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ロシアのお葬式 |
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生まれる人がいれば死ぬ人もいる−これ、ロシアも例外ではありません。
ロシア人は「死」に対して恐れを抱き、日本人が死ぬ前から自分の墓を
建てたり、生前から死後の遺産相続を決めたりするのと比べ、
たいがいの人は死について話すことも良しとしません。
とは言っても必ず訪れるのが死。
身内が亡くなり葬式の日が決まるとまず手配しなくてはいけないことがあります。墓はもちろんのこと、棺おけ、楽団、霊柩車に当たるバス、霊園までの送迎バスと埋葬後行われる「故人を偲ぶ会」の会場です。音頭取りも見つけないといけません。なぜかカメラマンも欠かせません。死亡の通知は口伝てが主で、企業や役所のお偉いさんクラスは新聞広告も利用します。知らせを受けると職場では同僚たちがお金を集め、親戚・友人もそれぞれ金銭的援助をすることになっています。
葬式当日、故人の住んでいたアパートの玄関下に棺おけが置かれます。(一戸建ての場合は家の中に遺体が置かれます)蓋は閉められていません。その横に家族が立ち、親戚友人からの弔問を受けます。弔問客は花を棺おけに捧げますが、花の本数は必ず偶数です。奇数はお祝い事の時だけなので気をつけてください。服装に規則はありません。身近な人が亡くなられた時はやはり黒か紺色を着たいものですが、会社の同僚やまたその親類などの場合は普段着で問題ありません。赤色の服を着てくる人もいるくらいですので神経質にならなくて大丈夫です。30分から1時間程度弔問を受けた後、楽団の悲しげな音楽の演奏のもとバスへ移動します。埋葬される霊園まで一団となって移動しますが、車のない人のためにバスも用意する必要があります。列が乱れないように車の前方ライトをつけて移動するので一目で葬式の一団と分ります。警察関係にツテのある人はパトカーの先導をつけて信号も無視して交差点を走り抜けます。
霊園ではすでに墓穴を掘って墓堀り職人が待ち構えていることになります。棺おけを墓穴に入れ、音頭取りや主賓客(会社の上司や親友)がお別れのあいさつをした後、弔問客全員が砂をかけ、あとは墓堀り職人が一気に埋め立てます。地上に残った土が山状に積まれ、形を整え、墓標が立つまでの間の杭を打って花を飾ります。それを見守るとウオッカとブリヌイ(ロシア風クリープ)を弔問客に振る舞います。
これで葬式そのものは終わり。
後はこのあとに自宅かレストランで行う「故人を偲ぶ会」に移ります。つまりは酒と食事が振る舞われるわけですが、ただ飲んで食べるだけではなく、まさに故人を偲ぶための言葉を述べなければなりません。この席には故人の席も用意されます。お皿の上にウオッカをなみなみに注いだウオッカグラスを置き、その上に黒パンを一切れ乗せさらにその上に塩を盛ります。日本でも塩は葬式には欠かせませんが、ロシアでも塩を使うとは興味深いところです。このパン乗せウオッカは40日間自宅に置かれます。不思議なことにこのウオッカは毎日減ります。パンがウオッカを吸うのか、それとも?また、自宅の大きな鏡には布を掛けるという風習もあります。
40日目は故人の魂が現世を離れる日。この日にはまた近しい人々が集まってパミンキ(поминки)と呼ばれる法要をします。鏡の覆いをはずし、ウオッカグラスを片付け、自宅の窓を全部開け放して魂を解放します。この頃までにはお墓の土山がほとんど平らになり、墓標がたてられるようになりますが、墓標は最近とても値上がりしすぐに建てられるとは限りません。墓標には故人の写真をガラスに描いたものを嵌め込んだり、石に彫刻したりします。
このあと毎年命日にはお墓へお参りしてお花を捧げウオッカとブリヌイでパミンキ。
葬式費用のたしにと渡したお金は一銭たりとも戻ってきません。日本のように金額をメモしたり、あとからお礼の手紙などは来ないので念のため。