戻る - 参加 

まえすとろ日記へようこそ!

2006/12/1 (Fri)  師走

今日は大学の、学生オーケストラの定期のため
朝から出かける。
師走の名の通り(私も大学では一応教員なので)
走ろたくなるほど、忙しい時間が過ぎている。
2時過ぎ、同僚に声をかけられ、今日は学内の
保健センターでインフルエンザ接種するのを思い出した。
独身の時は、予防注射など打ったことはなかったが
やはり、結婚して子供ができると「子供のために
接種しよう」などという気が起こるから不思議だ。
一般の病院とは違い格安の接種に(珍しく)大学で勤務していることに、感謝する。
(ただし夜の演奏会の手伝いで、超勤手当ても特にないので、結局、損なのか
 得なのか、わからないが......)

K教授指揮の演奏会、会場は超満員であった!!
2006/11/30 (Thu)  本格的に、冬到来!!

11月も最後の日、今日も栃木に向かう。
発車を待つ、両毛線のドアは今日も硬く閉まっている。
佐野駅に降り立つ。口元からでる息が、今年初めて
白くなる。「ようやく、この季節になったか......」
私の合唱指導も、今日を終えると次回のあと1回。
いつもながら、緊張と不安が高まる。
世間は、クリスマスの装い。いよいよ明日から12月。
2006/11/29 (Wed)  素敵!ヤン・ミギョン

肉体的にも、精神的にもタフな日が続く。
そんな中、奥さんの職場の友人から、韓国土産で
(ミーハーな)私の大好きな、
NHK「チャングムの誓い(大長今)」の
ハン尚宮役であるヤン・ミギョンのカレンダーを
いただいた。
役柄同様、ヤン・ミギョンさんご自身も、落ち着いた
雰囲気の、知的な、そして仕事に情熱を持った方の
ようで、その素敵な容姿から彼女の人間性がにじみ出ている。

今週に入って、本当にタフな日が続くだけに、今日、早速事務所の机に写真を
(カレンダーを)置き、ハン尚宮の笑顔を見ながら、女優ヤン・ミギョンの
仕事の姿勢に学び、根気強く新たな気持ちで仕事をした。
2006/11/27 (Mon)  忙しい......

先週は忙しく、なかなか日記が更新できなかった。
今週は.....そう思い、今日は深夜、パソコンに
向かっている。
今日は、昼間は集中して溜まっていた譜読みに着手する。
場所を変え、気分を変え、勉強すること5時間......。
夕方から、大学に出かける。12月1日の演奏会の
K教授の臨時のリハーサルである。
やはり、偉大なマエストロのリハーサルは勉強になる。
それで、また刺激されたわけではないのだが、夜10時過ぎに蕨に戻り、
再び遅い夕食を食べながら、譜面とにらめっこの2時間......。

明後日は宅急便で新しい(仕事の)スコアが届くらしい......。
子供が小さく、家でゆっくり勉強ができないので、しばらく勉強場所は、
事務所か喫茶店か、駅の近くのマクドナルドとモスバーガー。
店内は、もうクリスマス気分。
しかし、また外食ばかりしていると......ダイエットの効果は程遠い。
2006/11/26 (Sun)  忙しい合間。

連日、大学とリハーサルに追われる、
忙しい日々が続いている。
昨日より泊まりの仕事で、昼に帰宅する。

そんな中、今日も再び仕事の夜までの時間、
娘を連れ出し、お得意の
「新幹線の旅第3弾!!」
今日は、小山駅。
たった17分の乗車時間だが、娘たちに
とって、新幹線とは特別な乗り物のようだ。

私の移動(仕事)が特に東北が多いだけに
「パパはいつもこの新幹線に乗っているの?」
そう尋ねるところをみると、そんな興味もある
らしい。
(まさか、グリーンで移動しているなんて、
 間違っても言えない。それでなくとも高い
 JRの料金......)
しかし、仕事でも利用しない小山までの新幹線。
さすがに、早い!!
大宮でお茶とジュースを買い、ひと時の旅気分。
小山駅で降り、小山のMr.ドーナツでおやつを食べる。
「パパ、ドーナツもおうちより美味しいね〜っ」(それは、旅気分がそうさせるのだよ)
そう思いながらも、娘のほころぶ顔に、私もそう感じるから不思議である。
駅にあった、ディズニーランドへの旅の立体ポスターと記念写真をとり、
帰りは各駅電車で、帰宅する。
今週は、佐野での仕事がなく(私は佐野に行くとき小山からの両毛線を利用している)
せっかくここに来なくてすんだのに.....。何とも.......。
2006/11/23 (Thu)  節操がない......。

今日は『勤労感謝の日』
別に、誰からも感謝されることなく、夜のリハーサル
(仕事)を控え、昼間は時間のある限り家族と過ごす。

今日は、お昼は親戚が信仰(教会)をしている天理教の
お祭り。たくさんの模擬店が出ると聞き、家族全員で、
出かける。
まず、娘たちと神殿にお参りをし、チケットを頂き、
美味しい、そして、楽しい模擬店に繰り出す。
ひとしきり楽しみ、昼過ぎに今度は、今年6月に亡くなった大学の教授の
お墓参りに行く。私自身は何度かここを訪れたが、一度家族皆でお参りしたいと
思っていたので、何か、皆を連れてくることでホッとした気持ちになった。
娘も(特に先生が亡くなった時には)自宅でもそのお名前を耳にしているだけに、
父の気持ちを知ってか、静かにお参りをし、お花をお供えしていた。
お参りを済まし、今度は、近くの巣鴨とげぬき地蔵へ。
さすが、お年寄りの原宿。その賑わいは半端ではない。
途中、ぶっかき煎餅をかじり、玉こんにゃくを頬張り、そして、境内での
香ばしい匂いを横目に、お参りをすませ、そして、お楽しみの焼き団子を食す。

以前、この日記にも書いたが、私は宗教心(あえて、こんな言葉を使うのも
変であるが....生きる上であたりまえの気持ちである)は大切だと思う。
たしか、そのときの日記にも、「外国に住んでいたらきっと日曜礼拝に通わす
であろう」と書いたと思うが......
こんな時代、毎日いやな事件が多いだけに、今の日本、宗教心、道徳心の教育を
学校と家庭、そして、地域でおこなうべきだと痛感する。
「花より団子」ならぬ「祈りより団子」の一日だったが、それでも今日は大切な
一日であった。

