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まえすとろ日記へようこそ!

2006/2/27 (Mon)  やっぱりうちの子が一番。

今朝、娘達を保育園へ送りに行く。
保育園の玄関は、園児達が作った雛人形で
実に華やかであった。
その中でも、秀でてとても可愛い出来ばえの物が...
名前を見てみる......
‘さかいあすか’
(やった!うちの娘のダ!!)
思わず、携帯のカメラのシャッターをきる。

ちゃんと頬紅が...お内裏様は、凛々しく、
そしてお雛様は、可愛らしく......。
4歳なりに、雛人形を観察し、本当に上手く作った。
素晴らしい!!

......パソコンの調子が悪く、今日の日記はこれだけ。
「なんだ、また親馬鹿日記か...」という、
皆の声が聞こえてきそうである。
2006/2/25 (Sat)  今日は辛口...。

我が家の玄関が春を想わせる装いになった。
もうすぐひな祭り。
今年も、不二家のケーキでお祝いするか...。

トリノでもオリンピックも熱戦が続いているが、
昨日ようやく日本に待望の(金)メダルが...。
荒川選手本人はもちろんであるが、
その家族や親戚、日本国民はもとより、
何よりJOCの役員達は喜び、そして胸をなでおろしたことでおあろう。
そんな頑張った荒川選手に、小泉首相から喜びの生電話が...の中継があった。
しかし.........、

優秀な競技者に、人間性まで求めるのはいけないのであろうか?
荒川選手のあの応対には、正直がっかりしてしまった。

「おめでとう!感動して、応援していました!!」
首相が朝早くから生中継で見ていたかどうかはさておき、
(多少のパフォーマンスはあったものの)あの、素直な声かけに、
「あ、はい、ありがとうございます」と、いとも簡単に、あっさり、ある意味冷たく応える。
『おい、(主義主張はともかく)一国を代表する総理大臣だぞ!』
少なくても社会的地位も年齢も、金メダルをとったあなたより上回っている、
その方から直々の生電話だぞ!
多くの激励の首相の呼びかけに、競技や表彰式を終え疲れているとはいえ、
その応対はさめており、決して褒められるものではなかった。
「皆さんの応援のお蔭で...」その言葉にも、全く説得力がなかった。

最後を締めくくった首相の
「これからも、いろいろ大変でしょうが、体に気をつけて頑張ってください」
の言葉にも、あっさりした、ある意味しらけた表情......。

『おい、毎日トレーニングをしたあなたも大変だったかもしれないが、
毎日いいにつけ、悪いにつけ、それでも国会で奮闘している彼のほうが
よっぽど大変なんだから、せめて、
「総理こそ、お体に気をつけて日本のために頑張ってください」くらい
言ってもいいんじゃないかい?
浅田真央ちゃんとちがって、あなたはもういい年(成人)なんだから...』

あなたのためにどれだけの人が、たくさんの時間とたくさんのお金を出資して、
そしてどれだけの人が応援したと思っているの?
あぁ、あんなに大騒ぎして応援していた自分が、馬鹿みたいである。

うちの大学の一部の学生もそうだが、全く個人思考の若いものが多すぎる。
(もちろん、若くても本当にいいやつもいるのだが......)

よく若い指揮者に、そして自分自身にも言い聞かせるのだが、
『プロも、また、アマチュアオケではなおさらなこと、
 皆、指揮台に上がっている‘あなた’より、社会的な地位や、
 人格が優れている人ばかりなのです。
 音楽的な知識や経験が多いだけで、皆より50cm(指揮台の)高いところに
 いるだけで、自分が全てにおいて優れていると勘違いしないように!!』

『指揮台を降りたら、指揮者は‘ただの人’なのだから......』
2006/2/23 (Thu)  コレクション。

同じ親から生まれ同じように育てたはずなのに、
二人の娘達はそれぞれの違う性格で本当におもしろい。
下の娘は、半年前までは石をコレクションにしていた。
どこに行っても、石をひろってきては、その宝物を
ポケットに大切にしまい玄関先や食器棚の上に並べる。
その汚らしさに、家族のものが黙って捨ててしまうと、それはそれは大泣きをしたものだった。

しかし、4歳の誕生日を迎え、そのコレクションもだいぶ変わってきた。
近くのスーパーの駄菓子コーナーにケーキのミニチュアを見つけてからというもの、自ら、私や奥さんのお買い物について来ては、一つ、また一つとねだって集め、(「お菓子を買うよりいいか」などと思い、何となく与えてしまった)
とうとうこんな素晴らしいコレクションにしてしまった。

先日奥さんが、バラバラになっては気の毒と、無印のお店で、中身の見える
透明な引き出しを買ってくると、そのコレクションを丁寧にその中へ...。
時折、並んだ、ケーキやドーナツを見ては、ニンマリし、
それらを使って、私たちやぬいぐるみ相手に、おままごとをしている。
親が教えたわけではないのだが、自分なりの置き方があるようで(写真)
その並べ方がちょっとでも違うと、丁寧に直し、また、ニンマリ。

今日も、大切に並べ、片付け、ニンマリと満足して静かに寝室へいった...。
2006/2/21 (Tue)  冬季オリンピック

寝不足と勉強不足の毎日が続く。
普段、我が家のテレビは娘達の物。
朝は、NHKニュースの代わりにNHK教育の
「いないいないばあ」や「おかあさんといっしょ」が...。
夜は、「ハム太郎」「ちびまるこちゃん」「サザエさん」
それと、なぜか「お笑い番組」
(私はあまり好んで見ないのだが、上の娘は「お笑い」が
 大好きだ。マジャーとかいう芸人の漫才を大笑いして見ている)
それと、ディズニーのDVD。最近は映画「チャーリーとチョコレート工場」
これらを私をはじめ、父と母(祖父母)も毎日見ている。
(見せられているといったほうが、正しいだろうか?)

したがって、レギュラーで見る番組などほとんどない。
「なんでも鑑定団」を思い出したように見るくらいだろうか...。
それと、先日仕事でホテルに宿泊したときに見た、「チャングムの誓い」
放映日の土曜日に、泊まりの仕事がある(一人でTVが見られる)のを、
結構楽しみにしている。

そんな訳で、あまりテレビを見ない私なのだが今回のオリンピックはいかん!
トリノとの時差の関係で、中継はいつも夜中。
本来なら、娘達が寝静まってスコアを読む時間。
トリノが気になって、ついついTVをつけてしまう。
ここのところ、中継が気になって、全く勉強がはかどらない。
こうしている今も、チェコVSカナダのアイスホッケーに夢中である。

私は意外にも、アイスホッケーフアンである。
以前、従兄弟が西武鉄道のアイスホッケー部の応援団に入っていたことがきっかけで、一度ライブで、その「氷上の格闘技」を見て以来、その競技の虜になってしまった。
しかし、強豪チェコとカナダ。さすがに日本とはレヴェルが違う。
一度、チェコチームが日本に来日した時に見に行ったが、
日本など全く相手にならないほど、そのスピードとパワーは物凄かった。

世間は、日本がメダルを取れなくていらいらしているようだが、
私は結構、日本以外のチーム(国)でこのオリンピックは十分楽しんでいる。

ところで今日、三鷹に仕事に行った帰りに本屋に寄ってついに買ってしまった。
韓国ドラマ・ガイド「チャングムの誓い」完全ガイドブック。

冬のソナタなど、見向きもしなかった私だが、ついにはまってしまった。
2006/2/18 (Sat)  まぬけ......。

東京都内の私立の音楽大学の入試がはじまった。
受験生から、その日の試験の様子の報告のメールがくる。
そんな中、昨日この日記で書いた私の友人からも昨夜、早速メールがきた。


....前略....
忙しい中、わざわざ湯島天神まで行かれたなんて…。
勇気がわいてきました。何とかいけそうです!ありがとうございました。
明日は頑張りま〜すm(__)m......................と、言いたいのですが、
試験は来週の土曜日です。でも、そんなの、どうでもいいっす。
気持ちが、嬉しかった!!
....後略.......


