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まえすとろ日記へようこそ!

2005/4/11 (Mon)  勉強が追っつかなくって......

勉強が追っつかなくって、PCに向う時間がありません。

12日まで、まえすとろ日記はお休みです m(__)m
2005/4/6 (Wed)  やっぱり名作は!!

昨日、仕事帰りに何気なくCDショップを覗くと、何とあの名作(DVD)がなんと千円をきって販売しており、思わず衝動買いをしてしまった。
学生時代、通っていた音楽学校の近くに‘映画喫茶’なるものがあって、我々はよくそこへ通ってはたくさんの名作にふれた。
「今週は(たしか2週間で上映するものが替わったと記憶しているが....)『ひまわり』が入ったぞ!」とか、「今回は凄いよ!『慕情』だ!!」などと友人から情報が入ると、授業後、練習館に入ってのピアノの練習をいつもより早めに切り上げ、19:30からの最終の上映に間に合うように、白山通りを映画喫茶までよく走ったものだ。
一般の映画館とくらべ、若干スクリーンは小さいものの、お腹のすいた胃袋に(映画分だけちょっと高めの)サンドイッチを詰め込み、コーヒーをすすりながら見る名作の数々は至福の時であった。

その回は、この名作『サウンド オブ ミュージック』
それまで、あまりこの映画に興味がなかった私だったが、授業で先生からこの映画の事を聞き、友人からもその良さを‘くどいほど’聞き、最初は迷惑そうに、付き合いで見にいったものだが.....その後、いわゆる“はまって”しまったのだ。
翌日もその同じ友人と1回、さらに翌週は一人で3回、つまり、2週間で5回もこの映画を見て、感動し、涙した。
(おかげで、ピアノの練習時間が大幅に減り、多少下手になり、そして、財布の中身も寂しくはなったが...)

それから20数年たった昨夜、再びこの作品に出会い、この名作を見た。
それは、いつまでたっても色あせず、驚くほど新鮮で、決して感動が薄れない.....、
見終わった後の満足感は、あの時の自分と全く同じ(むしろそれ以上)だった。
残念ながら、映画喫茶のあの大きなスクリーンから、自宅の小さなテレビの画面に代わったものの、‘たった千円の’すばらしい映画、楽しいひとときに、大、大満足であった!!!
2005/4/4 (Mon)  いよいよ春本番!!

いよいよ春本番。暗闇の中撮った写真なので、その光景は判りづらいが、上野公園の夜が賑わい始めた。いよいよ春本番だ!!よくもまあ、こんなに人が....と思うほど、花見に多くの人が盛り上がっている。夜の新宿や渋谷以上に、この時期の上野は賑やかで、大騒ぎである。夜遅く、その光景を羨ましく見ながら、大学から家路に着いた。
今年も上野に通いながら、忙しく花見の機会は持てないな......。
2005/3/31 (Thu)  おい、そりゃないよ!!

私の事務所のある西川口駅前のビル工事が始まった。以前ここには、ブティックやCDショップ、靴屋、本屋、文具などの店舗が入っていたが、ここ数年の不景気により例外なくここも客足が鈍く閉店してしまった。
駅前で、また事務所の近くということで私はよくここを利用していた。
文具や書籍、CD、そして靴など、このビルで事足りてしまうので重宝していたのだが....。

『閉店大売り出し』のビラで、私はこれらの店舗の閉店を知った。お得意さまの私としては、その急な知らせにビックリしながらも敏速に、その閉店セールへ向った。
CDなどは、割引にならなかったものの、靴屋の前には「全品50%OFF」の張り紙が......。いくつか物色してみると、サイズに合い気に入ったものが2足ほど...。
(やった!!)と心の中で叫びながら、レジに向う。

いつものおじさんが閉店のショックか、今日はよけい小さく見える。
本当に気の毒だ。不景気とはいえ、まじめに商売してきたのに。
(これからどうして生活するのだろう)
そんないらぬ心配までした数日後.....。

外は小雨であったが、足慣らしのため早速購入した靴を履き、仕事にでかける。徒歩で駅に向う。
(やっぱり新しい靴はイイ!)
そう思ったその数分後、何やら靴下が濡れてきた。
何故か、靴の底が漏れているのだ。

『ウッソ!?不良品??』

翌日、「新品なのに!!」と文句を言いにその店(ビル)に向った。
入口には頑丈にシャッターが閉まっている。
ひっそりそこに立つビルの前で、途方に暮れていた私の姿があった.....。
2005/3/29 (Tue)  興味一番

先日の日曜日、午後からの仕事に出かける前に、娘の通う保育園の展示物が公民館にあるということで、こっそり覗いてきた。たくさんの展示物の中、それは一目でわかった。何という“力作”!!そこには、5歳の子供が作ったとは思えない、また、5歳の子供だから作れるという、布や紙製のお菓子と食べ物の数々。その中で娘の作品は.....やはり毎晩の読み聞かせ(ヘンゼルとグレーテル)の成果あってか、美味しそうなケーキ。本当に微笑ましい作品である。
子供達の食に対する興味は大人たちより旺盛で、そして、その表現は豊かである。指導なさった担任の先生は、さぞかし大変であっただろうが、それ以上に、子供たちの努力は、その展示物に刺激され、仕事への移動の途中、思わず駅のコーヒースタンドで“ホットドック”をパクつく私の姿がそれを証明していた。
2005/3/26 (Sat)  今日、夕方より復活しました。

週初めより風邪でダウンしていたが、今日夕方からようやく復活した。(と、いうより、復活しなければならなかった)以前、何かで書いたかもしれないが、もし「ボーナス、退職金、有休の3つのうち、どれか一つ音楽家のあなたにあげる」といわれたら、私は迷わず『有休』と答えるであろう。いつも体の具合の悪くなることを恐れ、また、病気になることや遅刻をしてしまうことを夢にまで見て、いつもビクビクしてすごしている私にとって、また、(どの)音楽家にとっても、休んでも給料がもらえる『有休』とは本当によい制度だと思う。音楽家以外の自営業者や、農業を営んでいる人からフリーターの方までも、きっと同じ事を思っているはずである。そんな事を思いながら、まだ体調が戻らぬ中仕事に出かけた。

大宮から新幹線に乗るまで、少し時間があり、改札をはさんであった反対側のコーヒーショップに行こうとしたその時であった。
駅の変わり様に驚愕した。
以前は大宮駅構内の東京よりは、それこそいくつかのコーヒースタンドと
簡単な食事がとれるレストランがたった1件あったきりであったが、
しばらく見ないうちに‘別な街’になっていた。
デパートの地下街のごとく、そこには、たくさんの食料品売り場が軒を連ね、
その他にも、本屋からブティックまで、様々な店舗がひしめいていたのだ。
普段、私は大宮で降りることがなく、また乗り換えは常に北側の通路を利用するので、今日まで、この変わり様にまったく気がつかなかった。
(まだ、知らない人は一度行ってみるといい。本当に驚きである。)

次、ここに来るときは、少し時間に余裕をもち、散策して、またこの日記に報告したい。
後ろ髪をひかれる思いで、新幹線に乗り込んだ......。
2005/3/24 (Thu)  季節はずれの、インフルエンザ.......

