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まえすとろ日記へようこそ!

2004/8/23 (Mon)  美味しいよ!!山形は!!!!

日付が替わって、今日は月曜日。
昨日まで、山形県長井市に「第九」のコーラスに行ってきた。
熱っぽい合唱団の人たち.....集中した、いい練習ができた。
東北の人は、例外なく声が美しい。
おいしい空気と、そして、美味しい食べ物のせいだろうか.....。

「山形」という地は、本当に食べ物が美味しい。
‘さくらんぼ’や‘ぶどう’などの果物は言うに及ばず、
‘丸なすの漬物’や‘駄々茶豆’など、特産物も多い。
そして、何より‘手打ちそば’は、そば好きの私には堪えられない!!
行く先々で‘そば’を食べるが、私は、山形の蕎麦が一番好きだ。

一昨日も美味しい物を、美味しい地酒とともにご馳走になり、
夜中の二時過ぎに、持っていったパソコンを開いたのだが、
AirH゛は駄目だ!!
何処のホテルも、入らない(インターネットが使用できない)
せっかく、パソコン用のバックを1つ余計に抱えて行ったのに、
そして、何より、まだ口の中に美味しいものの余韻が残っているうちに、
何とか、日記に記したかったのに.......。
次回の指導は、9月......、そろそろ‘芋煮’の季節か......。

この日記をご覧になった皆さん。
リアルタイムで、あの美味しさを伝えられませんでした。
「とにかく行ってみてよ!!山形へ!!!」
2004/8/20 (Fri)  椅子を買った。

今日、事務所用(私の仕事用)の椅子を買った。
この、ホームページができてからというもの、パソコンに向かう時間が激増し、
(前にも書いたが、私は9か月前までは、ワープロを愛用していた。しかも、カナ入力で....。)
最近は、事務所や大学の書類を作るのも、手紙を書くのも、すべてパソコンでの仕事となった。
私は、熱中しやすいタイプなのか、遊ぶ事も勿論のことだが、仕事も時間の経つのを忘れてしまうことがしばしばあり、
先日も、昼過ぎからパソコンに向かい書類を作りはじめて、
疲れて、「夕方の6時頃か?」と時計を見たら、夜の11時なんてこともあり、
夜中の2時、3時まで、あるいは、徹夜で仕事ということも珍しくない。

私の使っている事務所のパソコンは‘iMac’であるが、ラックやパソコン机などという、贅沢なものはなく、
事務机(いわゆる勉強机)の上にドデンと置いてある。
したがって、その椅子も、いわゆる普通の安物の(事務)椅子であり、
仕事での疲れ方は、それはそれは半端ではない。
首も、肩も、腰も、最悪である。

そんな訳もあって、前からLAOXで目につけていた、パソコン用の(豪華で多少高価であったが)椅子を今日、購入してきた。
前の安物の椅子とは違い快適だ!!
リクライニング機能もついており、背もたれも高いので、
後ろに寄っかかった状態でパソコンに向かう事ができ、快適に仕事がはかどる(何より疲れない)。
以前の椅子と比べたら、会社でいう‘新入社員’から、一気に‘部長クラス’へ昇格といった感じである。
心なしか、何か、気持ちまで変わってくる。
たかが椅子一つで.....不思議なものである。

これで、今日からまた仕事がはかどりそうだ。
パソコンに向かって、気がついたら夜中....なんて事のないよう気をつけよう。

しかし、リクライニングも良し悪しだ。
先ほど、疲れて、背もたれに寄っかかり、目を閉じたら、
15分ほど記憶がとんだ....Zzzzz.....危ない、あぶない.......。
2004/8/17 (Tue)  先週の土曜日.....。

先週の14日の土曜日、東京ドームに行ってきた。
勿論、野球観戦である。
知る人ぞ知る、私は大の巨人フアン!
何を隠そう、4年前までは、東京ドームで旗ふりまでしていたのだ。
当時は、結婚してまだ間もなく、子供もおらず、
独身時代の延長で、仕事の合間にドームに行き、
(ドームの合間に仕事をする.....)
夜はタクト(指揮棒)をフラッグに持ちかえる、そんな生活だった。
仲間(応援会)のなかでは、ドームに行く回数はそれほど多くなかったが、
それでも、年間30試合以上、野球観戦(旗ふり)に足を運んだ。

何が楽しかったかって.....、それは、音楽以外の仲間であった。
当時、私を、“マエストロ”とか“先生”と呼ばない集団はここだけであったし、
会の人も様々で、会社員をはじめ、出版業界、事務機器を取り扱うもの、
塾の先生、運送業、公務員、そして、プロの演歌歌手と、その職種は多様で、
いろいろと面白い話もたくさん聞け、何より皆、野球が好きで、そして、紳士であった。
一緒に、話をしても、そして飲んでも、変に肩肘張らず、
穏やかで、自然体の自分になれるのである。

旗を振らなくなってもう3年半。
ドームに行く回数はめっきり減ったが(今年はまだ2回目)
気のあった友達(仲間)との野球観戦は、本当に楽しかった。
オフの29日の日曜は、家族で神宮に誘われた。
子供達にも、あの、夜空の下の楽しさを伝えたい!!
(下の娘は最後まで保つか心配であるが.....)

勿論、14日の野球観戦の後は、楽しく‘大酒’を飲み、
単なる楽しい酔っ払いのオヤジであった。
2004/8/15 (Sun)  携帯買っちゃった!!

泊まりの仕事、いわゆる‘ビーター’に出ると最近、
すぐに携帯電話の充電が切れやすくなり、充電器を持ち歩くことが多くなってきた。
身近な人に「何ですぐ電池がなくなるのだろう」と相談すると、
あっさり「あっ、それもう寿命!!」

仕方なく(でもちょっぴり嬉しく)新機種を買いに出かけた。
ついでに奥さんの(かなり旧式)携帯もこの機会に買い換え、
いい年して、二人でお揃い(青と赤)のものを.....。

“FOMA-SH900i”

初めてのカメラ付携帯。
カメラ付携帯が発売された当時は、「なんだあんな物!」と思っていた私だが、
子供が生まれるととたんにそれが欲しくなった。

デザイン、メール機能、そんなことは今の私にとってどうでもよかった。
‘海外でも使えること’そして何より‘わが子が可愛く撮れること’
それだけの理由で、FOMAのしかも画像の(写真の)美しい
シャープ製のSH900iにした。
昨日、今日は完全に、カメラ親父になっている。
娘たちは相当迷惑そうであるが、それでも父の気持ちを察してか、
笑顔でポーズをとってくれる。
今のところは、楽譜(スコア)の変わりに分厚い説明書が、
私の‘お茶の友’である。

しかし、あの‘若割’ってなんだ!
何で、奥さんはその対象で、私はだめなのか!
意外な場面で、夫婦の年の差を痛感させられた....。

*若割(若割引)=29歳以下は5000円割引(ツタヤにて)
2004/8/10 (Tue)  国立大学法人化により......。

今、Sakai Music WarldのHPで、
吹奏楽のアレンジもののことが、話題になっている。
アレンジものの是非はともかく、
吹奏楽にはオリジナルの作品があまりにも乏しすぎる。
いや、名曲があっても日本で紹介される機会があまりにも少ないのである!

私の勤めているG大は、どうだろう.....。

オーケストラの分野ではその昔、ベートーヴェンやモーツァルト、
ブラームスに、そしてマーラーなど、
まだ、クラシックが日本国内に知られていない時、
国立大学(官立)であったG大は、率先して、それらの初演をおこない、
日本に名曲の数々を広めた極めて重要な役割を果たしてきた。
しかし、吹奏楽は.....。

最近のプログラムを見ると、本邦初演があまりにも少なく、
また、オリジナル作品の演奏もかなり少ない。
(最近、少しみられるようになったものの、全曲オリジナル作品で
 あってもおかしくないのだが。)
そして、この4月からの国立大学法人化.....。

今までは、(甘えの部分もあったが)国立大学だからこそ
採算を考えないでいい演奏会に、初演ものも多く、
吹奏楽のみならず、オーケストラでも新しい音楽(試み)を試す事ができ、
また、それらを広め、音楽界における貢献は大きいものであったが、
これからは、ますますお金の儲かる(お客さんの入りやすい)
プログラムを組まなくてはならない。
いったい今後、誰が、どこが、新しい音楽、
新しい試みの草分けをするのだろうか......。

この国の気候とともに、この国の音楽は、どうも最近おかしい.....。
そういえば、東京文化会館の館長の三善先生もお辞めになられた。
東京都の音楽に対する助成の削減に嘆いていたと聞く......。

「あ〜ぁ.........」
2004/8/7 (Sat)  やっぱり演奏会の練習は......。

連日コンクールのための指導の仕事が続く中、
昨日、今日と、久しぶりに演奏会のための指導(リハーサル)にいって来た。
たった2曲(課題曲と自由曲)を繰り返し、くりかえし、
音程やタテ、バランス、そして演奏時間(12分が制限時間、1秒でも超えると失格)を気にしながらやるコンクールとは違って、
クラシックのアレンジものあり、ブラスのオリジナル曲あり、しかもどれも名曲ばかりの、
今日は本当に楽しいリハーサルであった。

こうした練習をすると、つくづく、コンクール(の指導)に疑問を感じてしまう。
しかも特に最近、吹奏楽コンクールは、全国的に、マニアックなクラシック曲のアレンジものにはしる傾向にあり、
その団体の指導者(指揮者)にはたいへん疑問を感じる。
生徒(3年生)にとって、たった一度の大切な思い出のコンクールに、
それ以後、二度と聴く事も演奏することもないような曲を(生徒に)やらせて、何がいいのだろうか.....。
不幸にも、今日指導した学校は、コンクールでは負けて(銀賞)しまい、本当は、さらに上の大会めざし、この二日間はコンクール曲を練習する予定が、9月にある演奏会の練習に変わってしまったのだが、
むしろ私にとって(きっと生徒もと確信しているが....)実に充実した、楽しい練習になった。

やはり、コンクールより演奏会がいい!!!
2004/8/5 (Thu)  コンクール真っ只中!!