しかし、こんな日に何故、夜のリハーサルが「モツレク」(モーツァルトのレクイエム)
なのか....。

全く、私には、節操というものがない。
2006/11/22 (Wed)  言葉の暴力

朝、8時前、上の娘を友達が迎えに来る。
誰に似たのか(私か?)少々グズの娘が、
ランドセルを背負い、靴を履いている間、
外で待つ子供達の会話を聞く。
............言葉が、恐ろしい。
あるとき、私に乱暴に話しかけてきた子供に
「君は、乱暴だな!おじさんは、そんな乱暴な
 人とはお話をしないよ!!失礼だよ!!」
そう、叱ったことがある。
子供は、すぐに顔色をかえ、また、言い方を変え
そして話しかけてくる。柔軟で、敏感で、そして素直な子供たちにほっとする。

今日、(上の)娘が妹に「キモイ(気持ち悪い)」という言葉を発したのを、
奥さんから聞いた。その言葉を発した過程(原因)はあるにしても恐ろしかった。
仕事から帰宅後、すぐに娘を呼びつける。
「今日、君が妹に向かって言った言葉を覚えているかっ!!?」
普段は優しい優しい父の、その変わりように戸惑いながら、娘の顔つきが変わる。
彼女の口からその言葉を発したことを聞き、それを確認して真顔でまくし立てる。
「人を叩いたりして、痛い思いをさせることはとても悪いことだよ。
 でも、それ以上に、乱暴な言葉は人を傷つけるんだよ!!
 君がその言葉を人から言われたらどう思うのっ!!!!」
父親のあまりの剣幕に、ただただ一言、
「言われたら、本当にいやだ......」そう言うのが彼女の精一杯であった。

「人を叩いて、傷ができるかもしれない。血が出るかもしれない。でも、その
 傷は、やがて治るよ。でも、君が乱暴なことを言った、その心に受けた傷は
 一生治らないんだよ!わかる!?君はどんなに乱暴な事を妹にしたか...」

今まで私にこんな大きな声で叱られたことのなかった娘は、本当に驚愕した様子。
そして、大声を上げながら泣いて、そして「ごめんなさいっ!」と訴えた。

正直、小学一年生に私が言ったすべての事が理解できたとは思えない。
しかし、「父は“言葉の暴力”に、こんなに怒るのか...」
そう彼女の心に刻むことができ「今回は、よかったかな」今はそう思う。
私の胸の中でさんざん泣かせてあげ、抱きしめ、そして優しく、そっと彼女の
耳元でささやく......。「やさしい子になってね」
しゃくりあげながらも、娘は「うん、うん」と何度もうなずく。
せっかくの、休み前の夜。宿題も、いつもの自由勉強も、父が帰る前に自主的に
みな終わらせていた娘には、本当に気の毒であった。
しかし、彼女にとってとても貴重で、いい経験になった。


一方の下の娘は、その会話に耳を傾けながら、新聞の折込広告の美味しそうな
クリスマスケーキの写真を、熱心に色鉛筆で紙に書きながら、それでも耳を
そばだて、その様子の一部始終をしっかり聞いていた。
姉の失敗の経験を妹はうまく回避し、一つずつ学習していく彼女の要領のよさに、
過去の自分の姿を見ているようで(私は次男である)、少々心苦しかった。
2006/11/20 (Mon)  オフ

本当に久しぶりのオフ......。
何日ぶりかのオフかは忘れてしまったが、
今日は(不謹慎にも)子供を送り出した後、
普段の寝不足を解消するために‘二度寝’を
してしまった。
10時過ぎに再び起きだし、遅い朝食をすませ、
ゆっくりとスコアを読む至福の時間......。
(あぁー、いいな〜っ、こんな時間....)

今日は(本当に珍しく)大学からの電話もなく、
(まあ、これが本来の姿なのだが...)プライベートを満喫!
2時頃、昨日誤って足の爪を剥がしてしまった上の娘を早めに迎えに行き、
ランドセルだけを置いて、娘と近くのスーパーへ彼女たちの靴を買いに行く。

この時間のスーパー、父親と思われる姿は私だけ...。
何やら恥ずかしいやら、また(この時間オフなん)嬉しいやら......。
夕方、娘の宿題と勉強を見てやり(おっ!?普通の父親らしい!!)、
今度は、下の娘をお迎えに保育園に行ってくるか!

スコアを読んだこと以外、全く普通の親父の一日だった。
2006/11/19 (Sun)  お茶会

寒い、寒い雨の日曜日。
車を乗っていない(免許のない)私は、
こんな日は、仕事に行くのも本当に辛い。
リハーサル後、着替えはしたが、大汗を
掻いた後なので、体中が冷え切って帰宅をした。
娘たちも雨の日曜日なので、一日中自宅で
過ごした様子。
奥さんが退屈しのぎで子供たちと一緒にクーキーを焼き
私の両親も交え、帰宅後は家族みんなで、大騒ぎのお茶会となった。

思い思いの飲み物をカップに入れ、甘いお菓子をつまみ、1時間ほどの時間、
おしゃべりをしながらのひととき......、父も私も、多少、女性陣の賑やかさに
圧倒されながらも、また、明日に乗る体重計は多少心配なものの、
それでも、心身ともに温かい時間を過ごした。

コーヒーをすすりながら、何気なく奥さんが呟く。
「私は、外で働くよりも家で働きたいな......」

(掃除も料理も、本人いわく、得意な彼女にとっては、本音の素直な気持で
 あろう...)

