戻る - 参加 

まえすとろ日記へようこそ!

2006/6/29 (Thu)  音楽鑑賞教室

27日に大学の「うたシリーズ」
コンサートがあり、故佐藤功太郎
先生の追悼セレモニーが関わる
大学のコンサートがすべて終了し、
安堵している。
本当の意味での「日常」が昨日から
始まった感じがする。

昨日は、定例の合唱の指導は
休みで、久しぶりに遅い朝を
過ごすことができた。
10時過ぎに事務所に来て、午後の看護学校の授業の教材の準備、その後、
学校での講義の後、2時間ほどいつもの喫茶店に入り、Beethovenのスコアの
勉強をして帰宅。久しぶりに(夜、起きている)子供の笑顔に対面する。

今日29日は、朝から足立区の中学校の音楽鑑賞教室に出かける。
鑑賞教室は普段よくする仕事の一つであるが、今日は指揮者としてでなく、
事務所の代表としてのマネージメントとしての仕事。
気楽な、そして(人の演奏を聴ける)楽しみな鑑賞教室であった。
演奏は、以前、私の事務所主催の演奏会でも登場した
“東京ブロックフレーテアンサンブル”

今回は70分のステージで、リコーダーアンサンブルの演奏と、パントマイム、
詩の朗読の共演で、本当に楽しいステージとなった。
夕方、事務所に帰り、本当に久しぶりにPCに向かい、今日はこれから、
東京芸術劇場でのコンサートを聴きに出かける。

一日中、人の演奏を聴く日.......『たまには、こんな一日もいい。』
2006/6/20 (Tue)  悲しみに暮れている。

6月15日
大学の指揮科の上司である佐藤功太郎先生が亡くなられた。
今まで、こんなに悲しいことがあっただろうか.....
悲しくて、悲しくて、悲しくてしょうがない............。

まだ、日記に書けるほど、気持ちの整理がついていない。
6月17日/18日にお通夜、葬儀・告別式と、1500人を超える参列者の中、
しめやかにおこなわれた事を、この日記にて報告する。

       これまで、日記が滞っていたことをお詫びしながら.....。
 
                               合掌
2006/6/7 (Wed)  日記が書けない.......。

精神的にいっぱいいっぱいの状況な今週......。
どうしても日記が書けません。

公開する日記は難しい。

体は何とか元気です。
ご心配なく.......。
2006/6/5 (Mon)  1週間ぶり....。

あっという間で、それでいて、1週間
前が遠い昔のような....
   .....そんな気持ちもする今日。
‘相変わらず’の毎日が続いている。

先週は私の親戚に不幸があり、福島に
行ってきた。
地元の名家ということもあり葬儀は
盛大で、花輪の数も100を超え、
喪主を先頭に役付の方々が続き、
お寺まで行列しながら歩く、昔ながらの田舎の葬式を初めて経験した。

先日もこの日記に書いたが、私の田舎は陸奥(みちのく)の玄関口である、
白河の関や、南湖公園で有名な、福島県白河市表郷。
昨年度までそこは‘村’であったが、市町村合併で今は“市”に。
親戚の家の前にある道路は、以前はJRバスの専用道路として、田畑の中の
一本道で、静かな村であったが、今やその道路は国道289号線となり、一日中
車通りも多く、昔の面影がなくなってしまった。
そんな、残念な状況もあるが、やはり土の匂いがする田舎はいい。
こんな形(葬儀)で1ヶ月後に行こうとは思わなかったが.......。

そんなイレギュラーな出来事もあり、先週は相変わらずの大学の仕事と、週末の
オーケストラとブラスの指導、そして指揮法講座などのHPの作成等々..で
忙しい日々を過ごした。

今週も、週初めから何やらバタバタとしている.....。
そろそろ、オフをとらないと......私の心と体に“黄色信号”が点滅している。

(写真は、白河の関跡)
2006/5/29 (Mon)  なかなか当たらない......。

指揮者という職業柄、私は非常に汗をかく。
「演奏者に汗をかかせるのであって、指揮者がかいて
 どうするの?」
そのように言い切る諸先輩も多いが、
「自分が必死にならなくて、どうして演奏家が必死に
 なる?」
(今は)そんな思いで、指揮台の上で全力でパフォーマンスをするせいである。
その多量な発汗で、2つの事はかなり気をつけている。

一つは、着替え。
常に私のバックの中には、2着以上の着替えが入っている。ましてや、ビーター(旅)の時には、大きなトランクの中のほとんどのスペースを着替えの洋服が
占領している。もちろん、身だしなみには気をつけ、8×4(エイト・フォー)
なる、パウダースプレーは、もはや必需品である。

そして、もう一つは、飲み物。
とにかく、水分を取るようにしている。
銘柄は何でもよいが、黒豆麦茶が今のところ気に入っている。
しかし最近は、i Pod 欲しさに、もっぱら‘サントリー烏龍茶’
自分の飲む分だけでなく、人にまで買ってその応募券でチャレンジしている。
私の周りのものは、(タダで貰うとはいえ)半強制的に飲ませられる烏龍茶に
ここのところ少々閉口しているようだ。
お金を取るわけでないのに、「またですか〜ぁ?!」という迷惑そうな声が
返ってくるようになった。
少なくとも、この2か月で、i Pod が買えてしまうかの量、この商品を買い続けている。
今、こうして日記をつけている時も、私の机には‘サントリー烏龍茶’が...。

「........また、はずれたか.......。」


今日、佐野「第九」合唱団の方から、今年も「第九」の指導の依頼がきた。
「去年の指導が認められたのか.......」と、
あれから半年以上経って、改めて評価されたことを、本当に嬉しく思う。
2006/5/28 (Sun)  デート。

終わって見ると、やはり想像通り忙しかった今週。
木曜日の夜、唯一のプライベートはあったものの
毎日、帰るのも、寝るのも遅く、今日は朝から
頭痛もする。
昼過ぎまで仕事をし、帰宅すると、上の娘が退屈そうに
している。
今日は、下の娘は奥さんと保育園の行事でお出かけ中。

早速、娘を誘い、自転車で近くのお寿司屋へ..。(とはいっても回る寿司である)

それでも娘は、久しぶりのパパとの二人っきりのデートに大満足。
(たしか、焼き肉以来か....)

