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まえすとろ日記へようこそ!

2005/6/25 (Sat)  しばらく見ない間に......。その2

その後、その‘鶏の子’は順調に育ち、その様子を里親である吹奏楽部員の女の子は、写真を通して私にその成長ぶりを見せてくれた。郊外の(田舎の…失礼...)広い庭で放し飼いにされ、たくましく、立派な雌鳥に成長したそんなある日....。
再びその学校に指導に行くと、里親の彼女がハンカチに大切に包まれたものを『是非これは、先生に差し上げたくて....』と、そっと私に差し出す。
大切に大切に包まれたそれは、小さくも光輝く、雌鳥の初産の卵であった。
驚きと嬉しさの中、一度は辞退したものの、「是非先生に....」の気持ちに遠慮しながらも、有り難く、その包みとともに帰宅した。

今までいただいた、どのプレゼントよりも貴重で、本当に嬉しい、忘れられない出来事であった。
自宅に帰り、その出来事を話す。
「あのピーちゃんが...」の話題とともに、その里親である中学生の優しい気持ちに話題が集中した。
本当に、素敵な子である。
親と学校の先生と、そしてその優しい心に感謝しつつ、話題はそのプレゼントをどうするか....。
小さい宝物をテーブルの真ん中に置き「さて、どうしたものか...」と家族会議を開く。
冷凍でもして、大切にとっておこうか...などと考えもしたが、
初めて生んだピーちゃんと、その優しい里親の気持ちに応えるために、やはり食べるのが一番という事になった。
一人あたり、ほんの一口の卵焼きではあったが、
家族4人で、温かい気持ちとともに最高な忘れられない夕食に、舌鼓をうった。

(写真は本文とは、関係ありません。箱根登山電車より眺めた紫陽花)
2005/6/24 (Fri)  しばらく見ない間に......。その1

しばらく見ない間に、以前この日記に書いたG大のカルガモの子供たちが、大きくなっていた。人の(私の娘達の)成長もさることながら、鳥の成長は本当に早い。
八年前、あるきっかけで“ひよこ”を飼うはめになったことがある。
とはいえ、飼ってみるとなかなか可愛いもので、ピヨピヨと我が家の廊下を駆け、餌をついばむ姿は、本当に愛おしいものであった。
よく食べ、よく寝て、よく遊んで.....
その為か、日に日に大きくなり、黄色い(羽)毛が抜け、そのうち、白い羽が生えてきたかとおもうと鶏冠のようなものが頭に.....、
それでも、ピヨピヨと相変わらず鳴いていたがある日、
大人になったことを証明するかのように『クウォ!』と......。
一声鳴かれたときは、さすがにショックだった。
大きめの水槽の中で飼っていたものの、狭く、そして家の中では変えなくなり
私が指導していた(埼玉の郊外の)ある学校の吹奏楽部の部員のうちへ里子に出されることになった。
(つづく....)
2005/6/19 (San)  あかね庵.....

仕事から帰り、入浴後何気なしにテレビをつけてみる。
松平アナウンサーの横に我が大学の学長のH先生、そして、そのVTRには、敦煌の美しい映像とともに私の大好きな作家の井上靖氏....。
“NHK特選アーカイブス シルクロード「敦煌」砂漠の大画廊と呼ばれる仏教美術の宝庫‘莫高窟’の魅力”
しばらく見入ってしまった.......が、
不謹慎なことに、どの映像よりも私をひきつけたのは、あの“シルクロードの音楽”であった。

もう10年以上前になろうか....。私がまだ中学校の教師をしているとき、
たった一つの楽しみ、それは、自宅へ帰る途中“あかね庵”という喫茶店で
ささやかなホッとする時間を持つことであった。
本当に素敵な雰囲気のお店であった。