ドジ!!
やってしまった!一週間間違えてしまった。
本当に‘まぬけ’なまえすとろだった。

『そんなの、どうでもいいっす。気持ちが、嬉しかった!!....』
その、寛大な友人の一言に救われたが。

改めて、
『頑張れ44歳の受験生!!ただし、来週ね!!!』


(本日は写真はありません)
2006/2/17 (Fri)  合格祈願!!

今日は、午後からのレッスンで、
午前中からの時間が空いていたので、
湯島天神へ行ってきた。
音楽院の受験生の合格祈願と、
私の友人の国家試験合格の祈願である。

この友人は私と同じ歳なのだが、
以前は塾の英語講師をしていたのだが、
退職し、その後マッサージ師の資格を取る
ために、学校へ通い、日々猛勉強している、
本当に見上げたやつである。

人柄も穏やかで、また酒も強く、
私にとって大切な友人の一人である。

湯島天神は、白梅がまだ四分咲きくらいであろうか...。
管内はまだ寒々としていたが、さすがに受験生の親らしき人たちが、
平日の昼間にもかかわらず多く参拝しており、
また、掛けられている絵馬のその数は半端ではなかった。

受験生も、昨日と今日で受験前のレッスンが終わり、お守りを手渡し、
あとは結果を待つばかりである。

どちらも、いよいよ明日から試験。
『頑張れ!44歳の受験生!!!』
『頑張れ!18歳の受験生達!!』
2006/2/16 (Thu)  春もそこまで...。

暖かくなったり、寒くなったり...毎日、微妙な陽気ではあるが、
娘の保育園へ向かう途中にあるお宅の梅の花は、
今年も可愛らしい花を咲かせた。

ここ数日、事務所(音楽院)で受験生の(をはじめとする)レッスンに明け暮れている。
今週末から都内の音楽大学の試験も始まる。
(わが、G大は3月1日が実技の一次、6日が二次試験)
受験生もいよいよ追い込みである。
受験に関しては、私もいろいろなエピソードがあるが、またそれらは、
別な機会に書くことにする。
今は、彼女たちの合格を祈って.......。

「あと少し、頑張れ受験生!!」
2006/2/13 (Mon)  ちょっと早い、バレンタイン。

昨日の日曜日、
「ワイワイ!!」と何やら、朝からにぎやかである。
しかし、いつもなら(前の日どんなに遅く寝ようとも)ママの制止を振り切って私を起こしに来る娘達であるが、今日は来ない...。
これ幸いと、11時までその声を聞きながら、ウトウトしていると....。
(寝たのが今朝の5時近く)

「パパ〜〜っ!!今日も、お仕事でしょ!!!」
(やはり来たか...)

眠い目をこすりながら台所へ行くと......、
テーブルの上には、娘とママの合作の手作りのケーキとチョコレートが...。

まさに姦しい、可愛らしい三人の声で、
『じいちゃん、パパ、いつもご苦労様!!!』

何よりのプレゼントに、父も私もお互い顔を見合わせ、
ちょっと胸に迫るものが....。

「これで、今週は頑張れそうだ!!」
その力作を6等分に分けて、本当に美味しく頂き、夕方から仕事へ。

今朝は事務所により、ビルのオーナーに面会し、事務所の掃除をした後、
これから大学へ会議のため出かけ、夕方再び事務所へ戻り、夜はレッスン。

それでも、先週とは全く違い『パワー100倍!!!』

『行ってきま〜す!!!』
2006/2/11 (Sat)  長い...長い、一日......。

今日は、本当に、本当に、長い一日だった。

朝、7時35分。ブラスの指導へ行く為に家を出る。
今朝も冷える。
昨夜も譜読みがなかなか進まず、遅くまで起きていたせいか、さすがに眠い。
どうも朝から胃が痛み、朝食も食べられないまま家を出て、そして途中で買った‘おにぎり’も、ひとくちも口に入ることなく、スキー客で大混雑の新幹線の
戸口に立ったままで、目的地に到着する。

‘あっ’という間の、3時間のレッスン...。
13時に指導を終え、帰りの列車で30分くらい爆睡...。
16時に事務所に戻る。
それから30分後、受験生のレッスン。約2時間。18時すぎ、終了。

鞄の中の(少々潰れた)おにぎりにふと気がつき、遅い遅い朝食...??
ひとときの休憩後、いよいよパソコンへ向かう。
大学の仕事(膨大な量の書類作成)を一気に仕上げる。
気が遠くなるくらいの、作成書類の束......。

「非常勤なのに...」と、ポツリと呟く......。

気がつくと、時計は夜中の1時を廻っている。
ブラスの指導で指揮を振っていたのが、もう随分前の出来事のようである。

そういえば、冬季五輪が始まったんだっけか...?
今日(11日)は世間は建国記念の日で祝日だんたんだな....。

『あぁ...ぁ、良いことないかなぁ...。』
2006/2/7 (Tue)  母は強し!父は......。

(ここのところ、娘の話題が多いが、今日も......。)

朝から、事務所と大学の仕事をし、2時過ぎ遅い昼食をとり、
いつもの喫茶店での譜読みもコーダ(Coda)の佳境に入ったところであった。

突然の奥さんからの電話...

「上の娘が発熱、出来れば保育園に迎えに行ってくれないか」との内容。
慌てて、テーブルのスコアと筆記用具を片付け、飲みかけの大好物のココアも
そこそこに喫茶店を出る。
とりあえず一度、自宅に戻り、荷物を置き保育園へ向かう。

娘はすぐに私の姿を見つけ、歩み寄ってくる。
熱も高いようで、真っ赤な顔をしており、充血した目からも、
その辛さがわかる。
すぐに、その足でいつもの小児科医院へ向かう...聴診器をあて、喉を検査。

『溶連菌感染症』

子供を持つ親なら、一度は耳にする病名であるようだが、
6年目の新米パパにははじめて耳にする病名。
娘には、「大丈夫だよ!」と平静を保ちつつ、心は動揺している。

診察を終え薬局で薬をもらい自宅へ帰ると、まもなく奥さんが下の娘を連れて帰宅。
その結果に、『あぁ、やっぱり。12月くらいから、流行っていたみたいだったからね。』と、あっさり...。
薬剤師で病院勤めとはいえ、そのあまりにも平然とした様子に、またしても自分の無知と小心に情けなさを感じた。

今朝、出掛けに帰ってきた娘に見せようと、積もった雪で作った雪だるまも、
昼間の暖かさで溶けだして、ようやくその姿を留めている。

まるで、情けない私の様子を象徴しているように......。
2006/2/6 (Mon)  準備万端!!