毎日、暑い日が続く。
音楽の日程(コンクールの日)も、高校野球の予選と同じ南下してくる。
私のこの時期の仕事場も、暑さとともに、暑い方へ、暑い方へと移動してくる。
年々、指導の仕事がしんどくなる。
若いときは多い日に、一日4団体指導したことがあった。
朝早くから1つ、移動しながらパンをかじり、昼に1つ、夕方に1つ、
そして、夜1つ。
しかし42を過ぎた今は、どう頑張っても一日に2つが限界だ。
午前に、一つこなし、長い休憩をおき、夕方または夜に1つ。
二十代と同じ(いや、それ以上の)テンションを保ち、1日最低4枚の着替えを持ち歩き、今日も指揮台の上で大汗をかいてきた。
それもこれも、演奏が終わったときの子供たち(大人もいるが)の感激の涙が見たいから。
あと一週間.....ゴールは間近!!頑張れ、自分!!!
2004/8/2 (Mon)  書きたい事はあるのだが.....。

書きたいことはたくさんあるのだが......。

夕方(夜)仕事から帰って来て、そのまま事務所で仕事をしている。
今、8月3日、午前1時過ぎ.....。
夕食もとらずに、たまった、事務仕事をしている。
書きたい事はたくさんあるのだが、時間がなくてなかなか書けない。
せっかく、訪れていただいた方に申し訳なく思いながら、
私の、夜(仕事)まだまだ続く.......。
2004/7/31 (Sat)   

4泊(泊まり)の仕事に出ておりました。
たくさんの着替えと楽譜の入った、大きなバックとともに、
パソコンを抱えて行ったのですが、すみません、日記をつけられませんでした。
二日間は、ホテルに帰っての勉強と、あとの二日は飲み会.....。
どの日も、一日中、指揮台に立って‘大汗’をかいたはずなのに、
何故か痩せずに帰ってきました。

暑い日が続きます。
私の夏の仕事も、折り返し地点を過ぎました。
まえすとろ日記を訪れていただいた皆さんも、くれぐれも、
お体はお気をつけて.....。
また、明日から、たくさんの洗濯物の変わりに、たくさんの着替えを鞄に詰め......「行ってきます!!」
2004/7/26 (Mon)  明日から再び.......。

明日から、31日まで再び泊まりの仕事です。
今の時期、どこの団体でも、コンクールを前にして必死!!
その、お手伝い(指導)で出かけてきます。
朝から晩までの練習で疲れ果てて、ホテルに帰ってPCに向かい、この日記がつけられるかどうか.....。
皆さん、一応、毎日、訪れてください。
それを励みに、できるだけ記すようにしますので.......。
でも、もし......だったら御免なさい。
そのときは「まえすとろも疲れているんだろうな〜」とイタワリください。

(最初から言い訳しているようでは.......なっ.....。)
2004/7/25 (Sun)  今日は長い日記ですが、どうぞ読んでください。

ここ2,3日。各誌新聞の埼玉版をにぎわせている記事がある。
私の住む埼玉県蕨市は、全国市町村合併の流れを受け、今、その真っ只中にあった。
この日記に政治的なことはあまり書きたくないが、私は合併に“反対”であった。
環境整備センター、その他多くの事業を共同で行っている‘戸田市’となら一考の余地もあるのだが、
なぜ今、川口市や鳩ヶ谷市と.....そんな気持ちであった。

蕨市は日本一小さく、しかも、日本一人口密度が高い市として、悪いイメージがあるが、
私の生まれ育ったこの町は、市に公営ギャンブルがなく、お金持ちではない市であることを除けば、
小さいながらも、温かみのある、とても素敵な町である。

まず、他市より、福祉が充実している。
老人ホームや地域施設、そして保育園など、かなり行き届いている。
私が以前住んでいた川口市から、再びこの生まれ故郷の(実家のある)蕨市に引っ越してきたのは、
何を隠そう、娘の保育園のためであった。
川口市は、市が大きく、保育園入園は待ちが多く、なかなか入れない。

次に、緑と公園が多い。
公園は、決して一つひとつは大きくないが、私の自宅の周りはもちろんのこと、
蕨市の地図を見る限りでも、本当にその数が多い。
うちの娘達、また、私の父の世代も、グランドゴルフ等で大いに楽しんでいる。

市の玄関である、市役所の対応もいい!!
川口市から戸籍を移すとき、その要領の悪さと(待たせて時間ばかりかかる)対応の悪さは、それはひどいものであった。
「なんだ、あの役所の職員は!!!」
そんな気持ちで蕨市役所に来ると、ここはそれはそれは温かく、丁寧で、素晴らしいものであった。
どの課と何処を回ればよいかと、はじめに受付で丁寧に説明をうけ、
また、それぞれの課も、温かい対応であり、
すべての手続きが終わると、受付では既に健康保険証もできあがっており、市の広報と、その他書類とともに、『ようこそ、蕨市へ』の一言。
一緒に行った私の奥さんも、その応対に大感激で、市役所の外で、その感激を二人で話していると、
蕨市住民とみられる通行人のおばさん(失礼)が、
『本当にいい町でしょ!!』と笑顔で声をかけてくれ、また感激!!

今回、その蕨市が、三市合併に向けて現市長を中心に推進しており、
(前回の選挙で、合併反対の三人の候補者をかろうじてカワシテ、 
 当選した市長。得票率を見ると、圧倒的に市民は合併反対の
 候補者への投票だったが...)
来る8月1日に、その住民の民意を無視して、合併の是非を問う住民投票を予定していた。
しかも、その住民投票の内容がこれまたひどい。
市民には、ほとんど住民投票の内容が知らされておらず、
「18歳から投票ができるということ」など私達が知ったのも最近であった。
そして何んと、投票率が50%を超えないと無効(開票をしない)という条例まで作りだし、三市合併実施に向けてもう、なりふり構わずであった。

先にも記したが、住民は合併反対であるから、私の町会やご近所も独自に運動をし「合併反対」とともに、「投票に行きましょう!」と必死に呼びかけている中.......。

しかし先日、あっさり、しかも、あっけなくこの話は終わった。

三市合併推進委員会が決定した、新市の名称が、先に合併した浦和、大宮、与野の三市が“さいたま市”としたように、どこの名前でもない“武南市”となった。

しかし、川口市の市長と議会はこの名称に猛反対し、
「川口市という名前を使わないのなら...」と、いともあっさり、この合併話からおりた。
もう何年も前から検討に検討を重ねてきたというわりに、なんともお粗末な結末である。
「いかに合併が、三市にとって必要か!....」とあれほど、もっともらしく訴えていたのに、
「オラが名を使わないのなら.....」というワガママにもとれる、たったそれだけの理由で、
あっけなく終わってしまったのである。

『万歳〜ぃ!!』

♪緑の風が、朝をよぶ、朝をよぶ、
 明るい笑顔、あの窓、この家〜…(略)…
 ラララ、わらび、わらび、
 愛する蕨、愛する蕨、輝く郷土〜っ!!  (蕨市歌より)
2004/7/24 (Sat)  暑い日が続きますが......。

毎日、本当に暑い日が続く。
この時期、コンクールの指導の仕事が多い私であるが、
ホールでの練習はいいが、冷房のない音楽室での練習は、さすがにキツイ。
また、最近特にコンクールの時期が早くなっており、
しかも、それが“北(東北地方)の方ほど…”には、参る.....。
そのおかげで、私の仕事先は、暑さが厳しくなるとともに南下していくのだ。
できれば、反対であってほしい....。
それでも相変わらずの“熱血指導ぶり”は毎年変わりないが......。

そんな中、今日は午前中がオフであったので、昨日、旅日記の最終章に刺激され、
娘達との旅気分が味わいたくて、新幹線の旅に出かけた。
上の娘は、仕事で私が乗る新幹線が羨ましかったので、大はしゃぎであった。
.....と、いっても、大宮⇔東京間を新幹線に乗って往復する、ただ、それだけの旅であったが.....。

縁があってか、最近仕事で新幹線に乗る機会が多い。
1週間に最低、3日は乗る。
いつもなら、疲れて寝ているか、本や譜面を読んで静かにその時間を消化する車内だが、今日は違う。
お約束のジュースとお菓子を買い込み、東京までの往復の旅を2つの笑顔とともに楽しんできた。
上野から東京まで、列車は地下に入ってしまうのだが、それでも、車内から見える景色に、二人は十分楽しんでいる様子だった。
そして何より、娘たちと過ごす時間は、私にとって、大きなリフレッシュタイムとなり、
そのおかげで、午後はいい仕事(指導)ができた。