お腹いっぱい食べ、二人でボーリングをし、楽しい時間を過ごす。
ボーリングも久しぶりに3ゲームも放り、少々、右腕が痛い。
明日からの指揮活動を心配しつつ、心地よい疲れとともに寝るとしよう。

また、明日から(一日を除き)激務の毎日が......
2006/5/26 (Fri)  演奏会。

大学の学生オーケストラの演奏会。
今月に入って、音楽的も人間的にも尊敬する
尾高先生をマエストロに迎えての演奏会。

『本当に素晴らしかった!!』

本番は、(学生がために)多少演奏にキズは
あったものの、何より、オーケストラの音が
本当に美しく、それに加え、演奏が熱い。

私は、この学生オケでは
「アドミニストレーター」という立場なので、
ステージ裏から表までの、演奏会全てのこと
に気を配らなくてはならず、本番では、中々
ゆっくり客席では聴けなかったものの、
袖でのマエストロや演奏者の様子、客席のお客様の反応などから、本当に
素晴らしい演奏会であったことを実感し、確信できた。

「自分もあんな音を出してみたい......」
自分の目指す音(音楽)を間近に肌で感じて、5回のリハーサルも含め、
本当に幸せなこの演奏会の期間であった。


(写真は、奏楽堂裏の蕗の葉....やっぱり、虫も美味しいものがわかるようで、
 葉にたくさんの虫食いの痕がある)
2006/5/25 (Thu)  野球観戦

相変わらず忙しい今週.......。この日も、
大学で19:00までの会議。
しかし、この日はその後が違った。

片付けも早々に、正門前からタクシーを拾う。
『東京ドーム!!22番ゲートに行くので、
 後楽園駅側にね!』
((15分〜20分か....とすると、もう5回?)そんな事を、思いながら、
はやる気持ちを抑える。

以前は、当たり前のように行っていた野球観戦。もちろん今年は初めて。
昔の仲間との観戦となると、2年ぶりだろうか。

久しぶりに、懐かしい顔に再会する。そして、緑の芝のグラウンド。
真っ白なユニフォームに身を包んだ選手達。

相変わらず、高いビール(800円...でも、なぜか美味い!)を飲み、
内野席(この日はなんとS席)ながら、大きな声で応援し、久しぶりに
溜まっていたストレスを発散した。

負け試合ではあったものの、その晩の勉強も仕事も忘れ、本当にいい時間だった。
2006/5/23(Tue)  蕗。

26日のG大の学生オーケストラの演奏会を
前に、尾高忠明先生の指揮と指導はますます
冴えわたっている。
それに比べ、私は........
朝から大学の雑務に追われ、夕方事務所に
戻ってきてからは、さらに大学での残りの
仕事をこなし、原稿(プログラムノート)
書きで、時計は既に夜中の0時を回って
しまった。今日は一度も、オーケストラの
スコアを広げぬままに......。

「何やっているんだ.....」
そう呟き、それでも、今日は、朝早くからの
仕事に疲れ、あと1時間ほど、明日の音楽の
講義の準備(調べ物)をしてから、家路に
向かう。今週は、落ち着いて勉強ができそうにない.......。

『いったい、今の私に、どこにその時間があるのだ!!』

(自分の不甲斐なさと、疲労にいらだつ私であった)

※写真は、大学のホールの裏に生えていたフキの葉。「うまそ〜っ」と思うのは
 不謹慎であろうか......。
2006/5/22 (Mon)  今週も忙しそうだぞ......。

また忙しい今週が始まった。
Week day初日の今日は、朝から下の娘の体調が悪く
(風邪か?)その様子を心配しながらも事務所へ向う。

午前中より、2つのレッスン。
それが終わると、事務所に来る途中に買った
サンドイッチ(昼食)を頬張りながら、PCに向う。イレギュラーで入った、
大学の書類作りから始まり、事務所のHP作り。
今、音楽院では「指揮法講座」と「ピアノ講座」を近日Upする予定である。

アッとい間に、17時....。携帯電話がなる。

『パパ、今日は早く帰ってくるんでしょ!?』
出掛けに、風邪で保育園を休んだ娘と「今日は早く帰るから」と約束をしたことを
思い出す。慌てて、事務所の戸締りをし、自転車を走らせる。

「ただいま!!ごめんね、遅くなって....」
「お帰りなさい!今日は早く帰るって言ったでしょう!お仕事大忙しだったの?」
熱も下がった様子で、いつものオシャマぶりを発揮する。

食事をし入浴をすませ、上の娘の勉強を見ながらパソコンを開きHP作成の続き。
23時....子供達も寝静まり、ようやく日記をつけ、これから自分の勉強を...。
今週は、明日から毎日、仕事、その他で午前様の予定。

『今週も忙しそうだ。頑張るぞ!ヨシっ!!』
2006/5/20 (Sat)  「チャングムの誓い」

毎週土曜日、23時過ぎ........そこは、
子供が寝静まった自宅のキッチンであったり、
泊まりの仕事で出かけたホテルの部屋であったり、
その場所は様々だが、毎週ワクワクした気持ちで、
テレビに向かう私である。

私はここ数年、テレビはほとんど見ない。
サッカーの日本代表戦、野球、藝術劇場、天気予報、ニュース、何でも鑑定団....
これらを、ごくごくたまに見るくらいで、普段はまず、テレビに向うことがない。
そんな中、仕事先のホテルで何気なしに見たのがきっかけとなって、NHKで
土曜日放映される「チャングムの誓い」が毎週待ち遠しく心待ちにしている。
「冬ソナ」も知らなかった(見たことがなかった)私が、今、この韓国ドラマに
もう夢中である。毎週、心待ちにするドラマなんて、十数年前に放送していた
NHK大河ドラマの「秀吉」以来だろうか。それほど、珍しいことである。

この「チャングムの誓い」
ストーリーもさることながら、韓国の歴史、文化など、ドラマを通して紹介され、
歴史好きの私には、なかなか楽しい。
そして、主演のイ・ヨンエさんをはじめ、魅力あるヒロイン達...。
なかでも私は、ハン尚宮(サングン)役のヤン・ミギョンに‘ぞっこん’である。
気品があり、優雅で、知的で、本当に素敵な女優さんである。
ドラマの中のハン尚宮が亡くなる場面では、家族の寝静まったTVの前で、
(恥ずかしながら)ひとり涙する私であった。

年齢も私と同じ1961年生まれとか....「本当に、素敵!!」
テレビの中の人とはいえ、いい年しして、胸をときめかす私である。

(写真は、NHK出版の韓国ドラマガイド「チャングムの誓い」の一ページ)
2006/5/18 (Thu)  1週間のご無沙汰.......。

あの名司会ではないが、まえすとろ日記が
「一週間のご無沙汰デス」になってしまった。
自分の指揮の仕事と、G大の激務、事務所の
仕事と重なってしまい、あっという間の
一週間であった。

さて、この一週間いろいろなことがあったが、
中でも、今回、大学の学生オケを振っていた
だける‘尾高忠明先生との再会’はとても
刺激的であった。
以前、この日記でもかいたが、日常的には
大学の仕事がらみで、先生とはメールの
やりとりをしているのだが、先生はとても
お忙しく、なかなかこうしてお目にかかる
ことがない。
しかし、今回、5月26日(金)18:30に行われる、学生オーケストラの
演奏会で、G大の学生オケを初めて指揮をされることもあった、5月に入って
先生とお会いする機会が多くなった。

「正直、私は、先生の大ファンである」
今から30年くらい前であろうか、NHK『音楽の広場』という番組があった。
作曲家の芥川也寸志先生(故人)と黒柳徹子の楽しい司会で、当時、
音楽少年だった私を虜にした。その、オーケストラの演奏の指揮に颯爽と
登場したのが、30年前の若き尾高先生であった。
指揮者を夢見ていた当時の私には、まるでアイドルスターの様に映り、
先日も先生とお話したが、
「私が、このヤクザな指揮者という職業に就いたのも、先生の責任が多分に
 あります」と、大笑いしたほどである。
その後、札響や東フィル、紀尾井シンフォニエッタの演奏会を聴くようになり
ますます、先生の虜になり、今の私の指揮にも大きな影響を与えている。
(番組の尾高先生の後任は小林研一郎先生...やはり、私に影響を与えている...)