心の中で、私が呟く......「すまん、旦那に甲斐性がなくて...」
2006/11/18 (Sat)  交通公園

以前この日記にも書いたが、蕨には公園が多い。
今日は、オケのリハーサルが夕方からだったので、
昼間、娘たちを連れ近くの交通公園に行ってきた。
この公園は、私が子供のころからあり、今園内に
ミニチュアの道路、信号、標識等があり、自転車を
中心とした思い思いの乗り物で、交通ルールを
学びながら、自転車などの練習もするという、
また公園内では、多くの自転車をはじめ、幼児用の
補助輪のある自転車や、足こぎ自動車。一輪車など、
無料で貸し出し、既に35年前からある、また画期的な
公園である。


時は経っても、今日も多くの子供たちで賑わっており、活気があった。
ただ、一つ違うことといえば、子供達に(親に)モラルがなくなったことである。
私も子供のころは、決してこの公園での自転車の乗り方は褒められたものでは
なかった。乗っているものが車なら、スピード違反等で何枚も赤切符を切られて
いたかもしれない。
しかし、どんなに早く乱暴に走っていても、赤信号では止まり、また、標識に
従って、減速するところでは減速し、また、それをしない者がいると、必ず、
大人から叱られたたものであった。
帰り道のまた別な公園に、こんな標語があった。

「叱るときは、うちの子も、他人も、同じ」
2006/11/17 (Fri)  迷惑メール

最近、何と迷惑メールが多いのであろうか...。
「パソコンを開いて、メールをチェックして、まず、
 迷惑メールを消去する」
これが、日課になってしまった。
その数は、一日100件を超えてしまった。

アドレスをホームページなどで公開しているから
仕方ないとはいえ、本当に迷惑な話である。
先日も、知り合いの外国人からきたメールや、
友人のメールをいくつか中身も読まず、間違って消去してしまった。

便利になったかと思うと、逆に不便になる。何とも、矛盾した時代である。
2006/11/16 (Thu)  寒い日だった。

先日の日曜日に続き、本当に寒い日であった。
夜の仕事が栃木であったせいもあったが、その栃木も
利用する小山→高崎を結ぶ両毛線の電車の扉が、
停車時の‘車内保温’のため、今週から手動になった。

私がこの扉に出会ったのは、15年前、JR八高線。
初めての時は、さすがに面食らった。
他の扉の乗客が、駅に降車しているのに、私の前の扉だけ
開かない。(開けかたを知らなかっただけなのだが.....)
しばらく途方にくれていると、乗車する乗客が外から開けて
ようやく降りられた。
そのときの、乗客の不思議そうな顔は今でも忘れられない。

その後、この扉に慣れたとはいえ、やはり乗り降りの瞬間は緊張する。
何度か、降車の時に自分で開けたドアを閉め忘れて、中の乗客からヒンシュクの
視線で見られたこともしばしばあった。

扉は他人が(車掌さん)が閉めてくれるものの概念から「自分のことは自分で..」
でもこれは、今の我々の世の中に一番必要なマナーなのかもしれない。
2006/11/15 (Wed)  復活!!

ようやくパソコンが復活した!!
ほぼ初心者同様の知識の私が、義弟に電話で
やり方を教わり、」パソコンを元の状態に戻し、
ウイルスセキュリティーをインストールし、
いくちもあるメールを設定し(私は個人、大学、仕事
事務所を含め、10のアドレスを持っている)
ホームページの設定、およびお気に入りの設定など....
少なく見積もっても、人の三倍は時間をかけて、ようやく
今、パソコンが復活した。

本当に、しんどかった。
極度のストレスと疲労で眠い目をこすり、とりあえず、
まえすとろ日記だけは記入して寝ることにする。
明日は、この溜まった数え切れないほどのメールの返信からはじめることにする。
しばらく、パソコンの故障の後遺症に悩まされる日々が続く......。

(新品のPCが欲しい......)
2006/11/9 (Thu)  佐野ラーメン

夕方、時間に余裕があり、普段より1本前の
両毛線(小山発→佐野→高崎行)に乗ることができた。
7時10分の(迎えの)約束の時間まで、駅前の
ラーメン屋に入り、佐野ラーメンを食す。
地元の人に言わすと「‘佐野ラーメン’といっても、
博多や、喜多方、札幌のように、味に特色があるわけ
ではなく、店によってまったく違い、たまたまラーメン屋が
市内に多いのが佐野のラーメン」

今日は、そのもっともスタンダードなしょうゆ味のラーメンを食してみた。

私は、行列に並んでまでラーメンを食べるほどの、ラーメン通ではないが、
(正直、あまり好んでラーメンは食べない)
それでも、今年初めて食した佐野の手打ちのしょうゆラーメンは美味しく、
練習前のいいひとときであった。
(ラーメン好きの奥さんがこの日記を見たら、たいそう羨むであろう)
2006/11/8 (Wed)  ぷらっとワラビ

最近どこの町にもあるが、私の住んでいる蕨市に
‘ぷらっとワラビ’という、市内巡回バスがある。
蕨駅から、3ルートのバスがあり、どれだけ乗っても
100円で廻れる。
面積が小さい、また、一方通行の狭い道路の多い蕨市を
走るため、そのバスもやや小ぶりながら、それでも
フォルクスワーゲン(Volkswagen)社の車両で、デザインも
また、乗り心地もよい。
今日は、久しぶりに自宅近くまで、このバスに乗ってきた。
途中、このバスに子供たちが手を振る姿も見られ、市民から愛される乗り物に
なりつつある‘ぷらっとワラビ’とともに、この街がいっそう好きになった。
2006/11/7 (Tue)  職人気質 2

(......昨日の続き)

そんな父だから、自宅の障子張りひとつとっても
仕事が丁寧である。
母に「そんな几帳面にやらなくても....」
そう言われながらも、それでも根気よく仕事をする。
私はこんな父が大好きである。

私がまだ(7年前に亡くなった)指揮の先生にレッスンに通っていた時のこと....
そこに通う他の弟子たちは、みんな良家の出、親が大学の教授であるとか、
大企業の重役であるとか、先生も事あるごとに「‘血(家柄)’は大事だ!」
そう言っていた。
その中で、私ひとり庶民の子、建具屋の息子である。
周りの兄弟弟子の家柄に圧倒され、またコンプレックスを感じていたその時、
「おまえは、職人の息子か。そうか、いい血筋だ。音楽家にとって大事だ!」
意外にも、そんな言葉が先生の口から飛び出た。
その当時は気休めにしか聞こえていなかったその言葉も、今では「なるほど」と
思うようになってきた。

残念ながら、学校の勉強では当てはまらなかったが、こと‘音楽’に関しては、
こつこつと、辛抱強く、ひとつの曲を研究し仕上げるタイプである。
特にアマチュアの指導では「先生は本当に丁寧に、しかも根気よく指導しますね」
そう、多くの人から言われる。
好きだから.....それもあるが、これが先生の言った「父親からの血」であろうか。