今週に入って体の調子が悪く、寝込んでいます。日記もお休みです。今、この時間も......『フ〜っ...』
2005/3/21 (Mon)  日本は広い.......。

3月19日・20日と昨年10月以来、約5ヶ月振りに「山形県長井市」に行ってきた。昨日(20日)は夜、本番だった為に1泊2日の短い滞在だったが、日本の広さに驚きであった。19日大宮を出発する。今回の訪問は半年前の「第九公演」の合唱団の方々との合唱練習を兼ねた懇親会ということで、全く(演奏会の)プレッシャーがなかったため、心なしか新幹線の車輪の音も軽快で、快調に陸奥の地に向かっていった。もう、春の訪れを感じる暖かい大宮を出発して1時間、郡山では雪がチラつくものの福島駅ではそれが止み、ここも春の訪れを予感させてくれた。
新幹線つばさ号は進行方向左に大きく曲がりやがてトンネルに入る。そして2つ目のトンネルを抜けると、その景色は急変した。
外は何と吹雪.....。今まで、テレビ以外でこんな光景は見たこともなく、細かい雪がこれでもかと言わんばかりに吹雪いている。本当に厳しい雪国の世界を垣間見た気がした。
それでも、赤湯に到着すると雪は止んでおり、そこには美しい一面の銀世界があった。
地元の方は、「もう春ですね。」と言っていたが、懇親会会場の楽しく暖かい雰囲気とは裏腹に、私には十分すぎる寒いさむい冬の一日であった。

その寒い北国で中で飲んだお酒は、もちろん美味であったが......。
2005/3/16 (Wed)  当たり前の事だが........。

私のような二流指揮者は、演奏活動だけでは生活できない。言ってしまえば(乱暴な言い方をすれば)事務所でPCに向かい仕事をするのも、音楽院でレッスンするのも、大学で働くのも、ある意味演奏(指揮)活動をしたいが為なのだ。それでも、レッスンなど少しでも音楽(音)と一緒にいられる仕事は別なのだが、音と無縁な「原稿書き」のような仕事や、大学での会議、他雑務は、とりわけ体力的に消耗するだけでなく、時として音楽(楽譜)を勉強する気力をも、その疲労とストレスから失ってしまう事がある。
昨日もそうだった。
午前中から大学で仕事に追われ(本来出勤日ではないのだが)その雑務から解放されたのは、夜の8時過ぎ.....
疲れ果てて帰宅する直前、ある管楽器の教授の部屋を訪れたとき....
部屋に煌々と電気をつけ、一人黙々と楽器をさらっている先生の姿が....。
(その先生も、大学の中では(雑務も含め)本当によく働く教授である)

『皆、必死なんだ.....』

改めて(今日は疲れたからこのまままっすぐ帰ろうか...)などと思った怠け心の自分を、その先生の姿から、心から反省させられた....。
その後、疲れた体と心に鞭打ち、昨夜もコモって勉強に勤しんだ....。

(俺も、まだまだ甘いな......)


※写真は本文とは関係ありません。上野の文化会館横のに展示してある、
 花びらによる絵画です。
2005/3/14 (Mon)  コダワリ.......。

仕事先から直接事務所に帰り、24時を間近に今、ようやく日記をつけている。「何か書かなくては....」という(多少の)義務感から、クダラナイ事を書くが....。

私は、シャープペンシルなるものを持っていない。指揮者の誰もがそうであるように、譜面には必ず鉛筆を使う。しかも、その種類は“三菱のHi-uni”金のリングのある、このイカした鉛筆。しかも、1ランク安い“uni”でなく‘Hi’の方...。
私の弟子にも皆、これを薦めている。何と言っても書き味が違う。そして、色がいい。また、紙を傷つけずすぐ消せるのもいい。「贅沢」と言われてもいい。
私のささやかなコダワリなのだから.....。
2005/3/13 (Sun)  疲れた......歳か.....

今日もオケのリハーサル。エンジン全開、いきなりトップギアーに入れ全身全霊でパフォーマンスを.....。合宿の後遺症か、はたまたこれが歳(トシ)というものなのか、いいリハーサルの達成感とともに、疲労感がどっと押し寄せてくる。今日は写真を撮る余裕もなく、帰宅し何気なく干してある洗濯物を見ると......、私のお気に入りのトレーナーのキャラクターが『明日も頑張れ!!』と吠えている。今週も忙しい......。

追記:山形での「第九」の合唱のメンバーの方から、お味噌や漬物、
   地元のお菓子など、ダンボール一杯に詰めて送っていただいた。
   本当に嬉しかった!!元気が出た!!!!
   よし、今週も頑張ろう!!!!
2005/3/12 (Sat)  可能性。

昨日より、ブラスの合宿に行ってきた。.....と言っても、アマチュア(大人)の吹奏楽団ではなく、中学生のバンドであった。中学生との合宿は本当に久しぶり(4年ぶり位?)で、大人のオケやブラスとの‘宴会漬’のものとはまた違い、規則正しい食事と若いキビキビした子供たちとの、とても新鮮なものであった。今回の合宿はコンクール前の‘シビアなもの’とは違い、来週に控えた演奏会はあるものの、のびのびとした楽しいものであった。
とはいえ、私の指揮と練習は相変わらずのパワー全開で、その迫力に多少押され気味の彼女たちであったが、音楽(演奏)レベルは秀ており、私が要求する音と響き、音楽に対するその反応は、潜在能力をもった可能性のある、金の卵たちの集団であり、本当に素晴らしいものであった。
まだまだ荒削りで課題はたくさんあるものの、満足のいく、素晴らしい音楽(リハーサル)であった。
充実した合宿のチャンスを与えてくれた、指導者(顧問の先生)とその家族、そして保護者の方々に心から感謝したい。

久しぶりの合宿所のカレーライスに感激し、その味が微かに口の中に残って家路についたその食卓には、「お帰りなさい!!」という家族のたくさんの笑顔と、何と、大盛りのカレーライスが待っていた...(笑)。
2005/3/10 (Thu)  誕生日......。

今日は、私の奥さんの誕生日であった。今年で十の位が替わる記念の誕生日ということで、今週は忙しいのだが、今夜だけは仕事を入れず、両親も含めた家族6人で食事をした。また、普段あまり着る物に贅沢をしない人なだけに「誕生日くらいは.....」そう思い、多少恥ずかしさもあったが、婦人服売り場に足を運び、春らしい重ね着のできるシャツを私が見立ててプレゼントをした。『うちの奥さんも、いよいよ大台か......』
自分の齢を棚に上げ、一人感慨に浸る私であった.....。
2005/3/8 (Tue)  『人は環境の子』

我が家には床の間に代わる‘素敵な空間’があることは先日ここに記したが、私にも事務所のエレベーターホール(入り口)にその場所はある。
ここは私が管理しているため、母のようなセンスの良さは見られないものの、それでも花屋に通い季節のものを買って、それを花瓶に自分で生けて、その季節にあわせたちょっとした飾り物もする。他人には、私が花を生ける姿などは滑稽に見えるかもしれないが、私にもちょっとした‘こだわり’がある。

『人は環境の子』
これは、ヴァイオリン指導者の鈴木慎一先生の言葉である。私の大切にしている言葉のひとつである。
極端な話だが、あの‘天才モーツァルト’も原始時代に生まれていたら、あんな大作曲家になっていなかったと思う。家族も含めあの音楽の環境があったから、あんなに素敵な曲を書けたのは言うまでもない。

今日は花瓶の花を替えてみた。「どんな感じだろう....」
この事務所(音楽院)に来る生徒の一人でも、何かをこの空間に感じてくれ、それが素敵な音楽になれば.....そうなれば幸いである。
2005/3/7 (Mon)  今週は忙しいので......。

週明けの今朝、娘たちを保育園に送っていく途中の梅の木が、満開であった。一つ、二つと、この花を見つけた時から私も娘たちも注目していただけに、休み明けのこの満開の梅の木の花々に大騒ぎで、楽しい週初めの通園になった。公園の桜のつぼみも膨らんできており、これから毎日の送り迎えが楽しみである。
『これが幸せなんだな〜』と感じる今日この頃である.......。