また、明日も仕事で新幹線。
たまには、外の景色でも見て、楽しむか......。
2004/7/24 (Sat)  旅日記 最終回

温泉旅行も最終日。本当に、楽しい時間は早く過ぎてしまう。
私の仕事のスケジュール調整から始まって、ホテルの予約、列車の切符の手配…。
上の娘は、カレンダーに赤く大きな○印をつけ、私とともに、その日を今かいまかと待ちわびた…。
そんな旅行だったので、帰る日の朝食時は寂しさのあまりか、皆、口数が少ない。
娘の「もう1回、おんものお風呂入る!」という誘いに、荷造りを奥さんに任せ、7度目の露天風呂へ....。
昨日(3日目)の夕方から降った雨もすっかり上がり、初夏を思わせる暑い日になった風呂から眺める、緑あざやかな山々を再び満喫し、
大小の小指と小指を絡ませ、「また、鬼怒川に来ようね!!」と娘と誓い合う。

子供たちが、事故も、病気もなく、楽しい旅行ができた満足感の中、家族6人を乗せた列車は、静かに鬼怒川の地を離れた。
今回は、普段、私たち夫婦が仕事のため、両親(祖父母)に娘たちの面倒を見てもらっている、その慰労の意味の旅行でもあったが、
子供たちの大はしゃぎに少々疲れたのか、帰りの列車の個室は軽快な車輪の音を子守唄に、皆、ぐっすりと眠っていた。

安らかな両親の、そして娘たちの可愛い寝顔に幸せをかみしめながら、この“旅日記”を終えるとしよう。


つたない文章と、とりとめもない日記をお読みいただき、本当にありがとうございました。
2004/7/21 (Wed)  旅日記 その7

本当に毎日、暑い日(熱い日…こう書きたい)が続く。
先日、山形に仕事で行ったが、向こうは大雨による水害で大変であった。
日本全国、異常気象だろうか。
新潟も、山形も、福井も…、心からお見舞いしたい。
しかし、今日のようにこんな暑い日は、さっぱりと露天風呂に入りたいものだが…。

さて、温泉旅行に行った‘旅日記’だが、なかなかその話題が出てこない。
‘その7’にしていよいよ登場する。

温泉好きの私! 何度も何度も入った!!
さらに嬉しいことに、娘達(特に上の娘)は大の温泉好きであった。
子供には、少々熱い風呂であったが、「オンモのおふろがいい!!」と彼女のほうから誘われて、
娘と手をつなぎ、タオル1本ぶら下げて、一日に数回、大浴場とその露天風呂に一緒に通った。
大浴場もさることながら、露天風呂から見える山々、鬼怒川の景色、緑の木々、青い空、本当に美しい。
娘も、大感激だ!!

また、風呂から出た後、娘と湯上がりに飲む冷たいジュースの味も、それはそれは格別であった。
「この子といつまでこうして、温泉を楽しめるのだろう…」そう思うと少し寂しいが、
まだ、私と一緒に入れるうちに、たくさん温泉旅行の思い出を作ろう。
(近いうち、また来るか!!)

ちなみに、娘達と飲んだ飲み物は、昔と変わらず、フルーツ牛乳(今は、フルーツオーレと言うらしい)だった.........。
2004/7/18 (Sun)  仕事で留守していました。

仕事で留守していました。(まえすとろ日記お休みしておりました)
出先のホテルから、日記を書こうとしたのですが、
電波の入り(AirH゛)が悪く、投稿できませんでした。
仕事先の山形は、集中豪雨で避難勧告も出ている最中で、大変でした。
新幹線も一時、不通になったようで...。
幸い、私が乗った新幹線は大丈夫でしたが.....。

また、明日から“旅日記”再開です。
明日のご訪問をお待ちしております。
2004/7/14 (Wed)  旅日記 その6

旅行から帰って来て既に十日以上も経つのに意外と書けるもので、私の旅日記も今日で‘その6’を数えた。
独身の頃、京都・奈良が好きで、よく一人旅を楽しんだが、
こうして家庭を持ち、子供達や両親と行く旅もまた格別である。

旅3日目、午前に‘ワールドスクエア’へ子供達と行って来た我々は、
午後になると、おじいちゃん、おばあちゃんを加え、日光猿軍団へと向かった。
TVではその公演を見た事はあるのだが、ライブでは勿論、初めてである。
一日、4回公演。どうやら、演じているスター(お猿さん)達を2つのグループに分け、交互で演じていることを、帰りのタクシーの運転手さんから聞いた。
私達が見たのは、“おト〜ラちゃん(※)”のグループだった。

ステージでは、お猿さん達に厳しい使い手も、練習では彼等以上に努力しているのが、演技の中から十分伝わる。
そして何より、お猿さんたちを愛しているのが、使い手の厳しい言葉の中からも伝わり、逆に安心して楽しむ事ができた。
ビデオを回しながらも、あまりの面白さに、画面が揺れる。
5歳になる上の娘は、会場全体に響き渡るくらいの大きな笑い声である!!

たくさんの観客の中ただ一人、下の娘だけは、
皆が大爆笑で盛り上がる中、通常の(保育園での)生活通りの、
お約束のお昼寝(熟睡)。
常に、どこに行ってもマイペースを保つ、さすが!!...........。

※=出し物は、お猿さんが十二支に扮する(通称:おト〜ラちゃんの)グループと、学校の生徒に扮するグループがあるようだ。
2004/7/13 (Tue)  旅日記 その5

旅の3日目は、娘たちお楽しみの‘東武ワールドスクエア’である。

5歳と2歳の娘、‘歴史や海外の建築’に興味があるわけでもなく、
只々、このテーマパークの‘トムくんとマイムちゃん’というキャラクターに会いたいが為に、大人ひとり2200円を払った。
園に入って、インフォメーションでキャラクターが出てくる時間を尋ねると、あと20分後という。
それまでは、お決まりの‘ソフトクリーム’となぜか‘プレッツェル’とを(ビールがないのが残念!)ほお張り、今か、いまかとその時間を待つ。
前回も、そして前々回もここに来たときは、それは大変だった。

何がいいのか、娘たちは‘トムくん、マイムちゃん’をたいそう気に入り、
抱きしめたり、写真を撮ったり、それはそれは大騒ぎであった。
そして、別れ際は、お決まりの“大泣き”
トムくんとマイムちゃんの困った、そして、ちょっぴり嬉しそうな様子が、
着ぐるみの上からも十分伝わってきた。
そんな過去もあり、今日は待望の再会である。

園内のBGMが変わる。
メインステージ袖から、二人が出てくる。
二人の出現に気がついた娘二人は、トムくんとマイムちゃんに一目散に駆け寄る!
さすがに、彼らも驚きを隠せない。
こんな平日の、シーズンオフ。
控え室では「今日は、お客もいないし、パーク内はシラケテいるんだろうな。そろそろ出番の時間だから行きますか...」
きっと、こんな会話があったに違いない(笑…失礼、夢がなくて)
そんな気持ちで登場すると、なんと二人の熱烈な大フアンの歓迎!!
娘たちに「会えてよかったね!」というと、マイムちゃんも自分を指さし大きくうなずき、
「私も!!」としている様から、大いにその気持ちが窺えた。
お決まりの記念撮影をしてもらい、何度も抱きしめてもらい、大満足して、今回は“笑顔”で彼らと別れることができた。
その後、‘ついで’のパーク内見学をする。
昨日の‘ウエスタン〜’とは違い、園内は清潔で、展示物のメンテナンスも行き届いており、
2200円は決して高くはなく、大人にも子供にも楽しめる、満足のいくパークであった。

ただ一つ....。
娘たちがお土産に買おうと張り切っていた‘トムくん、マイムちゃん’のヌイグルミのうち、
女の子のマイムちゃんが売り切れで(何と、同数作ったものの男の子(トムくん)だけ売れ残って、マイムちゃんは既に生産中止だとか)
最後は、やはり“大泣き!”
本当に、涙のよく似合うテーマパークであった.......。

(旅日記、まだまだ続きます)
2004/7/12 (Mon)  旅日記 その4

娘達にとって、旅行も勉強の一つである。
ホテルのレストランで、朝食のバイキングを経験し、
そして、コースでの夕食(もっとも娘達は、お子様コースであるが..)を経験する。
特に、上の娘は‘レストラン’の食事が大好きだ。
いつもにまして、オシャマぶりを発揮する。
着ていくものから違う。
かならず、「ワンピースを着る」という。
パパやママは半ズボンのGパンとTシャツなのに...。

使い慣れないナプキンを膝にあて、パパからフォークとナイフの使い方や、
マナーを、熱心に勉強(?)する。
「ねぇ、私って、おねーさん?」
小さい可愛らしい口にナプキンをあてながら、すまして、そして、自慢げに尋ねる。
「うん、上手、上手、さすがお姉さん!!!」の私の言葉に本人も満足げ..。
「お行儀のいいお嬢様たちですね〜」という、ウエイターさんの言葉に、親もちょっぴり満足げ。(本当に親ばかである)

しかし、下の娘はマイペースである。
お姉ちゃんが、パパからお肉の切り方を教わっている間に、既に彼女のお皿はからっぽ。
その上、要領よく、ちゃっかり見ていたのか、デザートのメロンを上手にフォークとナイフを使って口に運ぶ。