先日、オケの練習後、そんな尾高先生とミーハーながら写真を撮ってしまった。

来週の金曜日の演奏会が、本当に待ち遠しい。指揮をしてもらえる学生も、
そして、傍らで勉強させていただける私も、本当に幸せである。
2006/5/11 (Thu)  あちゃ〜っ、朝だ.......。

日記の日付をどうしようか迷ったが、
夜も明けてしまったので、11日にする。

昨日の水曜日は、通常の合唱団と
(専門)学校での講義の後、電車に揺られ
西川口に着き、夕食をとり、
事務所に帰ってきたのが20時。
メールをチェックし、返事を書き、
いくつか仕事をしたあと、どうしても、
朝一番で大学に送らなければならない書類が
あったので、その作成をはじめた。
(確か、22時頃.....)

午前0時頃、自宅から電話が入り、
「帰りが遅くなるから、鍵を閉めて寝ていて」
そう、言ったのが最後。再び、パソコンに向かい..........。

........気がついたら夜が明けていた。

何てことだ!?また、やってしまった!!
三十代までは、何ともなかった徹夜であるが、今は、本当にきつい。
こんな、日記なんか書いている場合ではない。

まだ、本当はやることがいっぱいあるのに。
とにかく、家に帰って早く寝よ〜っ。

(また、今日も下の娘に起こされるのだろうな........)
2006/5/8 (Mon)  ネタが無いので.....

今日は、朝からレッスンと事務仕事で、一歩も
事務所から外に出ておらず、日記を書くネタが
全くない。
先日TVで、ある有名人のBagの中身というのをやっていた。私のは..........。
(もっとも、私は有名人でも何でもないが)

小さいBagに結構入っている......。

電子手帳…昨年から‘電子’にした。
     バッテリーが切れると機能しない
     のが難点。
  眼鏡…先月、奥さんに新調してもらった
     自慢の眼鏡(眼鏡ドラッグで購入)
 鍵の束…事務所のものが3つ、大学が2つ、
     自宅1と計5個
  財布…中身は13000円のお札(普段はもっとあるのだが.....言い訳...)
     銀行のキャッシュカード3枚、娘の病院の診察券2枚、
     自転車置き場の領収証、大吉のおみくじ、
     一攫千金を夢見て毎週購入している‘ロト6’、
     成田山で購入した福寶(お守り)と小銭入れ(675円在中)
  判子…三文判
 爪切り…ピアノを弾く人の必需品
定期入れ…いわゆる、定期機能(蕨→上野間)のついたSuica(チャージ額は
     18000円くらい。移動が多いので、けっこう多い)
 時刻表…東海道・山陽新幹線のもの
   本…智恵子抄(高村光太郎 著)
 マップ…震災時帰宅支援マップ(首都圏版)
     いつ地震があるかわからないので、常にBagに入れている。
     愛する家族のもとに、戻れるよう......。
                        ・・・こんな感じである。

これを紹介したからといって、誰も何とも思わないと想像するが、
まあ、ネタがなかったもので。

(今日は、これにて帰宅。愛する家族のもとに......)
2006/5/7 (Sun)  Norton AntiVirus 大活躍!!!

このGWは事務所も連休だった為に、今日は5日ぶりに
事務所に来て、雑用をこなした。
PCのメールをチェックする、98件のメールが....。
しかも、そのうちの1/3が、迷惑メールをはじめと
する、ウイルスの嵐、嵐.....。

「全く、ふざけるな〜〜っ!!」そう叫びながら、片っ端から消去しまくる。
メールの処理だけで、4時間。まだ、すべてに返事を出しきっていない。


長い、長い、GW最終日はまだまだ続く............。
2006/5/6 (Sat)  mini 土いじり。

GW終盤の今日は昼過ぎに仕事を終え自宅に
戻った後、友人のI氏に見習い、娘達と
土いじりをした。
.....とはいっても、我が家の箱庭のプランターは
満タンで、新しく植えるスペースもなく、
娘が購読している‘こどもチャレンジ’の付録の
‘ひまわりセット’ではあったが....。

それでも、説明書を読みながら「キャッキャ!」と楽しそうにはしゃぎ、
小さい手で、小さい種を植えている姿は、何とも可愛らしかった。

夏まで楽しみな毎日が、過ごせそうだ。
2006/5/5 (Fri)  美味い!!

1泊2日の田舎。短い時間であったが、
本当に楽しかった。

私がよく仕事で行く、山形や岩手への途中、
一瞬で通過するこの駅を見ながら、
「許されるならここで降りたい」という
衝動に、何度駆られたことであろうか。

私は3年ぶりの田舎。
(このときも、確か仕事帰り)
奥さんは何と8年ぶり。
そして娘達は、今年が“田舎デビュー”
こうして帰ってきてからも、その話題で
盛り上がり、そして我々とは帰らず、
まだ滞在している両親(おじいちゃん、
おばあちゃん)を、娘をはじめ、私達も羨ましく思う毎日...。
そんな中、今日は田舎からたくさんの山菜が宅急便で届く。

早速、下処理をし、天ぷらに。
娘もその美味しさを判っているせいか、自らエプロンを身につけお手伝いに
精を出す。傍らに皿と塩を持ち、出来立てをつまみ食いしながら.....。
その度に「美味しいね!!」と感嘆の声を上げる。

近所に少しずつおすそ分けを......。
娘達は少し誇らしげにその呼び鈴を鳴らす。
皆の喜ぶ顔を見て、彼女達は再び大満足。
美味しさとともに、田舎はたくさんの教育を娘達にしてくれる。

本当に、ありがたい。
2006/5/4 (Thu)  秋が瀬公園

GWの最初は、新幹線で福島まで行ったものの
それ以降は、私や奥さんが飛び石で仕事だった
のと、何処へ行っても混んでいて、そして
何より高い(高額)。
そんな訳で、今日は子供をそれぞれの(親の)
自転車の後ろに乗せ、40分ほど自転車を
漕いで、、さいたま市にある、秋が瀬公園に
行ってきた。

子供達は、芝すべりに大はしゃぎし、
アスレチックに満喫し、久しぶりに親も子も、
健康的な休日を過ごした。

往復1時間半の自転車で、明日の筋肉痛が
やや心配ではあるが、いい休日であった。
2006/5/2 (Tue)  地震雲???

今日、仕事に行こうとすると空に
一直線な雲が......。
はじめは、飛行機雲かと思ったが、
飛行機雲であれば、その線が徐々に
広がっていったり、また、消えて
いくはずであるが、一向にその雲の
様子に変化が見られない。

「もしかしたら‘地震雲’か?」
そう思い、思わず携帯のシャッター
をきる。

以前、友人のHPでも地震雲のことが書いてあっただけに、この雲による
今後が少々心配である。
今日遅く、仕事から帰ってくるやいなや非難袋を点検してしまった。

「備えあれば憂いなし」この一週間、ご注意を......。
2006/5/1 (Mon)  あぁ、田舎。

毎年あった別府での「アルゲリッチ音楽祭」
へのG大の出演が今年からなくなったので、
今年はようやく人並みのGWが過ごせることと
なった。(若干の仕事は挟んでいるが......)

