エドワード6世の肖像1 エドワード6世の肖像2 正常に見える位置から見たエドワード6世

ウイリアム・スクロッツ「エドワード6世の肖像」
(ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー)(1546年)
この作品は厚い額縁の中に収められている。この額縁の右側には覗き穴があいていて、その覗き穴を通して、つまり、絵の斜めから絵とすれすれの視線で眺めたときに、正常なエドワード6世の肖像が浮かび上がってくる。
遠近法絵画は、固定された視点によって描かれるもので、これは、絵を観賞する者の目も、不動の1点に固定させることを意味する。画家の定めた視点の位置に目を置いて見てはじめて正しく見え、その1点を外れると、歪んで見えてくる。これは、いわば遠近法の宿命であり、遠近法の限界と言ってもよいかも知れない。
こうした遠近法の性質を逆利用して、絵の正面など通常の視点から見ると、歪んで見え、絵の端など特殊な1点から眺めたときだけ正常に見えるように描かれた絵を「アナモルフォーズ(歪像画)」と呼んでいる。アナモルフォーズは、遠近法絵画のバリエーションとも言えるが、16世紀頃から作られ始め、17世紀に全盛を迎える。
アナモルフォーズの歴史を溯ると、古代ギリシアの2人の彫刻家アルカメネスとフェイディアスの逸話に行き着く。高い塔の上に置くミネルヴァ女神像の競作で、アルカメネスは端正な像を、フェイディアスは比例の狂った醜い像を作った。しかし、これらを高い塔の上に置いて下から見上げたとき、それらの美しさは逆転したという。

「エドワード6世の肖像」の原画を正常に見えるように補正した作品

福田繁雄
作品の前に座っているのは、作者の福田繁雄自身である。

レオナルド・ダ・ヴィンチの試み1

レオナルド・ダ・ヴィンチ「幼児の顔」(1485年)
右手から眺めると、正常な形が現れてくる。この図は、レオナルドの手稿(「コンデックス・アトランティクス」第35葉)に残されているもので、現存する中では、歴史上最初のアナモルフォーズである。ただし、レオナルドは、その後流行するアナモルフォーズを肯定的にとらえていたわけではなく、遠近法絵画は、視点を変えると絵が歪むことを示しかったのだろうと考えられている。

レオナルド・ダ・ヴィンチの試み2

レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」(1472-73年)
この作品では、マリアの右手が異常に長い。この絵は、右側から眺めるような位置に設置されることが分かっていたので、レオナルドがあえてこのような描き方をしたという説がある。もし、この説が正しければ、レオナルドは、この作品において、すでにアナモルフォーズを実践していたことになる。

聖フランチェスコ1(全景) 聖フランチェスコ2(正面から見たもの)

エマニエル・メニャン「パオラの聖フランチェスコ」
(セント・トリニタ・ディ・モンティ教会)(1642年)
細長い廊下の壁いっぱいに1つの壁画を描いた場合、絵の全体を視野の中に収めることはむずかしく、全体を見通せる場所は廊下の端のほうしかない。そこで、アナモルフォーズが有効な手段となるのである。

聖フランチェスコ3 聖フランチェスコ4

正常に見える位置から見た聖フランチェスコ

髑髏

ホルバイン「大使たち」(1533年)
作品の中央下に描かれた不思議な物体が、アナモルフォーズの髑髏である。

正常に見える位置から見た髑髏

作品の右端、下から約2メートル(大使たちの目の高さにあたる)の位置から見ると、髑髏が浮かび上がってくる。

4人の顔

シェーン「四つの肖像」(1535年)
左から見ると2人、右から見ると2人、合計4人の顔が、その名とともに浮かび上がってくる。この作品(木版画)には、上から順に、当時の指導的な4人の政治家、カール5世、オーストリアのフェルディナント、教皇ピオ3世、フランソワ1世の肖像が描かれているのだが、あからさまにすることをはばかられる各王への諷刺を、アナモルフォーズという形で覆い隠しているのである。

正常に見える位置から見たフェルディナント 正常に見える位置から見たピオ3世

公爵の顔

J・ストメル「バビエール公爵」(1598年)

「ボールにじゃれる猫」(作者年代不詳)

ベートーベンの顔

福田繁雄(1984年)

ベートーベンの顔

福田繁雄「ベートーベン・ブリッジ」(西部百貨店渋谷店)(1977年)

リンカーンの顔

福田繁雄「リンカーン・ブリッジ」(西部百貨店渋谷店)(1977年)

ひまわり 正常に見える位置から見たもの

福田繁雄「太陽の橋」(北九州小倉)(1992年)
ひまわりを描いた歩道であるが、歩道を一歩一歩進むにつれて、みるみる花は変貌し抽象画のように流れていく。

「太陽の橋」の原画

スタートダッシュする少年 正常に見える位置から見たもの

福田繁雄(東京の中学校体育館の外壁)
遠くから眺めると、抽象的なパターンにしか見えないが、近づいて下から見上げると、スタートダッシュする少年のシルエットがアニメーションのような連続イメージで見えてくる。

ピカソの顔 正常に見える位置から見たもの

福田繁雄「一筆描きのピカソの壁画」(渋谷)(1977年)