「上手!上手!!お姉ちゃんと一緒だね!
 でもね、お口のなかには、ナイフでなく、フォークをいれようね!.....」
2004/7/11 (Sun)  旅日記 その3

今日、7月11日は暑い日であった。
いよいよ夏本番である。

私達の旅の第2日目も、天気に恵まれ、ジリジリと初夏の太陽が照りつける日であった。
過去に鬼怒川に何度か訪れているものの、子供が小さかったために、唯一我々が出かけた所は東武ワールドスクエアだけだったが、
今回は娘達もわかるようになってきたので、他も廻ってみようということになった。
その一つが日光ウエスタン村であった。

一昔前に見たCMが印象的で、多少期待していたが......それはそれは、惨めだった。
日曜だというのに、客が少ない。
ディズニーランドに慣れているせいか、あの程度では、トキメキがない。
スタッフも冷め切っているし、中庭(きっとメイン会場なのだろうが)でおこなわれた、西部劇(もどき)も、全くしらけており、
むしろ、その雰囲気に気の毒に思った客側が、お情けで盛り上げている現状であった。
ウリであるはずの、鱒のつかみ取りもパンフレットにはあるのだが休止中であり(もっともあの汚い池の底では危なくて子供は入れない)
各、建物もペンキや板がハガレかけており、もう夢も、希望もない。
このテーマパークも衰退の一途をたどるのであろうか。
暑い中、本当に疲れた一日だった。
ホテルに帰り、娘に「何が楽しかった?」と尋ねると、
元気よく答える!!
「ウサギの餌やり!」(おいおい、ウエスタン村だぞ!!)

このテーマパークのメインである、マウントラッシュモアの大統領の石像の手入れも悪く、雨水等で黒く汚れており、
まるで、偉人達がパークの様(さま)に、涙を流して嘆いているように見えた.........。
2004/7/8 (Thu)  旅日記 その2

鬼怒川温泉駅近くの土産物屋の2階にある食堂(レストランと呼ぶには、ちょっと無理がある....)の佐野ラーメンはいつ食べても美味い。
ラーメンの他に、鮎の塩焼きを胃の中におさめ、一行はホテルへ。
ロビーにて少しの時間を過ごしチェックインを済ませた後、早速、ホテル内のプールに向かう。
娘達のこの旅行の大きな楽しみの一つは、このプールだった。
上の娘は大喜び。途中、浮き輪ごとひっくりかえって溺れかけたが、
それでもその後、何度もホテルのプールに入って楽しんだ。
しかし、下の2歳の娘は悲惨であった。

水着を来て、大はしゃぎをしたまでは良かったが、プールサイドに行くと、大泣きをする。
大丈夫だと言い聞かせ無理矢理プールに入れると、「でる〜っ!!」といいながら、まるで熱い風呂から出るかのように、泣きながら「いち、に〜、さん、し〜、」と数をかぞえ始める。
気の毒に思い、彼女をプールから出し奥さんにあずけ、私がひと泳ぎしようとするものなら、さらに大泣き!!!!
「あぶない〜っ!!こわい〜っ!!!」と訳の解らぬ声が!!

1週間前の日曜、近所の公園で遊んでいる時、公園内にある小さい水場にはまり(落っこち)びしょぬれになって帰って来た、娘の生々しい体験を、その後、ママからこっそり聞いた..。
    どうやら下の娘は、プールとは縁遠くなりそうだ.........。
2004/7/7 (Wed)  旅日記 その1

久しぶりの4日間のオフ!!
娘二人と一緒になり、朝、早起きをする。
こんな気持ちは久しぶりだ!!
行き場所は、何てことない、‘日光、鬼怒川’
しかし、つもり積もっていたストレスと、「温泉に行きたい」という前からの欲求のせいか、ウキウキする。

浅草より、東武特急スペーシアに乗り、隅田川をこえる。
川岸のホームレスの‘青テント’は気になったものの、川面がいつもより美しく見えるのは気のせいであろうか。
娘達は、大はしゃぎ!!
そんな顔をみるのも、親として嬉しい限りである。
車窓から見える景色は、いつもと変わらぬものだが、山並ひとつ、木々ひとつ、雲ひとつ、娘の瞳に映った新たな発見を、一つずつ教えてもらいながらの、楽しい鬼怒川までの2時間であった。

私達家族を、駅前に新設された鬼の銅像(鬼怒太くん)が出迎えてくれた。
旅の無事を祈り6人家族が移動する..........。
2004/7/6 (Tue)  旅日記 序章

‘たった4日間’とはいえ、コツコツ(セコセコ)働く私にとっては、連続4日OFFというのは、かなり珍しい事。
ましてや、パソコンも持ち歩かず、仕事と名のつくものはすべて忘れて楽しんできた。
大した旅ではないのだが(いわゆる家族旅行)、何かと日記のネタにしてしまおう。
明日から、少しずつ記していきます。
見てやってください。‘その5’くらい続けようか.....。

(この日記、どこが‘まえすとろ日記’なのか....今後は“まえすとろパパ日記”にしようかな.....)

皆さん、懲りずに、明日も訪れてください!!!
2004/7/2 (Fri)  せっかく、おいでいただいたのに.......。

学期末ということもあり、大学が本当に忙しかった。
大学の合間に、合唱とオケの指揮をし、
さらにその合間に、他の専門学校の講義と音楽院のレッスンをし、
さらにまた、その合間に、第九の勉強をしていた。

突然ですが、
「私、明日より‘4日間(火曜日まで)’消えます」

これからの、‘超’ハードスケジュールに備え、
リフレッシュしてきます。家族と共に........。

おいでいただいた皆さん、お許しを.......。

ちなみに、4日間、パソコンは持ち歩きません......。
ごめんなさい......。
2004/6/28 (Mon)  2日間、お休み。

今週は、帰りが遅い日が続く。
毎日、寝不足.......。
二日間、お休みいたします。
また、木曜日にお会いします。

訪れてくださった方々の健康と幸せをお祈りしております。
2004/6/27 (Sun)  全く、何か間違っている!!!!

私は、この時期、合唱そして吹奏楽コンクールの指導の仕事が多くなる。
そんな中で、今日を含めて今年は、3つの学校の指導者から、同じ言葉を聞いた。

「何で、この曲を選んだんですか?」
『コンクールで勝つために!』

「どのような音楽を作りたいですか?」
『コンクールに勝つように!!』

「おい!!何か違うぞ!!!!」
コンクールに勝つことで、その年の最上級生(3年生)にいい思いをさせてやりたいのは解る。
それが、あなた方の悲願だろう。
でも、その前にあなたは‘音楽の’教師だぞ!!
そして、私は、指揮者だぞ!!!
そんなことで、私を呼ぶな!!!
コンクールに勝ちたい‘だけ’なら、別な人間を呼べ!!!!

さすがに、今日は頭にきて、ギャラも貰わずに帰ってきてしまった。
あんな学校、二度と行かない!!
一層のこと、同じようなことを言っていた指導者のいる、
ほかの二つの団体も辞めてしまおうか.....。
他の仕事が忙しいこの頃、もうそろそろこの仕事(コンクール指導)から、足を洗おうか......。
純粋に、生徒と先生が音楽を追求して、そして(勿論)結果もでている、大切な団体もあるのだが.....。

「ふーっ.....、今日は久しぶりに頭にきた.....。あんな指導者のいる団体に、通常の仕事の半分とはいえ1時間半も練習をつけてしまった。大切な声を嗄らしながら.......。
本当に、嘆かわしい......。」

(今日は理性のない日記で失礼しました。後日、削除してしまうかもしれません。あしからず。)
2004/6/23 (Wed)  また、出してしまった。

昨日と一昨日と安静にしていた声だが、
連日の寝不足のせいであろうか、全くよくならない。
今日も、午前は合唱団の指導。そして、午後も合唱の授業(指導)と、
相変わらず白熱したパフォーマンスで、一層‘ハスキーさ’が増した。
ただ一つよいことといえば、私の指揮台から範唱するハスキーな歌声が、
(心なしか)別府アルゲリッチ音楽祭で指揮をした、私の尊敬する、
マエストロ:A.パッパーノ氏の声に似ていることぐらいか......
(指揮台から歌う、あの甘い声に似ているのは、嬉しい.....
 もっとも、私自身だけが、似ていると自負しているのだが.......)

そろそろ「第九」の合唱指導も始まる。
とにかく、明日からは次の事に注意しよう!!