昨夜、仕事から帰って来ると、
先日ジャスコで買った娘の机が届いてあった。
有り難いことに私(私達)の両親は健在で、
娘の小学校入学にあわせて、それぞれの両親が机とランドセルを分担して買ってくれた‘その机’であった。
真新しい机の上に、先日買ってもらった
真新しいピンク(ライトピンクというらしい)
ランドセルを置き、娘は大喜びで私の帰りを
待っていてくれた。

時代が違っても、やはりランドセルは健在である。
色は赤から今はピンクが主流になり、
その重さも我々の物とは違い、ずいぶん軽くなったものの、やはりこのデザインは健在で、また、一つも古さを感じない。(誰がこのデザインを考え出したのであろう)
下の娘は、以前から言い聞かせていた(自分のは小学校に入る時だよね...と)
成果もあり、羨ましいながらも我慢をし、それでも時々、
お姉ちゃんの真新しいランドセルを背負わせてもらい、また、
真新しい机の椅子に(無事)座らせてもらい、これもまた上機嫌である。

4月からいよいよ学校に入り、娘達もこれからますますお金がかかってくる。

『頑張れ!まえすとろ父ちゃん!!』
2006/2/2 (Thu)  うっ......風邪、ひきそうだ...。

寒くなったり、暖かくなったり。
雨が降ったり、お天気だったり。
そして、忙しい.....。
明らかに風邪をひく条件が揃ってしまっている、ここ二、三日の陽気と忙しさ。
どうも体がゾクゾクする...。
とりあえず、コンビニで薬を買ってきて飲んでみたものの...。

この時期、音楽院の受験生のレッスンもあるし。
受験の準備とともに、変な風邪をうつさないか、それも心配である。

今日は、早く帰って寝るとするか。
こんな日は、体の中から温めるといいのだが、どうも娘達はパパがお酒を飲むのを好まないらしい。

先月、先々月とあんなにあった飲み会も、二月は全くないからな〜〜!
2006/2/1 (Wed)  ホッとする....。

『今日から2月』
音楽家はニッパチ(二月、八月)は暇な月といわれているのだが、今年の二月は月初めから本当に忙しい。
そればかりでなく、ここのところ私自身の悩み(ストレス)も多く、胃薬が手放せない日々が続いている。

指揮棒やスコアを持った仕事は、どんな忙しくても全く苦ではないのだが、
それ以外の仕事や、人間関係など、その悩みはつきない。
そんな中、今の私には娘達だけが救いである。

私は仕事で遅くならない限り、必ず娘達と入浴する。
風呂場こそが、(それぞれの)娘と二人だけで話ができる個室であり、
私にとって大切なコミュニケーションの場である。

最近、上の娘とは、「対話」ができるようになった。
私の悩みや心配を(わからないながらも)熱心にきいてくれ、
そしてその締めくくりには必ず笑顔で
「パパ、頑張って!!」

下の娘は、誰に似たんだか....(俺か??)本当にひょうきんで、
いつも私を笑わせて、和ませてくれる。

娘達こそが私にとって何よりの良薬であり、本当にその存在に救われる。
2006/1/28 (Sun)  私が先だ!!

先日、私の弟子から
「先生、今年は風邪をひきませんね(^0^)」と言われ、
少々気分よく、しかし油断していたわけではないのだが、
仕事中から(風邪の前兆のような)お腹の痛み(不快)。
帰ってきてからも、どうも調子悪い......風邪かな....。

ところで、先日、あるオケのメンバーにこんな事を言われた。
「まえすとろ、先生を含め指揮者は皆、マオカラーのジャケットを着ますね」

なるほど、私も好んでマオカラー(立ち襟の)スーツやジャケットを着ている。
カラヤンをはじめ、日本人の多くの指揮者、O沢、Kケン、S渡など、また、Wなべなどの中年タレントも最近はこのマオカラーを着ている。
しかし、カラヤンはともかく、私のマオカラーのこだわりの歴史は
他の方と歴史が違うのだ。

『謎の円盤UFO』
今から36年も前の1970年。
日本テレビで、私にとってセンセーショナルな外国ドラマが放映された。
エド・ビショップ演じるストレーカー司令官を中心に、
S.H.A.D.O(シャドー)と呼ばれる地球防衛組織の面々が謎の侵略者と戦う。
いわゆる現在のSF映画の草分け的なドラマであった。
その登場人物のストレーカー司令官も、フリーマン大佐も、フォスター大佐も、
皆(イギリスドラマのためか)、このマオカラーのスーツを着ていた。
それからである。私がこのコスチュームに憧れたのは。

中学校に入り、いわゆる今の詰襟のあこがれの制服に袖を通したときは、
誰よりも感激であった。
わざとカラーを外し、教師からの注意(当時は不良学生がよくカラーを外していた)も
よそに、そのこだわりを貫き通した。

「オケの皆さん!別に、指揮者だからではないのですよ!
 ある意味もっと幼稚で、私がもっと昔からこだわっていたファッションなのです」
2006/1/27 (Fri)  おい!シャープ!!      NTT DoCoMo!!

今週は、週の初めから(親しい知人の)不幸があり、お通夜、お葬式とお手伝いをさせていただいたり、G大の試験だったりと、何かと落ち着かない日々が続いた。(・・・と、日記が滞った事をお詫びして...)

ところで、以前この日記に携帯電話が調子悪くて(バッテリーがすぐになくなってしまう)と書いたが、新しい機種に変えることは見合わせ(高くて...)相変わらず今の物を騙しだまし使っている。
しかし、日々その消耗の症状は加速し、とうとう携帯を買うことを視野に
入れ、先日ショップを訪れたのだが...。

私が使っている携帯は、“SH900i”
どの携帯より、シャープの物は写真映りがよく(画素数が高いらしい)、
「どうしても、他の機種は...」そう決断して、いざTSUTAYAへ。
(この辺りでは、この機種TSUTAYAが一番安い)
それこそ、清水の舞台から飛び降りるつもりで、最新型の“SH902i”を指さし
それこそ、思い切って......『これ、ください!!』

ところが、店員から返ってきた返事は
「申し訳ありません。この品は生産が追いつかなくて、入荷予定は2月末に」
ほとんどの仕事のやりとりを携帯でしている私にとって、これは非常事態で、
やむを得ず、高いと評判のDoCoMoショップへ。
何と、価格が1万円以上高い!!
それでも、電池切れで仕事が受けられない事を考えると、1万円高くたって..。
必要に迫られ、そして再び、勇気をだし....
『これ、ください!!!』
何と驚くことにTSUTAYAと同じ返事が!?。
それならと思い、それでは今持っている機種の電池パックだけほしいというと、
『入荷待ちでございま〜す』(しかも、笑顔で...)

おい!!こんな事でいいのか!!??!!。
「コピー機を買っても、トナーの在庫がない。」
「ヴァイオリンを買っても、弦の在庫がない」
「パソコンを買っても、ソフトの在庫がない」のと、一緒じゃないか!!
そんなの、あり得ない!!!

『おい!シャープ!!ありもしない商品のCMばかり盛んに流していないで、
 どんどん生産しろ!』
『おい!DoCoMoショップ!!
 当たり前のように、在庫がありませんなどと言うな!』
 (なんだか、今はやりのお笑い芸人のようである)

今日から、ビータ。
先週、甥っ子の友達からいらなくなった同じ機種の電池(これも、すぐ電池がなくなってしまうが)をもらい、その頼りないスペアを持って、
不安な気持ちで、これから泊まりの仕事に出かける。
だれからも、余計な事で電話がかかってくること(電池が減ること)のないことを祈りつつ......。
2006/1/23 (Mon)  運転手さん、ご注意を!!