今週はとても忙しく、日記は少しずつ記そうと思う。できるだけ、毎日...。
2005/3/5 (Sat)  読み聞かせ......。

普段は夜、家にいられるときなら、必ず娘たちと一緒に風呂に入り、一緒に(とりあえず)布団に入り、娘たちを寝かせているのだが(それから起きるのが辛いが....)今日は帰りが遅かったため、奥さん一人にそれを任せ、私は入浴後の着替えをしていた。今日は土曜日ということもあり、いつもより遅い時間ではあったが、それでもいつもの通り、寝室からママの本を読む声が......。

そういえば(どこの家庭でもしているかとは思うが)我が家では眠る前に、必ず本を読み聞かせる習慣がある。それは、今日のように寝る時間が遅くなっても、根気強く本読みをしている。まさに365日だ。
読む本はきまった3冊と+α。
+αはその日の寝る時間にもよるのだが、どんなことがあってもこの3冊だけは欠かさず読んであげている。
(読ませられているといったほうが、正確ではあるが。)

彼女たちのお気に入りはこの3つ。
“ふとん”“トトロ”そして“ヘンゼルとグレーテル”
この3冊がなぜか大好きでしょうがない。
しかし、前の2冊はうなずけるがヘンゼルとグレーテルだけはいただけない。
人から以前譲ってもらった(少々古い)本なので、贅沢はいえないが、
いきなりこの出だしである。

『まずしい きこりが いました。あした たべる パンも かえません。
 こどもたちを すてよう。〜以下略〜』

時として童話は残酷である。
あの名作‘赤頭巾ちゃん’も最後は結構酷であり、原作はもっとひどい。
この“ヘンゼルとグレーテル”も、最後が魔女をかまどに押し込んで焼き殺してしまい、宝物を持って家に無事帰るのだが、
やっていることは、子供とはいえ「強盗、殺人罪」  結構ヘビーである。

それでも、今日も寝室からのママの本を読む声に安心し、
子供たちは穏やかに眠りについた。
もっと夢のある、いい本を与えたいのだが、なかなか子供たちは‘これ’を手放さない。

いつまで、この“ヘンゼルとグレーテル”を読み続けなければならないのだろうか.....。
2005/3/4 (Fri)  今日はうれしいひな祭り

我が家には床の間というものがない。そのかわり、玄関の下駄箱の上の小さなスペースがそれに代わるちょっとした素敵な空間になっている。そこを演出するのはいつも母の役目である。季節の花を生けたり、ちょっとした小物を置いたり。息子がいうのも何だが、なかなかいいセンスをしているなと常々思う。しかし、今日ばかりはその場所もいつもと違うにぎやかな装いになっていた。
私の家族は6人、そのうち4人が女性(娘2人)。男を代表して私がひな祭りのケーキを買って女性達にふるまい、祭りを演出する。それには娘たちも大喜びで、それならばと得意げに保育園で作ったお雛様を見せてくれ、そして飾ってくれた。
(写真右、手前が下の娘作成、後ろが上の娘作成、左側お雛様の屏風の後の飾りはママの手作りの飾り)

本来男には縁のない日ではあるが、昨夜は華やかで楽しいひとときであった。
2005/3/3 (Thu)  貴重なプロフィール.......。

先日もこの日記に書いたが、ここ数日‘花粉アレルギーの薬’のせいか、やたらに昼間眠くてしょうがない。今日も、勉強半ばにして眠くなってしまった。そのため最近眠気覚ましも兼ねて、この‘まえすとろ日記’を昼間書き込む事が多くなった。
先日、私の音楽院の講師の先生がこんな事を言っていた。『失礼ながら、先生はご自分を売り込むのが上手くないですよね。ご自分のプロフィールだって、書こうと思えば、もっとたくさんあるはずなのに....。』そういえば、このこのことは、初めて聞いたことではなく、この先生以外にもいく人かに指摘されたことがある。
しかし、私はプロフィールに有ること無いこととグダグダと書くのが好きでない。
多くの指揮者や音楽家は**先生師事などと、たくさんの先生を並べて書くのだが、
大学の指揮科のある先生と、お茶を飲みながらの会話の中で、
「そういえば先生は、***の師匠なのですね」と(プロフィールにしっかり師事と書いてあった)指揮者の話をしたところ、
「酒井さん、僕、その人知らないよ、それはどっかであちらが一方的に僕に会ったか、
 どこかで僕のやった指揮の講習会に参加していただけなんじゃない...?」とあっさり言われてしまった。
そんなことが巷ではよくあるだけに、自分だけはプロフィールに‘大風呂敷’を広げないよう、心がけている。

3月1日に指揮科の入試(一次)があった。受験生は差し置き、その試験官はそうそうたる顔ぶれで、
その中には以前‘NHKのクラシック音楽番組’に出演なさっておられた、
世界的指揮者のO先生の姿もあった。
O先生とは、仕事のやり取りで、メールは交換しているものの
実は、私はO先生とは初対面であった。
『先生、はじめまして!酒井です!!』
『お〜っ!酒井さん。Oです。いつもお世話になっております!!』
この大マエストロとの親しげなやり取りを見ていた周りの先生方から、
『先生、酒井さんをご存知なんですか?』と驚きの声。
その声に先生はきっぱりと『うん、僕の“メル友”です!!』

そういえば、O先生へのメールの中に、気候のこと(先生はよく外国に演奏旅行されているので)、
日本の様子、健康の事などを書くことが多く、それを受けて先生からも、
用件だけでなく、最近ではプライベートのことを付け加えて送ってくださるようになり、いつの間にか、親しくやりとりをさせていただけるようになった。
それらが重なって、「僕の“メル友”」にさせていただけたのだと思う。
本当に、誇らしく、光栄であり、そして嬉しかった。

もし書ける事なら、プロフィールに貴重な1行を加えたい気持ちである。

〜指揮を***に師事する。また、世界的指揮者O氏とは“メル友”である〜....と。
2005/3/1 (Tue)  大学は植物園!?

入試で大学に行った。今日の気温は低くやや肌寒かったものの、日差しはあたたかく来る春を予感させた。私の勤務するG大は、知る人ぞ知る植物の宝庫である。校内にある野草を含むその植物の種類は、100種類とも150種類ともいわれ、雑誌やTVにも紹介されたという話を聞いたことがある。野草の詳しい人は堪えられない、別な意味で興味深い大学のようである。素人の私にもやはりこれらは興味深く、今まさに満開の梅の花や、つぼみも膨らみ一つ二つほころびた桃の花は本当に可愛らしい。

しかしこの春の陽気とは対照的に、受験生の顔はまだ固いつぼみのままで、寒々と青ざめて見える。

ちょっと視線をかえて空を見上げてごらん。
もっとリラックスして試験に臨むことができ、この花々の様にやがて素敵な春を迎えられるから.....。
『頑張れ!!受験生!!!』
2005/2/28 (Mon)  薬.....それとも、春眠暁を......?