カウンターだけの、木のぬくもりを大切にした内装。
柔らかな照明の中、本当に仲のいいマスターとママ。
「いらっしゃいませ〜っ」と笑顔で、そしていやみのない、穏やかな挨拶で迎えられる私。
ほんのり石鹸の香りのするお手拭。
レモンの輪切りを入れた、水差しからそそがれる心遣いのあるお冷。
どれも素敵なカップで、その中に注がれる私好みのコーヒー。
私が話をしたい時には、何気なく話しをしてくれて、そして、静かに過ごしたい時は、それを知ってかのように、そっとしてくれるマスターとママ。
そして、いつも静かに流れている音楽はこの“シルクロード(喜多郎)”

あの喫茶店が懐かしい.....
今は、夜遅くの仕事をさけ、子育てを優先しお店を閉めてしまったが....。
こんなお店が、今はほとんどない.....。

ああ“あかね庵”、ああ“シルクロード”
2005/6/16 (Thu)  今、子供たちの間で....。

今、5歳〜10歳くらいの女の子の間で爆発的に流行っているものがある。
私の(上の)娘も、保育園でそのゲームのことを聞いて、1度イトーヨーカドーの‘それ’を体験してからというものの、もう夢中である。

SEGAのゲーム機『ラブ&ベリー』  それである。

1回100円を投入すると、カードが1枚出てくる。
それが、H(ヘアー)D(ドレス)F(フット)のいずれかのカードで、
それぞれ様々なヘアースタイルやドレス、そしてシューズが描かれている。
(いわゆる、着せ買え人形のカードゲーム版)
それをゲーム機にスラッシュして、ラッキーカラー等を参考に着せ替えさせ、
画面上の登場人物をリズムにあわせてボタンを押し、上手く踊らせる。
カードで着せたものと、そのボタンを押すタイミングで点数が出るという、
ゲームとお人形遊びを兼ねた、何とも女の子心をくすぐる優れものである。
そのカードの種類は100種類をこえ、同じカードがでると友達と交換したり、
さらに、その中にもスペシャルカードなるものがあり(娘はまだ持っていないが)
そのカードを夢みて、再びチャレンジする.....そんな仕組みのゲームだ。

しかし、今の子供は凄い!
曲に合わせてボタンを押すのだが、そのリズムが半端じゃない!!
付点あり、シンコペーションあり、裏打ちありと、
私など(頭の固い大人)が聴いても、とてもじゃないけど、覚えきれない(譜面があれば別だが....)結構むずかしいものなのである。

どの子も、行列して順番待ちをしているその間にも、かすかに手が動いており、来る自分の番の準備に余念がない。
大人気で行列の為、1日に3回もゲーム機の前に立てればいい方であるが、
子供たちはその練習のせいか、皆、上手にそのリズムを刻む。
その子供たちの加熱ぶりは日々高騰するばかりで、先日ついに娘の保育園で、
誰かが持ってきたカードが見つかり、親が保育士から厳重注意を受けたともきいた。

先週の日曜日も仕事で、休日も遊んであげられなかった娘に
罪滅ぼしの意味でその夜‘(大型)銭湯’に行った際に、
彼女に懇願されて、イトーヨーカドーに寄ってきた。

夜8時を過ぎたにもかかわらず、やはり行列で、
さらにその子供たちの横にカードファイルを持ち、
「このカードがいい!あれはダメ!」と子供以上に熱中している母親の姿があった。

その後ろで一人静かに並び、やはり、百円玉を握りしめ前の子の画面を覗き込み、
熱心に手を動かし、真剣に“さらって”いる娘の、
何ともいえないその微笑ましい様子に、可愛いらしさを感じた。
2005/6/9 (Thu)  成長....。

何日か見ない間に、大学のカルガモが大きくなった。
1週間前は、母親(多分、父ではない)の後を、皆並んでくっついて泳いでいたが、今は、各自思い思いに遊び、餌を食べ、泳ぎ回っている。

先日、私の所属している指揮科のある先生とこんな話をした。
「今の子は×××.........もちろん、子供の責任だけではない。子供には、その親がいて、そして教師がいて....そこにも責任がある」
結局『我々が学生から嫌われてもいいから、もっともっと(大切な事)を言おう!!(おっ〜〜!!)』という結論になった。