障子張りひとつでも、根気強く丁寧に仕事をする父親を姿を見て、
そう嬉しく、誇りに思った。
2006/11/6 (Mon)  職人気質

我が家では、年末の大掃除の習慣がない。
母に言わせると「掃除なんてものは、日頃からきちんと
やっておけばいい。それでなくても忙しい年末なんかに
慌ててする必要はない」との持論によるものだ。
なるほど、言われてみればそうである。
しかし、そういいながらも、カレンダーの残り枚数が
心細くなるこの(11月)時期になると、なんだかんだ
言いながらも、少しずつ年末に向けての準備に入っていく。
今日も、朝から父と一緒に、障子の張替えに余念がない。

私の父は、今は退職してしまったが、建具屋の職人である。
息子が言うのもなんだが、腕のいい職人だと思う。
私の自宅の建具のすべては、父が作ったものである。
家を新築したときは、我が家に建具がほとんどなかった。父が、仕事を終えて
帰ってきた後に、また、休みの日に、こつこつと一人でひとつずつ作り上げ、
徐々に内装が完成していった。
我が家の建具をはじめ、父の代表作は多くある。
駅前の和食屋の障子、蕨市内にあるお寺、三学院の金堂の欄間など、また、
退職後は、ある宮大工さんに頼まれ、和楽備神社(蕨神社)の神殿の
格天井(ごうてんじょう)や、大宮の神社の御輿など、細かい細工仕事の技術が
幸いして、退職後も(特殊な組み方のため宮大工でもその仕事をする人が
いなくなったため)いくつかの仕事を頼まれては、それに応じていた。
......(続く)

*写真は、自宅の玄関にある、父の作品。
2006/11/5 (Sun)  電車事故

ここのところ、電車の(事故による)遅れが多い。
中央線をはじめ、在来線は毎日のようにトラブルが
あり、その余りの多さにもはや首都圏では、“それ”
を理由に遅刻など出来ない情況である。
時間に厳しい我々の仕事は、本当に迷惑している。
先日も、栃木からの(幸いにも)帰りに、
電車がトラブルで遅れ、そして、そのことに憤った
(愚かな)乗客が線路に飛び降り二重のトラブルに
なり、深夜にもかかわらず、電車が大幅に遅れた。
先日、帰宅途中の私もそれに巻き込まれ途中の(栃木県)小山駅でとりあえず、
降りたものの、22時を回ったせいか、駅周辺のお店は全部閉店してしまい、
電車が動き出すまでの数十分間の時間、一人孤独に途方にくれていた。
2006/11/4 (Sat)  退院

今日、無事「退院」した!!

.....というのは、私のパソコンの話。メールもネットも
不通になり、何もできなくなってしまい、そしてPCを
仕事にしている‘義弟’に一時預け、そして無事に
今日、綺麗になって「退院」してきた。
ここ数日、日記も、メールの返信もできなかったが、
今日は夜中まで、その溜まった仕事をしようと思う。

また、今日から、この日記も復活する。
2006/11/1 (Wed)  優しいから“敦”??

小学校の頃、何故この名前になったか??
自分の名前の由来を調べる宿題があった。

帰宅する早々、小学2年の私は母に訊いて
みる。母の回答...(しばらく考え込んで)
「優しい子になるように“敦”!!」
素直な私は、その通り宿題の原稿用紙に
それを書く。
授業参観の日、保護者が教室の後ろに
貼り出している私のプリントを見て、
苦笑している......。
その後、母をあきらめて、父に理由を訊く。
「“平敦盛”の“敦”!!」
きっぱり言う父に疑いも持たず、歴史の本を
紐解く。

平敦盛…紅顔華麗な美少年(うん..うん..)
    横笛の名手としても知られ「小枝(若葉)の笛」を鳥羽院より賜り
    一ノ谷の前夜にも、清盛の所望で笛を奏でる。
    (音楽に長けているなんて、まさに私......)
    しかし......
    一ノ谷の戦いで、熊谷直実に討たれる。享年16(何と!!!)

その無責任な父の発言で、高校2年までいつ死ぬのかと真剣に悩んだほど...。
後に両親より、特別な名前の由来はなく、幾つかの候補の中で、トーナメントで
勝ち上がってついた名だと知ることに...。

私の娘の名前の由来は(ここでは記さぬが)たくさんの意味がある。
しかし、優しい子になってほしいのは、私も両親と同じ願い。

今日深夜、自宅にもどると小さいご飯茶碗の中に小さい、小さい“おいも”が
ひとつ。「レンジであたためてたべてね、おいしいよ!」の手紙とともに。
(そうか、今日は学校でお芋掘りをするといっていたっけ)
帰宅すると起きてきた奥さんに、学校から小さいおいもを持ち帰り、
家族に「ちょっとずつだけどね....」といいながら、自ら人数分包丁で
切って、皆に振る舞う娘の様子を聞いた。

その娘の優しさに、小さな一口が、一層甘く、そして何よりも美味しく感じた。
2006/10/30 (Mon)  新「伊那市」

28日から、例年大学の4年生
オーケストラを連れて、長野県
高遠に行ってきた。
毎年、この十月の最終週に開催
している、
「伊澤修二先生記念音楽祭」は、
芸大の(旧:東京音楽学校の)
初代校長である伊澤修二先生の
生地、信州高遠で毎年おこなわれ、
今年で20回を数えた。
ところが、今年はその音楽祭に
少々変化があった。
信州高遠町〜から、“町”の字が
なくなったのである。

今年3月31日、旧伊那市、長谷村、そして高遠町が合併して新「伊那市」と
なり、この音楽祭からも、歴史ある高遠の名前が来年からはなくなってしまう。
いろいろ諸事情はあるにせよ、20回を数えた音楽祭、歴史ある町だけに
また、伊澤修二先生の生地で開催することに意味のある音楽祭、さらに
スケジュールは tightであったが、合間に浸かる高遠の温泉は、心地よく、
ホテルから眺める景色は絶景であっただけに、本当に残念である。