朝から専門学校で合唱の指導。今日は、レッスンもなく昼過ぎからはフリーになった。早速、喫茶店に入って勉強。
「指揮者は譜面を見て何をするのか?」よく、訊ねられる質問である。
まず、一番初めにやること、それは“フレーズ割り”である。
簡単にいうと、曲(旋律)という長い文章に、句読点をつけること。オーケストラの曲のように、長く、また、たくさんの楽器と旋律が入り組んでいるときに、必ずやらなければならない仕事なのだ。
私の(今は亡き)指揮の先生は、
『フレーズ割りは指揮者がする‘勉強’でなく‘作業’だ!』
よく我々弟子におっしゃった。
つまり、楽器を演奏する人が、楽器を組み立てるように、指揮者が指揮台に上がる前に、必ずやらなくてはならない義務であるのだという。
ところが、この作業、楽器を組み立てるように簡単にはいかない。
知っている曲ならそうでもないのだが、知らない曲や、旋律が込み入ってややこしい曲は、なかなか時間がかかる。
.....そして、眠くなる。

2月も今日で終わり。
春の足音が聞こえてくる今日、日本国民の大勢はそうであるように、
私も‘スギ花粉’に悩まされている。
今年はスギ花粉が多いという、もっぱらの評判の中、
例年よりも薬の量を増やし、花粉対策に備えてきた。
しかし、この薬(飲んでいる方は皆わかるように)大変眠くなる。
指揮や指導をしているときは、全く感じないのだが、
今日のように暖かく、ましてや暖房のきいた建物(喫茶店)の中だと、
なお更である。
今日は、これで3杯目のコーヒー......。

天国の先生に叱られないように、もうひと踏ん張り頑張るか!!
2005/2/25 (Fri)  枝の色が、春を知らせてくれる。

大学に勤務するようになって6年が過ぎた。
上野駅から文化会館の脇を通り、動物園手前を右に折れ、旧奏楽堂の前を通り.....、この道も随分通った。
季節ごとに変化する景色、(‘青テント’を除き)ここは本当に美しい。春は桜、夏は青葉、秋は紅葉、冬だけは木々の枝も寒々とするが.....。しかし、数年前からこの冬の木々が私に春の訪れを教えてくれるようになった。枝の色が春に向かい徐々に桜色に変化していくのだ。

昨夜は雪がよく積もった。「こんなに降ったら」と心配していたものの、今朝になったら既にほとんど融けており、夜中に作った雪だるまも、無残な姿になっていた。
「これも、春の訪れだろうか?」そう思いながら大学に行く途中、何気なく遠くに目をやると....。

『春はもうそこまで来ているよ!』  そう公園の木々が私に教えてくれた。
2005/2/24 (Thu)  一面、銀世界.....。

今日はI氏と飲んだ。
彼とは、音楽学校からの長い付き合いで、(実は彼は指揮専攻で)私は、彼の指揮する合唱団で歌っていたこともある。
音楽はもちろんだが、それ以外の知識も人間性同様に豊かで、私が心を許せる、(また私の奥さんも彼と一緒だと仕事以外で遅くなっても許してくれる)
そんな、貴重な大親友である。

彼と話をすると、時間が経つのも忘れてしまう。音楽の話はもちろん、仕事の話、旅行の話、食べ物の話、お酒の話....とにかくその話題は尽きない。
気がつくと11時を回っており、外には何と雪が...。
ボタン雪の舞う中、家路についた。

家族が寝静まった中、風呂に入り、仕事をしていると、『ドサッ!!』
慌てて外に出てみるとそこは美しい銀世界、それをさらに包み込むように、細かい雪が深々と降っていた。

今日から、この日記に写真を載せる絶好の機会と、寝巻き姿で外に出て、
雪だるまを作り“パチリ”
出来はいまひとつだったものの、今夜の楽しいひと時は最高の時間であった。

明日は、娘と雪遊びでもしよう。早起きに備え、今日はもう寝ようか......。
2005/2/22 (Tue)  徒然なるままに.....。

今日は、午前中より大学へ。
もう授業はなく、私は非常勤なので行く必要がないのだが、
3月にある演奏会のことで、どうしてもやらなくてはならない事があり、
(ご苦労なことに)出かけていった。
行けば行ったで、いろいろな人に呼び止められ、
何かと仕事が増えてくる。
今日は出勤日ではないことは、皆、判っているのだが、
そんなことはお構いなし.....。
今日大学へ行ってよかったことは、
校内の桃の花のつぼみが膨らんでいたことと、
学食のオジサンが、「先生、ご苦労様!!」と、
定食(昼食)を10円おまけしてくれたこと。
(610円⇒600円 気持ちが嬉しい!!おじさんありがとう!!)
結局、夕方5時過ぎまで大学に....。

いつもならその後、事務所か喫茶店で勉強をしていくのだが、
今日は娘がインフルエンザで休んでおり、
そのため、今日は直接家路へつく。

娘たちは、パパの早い帰宅に大喜び!!
(再び、熱が上がらなければよいが)
ママと娘の合作の手作り餃子(但し、ニンニク・ニラ抜き)を
ほおばり、私もご機嫌!

家族が寝静まった今、ようやく落ち着いて譜面とパソコンを広げる時間が持てた。

明日は、午前中は合唱の指導。
そして午後は、確定申告で税務署へ。
2005/2/21 (Mon)  宿題は大嫌いだった!

誰もがそうであったように、‘特に私は’学生の頃から宿題が大嫌いだった。
教師が義務的に出す(とみられる)夏休みの宿題などは言うまでもない。
そのくせ、自分の好きな事はトコトンやるタイプで、
ある夏休み、国語で出た宿題の原稿用紙25枚以上の創作作文(自分で作る小説など)は、
100枚近くの枚数の超大作を書き、担当教師を驚かせた。
いずれにしても‘宿題のない職業’に就くのが私の夢だったが....。

現実は....、一番宿題を必要とする仕事を選んでしまった。
一般の人に「指揮者のイメージは」と聞くと、
燕尾服を着て、指揮台で大汗かいて棒を振っている姿を想像しているようだが、
実際は、指揮者はその仕事のほとんどがデスクワーク。
机の上で、譜面に向かい、「あーでもない、こーでもない」と悩み、苦しみ、暗譜し、
仕事全体の8割はそういった時間を過ごしている。
つまり、ほとんどが宿題の時間を過ごしているのだ。
もちろん「もっとやりたい!!もっとこの時間を過ごしたい!!」
そういった宿題の時(とき)もあるのだが、
やはりその仕事の中には、自分のレパートリーでない曲、
できればやりたくない曲も......正直ある。
そんな時は、それは苦痛の時間と化すのだ。

しかし、その宿題が仕事であっても、決して他の職業のように、
ネクタイを締めてでなく、また、それをオフィスでやったり、会社でやったりしないのがいい!
時には、喫茶店で。また時には、移動の新幹線の中や、仕事で外泊したホテルの部屋やロビーで....。
制服などもない。
Gパン、Tシャツ、トレーナーは当たり前....。

でも、これだけは言いたい!!
娘の保育園の先生方:
『どうか、娘を送りに行った私の格好を見て、そんな目をするのをやめてほしい。
 こんな‘みすぼらしい格好’をしてたって今日は私は仕事、
 これからこもって何時間も必死で譜読みするのだから.....
 タキシードや燕尾服を着ていなくとも、今日はこれが私の仕事なのだから......』
2005/2/17 (Thu)  ようやく“風”が.....!

