伴奏付きの『幼稚園唱歌』

共益商社 編集(共益商社楽器店,1901年7月25日)





『幼稚園唱歌』初版(1901年7月発行))中表紙


『幼稚園唱歌』第九版(1925年7月発行))表紙


文部省音楽取締掛が総力をあげて編集した『幼稚園唱歌集』(1887年12月)はようやく普及したが,残念なことに歌詞が文語であるために,幼児が喜んで歌うというものではなかった.東京女子師範学校の教授で付属幼稚園の批評掛りであった東(ひがし)基吉はこれを憂え,幼児に良くわかり楽しんで歌える歌はできないだろうかと考えていた.明治30年代になるとようやく機は熟し,こうした目的を達成するために出来上がった話言葉の唱歌集が本歌集である.ここで発表された「お正月」は今でも良く歌われている. また簡単な伴奏を付けたのである.伴奏付きの幼児向けの唱歌集としては本邦初めてのものである.

本書の緒言に作歌(作詞)は東基吉,巌谷小波,作曲は滝廉太郎,鈴木毅一,東クメが行ったとしているが,実際は東基吉と巌谷小波は作詞をしていないし,東クメは作曲をしていない. 基吉はこの幼児向けの唱歌集本の発案者で,小波は相談役格であった.当時基吉の妻だったクメが基吉の企画を東京音楽学校で2年後輩の滝に相談したところ,滝は大賛成であった.実際1899年暮に鈴木・滝は小波に会い,歌詞の相談をしている.最終的には,クメが主に作詞し,滝,鈴木がそれを補い,作曲は滝と鈴木が行ったった.ただし滝の編曲が1曲だけある.詳しい経緯は小長[1],大槻[2]を参照されたい.

この本製作の中心人物,滝廉太郎(1879年8月〜1903年6月)は今更説明をする必要もない日本の生んだ天才作曲家.ピアノ演奏も良くした.この本を仕上げて1901年4月ライプツィッヒに旅立った.しかし,留学中に病を得て1902年夏帰国,療養の甲斐なく故郷大分市で数え25歳で夭折した.

東基吉 (1972〜1958)は新宮の須川家に生まれたが,幼くして両親と死別,東家の養子となった.苦学して和歌山師範を1894年卒業,東京高等師範学校に進んだ.卒業後まもなく1900年,東京女子師範学校助教授兼附属幼稚園批評係になった.この附属幼稚園で,これまでの欧米直輸入的な保育手法を,自由主義的,児童中心的な方向に変えていった.その後1908年から宮崎,栃木,三重の各師範学校長を歴任,最後に宮城と共に 大阪の池田師範学校長を勤めた.わが国最初の体系的保育論の書『幼稚園保育法』(目黒書店,1904年)を著した.

東(旧姓 由比)クメ(1877年6月〜1969年3月)は新宮藩の家老由比甚五郎の長女として生まれ,1889年9月東京音楽学校選科に入学,1892年同校予科に進み,1896年同校専修部を卒業した.滝の2年先輩にあたる.引き続き研究科で学ぶかたわら,東京府高等女学校(現在の都立白鳳高校)に勤務した.1899年東京女子師範学校教授で同郷の東基吉と結婚した.1908年に退職し,ピアノ教師として過ごした.後に基吉が大阪教育大学に勤務したため,晩年は池田市に住んだ[小長:pp. 276−278;大槻:pp. 236−249].

鈴木毅一(1877年6月〜1926年4月)は掛川の出身で,1896年東京音楽学校に入学,滝の2年後輩にあたる.1900年1月に宮崎師範学校に赴任した.後に岡崎第二師範学校を経て,県立新発田高等女学校に勤務した[小長:pp. 272−276].本書の凡例から見て実質的な編集は殆ど滝が行ったと考えられる.






帰国直後1902年の滝(左)と鈴木毅一
(大分県教育庁文化課編『大分県先哲叢書 滝廉太郎 資料集』 大分県教育委員会,1994年3月)p. 196 より)


東(ひがし)夫妻(1899年撮影)東貞一
(『はとぽっぽ記念』第2号(1962年12月,非売品)より)


原本では曲番号は付いていないが,便宜のために付けた.1字の繰り返し記号「ヽ」と「々」はそのまま表記したが,複字の繰り返し記号(縦書きだと長い「く」)は横書きであるので文字を繰り返して表記した.筆者はまだ初版本を手にしていないので,表記は大分県先哲叢書の『滝廉太郎 資料集』[3]に収録収録されている,初版の緒言,序文,歌詞に従った.曲譜とここに掲載されていない「猫の子」,「白よこいこい」,「風車」の歌詞は第九版による.実質的な内容は同じだが,表記の仕方・句読点など(例えば長音は「ー」から「う」に )が時代と共に変更されている.また原本では作詞作曲者は記載されていないが,最新の研究で判明したものについて,作詞作曲者を本文に記した.