寝不足をしない。
指揮台での唸り声を減らす。
酒を飲んで、大声で騒がない.......。
2004/6/20 (Sun)  声が.......。

腰の次は、声か.......。

これで3週間、声がかれた(かすれた)ままだ。
一昨日、声をださなくてすみ「ちょっとよくなったかな...」と思いきや、
昨日と今日のリハーサルで、また、声を出しすぎてしまった。振りながら、唸っているのもよくない。
あの唸り声は、結構、喉に負担をかけている。
明日、明後日と指揮台に立たなくてよいので、何とか喉を安静にしてよう。
あとは、いかに、レッスンで‘白熱’しないか......だ。
2004/6/19 (Sat)  最近、いいお店がふえて.......。

最近仕事仲間から、いいお店を多数教えてもらい、あまりお酒を飲む機会のない私も、何かにかこつけて、つい、皆で騒いできてしまう。
Try WaveのI氏からは、神保町のお店....。大学のT氏からは東十条のお店.....。
今日も、打ち合わせと称して、東十条へ......。
楽しかった!!....が、家に帰ってきて、酔いが醒めるまでまってからの、勉強(譜読み)は、きわめて辛い!!!
これこそ「自業自得」というのであろうが.......。
今日も、三時を回りそうだ。
明日の朝も、仕事で早いというのに.....。

「あ〜あ......あの1杯でやめておけばよかった....。」
2004/6/17 (Thu)  ひさしぶりに、パソコンに向かっている。

梅雨の中休みの今日、久しぶりに昼間の時間があいて、事務所でパソコンに向かっている。
今週も、相変わらずの忙しさで、自分の勉強もままならない状況で。
勉強場所はもっぱら、新幹線の中と、仕事の合間の喫茶店の中....。

以前、尊敬する管楽器のある教授に、
「全く、指揮者はいいよね、勉強なんか、喫茶店でコーヒーを飲みながら、ちょこちょこだろ!」.....と。
「いいえ!!そんな事はありません!!!結構時間がかかって、これでも指揮者は大変なんです!!」
その時は‘そう’答えたものの、今週の私は、まさに‘ちょこちょこ’っていう感じ....(イカン)...。

「こんなことでは!!!」と思い、今日は朝から、真面目に机に向かい勉強中。
そんな私を知ってか、追い打ちをかけるように、郵便で、新しい譜面が届く.....。

「はいはい、頑張って勉強すればいいんでしょ!!」
とりあえず、眠気ざましにコーヒーでも飲んで、さあ、新譜の譜読みに取りかかるカッ!!....。
2004/6/12 (Sat)  合掌...........。

レイチャールズが亡くなった........。
「ショックである......」
昔からの彼のフアンの方は、新参者の私なんて‘ニワカ信者’と軽蔑されてしまうかもしれないが.....。

レイチャールズを本格的に知ったのは、あの‘We are the World’の映像からであった。
もちろん、それまでも彼の歌は耳にしてきたが、不本意ながら、しっかり聴いたことがなかった。

あの‘We are the World’の録音は驚いた!!
‘一発テイクの帝王’の名の通り、周りのリクエストを聞き、そして、一発テイクであのパフォーマンス.......、それはそれは天才的であった。
その後、遅まきながらレイチャールズの信者になった。

すぐにアルバムを買い、改めて彼の歌を知る。
『素晴らしい!!』
その後、いとしのエリーのカヴァーを.....
『これもやはり、素晴らしい!!!』
盲目ということを忘れさせるピアノ、
あのだみ声の、味わいのある、ソフトな、甘い歌声、
天性のフィーリングとリズム感、
『素晴らしい!!!!』という以外、何と言ったらよいであろうか......。
そのレイチャールズが......残念、残念でしかたがない.......。
新参者ながら、深い悲しみの中にいる......。

(今日は‘まえすとろ日記’は休みの予定だったが、書かずにいられなかった.......
 心からご冥福を.....合掌.....)
2004/6/11 (Fri)  2日間、消えます。

明日の本庄(埼玉)に続き、明後日は山形へビーター(旅)である。

月曜日まで、マエストロ日記はお休みです。
皆さん、よい週末を!!!
2004/6/10 (Thu)  今週も、かなり忙しい!!

火、水、木、金曜と相変わらずの忙しさ。
土曜は本庄での仕事.....。
日曜は日帰りで山形.....。

新幹線ができて便利になったものの、逆に日帰りになってしまい、大変!
私のまわりにも、新大阪に日帰りだとか、名古屋往復だとか、
皆、大変そうである。
また、土曜日の(仕事の)譜面が今日、遅く帰って来た私の手元に届き、
それを見て今、この忙しい中、どうしようかと、途方にくれている。

『..............。』
2004/6/7 (Mon)  ユニフォーム買っちゃった!!

毎年、夏になると、悩むことがある。
「今日は、何を着ようか.....。」

指揮をするとき、私のパフォーマンスでは、いつも大汗をかく。
指揮者によっては(私の大学でも)「汗は、演奏家が掻くもの」
そう考える指揮者もいるが、自分で汗をかかないと演奏家に掻かせられない(実力のない)私は、今は開き直って大いに汗を掻く事にしている。
ところが、困ることが一つある。
練習のときに着る洋服がない。

アマチュアの指導、特にコンクール時期の高校や中学に行くとき、以前はネクタイを締めていたが、一発で駄目になった。結び目の所がグショグショになり、挙句の果て、塩まで噴いた。
しかも、そのときは、たまたまインポートものの高級ネクタイだったため、そのショックは計り知れないものがあった。
それからというもの、練習はTシャツと決めている。
私は、体格が太めのため、着るシャツの色は黒を着ているが、やはり、そのシャツも塩が噴く。泊まりの仕事のとき、疲れきってホテルにもどり、まずバスルームでシャツを洗う姿は、本当に惨めなものだ。その手間もさることながら、何より指揮を振っていると汗で重くなってくる.....。

「みんなどうしているのだろう....」
そう疑問に思い、思い切って、大学の僕より年の若い同僚に聞いてみた。
「僕は、サッカーのユニフォームをきていますよ。軽いし、汗をかいてもジャブジャブ洗えるし....」
「この歳になって、ユニフォームか....」多少戸惑ったものの、「ジャブジャブ洗える」という魅力的な言葉と、「軽くて、涼しいですよ」の薦めに、その同僚に協力してもらい、
インターネットで2着注文したものが、いよいよ今日到着した。

包みを開ける。なんか、カッコいい!!
とりあえず、今週末のブラスの練習とオケのリハからデビューする。
ちょっと、恥ずかしい気もするが、初めて燕尾を買ったときのように、指揮をするのが待ちどおしい今日である....。
2004/6/6 (Sun)  ‘第九・男’だった私.....。

音楽学校時代、私はピアノが専攻であったが、少年時代から合唱団に入っていたこともあり、ある意味‘ピアノ以上に’コーラスが好きだった。
自分で合唱グループを作って歌った事もあり、そして、学校の第九公演(勿論、ベートーヴェン)は、男声(当時Ten.)ということもあり、声楽科でなかった私だが、結構重宝がられ、練習ピアノの伴奏から、コーラス、そしてなぜかパートリーダーまでと、通称‘第九・男’と呼ばれるほど熱中したものだった。
音楽学校を卒業してからも、好きな指揮者が第九公演のために来日すると、あらゆる‘コネ’を使って、結構もぐって参加したのもいい思い出である。
フラーベック、レークナー、そしてコシュラー.....懐かしい....。

通常第九の練習は、春、桜の満開の時期からスタートし、夏の暑い中での合宿、銀杏の葉を踏み練習場に向かい、そして、コートの襟をたてての本番開場入リ.....、と、四季を経験する。
しかし現在は、歌う側から、振る側(と、いっても本振りではなく、合唱指揮中心)にまわった私なので、それぞれパート練習も終わった‘夏の終わり’から‘初秋’がスタートと変わった。
そして、私が第九を勉強し始めるのは、決まってこの‘紫陽花の時期’
ベーレンライター版の出現(※)で、めっきり大変になった第九の勉強....。
さて、今年もいよいよ始めるか!!!


(※ベーレンライター出版が数年前、ベートーヴェンの交響曲全集の新版を出した。これが、今までやっていたブライトコフ版とかなり内容が違うから厄介だ.....)
2004/6/5 (Sat)  紫陽花が美しい季節に.....。

先日、音楽院の公開レッスンをした時に、ある保護者の方から、
「音楽をするうえで、日頃、どんなことに気をつければよいか?」という質問をされた。
『日頃から常に廻りに気を配り、観察し、その変化を感じ、気づく感性を身につけること。』
突然の質問で多少戸惑い、何か、検討はずれの答えになってしまったように思えたが、今、時間が経って振り返ってみると、意外と大切な話をしたような気がする。

私の勤務する大学の指揮科の教授の言葉をお借りするならば、指揮者は‘現在’‘過去’‘未来’の事を同時に考え、感じなくてはならない。
全く、その通りである!!
今ある音楽を聴き指揮し、次に出す音(音楽)を考え想像させる棒を振りブレスをとり、同時に過ぎ去ってしまった音楽を反省(判断)し、それを指摘できるように準備する。
まさに、‘現在’‘過去’‘未来’である。

何より大切なことは、音(音楽)を注意深く、ツブサに見つめ、聴き、判断すること。かなり、デリケートな作業である。
‘振る’と‘弾く’の形は違っても、そのツブサに見つめ、聴く作業は一緒である。

私は外を歩く時、常に木々や花々を注意深く見るようにしている。勿論、それらだけではなく、全てのまわりの物も。
「今日は、ツボミが膨らんだ」から「あのお店が開店したか...。」「あのティッシュ配りの人、今日は元気ないな」とか
「あのカラス達、また、あのマンションのゴミを狙っている」などと.
(一歩間違えば、ストーカーか変人のような気もするが.....)

物事をツブサに観察することで、音楽に対するデリケートさを養えるかと思って.....。私の娘達にも‘そんな思い’から、出かけた時には植物を中心に、よく観察させるようにしている。

今頃、鎌倉の明月院の紫陽花が見ごろだろうに......。
学生の頃、「鎌倉にデートにいくと‘別れる’」というジンクスがあり、あまり訪れなかったが、この歳になると無性に行きたくなる。

ちなみに、奥さんとの初デートは鎌倉であった.......。
2004/6/2 (Wed)  何で....!?