正直、ここのところ悩んでた。

目の前の事に追われることはよくないと思いながらも、
毎日の仕事を着実にこなし、努力を積み重ねようと、何とか頑張ってきた。
それでもなかなか、それらが評価や仕事につながらず、
少々いらいらしていた自分がいた。
オーケストラでも、事務所でも、大学でも.....。

そのせいか最近、インターネットを開いても、新聞を見ても、週刊誌を見ても、
目に入るのは“今日の運勢”
私の今の状況を知っているかのように、決まってその結果は
「将来のために今は、地道な努力をする時」

それならばと勉強の時間を倍に増やし、
一層日々の仕事を丁寧にやるように努めた。
それでも、なかなか上手くいかない現実に、眠れない日々も続いた。
『才能?』『運?』『努力?』
いつもこの3つの事が不安とともに頭の中をぐるぐる回っていた、
そんな中、

今週に入って“風”が吹いてきた。
いくつかの仕事が重なって入る。
今年のも、そして来年も....。
いい評判も聞こえてくる。
「よかった、みんなそう感じてくれていたんだ....。」
思わず顔がほころんでしまう。

『これで、もう少し(指揮者を)頑張れる!』

昨日は、久しぶりに嬉しくて眠れない夜を過ごした。
2005/2/16 (Wed)  バレンタイン

一昨日(2月14日)はバレンタインデーであった。
チョコレートなんて、たくさんあっても迷惑なものだが、
一つもないとなると、これまた寂しいものである。

数年前、私が吹奏楽を指導している学校の部員から、
大きなダンボールで一人ひとりのチョコレートが届いたことがあった。
私を喜ばせようとしてくれた気持ちは、大変ありがたかったが、
たくさんのチョコレートの山に大喜びしたのは、残念ながら娘だけ、
私と私の奥さんは、1ヶ月後にひかえるホワイトデーなる、
‘お返しの日’に頭を悩ませた。
その後、2年間はありがたく頂戴していたのだが、
昨年、さすがに「今年はご辞退いたします」とお断りした。
そのせいか、最近(ほとんどが義理だが)
私がチョコレートをもらう相手の平均年齢が、
グッと上がってしまう残念な現象になってしまった。

それでも、さすがに皆さん‘年の功(失礼)’あってか
こちらの状況を考え、チョコレート以外のものをくださることが多い。
その中でもベルト、マフラー、セーターなどは、
普段なかなか自分で買うことがないのでとてもありがたい。

しかし中には「先生はいつもたくさん貰っているからよろしいでしょう?」
と言いながら、
娘たちへの洋服、お菓子、ヌイグルミ、
私の奥さんへのハンカチ、靴下など、
どうもそれは、バレンタインデーを逸脱している気がする。
(思わず、誰のためのバレンタインデー?などと、つい僻んでしまう)

いくつになっても、また、それが義理とわかっていても、
この日はやはり期待し、そして嬉しいものだ。

今年もいくつかのプレゼントにトキメキ、
そして、今年も頂けたことにホッとしている。
ちなみに、今年の奥さんと娘たちのプレゼントは、手作りのケーキだった。
(ご馳走さま......ありがとう)
2005/2/12 (Sat)  やっぱり齢(トシ)........?

昨日、子供が寝静まった後、事務所に行き、
まえすとろ日記を書いたり、メールを出したり、残した仕事をしたり、
気がつくと朝の4時半......
あわてて自宅に戻り、3時間ほど睡眠をとったのだが、
今日は一日中、絶不調であった。

以前は、徹夜なんか何のその、
「感性が鋭くなる」とか、「付点のリズムが厳しくなる」とか、
一晩の徹夜なんて何ともなかったが、
今日は本当に辛かった。
やはり、これが齢(トシ)なのだろうか......。

今日も1時を回った。
今日こそ、早く寝よう。
2005/2/11 (Fri)  悲しい校歌......。

‘目を刺して’高校受験に失敗した事は、前回の日記に記したが....、
実は、私には行きたい高校があった。
私の兄の行った、県内でも屈指の進学校である、O高等学校である。

3つ上の兄がその高校の音楽部(コーラス)に所属しており、
合唱好きの私も、中学校の頃からそこの混成合唱の虜になった。
O高校音楽部は当時県下でも大変有名で、
コンクールでは必ず上位入賞を果たしており、
私も中学校の頃から、O高校が出演する演奏会は欠かさず通った。
そのせいか、高校の校歌も自然に覚え、
しかもピアノ伴奏をつけ、フルコーラス唄えるようになり、いつの間にか、
「O高に行き、自分も音楽部でその校歌を歌いたい」という夢が出来た。

しかし残念ながらその高校には入れず、それならばと、
OBになった兄の先輩のO氏が作った‘鍋の会’と称した野外料理の会に、
私も飛び入りで参加をさせてもらい、あたかもO高校のOBのような顔をして、
数年の間、本当に楽しく過ごした。

その中心人物であったO氏が昨年亡くなった......。

若い頃は彼の自宅によく人が集まり、鍋をつついたり皆で雑魚寝をしたり、
‘回りに人が集まる’そんな人柄であった。
私も、兄に初めてO氏の自宅へ連れていかれたその日のうちに、
鍋をごちそうになり、図々しくも泊らせてもらい、
それから付き合いをさせてもらった。
多くの友人に恵まれたそんなO氏であったが、ここ数年は周りの者も、
いつの間にか彼と音信が途絶え『亡くなった』という知らせに皆、驚いた。

そんな彼の生前とは違い、葬式は実に寂しいものだった。
悲しい事に参列者も少なく、本当にしめやかなものだった。
あまりの寂しい式であったので、誰かが「それならば皆で歌でも唄って送ろう」という事で、
‘あの高校の校歌’を唄う事になった。
私もテノールのパートでそのコーラスに参加した。
歌声は、中学時代から私の耳に響いていた通りの本当に美しい合唱だった。
憧れの歌声の渦中に自分がいて....、思わず周りを見回してしまった。

本当に美しかった......。
しかし、あまりにも悲しすぎるその‘あこがれの校歌’に涙があふれた。
こんな場所で、こんな悲しい日に歌いたかったのではない。

O氏との思い出が次々に思い出された。
鍋を皆に振舞う姿..。
ギターをかかえ、兄の結婚式で歌ってくれたあの姿...。
皆でコンサートをし、縦じまのお揃いのシャツを着て歌ったあの姿.....。


私にとって「いつか混ざって唄いたい」そう思って、仲間にさせてもらい、
初めて皆と唄ったこの‘校歌’が、
悲しい、本当に悲しい‘歌’になってしまった。

一生忘れることのできない、悲しい‘歌’の思い出であった......。
2005/2/9 (Wed)  あっという間に、一週間....。

前回、この日記を記したのが、先週の水曜日。週末忙しく過ごし、
今週も週の初めから慌ただしく、毎晩帰宅が深夜.....、
パソコンに向えないまま、気が付くと‘水曜日’
あれから、一週間経ってしまった。

今日は2月9日。
巷(ちまた)では高校や大学の入学試験も始まり、早い学校では、結果の出ている学校もある。
私の携帯も嬉しい声やメールが、次々に舞い込んできており、
たくさんの朗報に、うきうきしている。

私の(高校)入試......、最悪であった。

その日は、入学試験も近づいた寒い冬の日。
ちょうど、新聞には公立高校の競争率が掲載されていた。
当時の私は学校へは一人で通っていたが、その日は、共通した話題で友達とも話したくて、
普段より早く家を出て、学校のすぐ近くに住む友人宅に寄る。
いつものように、そこには数人の友人がたむろしており、すぐに今朝の新聞の話題に。
......時間の経つのも忘れて...。


気が付くと、始業の3分前。慌てて5人の少年が学校裏の壊れた金網から侵入する。
チャイムが鳴る。
その中では背の高い私を最後に、必死で走る。朝の太陽の光が眩しい。
裏庭の木々の中を4人の少年がすり抜けた後、「バチン」と枝が顔に当たる音がした。
一瞬何がおこったか判らなかった。目が開かない。一人の友達がもどってくる。
「医者に行ったほうがいい。」
担任の先生と、その友の勧めで近くの眼科に行く。

水晶体損傷.....緊急入院....入試2週間前にして....。
試験日直前に退院し何とか受験したものの、結果はもちろん不合格。
自分の不注意とはいえ、本当に最悪な入学試験の思い出であった。

