間の眼は、小さく見えるものを遠くにあるものとしてとらえようとする。少なくとも、日常生活の中で遠近法を理解している人間の眼ならばそうである(「私たちは脳でものを見ている」の項を参照)。つまり、眼は物理的な網膜像を修正し、そのもの本来の大きさに戻して世界をとらえようとしているのである。この働きを「大きさの恒常性」と呼んでいる。この作品の場合、遠近法的な表現を無視すれば、2匹のモンスターの大きさは全く同じであるが、奥にいるほうが大きく見えるのは、そのような眼(脳)の働きによって、像が拡大されるからである。

ポンゾ錯視1 ポンゾ錯視2

線路の錯視という俗名もある。基本的な原理はシェパードの「恐怖の洞窟」と変わらない。図に描かれている2本の棒の物理的な長さは同じであるにもかかわらず、奥にあるほう(先細りになっているほう)が長く見えるのは、このような日常体験と重ね合わせて、奥(=遠方)に見えている像を脳が拡大して見ようとするためである。2番目の図のような横に向けた状態であれば、左手前から右奥の方向へのびる長い壁面の見え方を思い出せばよい。

ミューラー・リヤーの錯視

古典的錯視の代表で、ミューラー・リヤーが1889年の論文で発表したものである。方向の異なる矢ではさまれた棒線部分の物理的長さは同じであるが、明らかに外向きの矢ではさまれているほうが長く見える。ミューラー・リヤーの錯視についても、ポンゾ錯視の場合と同様に、このような日常体験を思いおこして、奥(=遠方)へ引っこんでいるほうを、脳が拡大して見ようとするために、外向きの矢が付いているほうが長く見えるわけである。元の図のように横に向けた状態であれば、谷折り、または山折りにした紙を真上から眺めたときの見え方を連想してみればよい。

月の錯視

地平線(水平線)付近の月や太陽は盆のように大きく見え、空高くに上ると、それよりはるかに小さいように感じる。大気の状態によってそう見えたりするのではなく、網膜像の大きさはどちらも変わらない。実際、双方をカメラに収めてみれば、全く同じ大きさであることが確かめられる。この錯視も遠近の知覚と深くかかわっている。周囲の比較物(たとえば海に沈む夕日であれば、はるか彼方へとつづく海面の景色)との関係で、天空上よりも地平線(水平線)付近にある月や太陽のほうが遠くにあるように感じる。遠方にあると知覚されたものは、脳が拡大して見ようとするために過大視が起こるのである。

ジャストロー錯視

2つの扇形は同じ大きさだが、下のほうが大きく見える。
中央で2つの円弧が隣接している部分では、下の円弧のほうが長いので、それにつられて下の扇形のほうが大きく見えるのではないかと思われる。
小さな子供にカップ形のアイスクリームを積み重ねて好きなほうを選ばせると、下のほうを選ぶのも、同様の錯視効果が働いている。

エビングハウス錯視

中央の円の大きさは左右とも同じだが、小さな円に囲まれたほうが大きく見える。

デイの正弦波錯視

縦線はみな同じ長さだが、山と谷間にある縦線は、他に比べて長く見える。

その他の大きさの錯視の例

2つの台形の上辺は同じ長さだが、上のほうが長く見える。ジャストロー錯視と同様の錯視効果が働いている。

その他の大きさの錯視の例

横線の間隔は同じだが、長さが短いほうが間隔が広いように見える。

サンダー錯視

上下の平行四辺形に引かれた対角線の長さは同じだが、上のほうが長く見える。

垂直水平錯視1

セントルイスのアーチ(アメリカ)
横幅と高さは等しいが、高さの方が横幅より大きく見える。人間の視野は垂直方向よりも水平方向のほうが広い。従って、水平方向であれば一目でとらえられる距離であっても、垂直方向であれば、ある程度眼球を上下に動かす必要がある。この眼球の疲労度が、垂直方向の距離を過大視する結果につながっているのではないかと考えられる。

垂直水平錯視2

セントルイスのアーチと同様に、横幅と高さは等しいが、高さの方が大きく見える。

垂直水平錯視3

4つのうちで横幅と高さが等しいのはaである。錯視量を調べたりする心理学の実験では、このようなリストを準備して、被験者に選択させるような方法がよく用いられる。

ヘルムホルツ錯視

ともに正方形の領域に描かれた縞だが、縦縞は横長に見え、横縞は縦長に見える。横縞の方が錯視量は大きく、垂直方向への過大視は14%にも達する。理由は、上でも述べたように、人間の眼は元々、水平方向に比べて垂直方向の距離を過大視する傾向をもっているからである。ヘルムホルツの錯視は、ファッションの分野とも関係が深く、たとえばスリムに見せたければ横縞の服を着ればよいことになる。

オッペル・クント錯視

この図において、左端と左から6番目にあるマッチ棒の間隔と、左から6番目と右端にあるマッチ棒の間隔はどちらが広いように見えるだろうか。実はどちらも同じである。一般に、空間や線分を分割すると、2分割の場合を除き、分割する前よりも距離が広がって見えることが知られていて、上で紹介したヘルムホルツ錯視はこの特別の場合に他ならない。

小さい円弧ほど半径が大きく見える

実際は、3つとも同じ半径である。

光滲現象

上下の円と正方形の大きさは同じだが、上のほうが大きく見える。一般に、暗い背景に明るい領域があると大きく見え、逆のときは小さく見える。このことは、ファッションに応用されている。明るい色調(赤、橙、黄などの暖色系)の服を着ると大きく、黒や紺(寒色系)の服を着ると小さく見えるというわけだ。
ところで、ファッションが1つの創作行為として個性表現と見なされるのはルネッサンスの初期(14世紀)からで、それまでは、極端に言えば、十把一からげの感が強かった。具体的には、機能性を重んじた、肌にぴったり合った服の誕生である。さらに、服装に男女の区別ができたのもこの時期で、男性服で特徴的なのは、腰を境に上の服と下の服に分かれたことである。ズボンも肌にぴったりしたものになって、女性の性的関心を惹いた。そして、15世紀以降になると、イタリアは「おしゃれ」の発信源となっていく。

光滲現象の例

パルテノン神殿の柱
建物の外から神殿を眺めるときには、背景が神殿の中になって暗くなるので、柱は白く輝いて、太く見える。
逆に、建物の中から空を背景として外を眺めるときは、柱が暗くなるため、細く見える。
古代ギリシアの建築家は、この見え方のアンバランスを、柱の太さを変えて補正した。
(「歪んで見える錯視」の項の「正方形のゆがみ」を参照。)



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