その休日を利用して、29日から一泊で、
私の(父の)田舎の福島県に行ってきた。
公の目的は、祖父母のお墓参りではあるが、
やはり一番の目的は、「山菜でお酒を飲む」
やはりこれである。

まずは‘こごみ’。
これは、天ぷらでも、からしマヨネーズを
つけた‘おひたし'でもいけるその緑の渦巻き
からは、春の爽やかな香りがムンムンとする。

そして、次に控えるは‘こしあぶら’
これは、天ぷらではもう最高!苦みばしった憎いやつ。
これは、どうも酒がすすんでいかん!!!

そして、春の山菜の横綱‘タラの芽’
私が中学校の教師時代に、職場の先輩とタラの芽をとりに行ったことがあった。
その先輩が出発の前日に私に言う。
「いらなくなった、こうもり傘を持っておいで。折りたたみはだめだよ。
 あの、持つところが‘J’になっているやつ」
はじめはその意味がわからなかったものの、なるほど、タラの木には棘があり、
その先端にある芽をとるのには、傘の持つところの‘J’で木を引っ掛けて、
木の先端部分を近づけて採る。その新芽のエネルギーは凄く、その採取したものを
ボストンバックに入れておくと、自宅に着いたときは、バックが芽から出た
エネルギーで熱くなり、バック全体ポカポカとしている。

そんな、貴重な、そして美味しい山菜に舌鼓を打ち、家族とも満喫してきた。
ありがたいことに、娘達も山菜が大好きで、自宅に帰ったときの第一声は、
「パパ、今度はいつ田舎にいくの??」
もちろんお墓参りも済ませ、久しぶりにいい休日になった。

『都会に疲れたらいつでも、また来ィ!待ってるゾィ!!』
従兄弟の明るい声を心の土産に、再び雑踏の都会(蕨)に戻った。


(写真は、年代物の杉の木が立ち並ぶお寺の参道)
2006/4/28 (Fri)  G大、学生オケ演奏会

明日からのゴールデンウィークを前に、
今日は大学の学生オーケストラの
演奏会があった。

私は、大学の指揮科で勤務している
他に、学生オーケストラ運営室も
兼任している。
そこでの肩書きは
‘アドミニストレーター’

それまで、指揮科だけで運営していた学生オーケストラだったが、
音楽大学オケ祭典で、ご一緒したT朋学園のオーケストラの運営を参考に、
一昨年からできた学生オーケストラ運営室に所属する、いわゆるオーケストラの
(教官側の)インスペクターのような役割である。
とりわけ、他の教官より(国立大学法人化により、今は‘教員’というらしいが)
学生と接する時間が長いため、その練習(授業)や演奏会が上手くいくと、
教員の誰よりも嬉しい思いを経験させてもらえる。
以前、ある演奏会で司会(進行役)をしたとき、学生達の素晴らしい演奏に
大感激し、感極まり、しばらくしゃべれない事もあったほどである。

時には、学生達に厳しく接することもあり、学生に、その仕事に情けなくなる
事もあるが、今日のような熱い演奏をしてくれると、その苦労も報われる。

今日も、まさにそんな素晴らしい演奏会であった。


(明日から、福島へ。3日ほど日記はお休みする)
2006/4/26 (Wed)  すげぇ〜演奏。

今日、午前の合唱団のリハーサルが終わり、
看護学校で(講義)をするための移動中、
駅前のイトーヨーカドーのCD売り場を
物色していると......見つけた!!
以前、同じCDを持っていたが、誰かに貸したまま
どこかにいってしまったCD.......。

〜ロシア民謡 赤星赤軍合唱団 〜

とにかく凄い!!
こんな表現はふさわしくないが、やはりこの国と戦争をしても負ける.....、
とにかく、パワフルな演奏!!
音程がどうの、バランスがどうのなどという次元はどうでもいい!
とにかく「すげぇ〜」の一言!
ヴォルガの舟歌のバスも凄いし、蚤の歌も凄い!
ポーリュシカ=ポーレも素敵だし、何といっても圧巻は、やはり「カリンカ」
米を食って、野菜食ってる日本人にはとうてい真似できない。
やはり、肉食って、青リンゴかじって、ウォッカを飲むロシア人の歌声は、
血が煮えたぎる、そんな興奮を覚える。

久しぶりに聴いた「ロシア民謡」に疲れも吹き飛んだ!!

(でも、本当にほしいCDは、この混声の赤星赤軍合唱団ではなく、
 アレクサンドロフの男声合唱団の方なのだが。
 どこかで、手に入らないものだろうか.......。)
2006/4/24 (Mon)  11日ぶりの日記......。

「忙しい」

この言葉は、まえすとろ日記の中にもっとも
多く、登場する単語でありが、先週は本当に
修羅場であった。その原因の九割が大学...。

毎日(帰宅途中)事務所や喫茶店でする
自分の勉強もやめたくなるくらい...
(半ば疲れてヤケクソでやっていたが)
本当に、本当に過酷な毎日であった。
その大きな要因が先週おこなわれた
「日本国際賞授賞式での記念演奏会」

下の説明にもあるように、天皇皇后両陛下を
お迎えして、また、衆参両議院議長をはじめ、
いわゆる‘三権の長'が出席なさる、それはそれは、大変な催し物であった。
当然、そのセキュリティーは厳しく、当日参加する教職員や学生の氏名、住所、
連絡先、そして誕生日までも一覧表にして主催者に提出し、全員指定の名札着用、
ステージ袖にも、警備員が名札をチェックし、ステージに上がる、そんな演奏会。
当日はもちろんのこと、その準備から本番まで、本当に忙しい毎日であった。
場所は国立劇場(新国立劇場でなく)。
本来、歌舞伎や落語など、日本芸能を催す会場なだけに、ステージの反響番も
なく、演奏者には、本当に気の毒であったが、学生一人ひとりの才能と、
指揮者(K教授)の渾身の指揮に、その演奏は素晴らしいものであった。

学生を引率する立場の私も、間近で(5mくらい)で天皇皇后両陛下や
扇千景議長を拝見することができ(私って、ミーハー??)、なかなか貴重な
経験をさせてもらった。
また、偶然にも、同じ会場に、私の知り合いの方が今回の受賞者である
遠藤博士の友人ということで、北海道からこの授賞式にお客様として参加し、
改めて、世間は狭い......ということを実感した。


演奏が終わり大急ぎで(いつもの勉強もせず)大切な甘いお土産を持って
自宅へ向かう。
その日は、上の娘の誕生日......。
自宅の玄関で、G大の教官からパパに戻り、家族とお祝い。
忙しい中、仕事も家族も大切にする、エライ、私!!(自画自賛!!)