そう言えば6年前に亡くなった、私の指揮の師匠も、音楽以外にも本当に
厳しい先生であった。
時間に関して、言葉使いに関して、そして着るものに関しても....。
人として大切なあらゆる事に関して(当時)30歳過ぎた私を、
厳しく躾(しつ)けてくれた。
そして今、躾けられる側から、躾ける側になった。
一人の大人として、大学の教員として、そして、二人の娘の親として、
自覚をもって子供たちの成長をサポートしたい。

私が、カルガモの写真を携帯のカメラにおさめている時、ふと、屋根から気配を感じた。
子供たちを温かく見守る‘母鳥’の姿がそこにあった。
2005/6/4 (Sat)  アルゲリッチ音楽祭 4

アルゲリッチ音楽祭のその後は.....?という質問が、友人からあったので、
あわてて‘その4’を記している。

本番はもちろん滞りなく無事終了した。先日の日記にも書いたが、オーケストラや指揮者はもちろんのことだが、それより今回は、アルゲリッチ、そしてナカリャコフの「世界の凄さ」に驚愕した。私の中では、才能という言葉はあまり使いたくないが、今回はやはりこの二文字を使わずにはいられない。特に、あの若いナカリャコフには......。

今回の別府の訪問は2回目で、雑務の中にも余裕があり、
町を散策する時間がもてた。(いつもは、ホテルとホールの往復)
練習の合間にいった、市営の「北浜温泉」は素晴らしく、
広い露天風呂から見える海岸は美しく、一緒になった地元の人からも
『(平日の昼間であったのにもかかわらず)毎日のように来ている』という
話をうかがった。
「こんな所に住めたら...」
ちょっぴり、そんな気持ちで、この美しい町を後にした。

ただ1つの心残りといえば、大分に行く前に娘と話していた、
「ピカチュウの飛行機に乗れるかも....」‘それ’に乗れなかった事。
帰りも、そのお土産話になるはずの飛行機を横目に、しぶしぶANAに乗り込んだ。
2005/6/1 (Wed)  今年も来た!!

毎年この時期に私の勤務している大学に、一対のカルガモの夫婦が来る。
いつもこの場所を忘れず毎年お目見えするので、いつのまにか‘巣箱’ができ、いつのまにか‘ひな鳥を守る烏避けの紐’が張られ、そして、近所から、えさをやる人まで来るようになった。
今年も、やってきた!!そして子供(卵)を産んで、現在子育ての真っ最中である。彼らの成長をこの日記でも報告したい。G大を訪れる方がいらっしゃったら、是非、このかわいい子供たちをご覧あれ!!
2005/5/25 (Wed)  別府アルゲリッチ音楽祭 3

20日金曜日に別府から自宅に戻った。
子供たちはパパの帰りに大はしゃぎで、久しぶりにたくさん遊んだ。
それが理由というわけではないが、いろいろな意味で、本当に疲れた。
翌日土曜日、そして日曜とも仕事であったが、どうもいつもの調子がでなかった。どうしても、腹に力が入らない。まさか、別府の湯疲れか........。

音楽祭のリハーサルは、予想通り圧巻であった。指揮者としては、いろいろ意見もあるが、さすが世界的なビオラ奏者だけあって、
弦楽器の奏法を説明しながら、自分の目指す音、音楽を作っていく。
以前、藝大を指揮したネルロ・サンティさんの時もそうであったが、これからの指揮者は何か楽器(特に弦楽器)に秀でていなければならないのであろうか。大いに考えさせられた。

アルゲリッチさんは?? それはもう圧巻であった!!!
昨年も感じたが、今年は特にバシュメットさんのバトンテクニックがやや心配だっただけに、ある意味、アルゲリッチさんの存在が指揮者以上にあり、何よりも、あの難しいプロコフィエフとショスタコーヴィチの難曲のコンチェルトをあのテンポで、いとも簡単のごとく弾きまくる。
しかも、手元をほぼ見ないで......