今日は、早い時間での日記のUPである。

朝、娘達を保育園に送り事務所まで(自転車で)来る。
自慢ではないが、私は教員免許以外、免許というものを持っていない。つまり、移動はもっぱら自転車。
自転車の前後に、二人の子供を乗せる籠をつけた、
いわゆる‘自転車おじさん’である。

今朝、辺り一面に、銀粉をまき散らしたかのように氷の粒が舞う。
いくら埼玉とはいえ、ここは秩父連山から遠く離れた県南、‘秩父おろし’などではないとは思うが..。
あちらこちらの屋根に積もった雪が、今朝の強い風にあおられ空中を散歩しているのだろうか。久しぶりに、都会で神秘的な、美しい光景に遭遇した。

しかし、自転車族の私としては、今日のような日は運転していても一番怖い。
どの道路も、一昨日の大雪(と呼ぶには、北国の人に笑われてしまうが...)の後の雪かきで、路肩に多量の氷となった雪が積もり、つい、道の真ん中、真ん中へと行ってしまう。
私もタクシーをはじめ、車に乗る機会が多くあるが、その車内から見た自転車が怖いのは、充分承知している。
ましてや、今日の様な日の、滑る路面での自転車の走行はなおさらである。

「ドライバーの皆さん!どうぞ、今日は自転車にお気をつけください。 
 路肩が凍っていると、私のような自転車おじさんが、突然、車道に出て
 まいります!!」


(夕方から、知人の不幸があり、夕方より明日まで、お通夜、お葬式の
 お手伝いに出かける)
2006/1/22 (Sun)  日記は難しい......。

「先生、うちのオケのことを、まえすとろは
 書いてくださいませんね。」
「私達の学校は、まえすとろ日記に、いつ
 書いてくださるのですか?」

本当は、仕事(音楽)のことを中心に記そうと思いはじめたこの日記。だが、いつもいいこと(いい音楽ができる)ばかりではない。
時には上手くいかないことや、いい演奏、いい練習ができないことも...。
そうなると、なかなか書き様がない。いい時ばかりだけ書くと、うまくいかなかったオケ(団体)からは、(やっぱり、今日は......)などと。
そんなこともあり、「第九」のように、よっぽど長期間、演奏会のために練習や準備をした団体のことしか、書けなくなっているのが現状である。
今日、リハーサルした団体が決して(出来が)悪かったのではないのだが、
一つ(一団体)書くと....。(こんな、事情です!どうか、わかって!!)

『エッ?今日のリハーサル??もちろん素晴らしかったです!!ハイ!!』

(写真は本文と関係ありません。一昨日の雪で大はしゃぎの娘です)
2006/1/21 (Sat)  あぁ、宝くじ。

食事もすみ、初詣までの時間をホテルの部屋で
一人テレビを見て過ごす。
(関東のテレビでは、必ず大晦日の上野のアメ横が映し出されるが、こちらでは、やっぱり寺社や錦市場か...)
そんな事を思い、年の瀬の一日のニュースを見入っていると...
「ジャンボ宝くじの当選案内...一等、**組1974....」

年末買った宝くじが鞄の中にあることを思い出し、テレビからの声を聞きながら鞄を物色する。(あった、あった...)
「ええと、組は忘れちゃったな....たしか、1967**だったな...」
十と一の位は聞き取れなかったが、うろ覚えに聞いた番号と、連番で買った自分の番号を確認する...。
「俺のは...1967**!....合ってる!!!十の位は?うわ〜ぁ...!!」

その後、どのくらいの時間だったろうか。あちらこちら、チャンネルを回しながら、
何とかその正確な情報を得ようとする私...。
(当時は、携帯電話もパソコンもない時代...情報は、テレビと新聞のみ)

あちらこちら回した後、ようやく、そのチャンネル(番組)に出会う。
「宝くじ、当選番号発表!!」  (おっ!!きたきた。)
「一等、一億円」        (はい!!)
「21組」           (あちゃ、俺は11組...)
「十九万、六千七百...」     (いいよ、いいよ!!)
(9、9、9、9、9だよ!!)
「九十......」    
『やった〜〜!!!!』
組み違いとはいえ、十万円は今も昔も私にとって、とてつもない大金だった。

「もう、こうしちゃいられない...」
そう思い立ち、早速奈良市内の春日大社と東大寺に、そのお礼も兼ねた初詣に、
勇んで出かけた。
途中、たこ焼きを頬張り、焼きトウモロコシをかじり、もう気分は最高潮!
しかし、大仏様も拝んで、ホテルに帰ろうとしたその時であった。
腰が...痛いような、だるいような、始めて経験する何とも言えない苦痛を覚えた。
しばらく何とか我慢をして歩いていたが奈良公園の参道でその苦痛に座りこんでしまう。
痛さに人ごみの中、苦しんでいると、かがみ込む私を覗き込むように、一つの影......(「うわぁ、鹿だ!!」)
多くの人ごみの中、心配してくれるのは、奈良公園の鹿だけ。
一人寂しく、苦痛に耐え、行きの三倍もの時間をかけようやくホテルに戻る。
ベットに倒れこむようにうつ伏せになり、一人考えた...。

「何で、腰が......待てよ、これが腰がぬけたってやつか......」
たった十万円で腰を抜かす自分にあきれかえり、また、それが組み違いであったことに
ある意味感謝し...(1等なんか当たっていたら、どうなっていたかわからない)、その残りの旅行の日々を、優雅に贅沢に過ごした。

気がつくと、お小遣いは半分は残してこようと思っていた財布も、京都の新幹線のホームで気がついたときは、たったの270円。
当選金引き換え日まで、あと2日ある、今のところは只の紙切れである宝くじを
恨めしく眺めながら、寂しく帰京した...。

(写真は、今日1月21日の雪景色)
2006/1/20 (Fri)  あぁ、宝くじ。

既に年も明けた深夜2時過ぎ...奈良のホテルにうつ伏せになり一人苦しむ一人の青年....。
それは、20年前の私の姿であった。

当時はの私は、まだ中学校の熱血教師をしていた。
顧問であった吹奏楽部の練習を30日に終え、その足で、
夕方から正月3日までの奈良旅行に行った。
独身であったため、旅行費用(ホテル、交通費)の他に、10万円という当時は(今の私にとっても大金であるが)破格の小遣いでお財布を膨らませ一人旅を大いに満喫していた。

30日は、到着が夕方だったため京都で途中下車し、駅近辺のお寺めぐりをし、
夜、近鉄奈良駅に到着。大好物の巨大な油揚げの入った関西うどんに舌鼓をうち、
お好み焼きを頬張り、そして奈良市内のホテルへ...。
若い(教師の)まえすとろは、今のように泊まりの仕事も、ホテルでの長期の生活もなく、それだけで、旅に感動。
シングルルームで一人、旅に満喫していた。
翌日は、大和西大寺より徒歩の旅。
西大寺を皮切りに、秋篠寺、法華寺などの西の京を堪能し、大晦日のホテルへ戻る。
そして、幸福と悲劇がおこった。(続く...)
2006/1/18 (Wed)  日本の100人。

相変わらず忙しいのと、ちょっと精神的にまいっており、
日記が滞ってしまった。
気晴らしに、本屋を覗いてみる......実に興味深い本が...。

『週間 日本の100人』

日本に稲作が始まってから現在までの、約3000年。その歴史の中での‘選ばれた100人’に大変興味がわいた。
その創刊号は‘織田信長’。「なるほど..」と思う反面、意外な気もしたが。

100人(今後、続刊予定)をみてみると、「卑弥呼」を筆頭に、武将、天皇、政治家、
改革者、等々...。
人々のため一生をささげた人から、悪名高き人まで...。
最近の人物はというと、湯川秀樹、手塚治虫、力道山、黒澤明、三島由紀夫、
そして、佐藤栄作、田中角栄と続く。
100人の唯一の音楽人は......『美空ひばり』

それに刺激されたわけではないが、隣に置いてあった(これまた創刊号の)
『CDつきマガジン 〜美空ひばり こころの歌〜』も買ってしまった。
(あらら...)