上の娘の誕生日のことをこの日記に書いて、あれから一年......。
本当に、月日が経つのが早い。
ぼやぼやしていると、私は......頑張らねば......。


〜日本国際賞〜
科学技術において、独創的・飛躍的な成果を挙げ、科学と技術の進歩に大きく
寄与し、人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められた人に与えられる
ものです。受賞者は、国籍、職業、人種、性別等は問いませんが、生存者に
限られます。この賞の対象は、科学技術の全分野にわたりますが、科学技術の
動向等を勘案して、毎年2つの分野を授賞対象分野として指定します。
本賞の受賞者は、原則として各分野1件、1人に対して授与され、受賞者には、
日本国際賞として賞状、賞牌及び賞金5,000万円(1分野に対し)が贈られます。
授賞は原則個人ですが、少数のグループに限り認められることがあります。
受賞者は、例年1月に決定され、授賞式典は同年4月に東京で天皇皇后両陛下
御臨席のもと内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官を始め、
関係大臣、駐日大公使、学者、研究者、政官界、財界、ジャーナリスト等、
約1,000名が出席して盛大に挙行されます。
授賞式が行われる前後の1週間を「日本国際賞週間」と称し、受賞者は、
記念講演会、学術懇談会、内閣総理大臣表敬訪問や日本学士院表敬訪問、
内外の記者との合同記者会見などの行事に出席します。
第1回の授賞は、昭和60年に行われ、以後毎年行われ2005年に第21回の授賞を行いました。(日本科学財団:ホームページより)
2006/4/13 (Thu)  さいた...さいた...。

この言葉は、あまりここでは書きたくないが
......本当に「忙しい」

大学は新学期が始まり、その仕事に翻弄されている。
朝から9時間ぶっ通しで、大学や、事務所の書類作り、
メール作業などをしている。
なかなか、日記には楽しいことは書けないが....。

上の娘は入学式を終え、毎日新品のランドセルを背負って元気よく登校している。
新しい環境(小学校や学童)が楽しくてしょうがないという様子。
しかし、それとは反対に下の娘はここのところ元気がない。
今まで、お姉ちゃんといっしょに通っていた保育園も今は一人。
ここ二、三日、ちょっとぐずぐずしている。
いつもなら、保育園までの送りをおばあちゃん(母)に頼むのだが、
そんな状況もあり、大学のないときはできるだけ私が送るようにしている。

いつもの様に、自転車に乗せて、保育園までの道のり。
何となく、ぐずぐずする娘....。
公園や、通学道沿いの民家の庭の花々を見ながら、テンションを上げる
まえすとろパパ.......。

あるお宅の庭に、チューリップが大きな花をつけている。
しかも、赤、白、黄色。
それに気がついた娘が突然歌い出す。
♪さいた〜、さいた〜、チューリップのはなが〜〜
合計3回、通行人の視線も、家の中から覗く住人の視線も気にせず、
大声で、しかも可愛く、そして上手に....(親馬鹿?)

パパと二人っきりの通園。寂しさの中にもパパを独り占めできる嬉しさもあるのか、今日はご機嫌な朝のひとときでした。


追記:ここのところ視力がおちて、めがねを新調した。
   「さぁ、これから籠もってスコアの勉強!勉強!!頑張るか!!!」
2006/4/10 (Mon)  入学式

この時期は時間が過ぎるのが早い。
毎日、桜のつぼみが膨らみ、まだ咲かないか...と、
毎日楽しみにしていたが、いざ、咲いてしまうと
「あっ」という間に、満開....。
週末の雨で、花びらもほとんど散ってしまった。

そんな、今日、4月10日。G大の入学式。
正門に日の丸が掲げられ、大勢の新しい若い顔と、その両親達。
どこの親もカメラでその息子、娘の晴れ姿をレンズに収める。
その姿を尻目に、教官室に向かう私.......。

今日は我が娘の入学式。
娘は朝、早くから起きて、午後からの入学式に、ランドセルと通学帽を玄関に
準備し、その初の通学を今か今かと待っている。
その姿を見ながら、大学に向かった......。それだけに、大学の正門でカメラを
持つ親が少し羨ましかった。

娘にその報告を聞きたくて、いつもの喫茶店での勉強もそこそこに、入学祝の
ドーナツのお土産を片手に早々帰る。
普段、昼寝をすることのない子であるが、6時半に帰ったときは、疲れ果てて
寝ていた..。夕食に起こし、一緒にお風呂に入りながら、

「1年2組になったこと」
「担任の先生は優しい女性の先生であること」
「たくさんの教科書をもらい、ランドセルが重かったこと」
「同じクラスになった(保育園での)友達のこと」
.....等を、キラキラと目を輝かせながら報告してくれた。

37年前、同じ小学校に通ったあの頃の事を懐かしく思い出す。
当時、あの若かった情熱的な(女性)の先生は、今はどうしているだろう。
幼い私にたくさんの思い出を作ってくれた、素敵な先生....。

私がそうであったように、娘にも、素敵な思い出をたくさん作ってほしい。
2006/4/4 (Tue)  賑わう上野公園。

今日は大学への通勤に、久しぶりに上野駅で
降りた。(普段は、日暮里から谷中霊園を
通って行くか、鶯谷駅から行く.......)
やはり、花見客の影響か?
平日にもかかわらず、朝からたくさんの人が
でており、いつも以上ににぎやかである。
また、その行楽客を見込んでか、
あちらこちらに屋台もでており、
その屋台から漂う美味しそうな匂いは、
私の胃袋をもろに刺激する.....。
そんな光景を後目に、大学へ向かい、
そして帰りは(お決まりの)夜遅く....。

今日も、20分の昼食時間を除いて、
一日中仕事(エライ!!!)
もっとも、昼食がとれただけ、今日はよかったのだが.....。

夜の提灯で、明るく照らし出したほろ酔い気分の花見客を後目に、再び、
電車にゆられて家路に向かった。

(なんか、今日の私は、サラリーマンみたい......)
2006/4/3 (Mon)  よせばいいのに......。

ここ一週間、大学の事を忘れ自分の(音楽の)
仕事に没頭していたが、新年度(4月)に
入って、オリエンテーションを前に、昨日と
今日とその資料作りで、朝からパソコンに
向かっている。
昨日も、事務所に来る前に、よせばいいのに、
近くの名所の桜並木を覗いてきた。

屋台も多数出ており、縁日好きのまえすとろ
としては、何とも辛い....。
あちらこちら賑やかに酒盛りや、バーベキュー
など、大盛り上がりで、その花見客を後目に
しかたなく自転車をとばして仕事場にやってきた。

昨日午後から今日ににかけての強風で、この桜も散ってしまいそうである。

『あぁぁ.....今年も、花見ができないで終わるのか......。』
2006/4/2 (Sun)  お詫び.......。

ここのところ、大変忙しく、日記が更新できません。
三月末から、忙しい毎日です。
なかなかゆっくり花見というわけにもいきません....。

2,3日のうちには、まとめてUPしたいのですが...。
とりあえず、お詫びです。
2006/3/28 (Tue)  私の住む街。

私の通っていた(4月より娘の通う)小学校の裏の
桜並木が満開になった。(正確には七分咲き)