(写真は、高遠のホテルの窓から臨む美しい高遠の自然)
2006/10/27 (Fri)  しわ寄せ......。

たった半日オフしただけなのに、その(仕事の)
しわ寄せがキツイ。
昨日は、大学も出勤予定ではなかったのだが、
朝9時から夕方5時まで昼食もとらず(とれず)
仕事をしていた。5時過ぎ大学の正門から
(上野駅まで)タクシーに飛び乗り、ギリギリの
ところで、栃木に行く電車に滑り込んだ。
帰宅は午前0時すぎ、帰って入浴し、疲れの
あまり、パソコンも開かないで寝てしまったが翌日(本日)朝9時には既には大学にいる自分が、本当に偉いと思う。
意外なもので、忙しいときほど勉強はできるもので、体は疲れているものの
充実した毎日を過ごしている。

明日から1泊で、長野県高遠(合併により伊那市になる)に行ってくるので、
この日記は明後日までお休みをする。

(ダイエットは相変わらず続いている。豆腐が仲間に加わった)
2006/10/25 (Wed)  念願叶って!!

今日私は、午前の合唱団のリハーサルを終えてからの
時間はオフであった。
いつもなら事務所に戻って仕事をするところだが、
今日は、以前、奥さんとした約束を果たすため、
群馬県との県境の(埼玉県)本庄市に「何と!」
ランチを食べる目的だけのために、行ってきた。

縁あって、私は、埼玉県の北部に仕事に行く機会が多い。
特に本庄市周辺は、私が指導しているブラスの団体がいくつかあり、時折、
リハーサルの合間(時間がある時の昼食)や泊まりで夜の時間が空いたときは、
お気に入りのイタリアレストランの“PRIMO(プリーモ)”をしばしば訪れる。

意外にも私は、好んでイタリア料理は食べない。
しかし、ここのお店だけは他の店とは違い、例外である!!
パスタ、リゾット、ピザ、そしてデザート、どれをとっても本当に美味しい!
泊まりの仕事とはいえ、一人こんな美味しいものを食べていては申し訳なく
思い、何度か家族にドルチェをお土産に買って帰ったこともあるのだが、
そのお土産を食べ、そしてそのお店の様子をきいた(特にイタリア料理の好きな)
奥さんは、一度でいいから、この噂のお店で食べることを私に熱望していた。
そして今日、ようやくその念願かなって、私の午後のオフに彼女が自分の
有休をあわせ、めでたく本日PRIMOデビューを果たしたのだった。

リハーサルが終わったお昼過ぎに大宮駅で待ち合わせる。
1時間半、電車とタクシーを乗り継ぎお店に着いたのは、午後2時も回った
頃であった。しかし、運よくランチの時間には間に合い、お勧めの、パスタと
ピザのランチ、そして、デザートにはこれまたお勧めのプリンシューと
この時期限定(メール会員へサービス)のパンプキンプリンを、この時ばかりは
ダイエットを忘れ、二人して本当に美味い食事とデザートを頬張り至福の時間を
過ごした。
1時間ほど、お店で過ごし、そして帰りがけ、今日のことを知らず、
学校や保育園に行き、また、家で留守番をしている両親や娘達にちょっぴり
申し訳なく思い、ドルチェを6つお土産に買い、家路に向った。

「今日は、本当に美味しかった。ご馳走様ね!今度は、子供達を連れて、
 夜に(夜のメニューを)食べにきたいね。しかし、あの美味しさでこの値段。
 本当に安いね!!」
そう興奮気味に帰りの電車ではしゃぐ奥さんに、心の中でそっと呟いた...。

(もちろん、また(私の)奢りだよね......
 しかし、食べた料金よりも、往復の電車賃とタクシー代が高かったのを
 君は気が付いているかい? と...)

※写真は、デザートのプリンシューとパンプキンプリン、それに、食べ放題の
 石釜で焼いたピザ
2006/10/24 (Tue)  機能停止

携帯も、(電子)手帳も、バッテリー切れのため、全く
仕事にならなかった今日の夕方からの仕事だった。

考えてみたら我が家も、電気に頼りっぱなしである。
ガスは、キッチンのコンロと、風呂、そして湯沸かし器
だけ、それ以外は、ファンヒーターなどの石油製品はなく
冷暖房からその他電化製品、、電話、携帯、パソコン、
そして手帳までも全て電気。
電気がなければ何もできない生活になっている、とても
危険な生活をしている。

せめて手帳くらいはアナログにしないと、明日の予定も把握していない私は、
自分の力で動くことのできない、“機能停止人間”となってしまう。
2006/10/23 (Mon)  今日から

昨日、9時前に娘達が寝てしまったのをいいことに
久しぶりにテレビなどを見ようかと、番組表を見ると
「果物でヤセる新常識!」の文字を発見した。

ここのところ、ストレスと外食ばかりのせいか、
ウエイトが気になっていたところなので、
思わずスイッチを入れ、久しぶりに真剣に
テレビを見た。
「食べ方、黄金法則で2週間で3kg」
どうやら、ミカン派、リンゴ派と2種類のダイエットがあるようだが、いずれも、
“青い果実のものを”“皮ごと(房ごと)”“食前に”、この3つを守れば、
2週間で3kgも夢でないらしい。
早速、仕事帰りに緑のリンゴを購入し、今日からダイエットを始める。
経過と結果はこの日記で記していきたい(成功したらの話だが.....)

番組のホームページ…http://www.ktv.co.jp/ARUARU/
2006/10/22 (Sun)  素晴らしいスタッフ

先日、ステージマネージャーの仕事について、
この日記に書いたが、私の周りには本当に
優れた方々が多い。
10月から月に3回、昨年に続き栃木県の
佐野市に12月の公演を前に「第九」の指導に
行っている。
私の担当の時間は、夜の7時35分から
9時までの1時間25分の時間。
合唱団の練習は7時から始まるのであるが、
そのはじめの35分を担当するのが、
ボイストレーナーのO先生である。
私も多くのボイストレーナの先生方と一緒に
仕事をさせていただいたが、このO先生は
本当に素晴らしい。
現状とを問題点(今の歌声を)正確に把握し、
そして、的確にアドヴァイス(指導)する。
昨年もそうであったが、今年はそれ以上に
(声楽家でない)私の助けになってくださり
お蔭で、先生の力をお借りしながら、より(合唱の)レヴェルの高い練習と
本番が期待できそうである。