それでも、ちょっとした、気晴らしのひとときであった。
2006/1/13 (Fri)  変わりゆく川口。

私の事務所のある川口は、鋳物の町。
キューポラのある街で有名であるが、もう一つの隠れた名所、サッポロビールの工場があることは一部酒好きの成人の間でも有名であった。
しかし嘆かわしいことに、不況のあおりか何かは知らないが、その工場が昨年閉鎖された。
電車の車窓から見ると感じなかったが、工場がすべて壊され、何もない空き地になってみると、改めてその広大な土地に驚いた。
それから1年半、その跡地に、大規模なアミューズメントタウンがオープンした。
そこには、イトーヨーカ堂をはじめとするショッピング街や、映画館など、大宮の新都心駅周辺にも優るとも劣らない、近代的で大規模な建物が所狭しと軒を連ねている(少々、古い言い方だが...)
その中でも、沢山のシアターを持つ映画館は、近くにそれがなかった市民や近隣住民には好評で、我が家でも、両親をはじめ娘達と三世代にわたって話題になっている。
新しいもの好きの私は、早速、先日の日曜日、
午前中からの仕事を終えた後、夕方、家族でこの映画館へ出かけた。

一昔前の映画館とは違い、なんと全席指定。‘切符もぎ’の少しくたびれた
おばちゃんなどいない。スタッフはすべて若い女性とさわやかな青年達。
また、いつ作ったかわからないような、湿気たポップコーンやせんべいなどはなく、ディズニーランドばりの大盛りのポップコーンとできたてのホットドック。
スクリーン(画像)も綺麗、椅子の座り心地もよく、
昔の映画館に慣れた私には言うことない、満足のシアターであった。

ただ1つだけ残念だったのが、見た映画は....
「リトルチキンの吹き替え版」だったこと....トホホ....。
2006/1/10 (Tue)  お正月気分も......。

ここ数日の成田詣の話題、どうもこればかり書いていると未だに正月休みのように受け取られるが
(先日、そんな誤解されたメールがあった)、既に5日から(当たり前だが)仕事をしている。
G大も5日から学年末試験がはじまっており、私も6日から出勤している。

さて成田詣は、最終日の成田空港の観光で無事終えた。
前回空港に行った時は、あまり飛行機に興味を示さなかった娘達だが、今回は寒い中外に出て、望遠鏡を覗いてはワイワイと大騒ぎだった。
「子供達を連れて、外国でもいってみたいな」とポツンと奥さんが呟いたが、
「娘達が学校に行って世界に興味をもってから(日本と海外を認識してから)」と我が家では決めているので、そう言いながらも、「今後のお楽しみだね...。」と自分で言葉を締めくくった。

独身の頃、「結婚して、女の子を儲けて、不二家で一緒にチョコレートパフェを食べる」のが私の夢であったが、それが叶った今、娘と一緒に「ウィーンのカフェで、美味しいお菓子を食べながらお茶をする」が当面の希望である。

とりあえず我が家では、今年は、石舞台古墳近くの団子屋で(奈良の明日香村。下の娘は、この村の名をいただいた)‘みたらし団子’を食べ、お茶をすることが旅の目標になっている。
2006/1/7 (Sat)  お見逸れいたしました......成田山新勝寺 m(__)m

先日の日記で成田山の人出を‘関東第2位’と記したのだが、先日の新聞で東京明治神宮に次いで“全国第2位”であることを知った。

お寺の多い京都や奈良は、沢山の寺社に人が分散するので、上位ランクに入らない事は
想像できたが、
(それでも、京都八坂神社などは大晦日に
 なると、あの広い四条通が人でいっぱいに
 なる、それはそれは凄い光景であった)
まさか‘商人の町’大阪の住吉大社を押さえての堂々の第2位なんて・・・。
凄い所に行ってきたんだと、改めて実感する。

私がお参りしたのは、1月3日。大晦日や元旦に比べ人出も落ち着いた頃、
しかも午前中だった為に、ピークを知っている人はに言わせればきっと
「まだまだだよ」と言うに違いないが、しかし子供連れで、
「ひとがいっぱいで、つかれた〜っ!おんぶ〜っ!」と言う、
下の娘を負ぶっての成田詣ではさすがにしんどかった。

また、写真では大した人出にしか見えないものの、
境内の中はお参りをする人であふれかえっており、その大混雑から
『お賽銭は、前まで行かず、後ろからなげてくださ〜い!』とか
『お賽銭を投げ終えた方は、どんどん脇へ行ってくださ〜い!』などと
どう考えても「入れるものを入れたら、さっさと帰れ!」としか聞こえない、
意味のわからない場内放送が鳴り響いていた。
年末に、親友のI氏と飲んだときも
「しかし、新勝寺も三箇日で偉くもうけているはずだ!」などと
不謹慎な話をして大笑いしたが、まんざら嘘でもないと思う。

特に今回は願った事も多く、お賽銭(今回は‘お賽札’か...)も奮発してために、
まんまとその術中にはまってしまった・・・などと書くと、御利益もなくなりそうではあるが...。

『頼むよ、成田山!今年はいい年にしてくださいよ!俺も頑張るからさ!』
2006/1/5 (Thu)  娘達には、最低限のマナーを。

13年前、教師を辞めてからというもの私の環境が変わった。
それまでは同僚と居酒屋で気楽に飲んでいたのが、
やれパーティだ、レセプションだ、フルコースだ...と
自分の意思とは違う‘お付き合い’が多くなった。

私は建具職人の息子である。
小さいときからパーティーなどは無縁の、気楽な庶民の子供だった。
しかし、どうしたものか、この指揮者という職業はやたらにこれらのことが多い。
正直、最初はとても戸惑った。そして恥もかいた。
大きなストレスとコンプレックスを、その催し物と他の参加者に持っていた。

どの親も考えることは同じ。
「娘達(子供達)だけにはこの思いをさせたくない。
 最低のマナーを小さいときから身につけさせたい。」

そんな娘達にとって旅行は絶好の教育の場である。
旅行の開放的な気分と何より美味しい食事は、子供達に学習する意欲を与えてくれる。
特に上の娘はオシャマでフォークとナイフの食事は大好きである。
パパにその持ち方から、グラスの持ち方まで、熱心に訊き、
そして、夢中でそれを実行する。

将来、何処へ出ても恥ずかしくない、ストレスのない、楽しくパーティーに参加できるように......。今から学べば大丈夫。「頑張れ!!」

ちなみに、私は最近になってようやく慣れてきて、ストレスがなくなった。
その分、飲みすぎることも多くなったが......。
2006/1/4 (Wed)  遺伝はお金がかかる......。

今日、成田より帰ってきた。
さすが明治神宮に続く関東第2位。人が多かった!!
娘にお正月を感じさせたいのと、妻の厄払い(前厄)、
職場上司、そして私の友人の奥様の健康(回復)祈願と、
お賽銭も大奮発し、気合を入れて投げ込んだものの、
たくさんのことを祈る前に、人ごみに押され脇へ脇へと....