「日本一小さい市」「人口密度が日本一の市」と、
住みにくさばかり強調される蕨市であるが、
これでなかなか住みやすい。

公共の施設や公園がとても充実しており、また福祉環境もとても充実している。
知る人ぞ知る全国でも珍しいが、蕨市は二人兄弟が保育園に通うと、
下の子供は‘タダ’になるのだ。我が家の家計もこれでかなり助かった。

旧蕨城跡をはじめ、旧中山道の町並み、そしてこの桜並木と、なかなか
名所旧跡も多い。(最も、地元の人だけに有名な名所であるが......)
今週の週末はここも花見客でいっぱいになり、普段は住宅街の静かな
場所であるが、この時ばかりは近隣に住む住民は、さぞうるさくて
迷惑なことであろう。
それでも、苦情を言わないのがこの蕨住民のいいところ........。

『蕨』の文字だけ見ると、その文字の通り、文字も人もゴミゴミしている
ようであるが、それだけ人付き合いが多く、情に厚い市民であるのが
この私の住む“素敵な街”である。

ちなみにこの難しい「蕨」の文字。
古い蕨市民は皆、この文字の15画のうちの、6画以降を書かないのが
当たり前である。まず、文字の中身を書くことはない........。
2006/3/27 (Mon)  手帳

十数年前、あるアイドルの記事が新聞に載っていた。
『私は、自分の手帳をずっと大切にしている。
 売れなかった時代、急ぎ足で過ごしてしまった
 あの時、充実した時間、そうでなかった時間(とき)
 それらを日記のように振り返り、そして反省できる
 から......』

その記事を読んで以来、私も手帳をつけ、その手帳を保存している。
(もっとも、今は、大学や音楽院以外、フリーでの活動が多く、リハーサルや
 本番の入りの時間など、手帳なしではいられないが......)

この手帳も、小さいものから、大判の物になり、そして今はもっぱら電子手帳。
形は変えても、私にとって最も大切なアイテムである。
その記載する内容は、もちろん仕事の時間をはじめ、奥さんの仕事の遅番、
家族(娘)の行事、記念日、
そして最も大切なもの......、それは、家族と過ごす......オフ(OFF)。

電子手帳になり、赤字で目立つように記入することにしている。

フランス人はこういうらしい。
「私たちフランス人は、バカンスの為に仕事をする!!」


追記:一昨日卒園した上の娘は、妹と一緒に今日も保育園に出かけた。
   卒園しても、3月31日まで子供を預かってくれる保育園。
   感謝、感謝......。
2006/3/25 〜26  卒園式3

そんな4年間の証が、あの、娘の号泣で
あったのだろう。
園から戻り、泣いたことを恥ずかしがる娘に
「泣いちゃいけない時もあるけど、
 泣いてもいい時もあるんだよ。先生も、
 お母さん達も、みんなないていたでしょ。
 卒園式は、泣いていい時なんだよ......」
そう娘に話し、そっとその時の様子を訊く。
『だって、卒園しちゃうんだもん....
 とっても悲しくなっちゃった.......』

この4年間、娘の指導にあたっていただいた、多くの先生に本当に感謝したい。
こんなにたくさんの思い出、たくさんの躾、たくさんの優しさを教えてくれた
たくさんの先生方に......。

卒園式後の謝恩会では、(私の弾く伴奏で歌った)子供達の歌声に、
子供達が吹くピアニカに、親も、そして、先生方も一緒に泣いた。
穏やかで、本当に素晴らしい時間を送ることができた。

自宅に戻り、私の母が作ってくれたお赤飯と、お花を持ち、
2年前の担任先生が(現在)勤務している職場へ、卒園の報告に行った。
成長した娘を見て、母親と一緒に涙を流してくれた。
本当に幸せな娘、そして私たち親であった。

思い出深い一日が、静かに更けようとしていたその夜...........


近所で火事があった。
たくさんの消防車と、煙の中、娘はおびえ、初めての火事の恐怖に、
さらに忘れられない一日となった.........。

(2件全焼したが、死者はなく、我が家にもその煙が入ってくるほどで
 心配したが、強風にもかかわらずその程度すんだのが、不幸中の幸い)
2006/3/25 (Sat)  卒園式2

後から、母親からその号泣の主が、
娘だったことを聞く。
ついさっきまで、満面の笑みだったので、
その泣き方に、親も、また後から出てきた
他の園児も驚くくらい.....。
その泣き声がすべてだった。本当に素敵な
4年間の保育園での生活であった。

4年前、下の娘が生まれ、急遽、保育園に
入園させるため、3月に入って、慌てて
(今すんでいる、実家のある)蕨市に住民票を
移し、保育園の入園の手続きをとる。
近所に小さい子がおらず、遊び相手は、親と
祖父母、それに、近所のおばさま達だけ...。
入園式前日、娘を自転車に乗せて下見に行く。
園庭で遊ぶ先生に声をかけられ、また、優しい笑みで娘に話しかけてくれる。

最初の一,二週間は送迎にぐずったものの、これまでの四年間は、
本当に楽しく楽しく通園できた。
担任の先生にも恵まれた。
最初の二年間は、経験豊かな、やさしいく、常に子供達の目線で話し、
子供達の話に耳を傾け、そして、優しくまとまりのあるクラスにしてくれた
素晴らしい先生であった。(2004.4.1.まえすとろ日記参照)
そして、後の二年は、(小学校前の)子供達をきちんと躾け、また、
音楽の大好きな(ピアノも上手な)先生で、子供達にたくさんの歌を
教えてくれた先生。
このクラスが演じる、生活発表会の歌や演技は、それはそれは見事だった。
『人は環境の子』
私が大事にしている言葉通り、娘をはじめ今年の卒園児は本当にいい環境で
四年間の保育園の生活ができたように思う。
2006/3/24〜25  卒園式1

3月24日、22時過ぎ。
卒園式後の謝恩会で、子供達が先生達に
むけ歌う‘ゆめ日和’の伴奏をさらう。
曲も知らない上に、子供達が歌うのには
音が高いので移調しての伴奏で、
少々手間取る。1時間ほどピアノを弾き、
自宅へ帰る。
娘達を寝かせようと、一緒に眠りについて
しまった奥さんを起こす。
事務所で印刷してきた謝恩会のプログラムを
仕上げる。(スタンプなどで、装飾する)
明日の準備は万全だ!!