蓄音機 正常に見える位置から見たもの

福田繁雄「広がる音の世界」(1982年)
犬が首をかたむけている。その足もとに不思議な図形が描いてある。この図形をある方向のある1点から見ると、なつかしい蓄音機に見えてくる。

一見、ただの風景画に見える作品

油谷勝海「動物たちの隠れ島」
ルネッサンス期のアナモルフォーズと違って、何の変哲もない海辺の光景に見えて、実は、アナモルフォーズになっていて、島と見えたものが動物に変じるというアイデアが素晴らしい。同じく海辺の光景を描いた類似の作品に、波と見えたものが海の生物に変じるというものもある。

アナモルフォーズ描写機

幻燈機など様々な装置を作り出したアタナシウス・キルヒャーが1646年に考案したものである。
ABCDの枠に、原画にそって穴をあけた厚紙を取り付け、Gの部分から光をあてて、原画の向こうへ投影する。Gは、完成したアナモルフォーズを眺める視点(目)の位置に相当する。ABCDの枠と垂直な壁面に投影すれば、台形のアナモルフォーズが映し出されることになる。
アナモルフォーズは、通常の遠近法の消失点にあたる位置に視点を置いて眺めることになるので(この図を参照)、「裏返しの遠近法」とも呼ばれる。

アナモルフォーズ描画装置

アナモルフォーズ描画の原理を説明するために描かれた装置の模式図で(ただし、この図は、上の描写機の図と左右の位置関係が逆になっている)、ジャン・フランソワ・ニセロン(1642年、1644年)やエマニエル・メニャン(1648年)も同様の図を描いている。
Aの部分に原画を入れる。つまり、支柱Cに枠Dが蝶つがいで取り付けられていて、この枠に原画を入れるわけである。図では、枠が開いた(奥の壁面と平行になった)状態になっているが、これを閉じて、腕木Bの真下に(壁面と垂直な位置に)原画が来るようにする。腕木Bから垂れた糸Eの上部は、カーテンレールのように、腕木に沿って左右自由にスライドさせることができるようになっている。糸の先にはおもりがついていて、またビーズFはこの糸上を上下自由に動かすことができる。つまり、原画上の任意の点を、ビーズの位置として記録することができる仕組みになっているわけである。固定点Hは、完成したアナモルフォーズを眺める視点(目)の位置である。長い糸などを使って、直線HFが奥の壁面とぶつかる点を壁面に記録していけば(その際、邪魔になるので、原画を入れた枠は図のように開いた状態にする)、アナモルフォーズが壁面に描かれることになる。


アナモルフォーズの作図法

上記の「アナモルフォーズ描写機」「アナモルフォーズ描画装置」では、いずれも原画(正常な絵)を壁面に投影していたが、「遠近法の原理」の項で説明した格子模様の床の作図法と対比させるために、部屋全体を90度回転させて床面(地平面)に投影することにする(この図を参照)。Eは視点で、こちら側を向いて立っている。OEの長さは目の高さである。画面というのは、原画を置く面のことで、「アナモルフォーズ描写機」「アナモルフォーズ描画装置」のところで枠と呼んだものである。Eから画面までの距離(OTの長さ)を視距離という。原画を投影する面(アナモルフォーズが描かれる面)は地平面である。点Pは原画上の1点である。直線EPが地平面と交わる点P'が、点Pを投影した点(点Pの像)である。
ここでは、この図のような格子模様(正方形の格子とする)の図形を投影することにしよう。横線ABは元々地平面上にあるのだから、原寸のまま地平面上に写し取ってやればよい。ABの間に等間隔に並んでいる頂点も地平面上に写し取っておく。今写し取った頂点とOとを順に直線で結んでいく(この図を参照)。こうして結んだ線が、格子の縦線を地平面上に投影したものになっている。
Oを通り基線と平行な直線上に、ODの長さが目の高さ(OEの長さ)と等しくなるように点Dをとり、直線DAを引く(この図を参照)。直線DA(赤い線)は、点Aから格子の対角線方向にのびる直線(青い線)を地平面上に投影したものになっている。直線DAと、すでに作図してある縦線(Oからのびている線)とが交わる点を通ってABに平行な線を引いていけば完成である(完成図)。


数学的補足:どうしてここに述べたような方法で作図ができるのか、興味がおありの方はこちらをどうぞ。


具体的な作図例原画 アナモルフォーズの作図

どちらの図も、上で説明した図を視点Eの方向から画面のほうを見たものとして描いてある。OTは視距離(目から画面までの距離)、ODは目の高さである。

ニセソンによるアナモルフォーズの作図法

ニセロン(1638年)
上に説明したものと同じである。ジャン・フランソワ・ニセロン(1613-1646年)は、フランスのミニム修道会の修道士であると同時に、数学者でもあり、「パオラの聖フランチェスコ」を描いたエマニエル・メニャンの友人でもある。ちなみに、メニャンは日時計の研究家でもある。同様の図はアタナシウス・キルヒャーも描いている(1646年頃)。

アナモルフォーズの作図原理を示した図

シャルル・オザナム(1694年)
実は、1642年にマリオ・ベッティーニが「円筒型アナモルフォーズ」の作図原理を示した図「コロンナ枢機卿の目」を描いていて、オザナムはこの図を借用している。ただし、ベッティーニの図は全然正しくない(円筒型アナモルフォーズでは、円筒面での光の反射を考慮する必要がある)。



目次に戻る