    緒 言

近時音楽唱歌の普及上進、日を追ふて著るしく、之に関
する著書編纂、亦日に盛なり、然かもこれらの書は、多く
小学生徒を目的とせるものにして、其家庭又は幼稚
園等に於ける学齢未満の児女のために編まれたるも
のに至りては、殆ど無きが如し、こヽに本社其欠を補
はん事を思ひ、即ち作歌を、女子高等師範学校の付属幼
稚園に於て批評掛りを担当せらるヽ東基吉氏及び漣(さざなみ)
山人巌谷氏に、作曲を滝廉太郎氏、鈴木毅一氏及び東ク
メ氏に乞ひ、歌曲の品題、歌詞の程度、曲節の趣味、音域等、
凡て以上の諸先生が多年の経験を基として製作せら
れたるものを集め、こヽに新に此の書を編したり、購客
之に由りて以て幼童の心情を啓発せられなば、庶幾く
は斯道教育の一助たらん。

     明治三十四年七月
                        編 者 識


    凡 例

一、本書載する所の歌曲の品題は、児童が日常見聞する
  風物童話等に取り、主として四季の順序に排列した
  れば教師は其期節の折々に応じて適当なるものを
  撰み、先づ談話問答等に由りて、児童の興味を喚起せ
  しめ、然る後一句づヽ口授するを宜しとす。
一、歌曲の速度は、決して緩慢に流るべからず、寧ろ急速
  なるべし、なほ本編収むる所の歌曲は、凡て遊戯に添
  ひ得べきものなれば、或は適当の動作等を加へて、以
  て、一層の興味を添ふるをよしとす。
一、唱歌の方法は活溌なるべし、然かもよく児童の発音
  に注意し、決して粗暴なる叫声を発せしむべからず、
  又児童の歓心を買はんとて、徒らに多数の曲を教ふ
  るはよろしからず、甲の歌曲充分熟練して後、はじめ
  て乙の歌曲に移るべし。
一、本書の歌曲は、其興味を助けん為め、凡て伴奏を附し
  たり、然れども、こは先づ口授法を以て、児童の大抵熟
  達したる後、楽器を添へて歌はしむる際に用ゐんが
  為めにして、初めより教授に伴はしめんが為めには
  あらず。
一、本書歌詞の仮名遣ひは、凡て文部省新定の方法に由
  りたり。


    目次

第一   ほーほけきょ
第二   ひばりはうたひ
第三   猫の子
第四   鯉幟
第五   海のうへ
第六   桃太郎
第七   白よこいこい
第八   お池の蛙
第九   夕立
第十   かちかち山
第十一  水あそび
第十二  鳩ぽっぽ
第十三  菊
第十四  雁(がん)
第十五  軍ごっこ
第十六  雀
第十七  風車
第十八  雪やこんこん
第十九  お正月
第二十  さよなら

参考


第一 ほーほけきょ (滝廉太郎 作詞作曲)

  (問) 小さい子、小さい子、
           お前はなにをして居ます。
  (答) 私は梅をかいでます。
  (問) 梅をかいで夫(それ)から。
  (答) 夫から歌をうたひます。
  (問) 何の歌をうたひます。
  (答) 黄色い青い着物着て。
  (合唱) けきょけきょ けきょけきょ ほーほけきょ。

音源は
y01Hohokekyo90.mid




第二 ひばりはうたひ (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  ひばりはうたひ、  蝶々はおどる。
  春の野山に、    遊ぶはうれし。
  こヽにはよめな、  そこにはつくし。
  たんぽヽすみれ、  れんげばな。
  花をばとりて、   草をばつみて。
  うちのかぁさんへ、 おみやにしましょー。

音源は
y02HibariwaUtai110.mid




第三 猫の子 (鈴木毅一 作詞作曲)

  猫の子こねこ 名はお鈴
  お鈴やお鈴  首環の鈴が
  ちりりんりん

  猫の子こねこ 名はお静
  お静やお静  しづかにいって
  ねづみとれ

[注] 小長久子『楽聖滝廉太郎の新資料』(あやめ書店,1963年)によると巌谷小波の詩「猫の子」の改作[松本正『大分県先哲叢書 滝廉太郎』(大分県教育委員会,1995年3月)(非買品)p. 182]

音源は
y03NekonoKo.mid




第四 鯉幟 (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  大きな黒い   親鯉に、
  小さな赤い   鯉の子が、
  いくつもついて 昇って行く、
  海の様な    大空に。

音源は
y04Koinobori96.mid




第五 海のうへ (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  はしるは汽船か、 軍艦か。
  とまるは漁師の、 つり船か。
  黒い烟や、    白い帆や。
  汽笛の音や、   艫の音や。
  あヽ面白い、   海のうえ。

音源は
y05UminoUe100.mid




第六 桃太郎 (滝廉太郎 作詞作曲)

  桃太郎さんの、 お供には。
  犬猿雉子の、  三匹よ。
  お供の褒美は、 何やらう。
  日本一の、   黍団子。

音源は
y06Momotaro106.mid




第七 白よこいこい (鈴木毅一 作詞作曲)

  白よこひこひ    お菓子をやらう
  黒よこひこひ    ご飯をやらう
  そこまでいっしょに そろうておまはり
  おまはりおまはり  三べん

 [注]「来い」の仮名遣いに混乱が見られる.表題の用法が正しい。

音源は
y07ShiroyoKoiKoio.mid




第八 お池の蛙 (東クメ 作詞 滝廉太郎 編曲)