「何と表現してよいか判らない。」
私も以前ピアノを勉強していた者の一人として、何か、真面目に‘さらう’のが、嫌になってくるようだ。
だれもが、あのピアノを聴いてしまったら、そして見てしまったら、
「ピアニストの道」を断念するであろうに.....。

トランペットのナカリャコフには、さらに驚いた。
失礼な話、いわゆる‘イケメン’のトランペッターかと思いきや(本当に失礼)
「天は二物を与えた!!」
美しい音色、早いタンギング、決して外さない音、どうしたらあんなに吹けるのか......?もう、『うまい!!!』としか、いいようがない。

アルゲリッチといい、ナカリャコフといい、やはり『世界』は凄い!!
圧巻のリハーサルであった。

(写真はもっとたくさんあるのだが、肖像権の関係で、これが限界であろうか。
 これなら、微妙に判りませんよね.....)
2005/5/20 (Fri)  別府アルゲリッチ音楽祭

リアルタイムに音楽祭の様子を記そうと意気込んでいたものの、毎日の反省会や打ち上げでなかなか記せない。改めて、明日、埼玉に帰って記したいと思う。
とりあえず、大成功と報告して.......。

(写真は、打ち上げの様子)
2005/5/18 (Wed)  アルゲリッチ音楽祭 2

第2日目(その1)
今回の別府は、昨年に続き2回目ということもあり、こちらに来ての仕事はもちろんのこと、町を歩く気持ちにも余裕がある。本当に別府は美しい町だ。
山と海に囲まれ、緑が多く、また道路が整備しており、まるで、宮崎アニメの‘魔女の宅急便’に出てくるような風景が見られる。そんな街中、随所に“アルゲリッチ音楽祭”のノボリとペナントがあちらこちらにあり、音楽祭を盛り上げる。ホールまで移動の際に乗ったタクシーでも、運転手さんからも「音楽祭にみえたのですか?」と.....。
あまりクラシック音楽に縁のない運転手さんの口から出た「アルゲリッチ」という言葉に、地元の人の注目の高さを知った。
今日は、マエストロ、ソリストが入ってのリハーサル2日目である。
2005/5/16 (Mon)  アルゲリッチ音楽祭 1

昨年に続き、またこの地を訪れた。
大分県別府市、温泉の町に音楽祭週間がやってくる。

今年は1回公演ではあるが、大学の学生オーケストラを引率しての5日間。
勿論今年もピアノのソリストにはM.アルゲリッチさんを迎え、
また、トランペットには若手No.1のナカリャコフさん。
そして指揮者には、ビオラ奏者でもあるバシュメットさん、と素晴らしい顔ぶれの演奏会である。

美しい大分の海と、山、そして温泉の湯煙が私たちを温かく迎えてくれた
五月晴れの今日であった。
2005/5/15 (Sun)   

相変わらず、忙しい日々が続いています。
今日もこれから合唱の本番(コンサート)。
また、明日からは、1週間(金曜日まで)別府アルゲリッチ音楽祭へ大学の学生オーケストラの引率で九州。

しかし、明日からは、夜の時間がフリーに......。(たくさんの飲み会もあるかもしれないが....) でもこれで、毎日ゆっくり日記が書けそうである。

‘まえすとろ日記’での報告。 ご期待ください!!


(写真は、可愛いかわいい、私の下の娘(親馬鹿なまえすとろ).....
 本文とはいっさい関係ありません。)
2005/5/11 (Wed)  日付けがかわって......。

相変わらず忙しい日が続いている。大学は、毎日の授業と来週から始まる「アルゲリッチ音楽祭」の準備とその練習で、大忙しである。その合間に、自分の外での仕事と事務所の仕事をこなしている。
先週末から山形に仕事で行ってきた。仕事以外にもたくさん日記に記したいことがあるのだが.....。今日は、深夜大学から戻り、遅い夕食すませて、仕事をしに事務所に寄った。
既に日付けもかわってしまった。
明日は、朝から合唱団の本番前の最後の練習と、看護学校の講義、
そして、溜まりに溜まった譜読み。
今日こそは、この日記をつけて、そして、明日に備えて帰ろう。