明けて、3月25日。
娘の卒園式。

8時50分。緊張と期待の中、親子揃って4年間通い慣れた保育園に向かう。
9時30分。卒園式開会。
私が(中学校の教員時代)経験した卒業式とは違い、それはそれは穏やかな
雰囲気の中、ゆっくりとした時間が流れた。
学校長や来賓の堅苦しい挨拶もなく、園長先生の卒園児に向けたわかりやすい、
穏やかで、愛情あふれる思い出と、はなむけの言葉。
子供達の明るい歌声。少し感極まった、保護者の挨拶。
卒園証を貰い、会場にそれを向け、一人ひとり『大きくなったら・・・』と、
思い思いの目標を披露する園児。
ケーキ屋さん、電車の運転士さん、看護婦(士)さん、
そして、保育園の先生(保育士)。これには、先生も嬉しそう。
ちなみに私の娘は、
『大きくなったら、浅田真央みたいなフィギュアスケートの選手になりたいです』
ついこの間までは、バレリーナといっていたのに.....
また、親の知らない一面を見せてくれる。

滞りなく式が進み、そして園児退場。
先生方が作ってくれたアーチを母と手をつないでくぐり、満面の笑顔で退場。
誕生日順にならんでいたので、我が娘が一番に退場する。
先生方に次々と『おめでとう!おめでとう!!』の声を浴びながら...。

娘と母が退場した直後、廊下から号泣する子供の泣き声が......。
(エッ?誰??...まさか......)
2006/3/23 (Thu)  一日パソコン。

今日は、朝から事務所で仕事。
いつもの掃除を済ませ、花(フリージア)を
生けて、それから溜まっていた電話と、メール、
仕事を一気にこなす。
BGMはお気に入りのフォーレのレクイエム。
しかし、Pie Jesus は本当に美しい曲である。

昨日、合唱団で、先日購入した古典合唱教典を早速やってみた。
Methodeというものの、パレストリーナをはじめとする、古典もの
(ここで言う古典とは「古典派」ではなく、バッハ以前のもの)がほとんどで、
どの曲も、アマチュアが上手に歌うのはどれも難しい曲である。
しかし、その内容は、カノンあり、フーガありと、
これらをきちんとマスターすれば、合唱団の実力が確実にアップすることは
間違いない。でも、根気がいる......そんな内容の教本である。

(以前、この日記でも書いたが)
私が少年合唱団に通っていた頃、指導者の先生が3年生〜6年生のやんちゃな
少年達に、これらを熱心に指導されていたその様子が思い出される。
当時の(私を含めた)少年達にも、それは本当に難しいものであった。
また、私たちはウィーン少年合唱団のようなエリートの少年でなかったため、
すぐ、集中がなくなり、あちらこちらでモジモジと始まる。
そんな中、普段は怒ると短気で怖い先生であったが、この教本を指導している
ときだけは、本当に、根気強く...根気強く...我々に接してくれた、
そんな記憶が、今も残っている。

私にたくさんの声部を頭の中にならせる能力(指揮者にとって一番必要な能力)
ポリフォニー(Polyphonie)の感覚を身につけさせてくれたのは、
まさしく、この指導者のお陰であった。

先生を見習い、私も根気強く....根気強く....
その教えを見習い、来週も合唱団相手に頑張るか......。

(写真は、花屋さんのショーケース)
2006/3/21 (Tue)  お彼岸。

オケのリハーサルが昼で終わり、午後から
フリーに。一度自宅に戻り、兄の義父の
お墓参りに行く。
大宮にある大きな霊園で、大宮駅から
タクシーで行ったのだが、
さすが‘春分の日’当日。
霊園まで、お彼岸渋滞。タクシーの
運転手さんも驚くほどの混み具合であった。

広大な敷地に、たくさんのお墓があるものの、
さすが時代の流れか....、
怪談話にでてくるような、昔流の形をした
石のお墓など一つもない。どのお墓も、
みんなモダンな横に広い、石碑のようなお墓。
昔感じた怖さなどない、霊園全体が公園の
ようであった。
途中SOGOのお花屋に寄り、下の娘が見たてたハートのお皿がついて、
まるでケーキのようなアレンジフラワーを買い、それを墓前に供え、
みんなで静かに手を合わせた。

あぁ、娘達を連れて、父の田舎(福島)の(祖父母)お墓をお参りしたい。
今度ゆっくりと......。
2006/3/19 (Sun)  娘とのデート...。

今日は仕事が午前だけだったので、午後からは
娘の保育園の卒園式の打ち合わせに出かけた。
(謝恩会で子供達の伴奏を弾くことになっている)
私の(既に卒園の経験のある)友達からは、
「感激するよ!ハンカチとティッシュをたくさん
 持って行った方がいいよ....。」と、
脅かされているが.....はたして....。

昼間、ちょっとしたことで上の娘を叱ってしまった。
(もちろん、親としてはとても大事なことで叱ったのだが...)
せっかくの日曜日、久しぶりのパパと過ごす楽しい時間に叱られた娘が、
少々気の毒に思い、夕方、事務所へ用事もあり、上の娘に
「一緒に行く?」と尋ねる。
『うん』とうなずく。
奥さんとアイコンタクトの後に「帰りは何か食べてくるから」そう囁いて、
娘を自転車に乗せ、二人で出かけた。

「何が食べたい?」
『あのね、焼き肉が食べたいの....』
「焼き肉って、あの大きい肉?それとも、タレをつけて食べるお肉?」
『あのね、タレをつけて‘ぺろん’って食べるやつ』

そこで(事務所で用事を済まし)よく友人のI氏と行く、
近くの焼き肉屋さんへ直行する。
店に着く前は、自転車の後と前で、昼間の出来事(叱られた事)を再度話す。
時間も経ち、落ち着いているせいもあり、また、これから焼き肉という楽しみもあってか、素直に返事をする。
「優しい子になってね!」の締め言葉で、お説教終了。
元気よくお店に入り、二人で焼き肉デート。

父親に似たのか、焼き肉が大好きな娘。食べるわ、食べるわ....。
カルビ4人前(追加含む)、ハラミ1人前、わかめスープ、玉子スープ、
厚切りベーコン、サンチュセット、ご飯(小)、ホタテのバター焼き、
ジュース、ウーロン茶。

たくさん食べ、たくさん話をし、お腹も心も大満足で帰宅した。
充実した、いい日曜日であった。
2006/3/17〜18  カレーライス

昨日は、中学校のブラスの合宿(指導)に行ってきた。
その(指導の)内容はともかく、最近行く合宿というと、
オケにしてもブラスにしても、いわゆる大人との
合宿が多く、そこでの飲み会はともかく、
夕食には必ずビールが付き......、
いつもこんな具合だったので、この若い生徒達との
青年の家(今は、元気プラザという)での昼食のカレーライスが妙に懐かしく
また新鮮で、自宅やレストランで食べるカレーとは、その内容(具)や
香りも粗末であるものの、何故か旨く感じるのは、私だけであろうか。

しかし、カレーライスとは、便利な食べ物である。
私の知る限りでは、これを嫌いという子供はいない。
もちろん私の娘達も大好きで、外食しても3度に一回はこれを注文する。
今回の合宿は、中学生と一緒であったが、年頃の女子学生が周りを気にせず、
気軽に‘おかわり’できるのも、この食べ物が好まれる理由だろうか。
2006/3/16 (Thu)  メール......。

「一日、数十件」
私のパソコンへの迷惑メールである。
その内容も様々で、パソコンソフトの販売から、
健康食品、バイアグラなどの海外からの薬品販売。
そして、出会い系サイトと、様々...。
友人に言わすと、
「アドレスをホームページに公開しているのだから、やむを得ないよ。
 それも、ホームページが有名になった証拠」そう言って慰めてくれるのだが...。

今日も、現時点で14件の迷惑メール......もう、うんざりである。

しかし、使い方によっては、本当に便利だ。
昨日は、ウィーンと時差8時間のなか、何回かのやりとりで会話をし、
今日は(日頃、絶対手紙のやりとりなど考えられない)中学生とメール交換を。
(あやしいものでは、ありません.......)
今日も新聞で、「家出をした娘と‘親子の絆をつないだ’貴重な携帯メール」という記事が出ていた。

考えてみると、(迷惑なものも含めてだが)有名人にならなくては、
一日数十通(年間にすると4000通以上)の手紙など貰うはずもなく、
また、エアーメールや学生などと手紙のやりとりをするはずもなく、
やはりこの文明の利器は、便利で大変ありがたいと感じる。

しかし、この‘迷惑メール’本当に何とかならないだろうか......。
2006/3/15 (Wed)  思い出の宝物を発見!!