ショック!!!
「福島店長が辞めてしまう!!」
イタリアレストラン「PRIMO」の店員からそんなことを聞いた。

何度もBBSに書いたが、「PRIMO」は本当に美味しいお店である。
しかし、その味以上に店長の笑顔ともてなしの心は、ある意味私にとって、料理以上に重要であった。
その店長が、辞めてしまう.....。

まだ、本人と直接話しをしていないので、何故やめるのか、どこ(の店)に移るのかは分からないが、本当にショックである。
一刻も早く、彼に会い、もし、他(の店)に行くようであれば‘追っかけ’をしてでも、新しい店に行きたい。
味に対しての追求、店に対しての愛情、雰囲気、人柄、どれをとっても言うことない、そんな理想的な店長だったから.....。

‘PRIMOの社長’に言いたい!!
「何があったかは知りませんが、あの店長を辞めさすなんて....、お店にとってどんなに損失か、経営者のあなたはお気づきですか?」
2004/6/1 (Tue)  相変わらず忙しく........。

相変わらず、忙しさにカコツケテ、日記をサボってしまった.......。

28日(金)は、本当に素晴らしい演奏会だった。
小林先生の「新世界」はもちろんのこと、先日もBBSに書いたが、
シュナイト先生のハイドンは、本当に感激した。
なかなかハイドンであの美しい演奏はなかなか聴けないと思う。
その、後の、反省会(いわゆる飲み会)も大いに盛り上がり、
その後、(次の仕事先の)本庄のホテルに入ったのは、夜中の1時過ぎになってしまいました。
29日も、帰りが夜で、しかも30日の仕事の譜読みがたまっていたため、
なかなかパソコンの前に向かえず、
今日、1日(火)も、帰りが遅くなりそうなので、出先から日記をつけている。

アジサイがきれいな季節になってきた。
「鎌倉の明月院にでも、アジサイを見に行きたいな」
そう思う、今日この頃である.....。
2004/5/27 (Thu)  蕨少年合唱団 その5

当時、蕨少年合唱団の指揮者のヒラカン、西六郷の‘鎌典(カマテン)’、そしてカラヤン、そのくらいしか指揮者の名前を知らなかった私であったから、
「指揮者:山口 貴(やまぐちたかし)」に、合同練習の数百人の中でたった一人、褒められたときには、天にも昇る気持ちだった。

『ベルリオーズ/テ・デウム』
後にも先にもレコード(CD)を含め、これを聴いたのは、クラシックの殿堂である、東京文化会館で歌ったあの時(たしか、小学校5年の時であった)だけである。

ラテン語の詩で、そして編成が大きい(オーケストラ、混声合唱、及び少年(少女)合唱)ため、日本ではまず演奏されない曲であるこの「テ・デウム」を
どんな経緯で我、蕨少年合唱団が参加したは定かでないが、
私にとっては『指揮者になりたい』という気持ちを決定づけた、大変貴重な経験であった。
はっきり言って、日本の子供には難しい歌であった。

「テーデー、テーウーパーチェ、オムニス テーヘラべーネーラートゥ(?)........」
訳も解らなく、とにかく、先生が書いてくれたカナだけを頼りに、必死で、とにかく、必死で覚えた。
‘オーケストラと共演できる’という憧れと興奮も手伝って、学校の勉強もそっちのけで、毎日自宅でも練習した。

そして、本番数日まえの、コーラスの合同練習の日、合唱の通しが終わった私達に、指揮者の山口貴先生がこう言ったのだ。

『本番、自信がある人?!』
勿論、私は迷いもなく、ひときわ大きな声で答えた。

『はーーーい!!!!!!!!』

静まりかえった300人以上の少年(少女)の中で、たった一人の返事だった。

『うわ〜、すごい!!君は将来大物になれる!!!』

山口先生のこの無責任な‘一言’で、私は将来を決めてしまったのだ。
「よし、指揮者になろう!!!」.....と。


前略 山口 貴 様
私は、今、自分の才能に悩み苦しみながら、それでも指揮者を続けています。
憧れのあなたは、今、いかがしていらっしゃいますか......。
2004/5/24 (Mon)  復活!!!

今朝、起きて、ようやく腰が軽く感じた。
まだ、ハリは残るものの、腰を気にせず体を動かすことができる。
この2週間は散々だった。
メールや電話で、たくさんの人から心配とお見舞いの声をうかがった。
「何処で、私が‘ぎっくり腰’をやったことを知ったのだろうか..?」
心配していただいた方に、そんな人もたくさんいた。
「(こんな事を言っては申し訳ないが)たまには、具合も悪くなってみるものだな〜」
たくさんのお見舞いに、(孤独ではないんだ....)と実感した。
本当に、人の温かさに触れた2週間だった。

『さあ、また、明日から、思いっきり振るぞ!!!こうして応援していただいている人のためにも......』
2004/5/22 (Sat)  激痛から鈍痛へ......。

ようやく、腰に回復の兆しが見えてきた。
とにかく、立つより、寝る方が、そして何より座るのが痛い。
この一週間、パソコンに向かうのも辛かった。
ようやく、今日になって、状況が多少良くなり、
痛さも弱まってきたのをいいことに、たまっていた事務仕事をや、メールをうったり、
そして、日記を書いたりと、気が付くと現在、23日(日)の午前2:15......。
さすがに、腰が重く痛い......。
また、ぶり返さないうちに、今日は帰って寝るとしよう。

明日は、なんとオフ!!!
(本当はブラスの指導の仕事だったが、腰痛がひどい時に、キャンセルしてしまったのだ...)
もし、この日記を読んでいたらすみません。

『ご心配かけておりますが、あと少しで回復いたします。』
2004/5/19 (Wed)  まだ、苦しんでいます。

まだ、腰の痛みから解放されず苦しんでいる。
今週末まで、指揮台に立たなくていいのが救いだが.....。
体験した人は分かるだろうが、寝ても痛いし、座っても痛い、ずっと立っている訳にもいかず、かといって(立って)指揮を振るなんてもってのほか!
とにかく、安静しかないのだろうか......。

タイミングが悪く、上の娘が昨日から発熱(高熱)した。
辛いらしく、私に向かって「ね〜、だっこして....」
そりゃ、パパだってそうしたいよ.....でも、腰が.....。


最近、音楽の話題がなく、本来の‘まえすとろ日記’から逸脱しているが、
そういえば、三日前の日曜の本番(合唱)は、意外と上手くいった。
プロの合唱ではないので「声が素敵!」とは言いがたいが、棒に団員が集中してくれて、いい音楽ができたと思う。
お客様の反応もよく、PPで音が鳴り止んで、数秒後に「hoo〜」という大きなため息と、そして熱い拍手がおきた時には、私自身も、結構満足できた。

10年前の私は、本番の演奏はあまり覚えておらず、結構そのつど大満足だったが、しかし、最近は妙に冷静で、終わった後に結構いろいろと気づく(思い出す)ことが多い。
今回の本番でも、歌い手が歌詞をまちがったり、伴奏が落ちたり、ザッツがずれたり、子音(言葉)がずれたり、聞こえずらかったり....歌っている本人達も気がつかないこともたくさん.....)
覚えていることも、指揮者にとって重要で、進歩なのだが、
昔のように、ノー天気で何も覚えていない(とにかく「よかった」)と満足していたときが(後に録音を聴いてがっかりはするのだが)ある意味、懐かしく、幸せだったように思う。
もっと、いい所だけを大事に、そして評価できる指揮者にならなくてはいけない。
上手くいったんだから、もっと合唱団の前で喜ぶべきだった.....。
それが、今回の大きな失敗であった。

そういえば、小さい頃、大人が言っていたっけ....。
「世の中には『知らないほうが幸せ』ということが、たくさんあるんだよ」と....。
2004/5/18 (Tue)  ぎっくり腰......再発......いたたた.......

ぎっくり腰が、再発(悪化)してしまった。
先週のはじめ‘ある動作を’きっかけに、ぎっくり腰をしてしまった。
大事にはしていたものの、痛み止めの薬を飲みのみ、なんとかごまかしながら仕事(指揮)をしていたが、日曜日の本番のあとから、再び悪化してしまった。
薬で痛みを抑えていることも忘れ、いつも通りのパフォーマンス....。
そして、本番を終え、自宅に帰ると、いつもどおり娘達が飛びついて......。
現在、私の腰は悲鳴を上げ、最悪の状態。
こうして、座ってパソコンを打っているのも辛い.....。
こればかりは、同じ経験を持った人にしかわからないだろう。
とにかく、今日は安静に......。

本当に「辛い......」
2004/5/12 (Wed)  いたタタ.........。

朝、目が覚めた.......
.....やはり、だめだった。

指揮者であることを悔やみ、しかしながら、薬剤師を妻にできたことを喜んだ。
(なぜか)家にある、薬のストックの中から、痛み止めを中心に処方してもらい、それを胃の中に押し込んで、合唱のリハーサルに行った。
今週末(日曜日)本番があるので、今日はどうしても休めず、この仕事をしていることを(有休のある仕事だったら.......と)恨みながらも、練習に熱が入る。
「そのうち、薬が効いてくるから」の奥さんの予言どおり、練習も終盤にさしかかると、いよいよ絶好調になってきた。
吹き出る汗は、熱烈な指揮のせいか、それとも、夢中になってとりあえず忘れている‘痛さ’からの冷や汗か....。
しかしながら、いつにも増して元気な自分がいる。
「こんな事なら、午後の仕事もキャンセルしなければよかった」(私は看護学校にも音楽の講義にいっている…これについては、昨日、他の授業の手配をしてもらうため、あらかじめ休講の連絡をしておいた)と思ったのも束の間......
夕方に近づくと、薬の効果もうすれてきたのか、いよいよ辛くなってきた。
‘若い、若い’と思っていても、四十二.....。
体はやはり正直だ.......。

夜、ようやく家路に辿り着いた時の薬剤師(奥さん)の声が、妙に事務的で冷たく感じたのは気のせいだろうか.....。

『とりあえず、薬で痛みを抑えていたのだから当然ですよ......』

(ごもっともデス、はい。.......トホホ....)
2004/5/11 (Tue)  やってしまった......!