さあ今週も先生の充実した発声練習をドア越しから拝見し、その姿に刺激を受け
テンションを上げて......「よし!頑張るぞ!!!」
2006/10/21 (Sat)  小さな秋の旅

今日はリハーサルが昼過ぎで終わり、
午後からは久しぶりのオフになった。
自宅に戻り、早速二人の娘達を自転車に乗せ、
“秋探しの旅”と称して、自転車で20分の
所にある(意外と近い)荒川の土手へ
(私のダイエットも兼ねた)サイクリングに
行ってきた。

川沿い土の匂い、草の匂いが咽かえるように
私達を包み込み、ススキが辺り一面を覆い、
また、コスモスが咲き乱れ、娘達とともに
秋を満喫してきた。

お腹をすかせて自宅に戻ると、昨年仕事に
行った山形から送っていただいた、沢山の
キノコに舌鼓を打ち、今日の爽やかな陽気と
ともに、本当に素敵な秋の一日になった。

(写真は、土手の芝滑りを楽しむ下の娘)
2006/10/20 (Fri)  赤切符

『人生初の切符を切られた!!』

昨晩遅くの仕事帰り、自転車置き場から自宅に
仕事が終わった開放感で、いつものように
(ベートーヴェンSym.3を口ずさみながら)
快調に自転車を走らせていた。
道路の片隅に、数人の警官が指示灯を
振りながら私を見ている。
私はてっきり、飲酒運転の取り締まりかと思い、「ご苦労様〜っ!」そう声をかけて
通り過ぎようとしたそのとき.......『ちょっとお待ちください!!』
丁寧ながらも、厳しい声が飛んできた。
「無灯火ですね。点灯しないのですか?」
そういえば、私はこの自転車を買ってから一度も電灯を点けたことがない。
「いや、点くはずなんですが......(ダメである)......」
「今、埼玉県は自転車による交通事故が多発していて、皆さんにもっと自覚を」
......延々5分間ものお説教。
そして、「今は罰則はないけれど」といいながら、住所と名前を訊かれ、
そして、“人生初の(自転車用の)赤切符”を切られてしまった。

せっかくの週末の開放的な仕事帰り、初の赤切符に苛立ち、走らせた自転車の
前車輪を思い切り蹴飛ばすと......パッ.....思い出したように灯りが点く。
(今頃遅い......)
車を運転しない私の、初の赤切符の経験であった。

(しかし、自転車を取り締まるのに5人の警官は必要ないよな〜っ!)
2006/10/19 (Thu)  おはぎ

我の母は、事あるごとに‘赤飯’や‘おはぎ’を
作る。私たちの誕生日はもちろん、親戚のお祝い、
入学式、卒業式、運動会などの学校行事、入試の
合格祝い、そして作った後は、必ずご近所や親戚、
時には担任の先生の下宿まで、届けるのは決まって
子供時代の私の役目であった。
正直、当時はその役目が嫌いであった。
ご近所や親戚はともかく、それが担任の先生となると、普段でもあまり会いたく
ない相手なのに、家に帰った後にも、わざわざ会いにいくなんて、それは、
憂鬱であった。しかしこの歳になると徐々に、そのありがたさが身にしみてくる。

今回は昨晩より作りはじめ、孫達の見守る中、丁寧に豆を煮だした。途中、
味見をさせ(私も子供時代、この役目だけは楽しみだった)、今か今かと皆が
見守る中、二日がかりで完成させた。
私は今日は午後から大学に行ったが、‘それならば’と子供時代から数十年たった
今日も、やはり昔ながらの役目を命じられ、職場の皆の喜ぶ顔を見ることができ
(昔ながらのデカイおはぎに、やや恥ずかしさをもちながらも)嬉しい思いを
させてもらった。
豆の煮る匂い、立ち上る湯気、誰よりも先に味を見る美味しさ、子供時代の私と
同じように、私の娘達、親子二代、素敵記憶になると思う。

大学の職員が美味しそうに食べてくれる姿を見て、嬉しい気持ちとともに、
甘いものが大好きであった、亡き佐藤功太郎先生に食べていただきたかった.....。
2006/10/18 (Wed)  嬉しいニュース!!

私の大好きな演奏家であり、友人で
あり、ある意味、教え子である
“高見信行”くんが、10月17日に
行われた「日本音楽コンクール」で
第1位になった!!
彼は、大学在学中より本当に勤勉で
人間的にも素晴らしく、また、よく
酒も飲み、オーケストラでは
インペクもやり、本当にいろいろな
意味で、優秀な学生であった。
卒業後、ドイツに留学し、時折、
日本のコンクールを受けに帰国して
いて、その際には、一緒に飲んだり
して、また、彼のドイツでの活躍は
彼のHPなどで、拝見していたが、
今回、3回目のコンクールでついに
念願の第1位に輝いた!!
この結果は実は、17日の夜知ったが
改めて、今日の日記に記した。
本当に嬉しい!!素晴らしい!!!

高見くんのHP http://nobertromp.exblog.jp/ 
(写真は無断借用、許してね....)
2006/10/17 (Tue)  マエストロ、ロジェストヴェンスキー

もう、何度もこの日記に書いたが、
今日はロジェストヴェンスキーさんのG大での
演奏会であった。
私自身、名声に囚われず、会場がどんなに
ブラボーと叫んでいても、一人シビアな意見を
もち、ある意味、厳しい、嫌味な聴衆の一人で
あるが、このマエストロだけは本当に凄かった。

何度も書いたが、「指揮(法)」というものを
改めて考えさせられた。もちろん、私などの
二流の指揮者や、若い指揮者があれと同じ事を
してもダメであろうが、ある意味抽象的で、
それでいて的確、演奏家に任せていながら、
それでいて、自分の思い通りの音と音楽を生み
出す。神がかった、魔法のようなタクト捌きで
あった。それでいて、人柄も穏やかで、そして
ユーモアもあり、人の特徴をよく捉え、上手くその人の真似をする。
(私も、何度か自分の真似をされた......)
この10日間、本当に忙しかったが、世界のマエストロを公私ともに拝見でき
本当に楽しい時間であった。明日、成田より帰国の途に付く。