以前この日記にも書いたが、私は少年時代に当時も
珍しかった、地元の‘少年合唱団’に入っていた。
入団時に必ず買わされたのが、
このメトード(Methode)「古典合唱教典」であった。

当時、合唱団の指導者の先生は、
「この本は、絶対将来価値が出る本だ!大切にしておけ!」と豪語していたが、
その言いつけを守らず、私は、20年前の教員時代に、ある学校へ合唱の指導に行った先で、その顧問の先生にやってしまった。

教員をやめ、指揮者という職業になり、再びコーラスを指導する機会に恵まれ、
改めて、このMethodeの素晴らしさを認識した。
ところが、いざ必要になった時にはどこにもない。
G大の出入りの業者に探してもらっても、既に絶版。
「この本は、絶対将来価値が出る本だ!大切にしておけ!」の先生の言葉が
身にしみてわかった。
そんな中、インターネットで検索していたところ、古書で売っているのを発見。
昨日、無事手元に届いた。

昭和27年、発行。
巻頭ににこう書いてある。
「戦後、合唱運動は異常な普及の度を示した..... (略)......
 が然し、われわれからみると、未だ合唱音楽の神髄に触れているような演奏を
 耳にすることがない。これは、無伴奏(ア・カペラ)合唱の対位的訓練を
 基礎としないためで、この難問を突破しなければ、日本の合唱団に.....(略)...。」

古い教本であるが、この熱い思いが伝わる優れたMethodeであった。

当時の定価180円が、800円で購入。これには微笑ましかったが、
どこかのCMのようだが、お札を何枚か重ねても是非手元に置きたい、
そんな一品であった。
2006/3/14 (Tue)  何と有り難いことだろうか......。

先週から‘公私’ともに忙しく、パソコンに向かえず、
また日記の間隔があいてしまった。
もっとも、‘私’も忙しかった訳だから
言い訳にはならないが...。

今週はようやく、大学(へ行くこと)から解放され、久しぶりに朝から事務所で溜まっている仕事を片付けた。

パソコンに向かい、沢山のたまっていたメールの返事を出し、いくつかの
書類を仕上げ、あちらこちら仕事の連絡を済ませ、そして、パソコンの
ウイルスチェックをしながら、事務所と音楽院の掃除をし、気がつくと17時...。
ようやく‘三時のお茶’をすすりながら、久しぶりの日記を書いている。
(家庭の主婦も、こんな感じでどんどん時間が過ぎてしまうのだろうな...)

今日はこの後、受験生の親との面談。
そして、残りの書類を作り、たまっていた譜読みを......、
帰りは、間違いなく遅くなりそうである。
先ほど自宅に電話し、今日の夕食は断った。
先週、二日ばかり私的な用事でサボった分、確実にしわ寄せがやって来る。

本当に、何と有り難いことだろうか(>_<).........。

(写真は、仕事帰り大宮駅構内の花屋さんのショーケース。
 春らしく、とても美しかったので、パチリ!)
2006/3/9 (Thu)  春、満開。

大学の入試や会議等で、今週も大学に行っている。
校舎入り口のロータリーにある梅の木も、
先日まで、二、三分咲きであったが、今週は満開。
(写真では、分かりづらいが...)
ちょうどこの木は、合格発表掲示板の近くにあるので、
受験生の記憶に残るのだろう。
合格者には本当に美しく見え‘いい思い出の花’に。不合格者には......。

「失恋たのが春で、それ以来、春が嫌いになった。」
そんな事を言う人がいるが、この美しい梅の花を嫌いにならなければいいが..。

明日も、午後から大学へ。
明日の会議が終わると、少しの間G大から解放される。
2006/3/7 (Tue)  お茶会。

私のパソコンやAir H゛の責任にするつもりはないが、
書いた日記をいざUpしようとすると電波の状況も悪いらしく、
すぐ接続が切断されてしまい、せっかく書いた日記も消えてしまう......。
こんな事が数回続くと、どうも自宅で日記を書けなくなる。
いよいよ新しいパソコンが必要か...?そんな訳で、
久しぶりの日記である。(どうも言い訳のようだが)

今日仕事から帰ると、娘達が何やら騒いでいる。どうやらお隣から、
和菓子をいただいたらしい。
京都老舗のものらしく桐の箱に入っており、開けてみると何とも春らしい、
素敵なお菓子であった。

「よし、お抹茶を飲もう!」
早速、茶碗と茶杓、茶筅等を出し、キッチンで小さなお茶会となった。
私は以前、ある知り合いの方と、そして作曲家の‘※黛敏郎先生の著書’の影響で、
茶道に興味を持ったことがある。
(※=本の名前は忘れたが、黛先生は裏千家のお茶の本を書いている)
娘達は、保育園で何度かお茶会を経験しているらしく、
それでもパパの御点前に興味津々、茶筅から生まれる緑の細かな美しい泡に
歓声をあげる。
そして、美味しいお菓子を一口.....お抹茶をすする...。

『おいしいね〜っ!』
満足顔の娘達の表情に、彼女たちとの夢の「京都、奈良旅行」が一歩近くなったと、
大成功のお茶会であった。
2006/3/2 (Thu)  合格発表の季節。

「弥生」

梅の花もどこも満開でいよいよ春が近くなって
きた感じである。
(暦の上では既に春であるが...)

G大の指揮科の入試(実技一次)も昨日から始まり、また、都内の私立の音楽大学も
入学試験、そして発表があちらこちらである。
そんな中、今日は嬉しい合格の知らせがきた。

試験とは、自分で受験するより、自分の弟子が
受験する方が、何倍もハラハラする。
その分、合格の知らせを受けたときは、その喜びもひとしおである。
これから、音楽の道に入っていく厳しさは誰よりも分かってはいるものの、
それでも、本人や家族の大喜びの声や姿を見ると、果たした責任にホッとする。

でも、大変なのはこれから。

私の上司の指揮科の教授は卒業生にいつもこう言う。
「君たちは、まだ4年制のいわば音楽の幼稚園を出ただけなのだよ。
 決して、これで勉強が終わりだと思わないように。
 勉強するのは、これから、これから...」

本当に、音楽で飯を食うことは大変なのである。
それでも皆‘音楽大学’というその共通の第一歩から始まる......。

「第一歩を踏み出した受験生諸君!本当におめでとう!!!」

(明日は、私が講義に行っている看護学校の卒業式である)