8日に別府から戻り、翌日からようやく平常の仕事に戻ったと思いきや.....、

本日、やってしまった.....持病の‘ぎっくり腰’

ちょっと、油断して、屈んで物を運んだその時....。
昼間はそれでも、何とか過ごせたのだが、夜、自宅に帰り、ちょっと横になったのがいけなかった。
起き上がれなくなってしまい.....。

今週は、これといって大きな仕事はなく(通常の仕事のみで)、日曜日に小さい本番(合唱)が1つあるだけだが、何といっても一夜あけた(寝た)明日の朝が怖い。
以前もやっているだけに、その辛さ(痛さ)がわかっており「また、あの思いか...」と思うとぞっとする。
とりあえず、薬も飲んだし、湿布もした。

あとは、明日....。
神様............。
2004/5/8 (Sat)  音楽祭、大成功!!!

5月8日午後、大分空港を経由して、東京に戻ってきた。
昨晩(音楽祭二日目)は、すべてが終了したこともあり、なんと、今朝5時近くまで、みんなで飲んでさわいでいた!!
私を含め、参加者のほとんどが寝不足ではあったが、しかし、その中にも、満ち足りた、自信に満ちあふれた多くの顔が、羽田のロビーにあふれていた。

昨日のコンサートも、勿論、大成功であった。
オーケストラは本当に素晴らしかった。
マエストロ;パッパーノ氏のタクトのもと、本当に素晴らしいパフォーマンスを繰り広げてくれた。
また、アルゲリッチさんのピアノも冴え渡り、ロマンチックなコンチェルトとアンコールで弾いた‘子供の情景’は、観客だけではなく、音楽祭事務局の方々、そして我々の心にも、ねぎらいの優しいメッセージに聴こえた。

この音楽祭は、芸大の関係者(演奏者)だけにではなく、一個人の音楽家である酒井敦にも、大きな勉強をさせてくれた。
世界の、超一流のマエストロ、ピアニストとの出会い....。
正直な所、まだ、そのショックから立ち直ってはいないが、
それでも、その‘才能’と‘世界’にふれたことで、「また明日から....」
そんな気持ちに今はなっている。

ピアニストの伊藤京子先生が、私と同じ年代のマエストロのその才能に落ち込んでいる私に、こんな言葉を投げかけてくださった。

『みんな、そうやって壁にあたり、そして成長していくの。その時は落ち込むこともあるけれど、それは、次の飛躍のための準備ですよ、頑張って!!』

さあ、明日もまた仕事(音楽)。
はやく、‘まえすとろ’が‘マエストロ’と堂々と名乗れるように、努力、努力。

家に帰ると、5日ぶりの二人の娘が飛びついてきて、一人の音楽家からパパに....。
別府に発つ前の日、日めくりのカレンダーに丸印をつけてやり、
「この‘ひ’まで、ママとじいちゃんばあちゃんのいうことをよくきいて、いもうとのめんどうをよくみてね」
といい聞かせた、その上の娘が、恥ずかしそうに差し出す彼女の書いた手紙には、こう書いてあった。

「たくさん おとまりで さびしかったよ パパへ」

(ありがとう、よく頑張ったね!)
2004/5/7 (Fri)  コンチェルトのリハーサル

前日の5月5日、我々は二つの情報に凍りつく思いであった。

「ピアニストのM.アルゲリッチ氏ニューヨーク公演キャンセル...」
そして、
「未だ、飛行機に乗った情報なし....」

5月5日、本来到着している巨匠の姿がない。
音楽祭事務局も、オーケストラも、そして(想像するに)マエストロ:パッパーノ氏も、複雑な気持ちの中、ピアニスト不在のリハーサルを迎えた。

すべてのリハが終わった、夜8時過ぎに、
「アルゲリッチさん、福岡行きの飛行機に乗った」との情報が入り、ようやく我々の夜が静かに更けた。

5月6日、音楽祭当日、アルゲリッチさんの体調を配慮し、本番の数時間前に、初めてのリハ(G.P.)がおこなわれた。
‘東京芸術大学別府アルゲリッチ音楽祭特別オーケストラ’は3回目の共演とはいえ、今年のメンバーとは初めての出会いである。
いくら一流のピアニストとはいえ......それは、不安であった。

アルゲリッチ氏が姿を現す。
ドラマチックな動機とともに、シューマンのコンチェルトが始まった。
そして、美しいあのテーマが.....。

一流ではない!
『M.アルゲリッチは“超”一流であった。』
巨匠との練習に、このリハーサル時間以上のものは不要である。
‘初めての出会い’などと、まったく感じさせない、充実した、
とにかく、「素晴らしい!!」としか言いようがないリハであった。

オーケストラのこと、その中での自分(ピアノ)の存在、時には主張しそして協調する、テクニック、バランス、音楽性、どれをとっても完璧で、只々、感心と感動するばかりであった。

勿論、本番は書くに及ばず、それはそれは、大成功であった。
そして、異例だが、コンチェルトの後(前半のプロの最後に)のアンコール....。
言葉がなかった......。
‘私の音楽’などと比べるのもおこがましいが、はるかに次元が違った。
育った環境、受けた教育、これまでの経験、そして、才能が.....。

一人の観客としては、最高の一日であった。
しかし、一人の音楽家としては、最悪の気持ちで別府の夜を一人過ごした.....。

5月7日の朝、寝不足のまま、音楽祭二日目を迎える。
2004/5/6 (Thu)  今日は、本番。

別府は今日も快晴!!
ホールの中の催しとはいえ、絶好の音楽祭日和。
昨日までの充実したリハーサルを裏付けるように、いい音楽祭になりそうである。
プログラムは、ベートーヴェン/レオノーレ序曲 第3番、シューマン/ピアノ協奏曲(Pf:M.アルゲリッチ)、マーラ/交響曲第1番。
演奏家にとって、大変ハードなプログラムであるが、本当に楽しみである。
パッパーノ氏のリハーサルぶりは、昨日記した通り素晴らしいものであったが、アルゲリッチさんとの共演もエキサイティングで、演奏家(学生)は勿論のこと、2回の公演(別府市/大分市)のチケットも売り切れで、皆の期待が直に伝わってくるようである。

温泉はまだ堪能していないものの、一昨日の夜は事務局の方の温かいおもてなしで、地元の料理に舌鼓をうった。
(冬の)河豚の時期ではなかったが、この時期は鰈が美味しく、東京では味わえないものであった。
せっかくのゴールデンウィークを家で過ごす家族には申し訳ないと思いながらも、素敵なひと時を過ごさせていただいた。

さあ、今日は本番!!
今朝、ホテルでの学生達の顔色も皆良好。
きっと、いい演奏会になると確信している。

(5月6日 朝、別府のホテルにて)
2004/5/5 (Wed)  ショック.......!!

今朝、天気予報では、東京(埼玉)は曇り時々雨などといっていたが、
別府は今朝から晴れわたり、こちらの晴天を家で休日を過ごす娘達に分けてあげたい。
ホテルの窓から見える山々や海がとても美しい。

昨日は、マエストロ A.パッパーノ氏が到着して、一日中、リハーサルがあった。

「素晴らしい!!」の一言に尽きた。
目からウロコが落ちるとは、この事をいうのかもしれない。
‘ショック’であった。
年齢的には、私と同じ世代(1959年生まれ。私の二歳上)
演奏家に決してプレッシャーをあたえず、それでいて、‘ツボ’をつかみ(捕らえ)的確な指示と演奏家から音楽を引き出し、また、自分の色(音楽)に染めてしまう....。
我々がコツコツと努力して会得してきた‘指揮法’って何だろうと考えさせられた。もちろんめちゃくちゃを振っているのではない。
あの指揮からは充分言いたいこと(やりたい事)は伝わる.....。
‘ショック’であった.......。

芸大の学生も本当によく頑張っている。
素晴らしい、音楽祭になりそうだ。

今日も一日リハーサルがある。

本当に楽しみに、これからホールに向かう。

(5月5日 朝10:00 別府のホテルにて)
2004/5/4 (Tue)  久しぶりの日記

毎日、根気強くこのページを訪れていただいた方、すみません。
そして、お久しぶりです。

5月1日に、大学での大きな演奏会が終わり、
翌日は、昼間、娘達と土いじりをし(これについては後日、日記で...)、
その日の夕方からブラスのリハーサルをし、
そして昨日より、大分県の別府へ来ております。

残念ながら、皆さんのご期待する(別府の)温泉情報などは披露できる見込みはありませんが(相変わらず忙しく....)、楽しい音楽祭情報はご報告できそうです。
5月3日〜8日まで、大学の学生オーケストラが別府アルゲリッチ音楽祭に参加するため、その引率で来ております。
もっとも、リハーサル終了後は、反省会と称した、いわゆる‘飲み会’があるため、どこまで報告できますことか.....。
とにかく、毎日(もしかしたら朝になるかも)できるだけ記すようにしたいと思います。
どうぞ、お楽しみに!!