先生のご健康と、またの再会を心からお祈りして.......。
2006/10/16 (Mon)  クジ運

ネット回線をケーブルテレビにしてからと
いうもの、通信が本当に早くなり、
毎日、パソコンに向うのが嬉しい。

そもそも回線をケーブルテレビにしたのは、
(前から考えてはいたが)近所の人から、
「ケーブルネットのお祭りが、市民会館で
あるので行きませんか?」と、大抽選会の
抽選番号の書いてあるチケットを頂いた事が
きっかけであった。
その日の午前は仕事がなく、私も子供達と
一緒に、チケットを持ち会場へ行った。
キャンペーンをしていたこともあり、その日
契約すると2ヶ月視聴が無料の上、工事費も
タダというキャッチフレーズに誘われ、
それでも、PCのストレスから解放される
ならと、契約を進めた。
子供達は、その間、いくつかの会場内のゲームや、ホールでの映画を楽しみ、
そして無事、契約も済み、お楽しみ抽選会となった。

とりわけ家族の中でクジ運がいいのが、下の娘。
コンビニなどで(500円くらいで)売っている、クジ付きのキャラクター
グッズは、いつも大当たりで、多くの豪華商品を手にしている。
また、先日は奥さんの職場の納涼会のビンゴでは、ディズニーランドのペア
入場券をゲットしたばかりである。
その日、彼女が持った番号は「119番」
いかにも当たらなそうな番号ではあったが、クジがひかれたその直後、
彼女が、映画と遊びつかれてウトウトしかけたその時に.......
『おめでとうございます!119番!5歳のさかい***ちゃん!!!』
そう、マイクで呼び出されたものだから大変!!
大慌てで母親の追いかける前を、トットコステージに走りだした。

会場は満席で立ち見もでる始末、900人近い人の中、1等の大型ハイビジョン
テレビと3等のディズニーランドのチケットは逃したものの、それでも35人の
当選者の中にしっかりと仲間入りし、改めてクジ運の強さを披露した。

結局、その重い、重い、景品の紙袋の中は..........『麻雀セット』
さすがに司会のお姉さんも、コメントに困って慌てる一幕であったが....。
2006/10/15 (Sun)  演奏会初日

今日は、ロジェストヴェンスキー氏の指揮での
G大の演奏会であった。
昨日も日記に書いたが、あのマエストロが生み出す
サウンドは、本当に素晴らしい。
「指揮法っていったい何だろう?」
そう、思ってしまう。やはり‘世界’は凄い!!
マエストロの指揮もさることながら、今日は
ステージマネージャーの職人芸を見た。

ステージマネージャーの仕事というと「単に椅子を
並べて(ステージのセッティングをし)、ステージ
袖で、演奏家や指揮者の出入りを合図する仕事」
そう、考えがちである。しかし(クラシックの)
オーケストラのステージマネージャーは、とりわけ、
G大のM氏は他とは違う。
大学にいらっしゃる前は、T響でその仕事を
なさっていたが、定年後、大学のその任についた。

この偉大なるマイスターは、リハーサルを聴き、時には、コンサートの前半の演奏を
聴き、その正確な耳で判断し、そして微妙にステージを(企業秘密)変える。
その音の変化は本当に凄いもので、マイスターの独自の音響理論をもとに、
指揮者にはできないサウンドを作る、ある意味‘もう一人の指揮者’である。
訊くところによると、指揮者カラヤンが活動していたフィルハーモニーザール
(ベルリン)では、指揮者の楽屋の隣にベルリンフィルのステージマネージャーの
控え室があり、それからも、その仕事の重要性が理解できる。

どんな仕事でもそうだが「出演者と、裏方が一体となって成功を導く」それが、
一流の演奏会(催し)であると、今日は改めて痛感した。

(写真は、ロジェストヴェンスキー氏、自筆のオルガンのパート譜。結局、今回は
 使用されることなく、思わぬお宝になったが......)
2006/10/14 (Sat)  自宅、開通!!

本日、自宅にケーブルテレビが開通した!!
同時にケーブルTVのネットも開通し、ようやく‘あの煩わしい’
AirH″から解放された。
同時にパソコンの中も綺麗に整頓したせいか、驚くほど処理が早い!!もう、感激である!!!

これからは、自宅でこの日記をつけられるので、毎日記すことができる(と思う......)

今日は土曜日にもかかわらず、大学へ行ってきた。......と言うより、木曜日を除き、
毎日通っている。明日と17日に催されるロジェストヴェンスキーのG大での演奏会の
リハーサルのためである。

しかし、世界のロジェヴェン!とにかく凄い!!
振っただけでオケの音が違う。今回の来日はY交響楽団の演奏会であったが、
先日、Y響のトロンボーン奏者と話をしたが、やはり彼も「何だかわからないんだけど
オケの音が変わるんですよ......」そう感心していた。
私にとって、また一つ大きな、大きな目標ができた。

(17日の演奏会は18:30開演、大学内の奏楽堂で、何と、入場無料で行われる)
2006/10/6 (Fri)  第一歩...。

今日は一日、どしゃ降りの大雨。
いつもは、外での仕事をする金曜日にも
かかわらず、今日は一日、事務所での仕事。
それというのも、今日は事務所のホールで
大切な、コンサートがあったからである。

この春、音楽大学に入った元弟子に、
入学時に‘ある課題’を出した。
「コンサートなんて大上段に構えなくていい、
 おさらい会としてでも、また、試験の予行
 練習としてでも、また、あなたを応援して
 くれる家族や、お友達や、近所のおばさん、
 その人たちが、あなたをこれからも応援し
 見守っていけるように、3ヶ月、いや、
 半年に一度でもいいいから、その方達を集め
 今の自分のピアノを報告しなさい」 そして、今日が‘その日’であった。

高校の制服姿でレッスンに通っていた時とは違い、髪もうっすらと茶色に染め、
少し大人になった彼女がいた。忙しい学生生活の中、数回のメールのやり取りで
今日を迎えたが、レッスンや授業の中、駆けつけのは17時も回った時であった。
自ら会場設営をし、この大雨の中、来ていただけるか心配そうに携帯電話で話す
姿があり、そして不安と緊張の中、本番を迎えた。
時間にして30分足らずではあったが、大学で出会ったフルート専攻の友達の
伴奏もしながらの、バッハ、ラヴェル、ショパンのミニ音楽会であった。