結果を報告した時、福島に住む伯母がこう言って慰めてくれた。
『敦を入れてくれない、そんなくだらない高校になんて、イグナ〜っ!!』

本当に嬉しい言葉だったが‘そんなくだらない高校’に合格できなかった自分がなんとも情けなかった。
2005/2/2 (Wed)  我が、巨人会

先日の日曜日は、新年会に行ってきた。
ちょっと遅い新年会だったが、大いに盛り上がった。

知る人ぞ知る、私は大の巨人フアンである。
今から10年前、SaxのT氏と横浜球場へ野球を見にいったのがきっかけで、
その後、むしろ私の方に、昔‘巨人フアン’だった想いに火がつき、
それからというもの、暇を見つけては球場へと足を運んだ。
その後、何故か縁あってジャイアンツの私設応援団である‘巨人会(旧辰徳会)’に入ってしまい、
東京ドームでは旗も振った事もあるほどの熱狂ぶりだった。

その当時はまだ奥さんと結婚しておらず、もっぱらデートは野球観戦、
そのせいあって、奥さんも会の皆さんと顔見知りで、
今回は、家族皆で、新年会の参加となった。
会は、その後、いろいろな事があり、
今ではドームでそろって応援することも旗を振る事もなくなったが、
皆んな集まると、当時の話題に花が咲く。

何が良いかって、皆、紳士である。
そして、人生経験が豊かで、いろいろな話が聞ける。
しかも、それぞれ、社会的立場を忘れて一(いち)フアンでいられるのがいい。
先日の新年会は別だが、私も何度か会の皆と楽しく飲み過ぎて、
終電の時間になって、ベンチで駅員に起こされた事もあった。
こんな事は、音楽会終了後の打ち上げでは、まずない事である。
そんな会であっただけに、大してお酒も飲まなかったが
めずらしく上機嫌で、娘には、こんなパパの姿を初めて見せたせいか、
彼女が会の途中、そっと耳元で私にささやいた。

『パパ、楽しい?.....でも、お酒、あまり飲み過ぎないでね....。』

すまん.....パパ、はしゃぎ過ぎたネ。
本当に楽しいひとときであった。
2005/1/29 (Sat)  イツノマニカ.....。

土曜日の今日。
いつもならば、外で仕事(指揮)をしているのだが、
今日は久しぶりに、事務所で過ごした。
レッスンと、確定申告のための帳簿の整理。
そういえば、いつの間にか私のパソコンに向う姿が様になってきた。
以前の私はワープロ(もはや死語)専門で、周りの人々から、
「早く、パソコン覚えなよ。」と、常々言われ続けてきた。
しかも、そのワープロの入力は何と‘ひらがな’

最近では、両手を使い、何とかパソコンとローマ字入力にもなれ、
今や、事務所の、私の部屋の並んだ2台の机には、MacとWindowsが....、
‘両方を同時に操っている自分’の光景に、少々意外な感じがした。

今まで、私をここまで育ててくれた‘PCの師匠達’に感謝!感謝!!


(明日はオフ。家族と(ちょっと遅い)新年会に出かける。)
2005/1/26 (Wed)  どうも体調が......。

お金になるかならないかは別にして(そこが一番辛いが)
今日もよく働いた。

午前中は(10時〜)合唱団の定期練習に行き、
昼食を兼ねながら(譜面)の勉強をし、
3時過ぎに事務所に帰ってきて、事務所の仕事、大学の会議資料の作成、
いく人かの人と仕事絡みの電話のやり取り、
ビーターのホテルの予約、レッスンと、夕食もとらず気が付くと
時計は10時半を回っていた。

今日は体調が悪く、発熱もしている。

『俺って、頑張ってるよな......』と一人つぶやき、今日は家に帰る。

明日は、熱が下がるといいが......。
2005/1/23 (Sun)  オーラと誇りが......。

昨日は、久しぶりに土曜日のオフ。
前日(金曜日)の夜、どのように過ごそうかと家族会議の結果、
娘たちの希望通り、ディズニーランドでの休日となった。
午前中は、奥さんが仕事であったので、午後から出かけ、
現地に到着した時は、パレードが始まる、まさにその瞬間であった。

やはり、何度見てもあのパレードはすばらしい!!
踊りもいいし、音楽もよい、演奏も上手いし、アレンジもよい!
いつもながら、あのパレードと、
それを見て大はしゃぎしている娘たちを見ると、何故か涙がでてくる。
この期間は通常のパレードの他に、プリンセス達のパレードもあり、
乗り物をあまり乗らない小さな子供のいる、我々家族には、とてもありがたかった。
しかし、その反面、やや感動が薄れているのも事実である。
それは、園内にいるスタッフに対してだ。

ディズニーランドが出来た当初は、あの芸術的な掃除するスタッフ、
笑顔で風船を売るスタッフ、ポップコーンを売るスタッフに‘オーラ’というか、
(皆、輝きがあり)ここ(園内)で働くプライドというか、
誇りのようなものがみなぎっていた。
しかし、昨日はそれが全く感じられなかった。
こちらにも慣れがあるせいか......それでも、やはり以前とは違う。

何回か訪れているとはいえ、不馴れな園内。
「何時から?」とか、「どこで?」とか「やるの?」とか、
どうしてもスタッフに尋ねるしかない。
しかし、今回は初めて彼女たちから、
『担当ではないのでちょっとわかりません』というショックな言葉を聞いてしまった。
意外であった。昔は、誰でも園内の事をよく知っており、
(ショウの場所/時間から、パレードの有無まで)
さすがディズニーランドのスタッフと感心したものだが.......。
『わかりません』だなんて......聞きたくない言葉だった。

もちろん、パレードのダンサー達は多少平均年齢が上がったような気がし、
よく見ると....であったが、
それでも、満面の笑顔をサービスし、‘毎日やっている’マンネリなんて、微塵も感じさせない、
本当に素敵であっただけに、あのスタッフ達は、

『夢と希望と魔法の王国』だったはずではないか!!!

あのショウ、パレード、サービスに、入場料も決して高くないと常々思っていただけに、
本当に残念であった。

まあそれでも、(娘たちと一緒に)今回初めて閉園まで過ごし、
初めて見た花火に大はしゃぎする娘たちに満足し、楽しい一日ではあったが....。
2005/1/20 (Thu)  心の旅......。

今年に入っても相変わらず忙しい日々だが、
今のところ何とか毎日‘自分の5年後のための勉強’を続けられている。
事務所の自分の机に向かってであったり、喫茶店であったり、
時には仕事で移動中の列車の中と、その勉強場所は様々であるが....。
しかし今日は毎日の寝不足がたたって、1時間もすると眠くなってしまった。
気分を変えるため、本でも読もうと鞄を探ったが、こんなときに限って何もない。
仕方がないので鞄に(仕事で移動のため)常備している‘時刻表’を取り出す。
意外にもこの時刻表は、なかなか楽しい。

東海道、山陽新幹線からはじまり、九州、東北、山形、秋田、上越、長野と、
新幹線だけでも、たくさんの場所に旅をさせてくれる。
また、新幹線以外でも、日本中、時には寝台列車でどこへでも連れて行ってくれる。
そういえば昔、NHK合唱コンクールの高校の課題曲にこんな詩(うた)があった。


『小さな部屋の、小さな壁に、大きな地図をはって旅に出ようよ、心の旅に....』

1冊の時刻表から、ちょっとした“心の旅”であった。
2005/1/19 (Wed)  文字を残すなよ.......。

新年になって、私の指導している合唱団の初練習があった。
今年初めて練習ということもあり、今日はいつもの合唱曲ではなく、
〜中田喜直作曲/雪のふるまちを(女声三部)〜
 (この日記には五線がないので、以下の事が説明しにくいのだか)

本当にこの曲は名曲である!!
一部を除いて、付点のリズムなのがいい。
(私の合唱団も最初そうであったように)
どの合唱団も付点が三連符になりがちであり、
それではあの4beetの伴奏で歌う(たぶん、雪を踏みしめる歩みを表現している)
厳かで、静寂で、そして緊張した雰囲気が出てこない。

強弱が‘pp’から‘mf’なのもいい!