今年は、本当に忙しく「5月病」には縁がない........。

(写真は、山形での八重桜。5月8日撮影)
2005/5/4 (Wed)  成長。

ゴールデンウイーク。
ありがたいことに(苦笑)仕事の連続で、子供たちもそろそろストレスがたまってきている様子....。
今日の私の仕事は受験生のレッスンだけだったので、夕方、買い物ついでにイトーヨーカドーの屋上に子供を連れ出した。
上の娘は現在、ラブ&ベリーなるゲームに夢中....、保育園の友達同志でもその話題で持ち切りなようで、そのゲーム機の順番待ちに一人並んでいる。下の娘は、年齢的にまだゲームには興味がないらしく、ポップコーンをほおばり大満足。
それでも、屋上にある「トーマスの乗り物に乗りたいと」言いだした。
『よし!パパと乗ろう!!』と張り切って乗ろうとすると“拒否”
『一人で乗る』という.....。
以前は、恐い、こわいの連続であったが、
先日のディズニーランドのスプラッシュマウンテンで自信がついたのか、
誇らしく、頼もしげに乗っている。

一人で順番待ちをする娘と、一人でトーマスに乗る娘をベンチから見つめ、
ちょっと寂しい‘まえすとろ’でした.....。
2005/5/2 (Mon)  歴史.......。

今日もカップルから、中年のグループ、そして家族連れまで、上野公園はこのゴールデンウィークで大変にぎわっている。
「あれ?そういえば今日は平日なのに.....」‘両親の会社の休日にあわせて子供が学校を休む’(そんな時代になったのだな)そう思う。我が東京藝術大学は、国立大学法人化になったとはいえ、そんな事はお構いなし、今日もカレンダー通りの営業である。
先日の29日(みどりの日)も、東京フォーラムで催されている
“ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン”に学生オーケストラが出演するので、その引率のため大学に寄っていったが、
久しぶりに見た(休日だけ閉められる)大学の正門に、その歴史を感じた。

TV東京のある番組で、上野公園が紹介されたが、
その第5位(何を基準に順位をつけているかは不明だが)にランクされた藝大には、私も納得であった。
残念ながら、美術学部は美術館の新装とともに、その門も現代的なものに
代わってしまったが、まだ音楽学部に残されているこの門が私は大好きであり、
いつまでも残してほしいものである。

『古くても、時代遅れでも、やはりいいものはイイ!!』

(右上の写真は4月29日 撮影)
2005/4/28 (Thu)  ついに.......その3

「相変わらず〜」と言ってしまえば、いつも通りなのだが、ここ最近、過去に経験したことのないくらい、忙しい毎日。今日はようやく事務所(音楽院)でためておいた仕事と、レッスンおこない、久しぶりに事務所のパソコンに向って日記をつけている。あの旅行から既に2週間近くた経ち、園で買ってきた風船も、空気が抜けてしぼんでしまい、それでも力なくフワリフワリと我が家を放浪している。


〜ディズニーランド2日目〜
疲れ果ててよく眠ったせいか、ホテルの朝は本当に爽やかだった。
窓から見る海も美しく、今日もいい天気のようだ。
当初は、朝一で入場し....などと思っていたが、ゆっくりと朝食をとり、
お土産を買い荷物を整理していると、すでに開園時間の9時を回っていた。
快適だったホテルに別れを告げ、一行はみたびディズニーランドへ。
昨日に続いてで、感激も薄れるかと思いきや、今日も新鮮に、私たち家族をむかえてくれた。
この日も、昨日以上にスムーズであった。
15日から始まった新しいショーも、抽選に当たり座席で
ゆっくり見る事ができ、乗り物もあまり待たずに、
そして、パレードも昨日とは違うポジションで見る事ができ、
感激を新たに楽しい時間を過ごした。
娘(達)にとっては、本当にいい誕生日であった。そして私にも...。