明らかに成長している彼女に嬉しかった。そして、彼女の新たな先生に感謝した。
途中、大学の様子など短いおしゃべりも交えながら、大学での試験曲、新たに
レパートリーに加えた練習曲などを、大雨の中、それでも熱心に駆けつけてくれた
彼女の応援者に披露した。

演奏会が終わり、お客様をお見送り、そして両親と彼女だけになった時に初めて
声をかけた。「疲れただろう....」
見る間に彼女の顔がゆがみ、涙をポロポロと流す。

緊張の中、多くの気遣いの中、そしてプレッシャーの中、初めて自分一人の意志で
初めて自分一人の力でやりきったこの演奏会。
その緊張と不安の時間から解き放れたとき、初めて経験する例えようのない疲労と
初めて経験する解放とが交錯しての涙だったに違いない。

『ようやく大人の、ようやくプロに向かっての第一歩を踏み出してくれた。』
.........私は、例えない大きな喜びにつつまれた。

「次回は、コンサートでなく、プレ試験ね。とにかく継続すること、それが
 大切だよ。」別れ際にそう言葉をかけ、笑顔の彼女を見送った。

いつもと違う金曜日であったが、私にとって、本当に素敵な日になった。
これからも、できる限り応援したい。他の弟子たちと共に......。

               (※写真は、リハーサル風景)
2006/10/4 (Wed)  ロジェストヴェンスキー氏

昨日は、10月17日に催される、G大の学生
オーケストラ特別演奏会で指揮をしていた
だく、指揮者のロジェストヴェンスキー氏
との打ち合わせで、ホテルオークラに行って
きた。
ホテルオークラはその名前の通り、歴史の
ある素晴らしいホテルであるが、その打ち
合わせをした本館は、最近リニューアルを
したばかりで以前行った時に比べ、ロビーも
落ち着いた雰囲気にかわり、なかなか素敵
になっていた。
それはともかく、私はマエストロとは初めて
対面するので、なかなか緊張したが、とても
気さくで、楽しい打ち合わせのひとときを
過ごすことができた。
今回はY.N.交響楽団での来日であったが、オーケストラの協力もいただき、
G大での演奏会(指揮)となり、曲目も、ショーソンの交響曲やルーセルの
組曲となかなか日本では演奏されないプログラムで、マエストロのリハーサルと
ともに、本当に楽しみな演奏会である。

打ち合わせ終了間際、マエストロに
「リハーサル休憩中にお飲み物をお出ししようと思っておりますが、何か特別
 希望はございますか?」(特に外国人は“水”などの種類にこだわる)
そう尋ねると、笑顔ですかさず、こうお答えになった。

『ウォッカ!!!ジン!!!!』.......さすが、ロシア人....。
2006/10/2 (Mon)  10月......。

あれもしたい、これもしたい、そう思いながら
あっという間に9月が過ぎてしまった。
今週は大学もなく、また先週で看護学校の半期
の講義も終了し、ゆとりの一週間になるはずで
あったが、そのゆとりの(網の目の)スケジュ
ールを狙ったかのように、結局また、忙しい
一週間になってしまった。

あぁ、土いじりがしたい。
あぁ、「秋探し」の小さな旅がしたい。
あぁ、たった一日、休みがほしい。

あぁ、十月......。


写真は、まっすぐ真上に垂直に突き抜けた飛行機雲???
もしかして、地震雲か......?(9月29日16:30頃、埼玉県蕨市で撮影)
2006/9/28 (Thu)  やっぱり秋

「今日は、気温が30度近く上がる」

TVから聞こえる天気予報の声であったが、
昼間、日差しは強いものの、さすがに『秋』
爽やかな一日であった。
真っ青な空に、水性の真っ白な絵の具をサッ..
サッ..っと、薄ら描いたような薄い雲が所々に
あり、私が歌人だったら短歌の一つでも詠め
そうな、そんな心地よい陽気であった。

今日は、これから9月から木曜の定例になった
「第九」の指導へ。
秋の栃木路へ行ってくる。

(先週から腰の具合がよくない。一昨日の朝は
 起き上がることもできなかった。痛み止めでだましだまし過ごしている..)
2006/9/25 (Mon)  秋の香り。

久しぶりに、院入試の手伝いで大学に行った。
正門をくぐると、G大名物の秋の香りが....。
『銀杏(ぎんなん)』である。
まだ、大部分は木に実っているものの、そのいくつかは
下に落ち、無惨にも靴に踏まれたものもあり、そして、
あの‘かぐわしい’臭いを放っている。
それでも大学に8年も勤務すると、この香りで“秋”を感じる。
実を踏まぬよう(臭いがついて、電車の車内でひんしゅくなのである)気をつけ
そっと、秋を楽しむのである。

(今朝、下の娘にそっと耳打ちされた。『パパ、お仕事から帰ってきたら、 
 私にも、お菓子ちょっとだけ分けてちょうだいね......』)
2006/9/24 (Sun)  45回目の....。

45回目の記念日を、今年もまた迎えた。
連休中は仕事続きで、今日も昼過ぎまで外に
出ていたせいか、全く実感なく今日を迎えて
しまった。
今朝、私の仕事の出がけに、奥さんと娘達が、
足りなくなった冬物を買いに出かけるという
ので、娘に500円玉を一つずつ渡し「これで、
何か好きなものを買っておいで......」
そう言って、仕事へ向った。

夕方、帰宅する。
家中(私の大好物の…私は、コンビニのおに
ぎりを含め、週に3〜4日はお赤飯を食べる)
お赤飯を炊いた臭いがする。
(誕生日はいつものお赤飯とケーキか.....)
そう思いながら、食卓へ。案の定......。

娘達と顔を会わす。
私が帰宅したのを知って、下の娘が自分のリュックをごそごそと開け、中から
何やら、私に差し出す。
『はいパパ、これ、私が買ったの。お誕生日のプレゼント!』
まだ、5歳になったばかりの娘が......。
えらく嬉しかった。奥さんも上の娘も、自分のために買ったお菓子だったと
思っていたのだが...それが、パパへのプレゼントであったとは...。

下の娘の最高の気遣いに、今年の誕生日はまた、格別であった。