所どころ、三連符で表現しているのもいい!!

そして何より(大変残念ではあるが)作曲者が他界しているのがいい。
直接作曲者に会って答を訊くこともできず、
それを楽譜から「ああでもない、こうでもない」と想像することは、
演奏家(指揮者)にとって何よりの楽しみである。


「譜面から、作曲者の意図を読み取って!!」
「この曲を通して付点のリズムで表現したのだから.....」
「強弱の指示がこうだから.....」
「ここの伴奏が....」
「最後のdim.は.....」
『リズムが大事、カンジキを履いて雪を踏みしめて歩くように....』
1時間半の練習で、どうにか表現ができるようになり、多少満足し、
『作曲者も天国で、酒井に感謝してますよ』と偉そうに言ったその直後、

........譜面の欄外の小さな文字を発見....!!!!

 〔付点のリズムを明確に、三連符のようにならないように。
  テンポを正確に、最後まで崩さず、しかしとびはねるのではなく
  雪の中を歩くように(中田喜直)〕


1時間半の情熱的な指導も、たったこの3行の作曲者のメモで、すべて解決!!

『エッ?それって私の掻いた汗、出した大声がすべて無駄っていうこと?
 ダメだよ、作曲家が文字を残しちゃ.....、指揮者の立場がないよ...』
2005/1/18 (Tue)  何かと忙しくて....。

何かと、忙しい毎日である。
なかなか日記が書けない......。

せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。
BBSに書き込んで下さい。
今日も、帰宅が深夜になってしまった。

1月19日午前1時半 事務所にて記す。
2005/1/18 (Tue)  何かと忙しくて....。

何かと、忙しい毎日である。
なかなか日記が書けない......。

せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。
BBSに書き込んで下さい。
今日も、帰宅が深夜になってしまった。

1月19日午前1時半 事務所にて記す。
2005/1/14 (Fri)  ハムスターを飼う。

相変わらず父の入院が続いている。
この入院で、私たち大人はもちろんのこと、
毎日、毎晩、心配する娘たちの心にも、その不安と心配で影響がでている。

下の3歳の娘は、毎晩布団(床)に入ると
「じいちゃん、あといくつ寝ると帰ってくるの?」としきりに尋ねる。
その都度、「ああ、小さくても家族なんだな〜ぁ」と温かい気持ちになる。

上の娘はさすがお姉ちゃんで、あといくか寝たら帰って来るんだと、
私たちの会話を彼女なりに理解し、静かに待っていたのだが、
3日前、さすがに不安が一気に吹き出したのか、
「じいちゃんに会いたい!じいちゃんに会いたい!!」と
何度も何度も泣きじゃくり、
その夜ついに、病院へ会いに連れて行くことになった。

その自転車での寒い中の移動は大変で、
コートと毛布に包まれ、重装備での往復あったが、
娘の優しい気持ちに、本当に嬉しかった。
(おかげで、娘は翌日熱を出し、保育園を休み、
 また、父もその晩の発作で、退院がまた、延期になってしまったが..。)


そんな、娘たちの不安と緊張を和らげるために、家族が一人増えた。
前から(娘たちが)ほしかった、ハムスター(のピュアちゃん)である。

『早くじいちゃんにも、ピュアちゃんを見てほしいね〜っ!!』と
無邪気に話す娘に、父が帰って来て‘この増えた家族’にどう反応するか、
チョッピリ不安な毎日である.....。
2005/1/10 (Mon)  本当に久しぶりに........。

昨日まで泊まりで、学生の吹奏楽の指導に行ってきた。
今回指導した団体は、私がよく指導に行く学校で、
そのバンド(吹奏楽部)とは、もう、かれこれ5年半のお付き合いになる。

中・高・大学問わず、学生の指導は本当に楽しい。
以前、私も中学校の教師をしていたので、
学生の指導は、自分の指揮や指導の仕事のなかでも、
オケ・コーラス・ブラスを問わず好きな仕事だ。
しかし最近、その気持ちに変化がみられていたのも事実だ。

こんなことを言うのは大変オコガマシイが、
学校の先生があまりにも、不勉強すぎるのだ!!
お金を集め(私をはじめトレーナーを呼ぶ)ことは上手いのだが、
(コンクールや演奏会などの)本番を振る先生がなんともお粗末で
生徒以上に不勉強なのだ。
いくら、私をはじめ他のトレーナーが努力しても、たかだかそれは、
指導に行ったその日限りのことで、あとはやはり毎日の部員と先生の努力と
実際演奏会やリハーサルで振る、先生の指揮次第なのだ。
私もまだ勉強中の身なので、偉そうなことは言えないが、
あの生徒の努力に比べ、私が出会った何人かのダメ先生は
それはそれはヒドイ!!

今回指導した学校は、以前は正直なところ、
「ここもなのか....」と感じたときもあったが、
前回12月に指導に行ってきてから、今回までの期間、
先生も生徒も、‘その努力’は、それはそれは大変だったと想像できた。
まだ3年生が抜けて1・2年生のバンドのため、
一人ひとりの楽器の音色は、問題はあるものの、
あのバンドから出てきた音楽は、
私好みの(自分で指導したので、当然だが…笑)本当に上品で、
また、楽譜の中に書いてあることを大切に大切に表現し、
その中から、先生と生徒の毎日の練習と努力を垣間見た気がした。

本当に寒い日が続く毎日、音楽室(練習所)も寒い中、
それでも大汗を掻き全力で音楽を、楽譜の意味を、
なんとか伝えようとしているので、
部員と先生の継続した努力によって、あんな音楽をしてくれると
本当に嬉しくなる。

二日間、全力でやったおかげで、残念ながら風邪は悪化したが、
本当に気持ちのいい、楽しい二日間であった。
2005/1/6 (Thu)  家族......。

今年は、正月(2日)から父の具合が悪く、今は快方に向っているものの、
一時は.....、そんな事があった。
普段は無口なもの静かな父だが、
入院中で、我が家の食卓にその姿がないと、それはそれは寂しいものだ。
上の娘はもちろんのこと、3歳の下の娘までも
『じいちゃんはまだ帰ってこないの?大丈夫なの?』と毎日心配している。

私は次男坊だが、両親と同居している。
同居する際は他の家庭と同じように、いろいろ心配や煩わしさを感じた。
また、我が家はそれほど大きな家ではないため、それも悩みの種であった。
しかし、今は同居して本当によかったと思っている。

ある日、我が家へ遊びにきた姪っ子が、ぽつりとこんな事を言った。
『いいな〜、(家が)狭くって.....』

それでなくても狭い家なのだから、皆、それぞれの部屋に散ればいいものの
なぜか(狭い)ダイニングに‘たむろ’している。
そういえば、私が子供のときからそうであった。
ダイニングで食事をし、テレビも見て、ゲームもし、
あげくの果て、ピアノも弾き、皆で歌も唄った。
(驚く事に、我が家はこの狭いダイニングにピアノを置いていた)