「お賽銭を入れた方から、早く脇に行ってくださ〜〜い!!」
スピーカーからの訳の判らぬ声をよそに、それでも何とか必死で祈り終える。
そんな事はあったものの、今回もとても楽しい正月旅行だった。

今回の旅日記は(いつものように)ダラダラと綴ってもしょうがないと思い、
テーマを決めて記すことにする。


〜遺伝はお金がかかる....〜

私の妻は、他人に比べやや耳が小ぶりである。
そのこととは関係ないとは思うのだが、三半器官が弱くすぐ乗り物酔いをする。
演奏会などで、事務所から川口LILIAに移動する車(乗車時間たった約10分足らず)でも、必ず車酔いをする。
娘達もその影響だろうか?二人とも乗り物にあまり強くない。

私は電車だろうと、バスだろうと小さいときから乗り物に乗るのが大好きで、
乗り物酔いで嘔吐することなど全く無縁である。
しかし、奥さんと娘達は行きのスカイライナーから皆、青い顔。
二人の娘は、旅の始まりから車内で嘔吐する。
せっかく楽しい旅行の始まりなのに、本当に気の毒である。

奥さんに言わすと、電車の種類によって予想できない揺れがあるらしく、
電車ではスカイライナーと新型のロマンスカーがどうもダメらしい。
帰りの電車でも、皆憂鬱な顔...。
しょうがなく、せっかく事前にJTBで買っていた切符をキャンセルし、それよりもはるかに値段の高いJRの‘成田エクスプレス’の切符を再購入...。

お蔭で、パパの財布以外は皆、無事に、笑顔で快適に帰ってきた。
2006/1/2 (Mon) 午前1:30  明日から再び成田。

元旦の今日、昼過ぎからお年始のお呼ばれが我が家での恒例である。
天理教の教会をしている私の叔父の家へおじゃましての、いわゆる正月の酒飲みである。
私はクリスマスにはケーキを食べ祝い(時には教会へ行きにわか信者になることも....)、酉の市や正月は神社へお参り、そして京都、奈良の、お寺巡りは大好きという(不謹慎ながら)典型的な日本人で、天理教もいわゆる正月だけの‘にわか’なのだが、私も含め娘達に宗教的な考えや環境があることは決して悪いことではないと思う。
もし、私がヨーロッパなどの外国に住むことがあったら、きっと娘達を連れて日曜日は教会へ通うだろうし、家の近くにお寺があれば、きっと毎日お参りすると思う。
今日も、娘達と一緒に神殿に向かいお参りを済ませ、そしてご馳走を頂いた。

現在教師をしている従兄弟は、いつも私の為にと、大好物の(沢山の種類の)チーズと、珍しいワインを数本用意していてくれる。
また、娘達もお重に入ったおせち料理と、その他食べきれないほどの沢山の料理でもてなしてくれ、子供達には、日本のお正月を知る本当にいい経験をさせていただいている。
本当に楽しく、貴重な一日であった。

明日(既に今日だが...)から我が家は2泊の予定で、再び成田へ出かける。
夏もそうであったが、何よりも安い金額でホテルに泊まれるのと、
(成田には正月料金などない…それほど安価)
初詣をし、少しでも娘達にお正月行事を感じてほしいのとで、
今回は成田山以外ほとんど目的はなく(…といいながら友人のI氏にしっかりと成田の情報を伺ったが...)、ゆっくりと心と体をリフレッシュしてきたい。

そんな訳で、明日から4日までは、まえすとろ日記は休業いたします。
2006/1/1 (Sun)  謹賀新年

新しい年を迎えた。
大晦日は、お年始の準備とそれ以外の買出しのため、久しぶりに浦和の伊勢丹に娘を連れて出かけた。
いつもは人の多さにウンザリするところであるが、やはり年末だけはこの人ごみも風物詩のようで、大晦日を演出している。
所々ある、おせち料理のや、お菓子売り場のお姉さんが勧めてくれる試食も娘には評判がよく、はじめは人ごみに嫌がっていたが、「年末のデパートもいいものでしょ!?」のパパの言葉に『ウン!』と笑顔でうなずく。

年越しは、人並みに家族でお蕎麦を食べ、G大のK教授が出演したジルベスタコンサートを見ながら新しい時を迎えた。
昨年は、私なりに収穫のあった年であった。仕事(指揮活動)も少しずつではあるが、芽が出てきたようであった。
細木数子の運勢によると、私の2006年は相当いい年のようである。
月並みではあるが、一層努力し、チャンスをつかみたい。

今日は新年らしく、家族と、そして世界の人々が健やかに過ごせることを祈って、寝ることにするか......。

それにしても、以前朝日新聞の年末年始のコラムに書いてあったが、年が明けた深夜、「おじゃる丸」を放送している‘NHK教育テレビ’って......。
2005/12/28 (Wed)  穏やかな年末。

午前中、大学に顔を出してから、その帰りに髪を切り、午後は事務所(音楽院)に戻りレッスン。
受験生がいるので、年内にもう一度くらいレッスンをしなければならないのだが、公的には今日が事務所の仕事納め。
エレベーターホール(事務所の入口)も水仙の花を飾り、ミニ門松とミニ鏡餅を飾りお供えした。

昨年までは29日にこの作業をしていたのだが、今日は何となく時間があったので飾ってみたものの、こんな早い時期でいいのかと疑問に思い、インターネットで確かめる。それによると......

門松は正月の神を招くもの正月に、それぞれ門に立てる松は、年神様が訪れ、
一年の幸福を授けてくれるといわれ、神様が最初に降りてくるのが、
門松とされてきたようである。
松飾りは12月29日までにおこなう古式では、松飾りは12月13日までに行い、最近では12月29日か30日までにすればよいとされており、
大晦日31日に飾るのは、「一夜飾り」といい神を迎えるものを一夜で飾ると誠意に欠けるということから嫌われたとのこと。
  ・・・・・・今日飾っても、まず問題ないと知ってひと安心。

今日はこの後はフリーで、夕方よりこのホームページの陰の管理者のI氏とHPの作業をした後、二人で忘年会。(家族公認)
年末、彼と飲むのは、何となく恒例になっている。
その多くは、昔懐かし(学生時代によく行った)銀座のNというビアホールだが、最近はもっぱら居酒屋か焼き肉。
ここのところ少々ウエイトオーバーなので、今日は魚中心とするか...。

久しぶりに穏やかな、そしてプライベートで過ごす静かな年の暮れであった。
2005/12/22(Thu)〜27(Tue)        まとめて記しました......。

泊まりの仕事が続いたのと、年末公私ともに忙しいのとで、なかなか日記が書けなかったのでここでまとめて記す。(何か夏休みの宿題のようだが...)

12月23日は佐野の「第九」演奏会であった。
前日の22日夕方、佐野に入り最後のマエストロ練習をむかえる。
12月1日の円光寺マエストロ練習から3週間、その後2回の練習を経て、ようやく合唱団の歌声も洗練されてきて、何とかその日を迎えられるようになったものの、さすがに緊張で手に汗握り、そのリハーサルを見守った。
本番前日ということで、軽く摘む程度の練習であったが、マエストロからは
「見違えるようになりましたね!」「大変なご苦労でしたでしょう!!」....と。
本当にホッとした。

翌24日、佐野市文化会館にてコンサート。
ゲネプロでのオケ合わせも順調で、本番までのひととき、ある男性の合唱団員の方が私の所にやってくる。
興奮して、手を差し伸べ、そしてうっすら涙して.....。

「先生!本当に、今日までありがとうございました。
 先生の命をかけた練習に、一回一回、感激し、感動し、また、
 時には歌えない自分が嫌になり、それでも、根気強く指導してくださり、
 本当に、本当に、感謝です。今日は精一杯、そして先生のおっしゃった
 ひと言、ひと言を思い出し、心を込めて歌います。
 どうか、聴いていてください!!」

嬉しかった......。

途中(今回はいつもと違う意味で)悩んで苦しい事も多かったが、
この方の言葉ですべてその苦労も吹き飛んでしまった。
演奏会本番。
もちろん、素晴らしかった!!
なんで、練習の時にこの歌声が出なかったのだろうと思うくらい...。
ステージに何度も呼び出され、花束を受け取り、
マエストロと合唱団の方々の笑顔を見て、本当に幸せな時間を過ごした。

これまで、沢山の方にお世話になった。
素晴らしいボイストレーニングをしていただいた越智先生や、伴奏者の荒居先生、
そして、合唱団のスタッフの方々、特に合唱団員の中心的な存在である関谷先生には本当にお世話になった。.....感謝、感謝である。
演奏会場には、埼玉、東京、そして神奈川からもこのホームページで紹介していたためか、沢山の(私の)お客様がいらしてくれた。
特に埼玉の小学校の同級生であるAさんは(小学生の息子さんを連れて)
ご家族でお見えになっていただき、予想していなかっただけに本当に嬉しかった。


