『信頼できる人がいない』あなたへ

友達はいても、心から信頼できる人はいない。
自分が寂しい人間に思えて、不安になってしまう・・・



「信頼」とは、なんて素敵な言葉なのでしょうか。「信頼できる人がいる」 と言える人は、なんて幸せなのでしょうか。 あたなたには、心から信頼できる人がいますか?いない? 難しい質問です。いるとしたら親かしら。尊敬は出来る人はいるが、 信頼していると言う言葉は当てはまらないような気もするし、 親しい友人を疑ってはいないが、心から信頼している人です。 と人に言えるほど深い絆で結ばれているわけでもない。 だからと言って、寂しい人だと自分を思ってはいない。 ある人はすぐに相手を信頼してしまう人だった。羽毛布団を売りに来たら 全部買ってしまうかのように、あっさり他人を信じていた。 ちょっとカリスマのはいった人を自分のことを言い当てる人に合うと 「なんて、あの人は、すばらしのかしら」と相手を頭から信頼。 自分の事を何でも話し、幸せな時を過ごしたものだった。

依存するのをやめよう

しかし、残念なことに世の中そんなにいつも受け止めてくれるのんきな人など いるはずもない。「えっ?なんで!?」みたいなことに何度か出くわし、 相手に失望。しかし、凝りもせずに、そんなことを何度も繰り返す。 信頼できる人に出会ったときというのは、異性からデートに誘われるより 時よりうれしいのものだ。 なぜ、わたしたちは信頼できる人を求めるのか。自分なりに分析してみると 自分の中の弱さをさが求めさせていることに気づく。つまり、自分ひとりで 決断し、行動できない弱い自分なので、誰かに依存することで自分を満たしたいのだ。


自分を信頼できる人になろう!

「信頼していたのに裏切られた」と言う話をよく聞くが、実は裏切られたのではなく、 過大評価していた自分に問題があったのだ。 「裏切られた」という言い方が嫌いだ。まるで、相手が悪いみたいではないか。 悪いのは信頼したこちらなのに。 信頼と言うのは恋愛に似ていると思う。一方的に好きになり、熱をあげる。 そして相手が自分の期待通りにこたえてくれないと相手に失望する。 もう、二度と恋愛はしない、なんて決めてみるが、また懲りずにしてしまう。 人を好きになっている時は幸せだ。信頼も同じで、人を信頼している時は幸せだ。 でも、どちらも相手があってのことなので、ずっとというわけにはいかないところが 辛いところだ。あなたの心がうつろなように、他人の心もうつろ。絶対にありえない。 わたしたちは、なんでも人に求める所がある。人との関係に価値を見出そうと する所がある。そのため、人を信頼できない自分はダメだと思ったり、 信頼できる人を求めようとする。 さあ今から、信頼できる人などいなくてもいいと声に出して言いましょう。 信頼するならまず自分を信頼できるようになりたい。心を開いて話したくなったら 自分と対話しよう。話を聞いてくれる友人に恵まれなかったら、愛犬と話をしよう 寂しくなったら、公園へ行って花と話をしよう。 自分こそが、自分の最良の理解者ですよ。信頼できる人がいてもいなくても 幸せな自分になりましょう。