日が傾き始めたころ、お決まりの風船を2つ買った所で突然娘が泣き出した。
『帰りたくな〜い!!』
もちろん誰もが同じ気持ちではあったが、それでも感受性の強い
上の娘を何とか言い聞かせ、夢と魔法の王国から、現実に戻った。

我が家では「泊りでくる事は絶対にない....」と想像すらできない、本当に贅沢な二日間であったが、これほど楽しいとは.....。
そして、これほど疲れず、ゆっくりと満喫できるとは思わなかった。
『2回を...いや3回を1回に減らしても、次回は泊まりで来たいね』
奥さんと、そんな話をしながら、家路に向かう列車に乗り込んだ。

疲れ果てて、電車で私の胸元で眠る娘がニ度ほど、帰る寂しさを思い出したのか、べそをかいて起き、そしてまた静かに眠った......。
2005/4/25 (Mon)  ついに......その2

ホテルで休息をとり、食事をすませて再び、夜のディズニーランドを出発する。園内はライトアップされ、その美しさに子供たちは興奮する。(正直、誰よりも興奮していたのは、この私だったが....)夜のパレードのため席とりをし、その瞬間を今かいまかと待つ。我が家では、まだ子供が6歳と3歳と小さいので、この時間にディズニーランドへ行く事は、まずあり得ない。子供たちにとっては初めてな、そして私たち夫婦にとっても久しぶりな夜のパレードに家族中大はしゃぎ。
迫力のパレードを見て、花火を見て、乗り物にのって、大満足のディズニーランド初日であった。
興奮覚めやらず、ホテルのベッドで眠りにはいる子供たちの笑顔が、本当に嬉しかった。
2005/4/22 (Fri)  ついに........!!!

「誕生日のプレゼント、何がほしい??」
そんな当たり前の、無責任な一言からであった。
『お泊りでディズニーランド!!!』
家計を省みない、無邪気な、そして親としてはその負担にゾッとする、だが楽しみな、そんな複雑な気持ちで実現した娘のリクエストからの旅行であった。
17日の午後から18日いっぱいまでの、私の貴重な1日半のオフを利用し、1泊2日の東京ディズニーランドの小旅行を“決行”した。
インターネットで出来るだけ安い企画を探し、ベイヒルトンを予約し、張り切って家族4人でのお出かけ。
ディズニーランドはこの日記でもいろいろ書いたが、それでも、やはり楽しい!
娘たちの顔が違う!!やはり来てよかった!!!
1日目は午後からの短いひと時であったが、ショーを見たり、シンデレラ城に入ったり、
初めてのスプラッシュマウンテンを経験したりと大いに満喫する。

夕方ホテルで休息し夕食を済ませて、再び夜のディズニーランドへ向かう。
2005/4/20 (Wed)  あれからもう6年......。

公私共に、忙しく、忙しく、本当に忙しく、PCに向えず、ようやく久しぶりに日記を書いている。

今日は、私の娘の6回目の誕生日であった。‘お約束’の不二家のケーキを買ってきて....当たり前の光景だが、大切な儀式が我が家の食卓でもおこなわれた。娘が生まれて6年....本当に早いものだ。6年前......

「お父様が、到着されました〜っ!!」看護師さんの大きな声に緊張が走った。その日は朝から大学に出ており、母からもらった入院したという電話に、主任教授の計らいですぐ病院に直行した。
川口の病院に向かう電車の中、今まで味わったことのない緊張と不安に包まれる。
足がガクガクする。緊張で歩くことができず、1つ前の駅で降り、タクシーで病院へ向かう。
到着すると、すぐに白衣に着替えさせられ待つこと数分後、
分娩室で苦しんでいる奥さんと対面する。
「何かリラックスをさせなければ...」と思わず口からでた言葉は
“How are you?”(何言ってんだ俺は.....)
落ち着きはらって見せかけたはずであったが、皆、やがて父親となる私の動揺に苦笑している。
「お父さん、汗ふいて!!」その助産婦からの呼びかけに‘ハッ’とし、汗を拭う。
「違います!!自分のじゃなく、お母さんのっ!!」
本当に情けない自分であった。
普通は大声をあげその苦痛を耐えるのであろうが、無言で歯を食いしばり我慢する奥さんの姿が愛おしい.....。
「お父さん、見てください!ほら、出てきました。もう少しです!」
そういわれても、正直怖くて見ることができない。
男なんて、なんてダラシナイものであろうか。