最近の家族は、年よりと同居することを避けているが、
私は、是非一緒に住むべきだと思う。
まさに“狭いながら楽しい我が家”である。

子供のため、両親のため、私たちのため、
そして何より『家族』のために.....。
2005/1/4 (Tue)  謹賀新年

元旦の夜は、お祝い酒を飲みすぎて寝てしまい日記が書けなかったのだが、
2日からは、身内の病院通い(入院)で、いろいろバタバタしてしまい、
ようやく今日、今年はじめての日記を記す。

昨年一年は本当に早かった。
一年が早い時は、その年が充実しているとか、充実していないとか、
いろいろ言われるが、私は、やはり充実していないのだと思う。
毎日に追われ、日々の自分の事(仕事、勉強、遊び)が落ち着いてできていない、
そんな年だったように思う。
もちろん、仕事は充実していたが.....、何か、もの足りないのは、
5年後の自分につながる仕事が少なかったからだろうか。
5年後の自分につながる勉強が少なかったからだろうか....。

今年は落ち着いて、一日いちにちじっくりと、確実に過ごしたい。
今年こそ、よい年に!そして、飛躍の年に!!
『頑張るか〜っ!!』
2004/12/27 (Mon)  また1年が終わってしまう.....。

『忙しい、忙しい』と言いながら、また1年が終わってしまう。
毎日、とりあえず目の前の事を、目の前の楽譜を、目の前の仕事を、
ただ我武者(ガムシャラ)にやってきた。

でも、考える.....。
本当に、充実していただろうか?
5年後の、10年後の自分の為になっただろうか?

若い音楽家がどんどん頑張っている。
ついこの間まで、一緒にしゃべり、一緒に飲み、笑い、遊んだ若い仲間が、
コンクールをとり、CDを録音し、コンサートに明け暮れ....。

『自分は.....。』
仕事に追われ、大学に追われ、明日の(指揮する)譜面に追われ、
何一つ、将来を見据えてのことが出来ていない。

“見事”に飛躍している、若い友人達を見ると、本当に焦ってしまう。

今年も、あとわずか.....。
明後日からの休みは、“5年後に向けて”の勉強でもしてみようか....。
2004/12/26 (Sun)  師走とは、よく言ったものだ....

とにかく、忙しい。

昼間、仕事をし、夜中はこうして事務所で、年賀状の作業をしている。
日記をつけている暇がない...。
(もっとも、見る側も忙しく、この日記を見ている暇もないとは思うが...)

もし、来ていただいた方.......すみません、忙しくて......。
2004/12/16 (Thu)  再び、風邪をひきました。

毎晩、仕事で帰りが遅く(夜中の2時、3時という毎日)
寝不足と疲れがたたり、発熱してしまいました。
明日は、泊まりの仕事なので、今日は、薬をガンガン飲んで、
寝てしまおうと思っています。

熱もさることながら、喉が痛く、声が出ないのが一番辛いです。
2004/12/14 (Tue)  誰が音楽を嫌いにしたか 最終章

『学校の先生!!聞いてください!!!』

タンバリンのふちについている穴は、指を入れるものではありません!!
抜けなくなります!!

カスタネットは両手(2つ)で叩かせましょう!
片手で、むずかしい速いリズムを叩かせるのは、やめましょう!!
腕が、ツリます。

(全国の子供たちに、正しい音楽教育がされることを願って.....。)

今日は、これだけ.....。忙しい一日でした。
2004/12/13 (Mon)  誰が音楽を嫌いにしたのか その2

先日、ハーモニカの事を書いたが、基本的に私はハーモニカは好きである。
(選曲さえ間違えなければ)
私の、はじめての楽器との出会い(3歳)は、ハーモニカであった。
当時、高価だった(2段の)銀色のハーモニカを
おじさんから買ってもらい、ブカブカとよく吹いた。

しかし、誰が発明したかは知れないが、ドミソを息を吐かせて、
レファラシを吸わせるなんて、実に音楽的な楽器だと、つくづく思う。
(ヴァイオリンで音階を弾いたら、同じ呼吸をしながら、
 まさにこの通り弓の上げ下げをする。)
しかし小学校は、今では、それが息を吐くだけの「鍵盤ハーモニカ」に
かわってしまい、実に残念である。
たしかに、息は簡単だが、あの‘ソ…吐 ラーシー…吸 ド…吐’の
感覚は、とても大事だと思う。

そんな訳で、我が家にも、ハーモニカがある。
他の楽器(ヴァイオリンやピアノ)は自宅に置いていないが、
ハーモニカだけは、意識的に置いてある。
娘たちは、あまり見向きもしないが、それでも、下の娘は
時々、ブカブカとならしている。

幼い日の私のように、
“ハーモニカを持って、町内を遠征してくれるだろうか”
 ...と少し期待しながら....。
2004/12/10 (Fri)  やはり、日本の暮れは....。

昨日は、栃木県の佐野市に「第九」の合唱指導に行ってきた。
通常、合唱指導は、数回にわたってするものだが、
昨日の合唱団は、1回きりの、いわば“指導の代打”であった。
しかし、初対面の合唱団であったにもかかわらず、
意外にも、打ち解けて練習する事ができたのも、
これも、合唱団の方々のお人柄と、
そして、「第九」という、私たちの‘心の共通語’のせいであろうか。
本当に楽しい練習であった。
合唱団も、「第九」公演が12年目という、いわばベテランであったため
熱意のある、素晴らしい合唱で、また、
地元高校生も大勢混ざり、後継者も育っており、とても嬉しかった。

『こんな素敵な若い人もいる私たちのこの国も、
 まんざら捨てたものではないな....。』

師走の寒空の中ではあったが、
(の(声のかれた)喉を気づかって合唱団員からいただいた、
のど飴をなめながら)
そんな、暖かな気持ちで家路についた。
2004/12/9 (Thu)  誰が音楽を嫌いにしたか....。

私が小学校の頃、学校の音楽の授業で真っ先にやる楽器....、
それは、「ハーモニカ」だった。

4月、ピカピカの1年生が、ピカピカのハーモニカを持って、
楽しい音楽の授業....の、はずだが.....。

先生の『さぁ〜、皆でハーモニカを吹きましょう!!』
『さあ、息を吸って、サンハイ!!』のかけ声とともに、
吹く曲は、四月にちなんで“さくら さくら”

♪ララシ ララシ ラシドシ ラシラファ〜 

(何がいけないかって....?吹いてみて下さい。だって、
 ♪吸吸吸 吸吸吸 吸吸吐吸 吸吸吸吸〜)

『選曲が違うよ!!こんな苦しい事やらせるから
 子供は音楽だ嫌いになるんだ!!
 どうしても“さくら さくら”が吹かせたいのなら、C dur のハーモニカ 
 でなく、A dur のハーモニカを吹かせてよ!!!』
2004/12/2 (Thu)  声が......。

一昨日より、娘の風邪がうつってしまい、喉(声)がガラガラ.....。
.........声が出ない.....。

どうしよう........困った.......。
2004/12/1 (Wed)  30年ぶりの......。

先週の土曜日、小学校の同窓会に行ってきた。
まさに30年ぶりの再会であった。
(もちろん中学校も一緒だった者もいたが、
 それでもその後、会っていなかったので、27年ぶり.....)
正直行く前は、気後れしていたが、皆と会ってみると、
本当に不思議だったが、昨日別れた友達のように、全く自然に打ち解けた。

いろいろな話が出た。
ここではその全ては記す事はできないものの、
30年、ずーっと黙っていた事等、大人になった今だから、
皆で暴露し、ワイワイと子供に返り、仕事や立場を忘れての
本当に楽しい時間であった。

久しぶりに仕事(音楽)を忘れての有意義な楽しいひとときであった。