翌12月24日は、お隣栃木市でG大のオーケストラと合流し、
「とちの木音楽祭」のお手伝いをしてきた。
今年から始まった音楽祭で、第1回ということと、地元から沢山の援助があったからとはいうものの、
序曲「ローマの謝肉祭」/くるみ割人形組曲/ツィゴイネルワイゼン/「運命」(1楽章)/「田園」(1楽章)/「モルダウ」
...芸大のオーケストラ、小林マエストロの指揮、そして酒井の司会(曲目解説などのおしゃべり)←これは余計か...。
こんな豪華な出演者の演奏会の入場料が何と500円!!
演奏も音楽会の雰囲気も最高で、会場はスタンディングオベーション、
佐野と栃木、二日続きで、本当に幸せな時間、クリスマスを過ごした。

演奏会後のレセプションが終了すると、足早にスペーシア(東武特急)に乗り込み、途中で大奮発の7号の一番大きなクリスマスケーキを買い、大急ぎで娘達の待つ我が家へ向かったのは言うまでもない。
2005/12/21 (Wed)  名演!感動!!

昨日は、映像を中心に沢山の名演(指揮者・オーケストラ)にふれることができた。大学を通じて知り合ったY氏が大変なクラシック通で、その大変貴重な映像や、録音を、奥様の美味しい手料理とともに振る舞ってくれた。
正直、見た(聴いた)量の多さに加え、一つひとつの演奏がすべてインパクトがあり、全身全霊で聴いていたため本当に疲れたが、価値のある貴重なひとときで、観賞中も何度も鳥肌がたった。

(魅力あるY氏の事も詳しく記したいのであるが、それはまたの機会に)

「どう、音楽をするか、どういう指揮者になるか」悩み、模索していただけに、いいきっかけの大切な日となった。

明日は、佐野市「第九」の最終(マエストロ)練習。明後日はいよいよ本番。
明日より、2泊の予定で栃木へ行ってくる。
2005/12/19 (Mon)  ロニー金管五重奏団演奏会

今日は川口LILIAで‘ロニー金管五重奏団’のクリスマスコンサートがあった。
メンバーにG大のI教授がいること、またトランペットの友人のK氏、そして作曲家の友人のT氏が演奏会に作品を書いていることもあって、今日は語り入りの曲‘クリスマス物語’の照明のCue(キュー)出しのお手伝いをしてきた。

普段見慣れているスコアを見てのCue出しであったが、やはり慣れないことなので、結構緊張した。
それはともかく、クリスマスコンサートというラフな内容の演奏会ではあったが、そのアンサンブルは本当に素晴らしかった。
こういう書き方はあまりしたくないが、全てのメンバーがオーケストラ、金管アンサンブル、バロック音楽経験、ブラス、オペラ経験...等、様々な方面の経験があるため、音楽や音色にいろいろな引き出しを持っており、そのアンサンブルの音色は大変美しく、普段、ブラスの指導などで聴くブラスしか知らない奏者の五重奏とは違い、実にそのサウンドが心地よかった。
また、T氏の作品やアレンジ(編曲)もその演奏を素晴らしいものにしていた。

彼は本当に才能があると思う。
正直、今まで出会ったたくさんの日本人の作曲家に才能のようなものを感じたことがなかったが、彼の中から瞬く間に生まれてくるアレンジは本当に美しく、彼のオリジナルの作品にも豊かな音楽性を感じる。
本人は「こんなのは作曲家としては当たり前ですよ」と言うが、私にとってはとても偉大に感じる。
昨年の私の誕生日には、そのときオケが練習していたベートーヴェンの「運命」の終楽章の途中から、Happy Birthday to You につなげるアレンジで私の誕生日を祝ってくれた。
そんな粋なことをしてくれる、本当に素敵な作曲家である。

とにかく今日は、手伝いに行ったつもりが後半(のプログラム)は、招待してもらった奥さんや娘達とともに、客席でコンサートを満喫した。

(写真は照明のCue出しに使ったスコアとプログラム)
2005/12/18 (Sun)  BBSが新しくなった。

日付もかわり、今日午前1時、1つのメールに気がつく。

「(商業目的の書き込みで迷惑し)懸案のBBSですが、
ためしにこんなのを作りました。まだ、UPはしていませんが、
見本はここです。http://〜〜......」

私の親友であり、このHPの管理者であるI氏からのものであった。
それから、携帯のメールで彼が起きていることを確認し、約1時間半、あーだこーだとBBS作り(私は要望だけで、作るのは彼だが)深夜にもかかわらず、ひとつひとつの要望に丁寧に応じてくれ、そして出来た掲示板のページ。
本当に満足している。

I氏は親友であるとともに私の数少ない(本音で話せる)飲み友達。
先日まで、彼を含め3人いた貴重な信頼できる飲む相手であったが、そのうちの一人の大学の同僚は体を悪くしてからというものの、一滴のお酒も飲まなくなってしまい、私のなかでI氏の存在は益々貴重になっている。

底冷えのする夜中の3時前......
(もちろん)次回の飲む約束をして、電話を切った。
2005/12/17 (Sat)   

「昔はこの時期、もっと寒かったのにな〜」
地球温暖化のためか、必ずこの時期に聞かれる言葉であったが、今年に関しては該当しない、仕事帰りには本当に応える寒さであった。
そんな中、蕨神社での酉の市に家族と一緒に出かけた。

長年の不景気で人出も少なく、露天商の親父さんからはいい話は聞けなかったものの、わた菓子を買い、くじを引き、射的を楽しみ、もつ煮込みを食べ、祭り好きの私と家族は十分楽しめた。

来年は家族元気で、また仕事もいい年になりますように、お賽銭をいつも以上に奮発したかわりに、しかしそれ以上に願いをかけ、皆で静かに手を合わせた。
今年も、一日いちにち終わりに近づいてきた。
2005/12/16 (Fri)  「第九」練習終了

2週前のマエストロ練習の後、2回の私の(合唱指揮の立場での)練習のチャンス......。
いつも以上で、その練習へのプレッシャーを感じていた。
マエストロ練習以後の私の仕事は、自分の音楽をすることではなく、また、自分の判断でいい音やバランスを作ることではなく‘マエストロの要求をいかに合唱団に再現させるか’これが私の使命であった。
ある意味、自分で本番をするより神経の使う2週間であった。

最近特に感じているが「どんな音楽がいい音楽か?」
本当に難しい......。
少なくても、今の私には「私が全て!」などと自信を持った発言はできない。
「常に多くの音楽家と聴衆から影響を受け、そしてゆっくりと自分の目指す音楽を探していこう。」
今は、こう思っている。

それにしても、佐野の合唱団の方々は素晴らしかった。
どんな音楽や指揮者にもきちんと対応し、順応していく力を持っていた。
また、毎回私の体調や喉の調子(ここ最近、いつも声がかれていた)を気遣ってくれ、
のど飴やチョコレート、ワインや佐野ラーメンなどを毎回持たせてくれ、毎週指導にやって来るこの二流のまえすとろを歓迎してくれた。

私に出来ることといったら、人一倍汗をかくことと、合唱団の皆さんと過ごす練習を精一杯頑張ることと、命を懸けて音楽をすることだけだったが...。

昨夜、私に与えられた練習(時間)が団員の方々の大きな拍手のなか全て終わり、
その緊張から解け、帰りは、本当に穏やかな気持ちで帰路についた。
結果はどうであろうと今回の仕事も精一杯、大切にできた事は確かであった。

気がつくと季節は秋から冬になっており、
クリスマスを間近に控えた佐野駅のロータリーの木々の灯りが本当に美しかった。
2005/12/14 (Wed)  ふ〜っ!忙しい、忙しい!!