20分後、“誕生”
小さく泣くものの、なかなか大声で泣いてくれない。
看護師も慌てている....。処置すること、数十秒.....、
大きな、そして美しく、可愛い響き渡るその声で、誕生の証を示してくれた。
はさみを渡され、へその緒を切る。
何故だか判らないが、ただただ涙が出た。
奥さんの枕元に娘を寝かせる。奥さんの顔が母に変わった.....。
そして、家族になった。

あれから6年、今日まで健やかに育ってくれた。
奥さんや、母や父、近所のおばさんから保育園の先生、たくさんの愛情に包まれて......。
「やさしい子に、なってほしい」
健康であることとともにロウソクの灯に願いをかけ、家族とともに今日を祝った。
2005/4/11 (Mon)  勉強が追っつかなくって......

勉強が追っつかなくって、PCに向う時間がありません。

12日まで、まえすとろ日記はお休みです m(__)m
2005/4/6 (Wed)  やっぱり名作は!!

昨日、仕事帰りに何気なくCDショップを覗くと、何とあの名作(DVD)がなんと千円をきって販売しており、思わず衝動買いをしてしまった。
学生時代、通っていた音楽学校の近くに‘映画喫茶’なるものがあって、我々はよくそこへ通ってはたくさんの名作にふれた。
「今週は(たしか2週間で上映するものが替わったと記憶しているが....)『ひまわり』が入ったぞ!」とか、「今回は凄いよ!『慕情』だ!!」などと友人から情報が入ると、授業後、練習館に入ってのピアノの練習をいつもより早めに切り上げ、19:30からの最終の上映に間に合うように、白山通りを映画喫茶までよく走ったものだ。
一般の映画館とくらべ、若干スクリーンは小さいものの、お腹のすいた胃袋に(映画分だけちょっと高めの)サンドイッチを詰め込み、コーヒーをすすりながら見る名作の数々は至福の時であった。

その回は、この名作『サウンド オブ ミュージック』
それまで、あまりこの映画に興味がなかった私だったが、授業で先生からこの映画の事を聞き、友人からもその良さを‘くどいほど’聞き、最初は迷惑そうに、付き合いで見にいったものだが.....その後、いわゆる“はまって”しまったのだ。
翌日もその同じ友人と1回、さらに翌週は一人で3回、つまり、2週間で5回もこの映画を見て、感動し、涙した。
(おかげで、ピアノの練習時間が大幅に減り、多少下手になり、そして、財布の中身も寂しくはなったが...)

それから20数年たった昨夜、再びこの作品に出会い、この名作を見た。
それは、いつまでたっても色あせず、驚くほど新鮮で、決して感動が薄れない.....、
見終わった後の満足感は、あの時の自分と全く同じ(むしろそれ以上)だった。
残念ながら、映画喫茶のあの大きなスクリーンから、自宅の小さなテレビの画面に代わったものの、‘たった千円の’すばらしい映画、楽しいひとときに、大、大満足であった!!!
2005/4/4 (Mon)  いよいよ春本番!!

いよいよ春本番。暗闇の中撮った写真なので、その光景は判りづらいが、上野公園の夜が賑わい始めた。いよいよ春本番だ!!よくもまあ、こんなに人が....と思うほど、花見に多くの人が盛り上がっている。夜の新宿や渋谷以上に、この時期の上野は賑やかで、大騒ぎである。夜遅く、その光景を羨ましく見ながら、大学から家路に着いた。
今年も上野に通いながら、忙しく花見の機会は持てないな......。