今日は、この音楽祭のマエストロ、‘アントニオ・パッパーノ氏’が別府入りしてのリハーサルです。私も、楽しみにしております。

(5月4日 朝8:45 別府ホテルにて)
2004/4/29 (Thu)  今日は全国的に祝日だが.......。

今日は全国的に、祝日「みどりの日」
東京はお天気もよく、行楽日和。
もう、この日記にこんなことを書くのはウンザリだが......、
今週は、朝から晩まで大学、その間を縫って自分の仕事を何とかこなしている。
実は、今日もまだ大学で仕事中(夜9:45)

「娘達は、もう寝ただろうか.....」

電話をして元気な声を聞きたいのだが、「パパ....」と泣かれるのが困るので、今日は、一緒に撮った‘プリクラ’の写真でも見ながら、あとひと仕事、するとしよう.....。
2004/4/27 (Tue)  すみません、本日も.......。

すみません。本日も、まだ出先で仕事中。
せっかく、おいでいただいだのに、すみません。
明日は、更新いたしますので、
是非、明日、おいでください。

おやすみなさい。
4月27日(火)21:00
2004/4/24 (Sat)  今日は、久しぶりに事務所に一日おりました。

今日は、久しぶりに事務所で一日中、仕事をした。
レッスンも、まとめて沢山したため、もうクタクタだ。
テンションをバリバリあげて、そのまま午後まで.....
どのお弟子さんも皆、私のオケのリハーサル(1対70のエネルギー)なみのテンションに疲れ気味...。

「すみません、久しぶりの(個人の)ピアノと指揮のレッスンなので、張り切ってしまいました!!」

でも、音楽で疲れるのは、イイね〜!!
何と言っても、爽快感が違う!
また、オーケストラの練習と違い、個人レッスンは、曲の数も多く、沢山の作曲家に出会えるし、本当に楽しかった。
今日、出会った作曲家...。

“バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ツェルニー、チャイコフスキー、ドビュッシー、ラヴェル、ショパン”

「ふ〜〜っ....」
2004/4/23 (Fri)  本日休業

せっかくおいでいただいたのに....すみません。
現在、24日am.1:05。
まだ、仕事をしております。

今日の‘まえすとろ日記’はお休みいたします。
明日のご来訪を心よりお待ちしております。

今日、訪問していただいた皆様が、よい週末になりますよう、お祈りして........。
2004/4/22 (Thu)  癒されます。

先日、「あまりクラシックのCDは聴かない」と‘まえすとろ日記’に書いたが、例外的に、体も心も疲れた時に聴くCDが数枚ある。
その中でも、特にお気に入りのものは

“フォーレ/レクイエム 作品48”

エマュエル・グリウ゛ィヌ指揮:国立リヨン管弦楽団/同 合唱団のものが断然いい!!
その他の演奏のものも、いくつか聴いてみたが(CDも持っているが)オケの編成(サイズ)も、コーラスも、そしてソリストも、私にはこれが一番心地よく、何より、美しい。
決して‘熱演’してるわけではないのだが(特に宗教曲なので熱演されると困る)、しかし、説得力を持って私にメッセージを伝えてくる。
ある本で「この曲は、フォーレの父親が亡くなった後、作曲された」と書いてあったが、曲自体、決してヒステリックでなく、むしろ聴きて側を慰めてくれる。
また、おまけだが、レクイエムの後に録音されている‘ジャン・ラシーヌ讃歌’も前曲に負けず、本当に美しく、まるで“神の声”に聴こえる。
(二十歳にこの‘ジャン・ラシーヌ’を書くなんて、やはりフォーレは天才だと思う)


しかし、私にとって、このレクイエムをエンドレスで聴いているということは、ストレスを抱えた酒飲みが、今夜も深酒をしていることと同じ状態....。

今日も、この曲を何度聴いただろう.....。
早くこの忙しさから脱したい.....。
今年のゴールデンウイークは全て仕事.....あ〜ぁ.....。
いつになったら休めるだろう.....。
2004/4/21 (Wed)  昔から......。

実は私は、昔からよく日記をつけていた。
古くは、小学校3年生から....。
年の初めに、大人が新しい手帳を買うように、「今年はどんな日記帳にしようか...」などど、それを選ぶことも楽しみの一つだった。
「書け!!」とだれに言われたわけでもないが.....なぜ、書いていたのだろう....。
中学生になると、少々格好をつけ、小説家か作曲家気取りで、インク壺に付けペンで....。
内容は...というと、とんでもなく恥ずかしいものばかり...それでも、かかさず毎日つけていた。
「今日は、何もない日だった。」などという時もあったが....。

‘ありのまま、気楽に’といいながらも、やはり、人に見られる日記はつけずらい。プライベートのことはともかく、少なくとも、他人のことは書けない。
今日も、そういう意味で‘書きにくい日’だ。
(本当は、こんな日は書かなくてもよいのだが、書かなくなるとそのまま....というのが心配で....)

今日も、‘まえすとろ日記’を訪問していただき、ありがとうございました。

明日は、私にとっても、皆さんにとっても、いい日でありますように.....。
2004/4/20 (Tue)  健やかに....幸せに....。

娘が5回目の誕生日を迎えた。
今日まで大病もせず、親が言うのも何だが、わりかし‘いい子’に育っていると思う。

5年前の今日、大学で勤務する私に、病院に付き添う母から「もうすぐ生まれそうだ」という連絡をもらい、「行ってあげなさい」という主任教授の後押しで、ドキドキしながら川口に向かった。
TVドラマでよくある出産のシーンで、タバコをふかしながら待つ、旦那とその義父....
子供の泣き声に「やりました、お義父さん!!」という場面があるが、実際に立ち会ってみると、そんなことにはならない。

「お父さん、到着しました〜っ!!」
看護婦さん達の緊迫した雰囲気に、私の鼓動も早くなる。
立ち会うための白衣と帽子を着せられ、その時を別室で待つ。
たった、10分程度かと思うが、何ともその時間の長かったこと.....。
看護婦さんに呼ばれ、分娩室に....。
「お父さん、汗を拭いてください」
そういわれ、自分の汗を拭うと、
「違います!お母さんのデス!!」

こうなると、男はダラシナイ...。

そして、出産......。
只々、涙がでた。そして、妻をいとおしく思った。
そして、生まれてきた我が子が‘宝物’に見えた。

その娘が5歳。
大切な、大切な命....。
“健やかに”“幸せに” それだけをロウソクの灯りに願った。
2004/4/18 (Sun)  プロの仕事

今日、ホームページのBBSにも書いたが、私は埼玉県の神川町という所から、毎年‘梨’を送ってもらっている。
スーパーで売っている梨とは違い、何と言うか...‘梨の概念’が変わった。

「今年の梨はより良い出来だ!」とか、「今年はいつも通りの出来だ」とか生産者は言うが、
その微妙な味加減は素人の私にあまりよく判らないし、プロの仕事にあたりまえのように、毎年感心していたが、昨年こそは驚いた。
そして「これがプロなんだ!」と感激し、愕然とし、そして反省した。

昨年は、全国的に冷夏だった。
スーパーに並ぶ果物は、例年になくひどい出来で、特に夏の果物のスイカや梨は、試食するに値いしないものであった。
「ああ、今年は神川の梨も....」
その予感を裏付けるかのように、荷物が届いたのは、例年より少し遅れてからだった。

今年は....と思いながらも、娘達の無邪気な催促にダンボールを開けると、その中には、意外にもいつもの姿が....。

味は.....。


大げさに聞こえるかもしれないが、感動した!そして、愕然とした。
「これがプロの仕事か....」

我々もコンディションがいいときには、いい音楽ができる。
テンポ感もいいし、いいテンションで音楽ができ、表現も豊かになる。
しかし、我々も人の子...時には....がある。
仕事が詰まって忙しいとき、体調が悪い時、ストレスがある時、飲みすぎた時.......。
他人には気づかれていないかもしれないが、自分の中では何か違い、時として、録音を聴くと顕著に表れている。

全国的に冷夏で、どの果物も出来が悪く、また、その理由は生産者の責任ではないところにある。
そんな中でも、いつもと変わらないものを提供してくれた神川の生産者に、プロの仕事を(プロの私が)改めて教わった。

常に、どんな条件でも‘いい音楽’‘いい仕事’ができる‘プロ’に私もなりたい。
しかも、それが‘当たり前’のごとく.....。

さあ、明日もいい仕事(音楽)をしよう!!

(そのためには、少しお酒を飲む機会を減らそうか...私の場合、それよりも甘いものを減らしたほうが......)