毎日、忙しくなってきて、いよいよ‘師走’の雰囲気がでてきた。

今日も定例の合唱団の練習の後、3時間ほど籠もり(勉強し)、その後は演奏会関係の書類作成で
パソコンと睨めっこ。
挙げ句の果て大至急の仕事が入り、レッスン(ソルフェージュ)も代講してもらい、今、何とか終わり事なきを得た。
今週、来週と本当に忙しい。まあ、師走だから......。

最近、携帯電話の調子が悪い。
一度、泊まりの仕事でバッテリーをカラにして以来、どうも電池の減りが早く、今日も大して使っていないのに、既に電池のレベルが最低を示している。
移動も多く、今や仕事上、私にとって必需品になってしまったのでホトホト困っている。
(今は鞄の中に、電池用と電源用の充電器を必ず持ち歩くようにしているが)

最近になって、せっかく慣れてきたところで、しかも(惚気るわけでないが)
奥さんと色違いのお揃いなので、買い換える時は、また2つ同時。
お金も倍かかるし、どうしよう......。
(「同じ機種の方が使い方を訊けるから」という、奥さん側の理由
  ....いや、これ本当!)

パソコンといい、携帯といい、どうも機械はハズレばかりだ!!
2005/12/10 (Sat)  ガッカリ...。

今日は朝から事務所(音楽院)でレッスンをし、午後は(奇特なことに)大学の来年度の演奏会に向けての仕事をしている。大学では‘非常勤’の立場なのだが、
こうして毎日のように自宅で大学の仕事をしている私は
「エライ!!」とつくづく思う。
今日は、夜の仕事はなく、これから2時間ほどいつもの喫茶店で勉強してから自宅に帰ることにする。

先日、大学の構内の紅葉の美しさを記したが、ホームページのBBSにも、上野公園の美しさを知らせてくれ、また、紅葉の美しさに共鳴してくれる書き込みもあり本当に嬉しかった。
「いい環境だな〜」とつくづく思った。
しかし、その上野公園の美しい景観が多少様変わりしている事実もある。
あの美しい‘忍ばずの池’も、アンバランスな景色に...(右上写真)
弁天堂と高層ビル(ホテル)...

そういえば以前、「亀有公園前派出所」というアニメの映画版で、主人公の両さんが、忍ばずの池のこの場所で、この高層建物に見たてた架空のビルに石を投げつける場面があった。
景観を破壊する建物と人たちへの、作者からの警告と怒りなのだろうか。

何だか、ここのところ日本人の感性はイカレている。
本当に情けない......。
2005/12/8 (Thu)  1枚の写真

♪垣根の、垣根の、曲がり角、
 たき火だ、たき火だ、落ち葉たき〜

この時期、合唱団で声出しの時に必ずこの唄を歌う。
簡単な童謡だが、美しく、そしてユーモラスに歌うのはとても難しい。

♪垣根の、垣根の〜
「2回同じ言葉を繰り返すのだから、2回目はもっと興味を持たせて!」
♪たき火だ、たき火だ〜
「もっと、感激して!!」
♪あたろうか、あたろうよ〜
「登場人物は、二人ですよ」「年齢、性別、自分流でいいから設定して」

♪さざんか、さざんか、咲いた道
「このさざんかは、白にしましょう!」
♪たき火だ、たき火だ〜
「これは、赤!白と赤のコントラストをつけて!!」
などと、たかが声だしの曲、童謡に、いろいろと注文が飛ぶ。

私自身、このまえすとろ日記のおかげで、これに掲載するたった1枚の写真を撮るため、景色のあちらこちらに目がいくようになり、
さざんかも、白と赤があることを知り、咲く時期も、白が微妙に早い事も知った。
これも思わぬ、日記の効果だろうか......。

今日は、朝9時から事務所で大学の仕事。
夕方、「第九」の練習に出かける。

(写真は事務所の近所のスーパーマーケットの入り口に咲く、白のさざんか)
2005/12/6 (Tue)  黄金色の絨毯。

12月の冬の訪れとともに、大学の今年の講義も徐々に終わりを向かえ学生の数も減り、学内が静かになってきた。
以前にも書いたが、G大は木々や植物が多く本当に美しい。
今朝も音楽学部の正門をくぐると、銀杏の葉も見事に色づき、また、その葉を落とした黄金色の絨毯がそこにあった。
京都で見た蓮花寺や東福寺の紅葉ほどではないものの、関東で見る紅葉としては本当に美しく気がつくと携帯のカメラのシャッターをきっていた。
カメラが悪いのか、撮影者の腕の問題か、残念なことに写真はいまひとつであるが、実物はもっと美しく、その色彩鮮やかな景色にしばらく足を止め感慨にふけってしまった。

先日、ある友人が、
「酒井はいつも通っているので慣れてしまっていると思うが、たまに来た私達は、(上野の)公園口を降りて、文化会館と西洋美術館の脇を通り、上野の森の自然の中、旧奏楽堂をぬけてG大へ......。駅に降りた瞬間から、文化的で、音楽をする環境で...本当に羨ましい。」
そう言っていたが、なるほど、こうして改めて見るとその通りで、落ちたばかりの銀杏の実は少々匂うが、ビルやオフィス街の中にある大学に比べ、素晴らしい環境なのかもしれない。

私が、感慨にふけっているその向こう側で、一心不乱に落ち葉を掃く大学の用務員さんには、思わず頭が下がった。
2005/12/3 (Sat)  どんな指揮者を目指すのか.....。

いつも同じ壁にぶち当たるが、どんな演奏がいい演奏なのか、どんな演奏を目指すのか最近特に悩んでいる。

観客が熱狂し感激する演奏(指揮も含め)は時として、オケの美しい音を壊してしまうこともある。
しかし、それを凌駕する何かがあるのだ。
その反面本当に美しい音、美しい響きに出会うと、それはそれで大いに感動する。

感動と感激、美しさとエネルギー、カラヤンとバーンスタイン、
それらが両方極めた演奏がいいに決まっているが、そういう演奏に、未だ私は出会ったことがない。
これまで沢山の指揮者を見てきて、今、自分がこれからどうあるべきか、どういう音楽、どういう指揮をしたらいいのか、大いに悩んでいる。

11月25日のG大の演奏会での小林マエストロ、
12月1日の「第九」練習での円光寺マエストロ、
タイプは全く別だが、どちらも本当に素晴らしい指揮者だっただけに......。
2005/12/1 (Thu)  今日から師走。

一年とは早いもので、今日から師走。
文字通り、いつもこの時期は大変忙しいのだが、今日その第1日目としては比較的穏やかに過ごしている。

朝娘達を保育園に送り出し、事務所へ向かう。
途中いつもの花屋で、白いシクラメンを買ってきた。
♪真綿色したシクラメンほど〜〜 
唄の文句のような意味合いは全くないのだが、赤いシクラメンは、どの色より花が枯れた時にみすぼらしくあまり好きではない。
どの花々よりも清潔そうに感じたので、今日は白のシクラメンを選んだ。

事務所に着き掃除をし、花に水をやり、
それから3時間ほどパソコンに向かい大学の仕事する。
現在2時半。
これから少し遅いランチをとりながら、2時間ほど勉強し、栃木に向かう。
今日は、円光寺先生をお迎えした、マエストロ練習。
授業参観の父親の様な心境で、今日は合唱団を見守る。
別な意味で緊張し、これから「第九」の練習に行ってくる。

今日の帰宅は昨日同様、23時過ぎ......。