  お池のお蛙は、   くわっ、くわっ、くわっ、くわっ、くわっ。
  何といふて鳴く、  くわっ、くわっ、くわっ、くわっ、くわっ。

  雨ふれふれとて、  くわっ、くわっ、くわっ、くわっ、くわっ。
  ふるまで鳴くのよ、 くわっ、くわっ、くわっ、くわっ、くわっ。

[注] 東貞一編『鳩ぽっぽ記念』第3号(1967年6月)によるとドイツ・メロディーとなっているが,原曲不明[松本正『大分県先哲叢書 滝廉太郎』(大分県教育委員会,1995年3月)(非買品)p. 189]

音源は
y08OikenoKaeru.mid




第九 夕立 (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  ごろごろ、 なるのは、 雷よ。
  ぴかぴか、 ひかるは、 いなびかり。
  ざーざー、 ふるのは、 夕立よ。
  ざーざー、 ぴかぴか、 ごろごろごろ。

音源は
y09Yudachi108.mid




第十 かちかち山 (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  かちかちなるのは、何の音。   かちかち山だよ、この山は。
  たぬきはしらずに、さきへゆく。 兎はうしろで、かちかちかち。

  ぼーぼういふのは、何の音。   ぼーぼー山だよ、この山は。
  たぬきのせなかで火がぼーぼー。 あついと走れば、なほぼーぼー。

  たぬきのお船は、土ぶねで。   うさきのお船は、木のふねで。
  一所にこぎでる、川の中。    たぬきは溺れて、ざぶざぶざぶ。

音源は
y10Kachikachiyama110.mid




第十一 水あそび (滝廉太郎 作詞作曲)

  水を沢山、 くんで来て。
  水鉄砲で、 遊びましょー。
  一二三四、 ちゅっ ちゅっ ちゅっ。

音源は
y11Mizu-asobi120.mid
歌唱は
水あそび(唱歌)
http://www.youtube.com/watch?v=X2exw5kPdRI




第十二 鳩ぽっぽ (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  鳩ぽっぽ、    鳩ぽっぽ。
  ぽっぽぽっぽと、 飛んで来い。
  お寺の屋根から、 下りて来い。
  豆をやるから、  みなたべよ。
  たべてもすぐに、 かへらずに。
  ぽっぽぽっぽと、 鳴いて遊べ。

音源は
y12Hato-poppo112.mid
歌唱は
鳩ぽっぽ(唱歌) - 斉藤昌子
http://www.youtube.com/watch?v=U2cFL33pZxQ




「鳩ぽっぽ」の碑(新宮市)



第十三 菊 (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  お庭の垣根の、 菊の花。
  色は何色、   数へて見れば。
  赤も黄色も、  また白も。
  皆美くしく、  咲きそろうた。

音源は
y13Kiku110.mid




第十四 雁(がん) (滝廉太郎 作詞作曲)

  月のあかりに、   黒いがん。
  一所にならんで、  五つ六つ。
  親がさきへゆき、  子はあとに。
  何処から来たのか、 つれだって。

音源は
y14Gan120.mid




第十五 軍ごっこ (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  喇叭を吹いて、  進め進め。
  鉄砲かたに、   進め進め。
  一番えらい、   日本男児。
  どんな敵でも、  こわくはないぞ。

  旗をたてて、   進め進め。
  剣をぬいて、   進め進め。
  一番強い、    日本男児。
  どんな敵でも、  まかしてやるぞ。

音源は
y15Ikusa-gokko120.mid




第十六 雀 (佐佐木信綱 作詞 滝廉太郎 作曲)

  すずめ雀、今日もまた。
    くらいみちを、 只ひとり。
  林の奥の、 竹薮の。
    さびしいおうちへ、 帰るのか。

      いヽえ皆さん、 あすこには。
        父様母様、まって居て
      楽しいおうちが、 ありまする。
        さよなら皆さん、 ちゅぅちゅぅちゅぅ。

音源は
y16Suzume112.mid




第十七 風車 (鈴木毅一 作詞作曲)

  まはるまはる 風車
   風よふけふけ 車がまはる
    あまりまはると めがまはる

  あがるあがる 奴(やっこ)凧
   風よふけふけ 奴があがる
    あまりあがると めがまはる

音源は
y17Kazaguruma.mid




第十八 雪やこんこん (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  雪やこんこん、   あられやこんこん。
  もっとふれふれ、  とけずにつもれ。
  つもった雪で、   だるまや燈籠。
  こしらへましょー、 お姉様。

音源は
y18YukiyaKonkon110.mid




第十九 お正月 (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  もーいくつねると、  お正月。
  お正月には、     凧あげて。
  こまをまはして、   遊びましょー。
  はやく来い来い、   お正月。

  もーいくつねると、  お正月。
  お正月には、     まりついて。
  おいばねついて、   遊びましょー。
  はやく来い来い、   お正月。

音源は
童謡  お正月
http://www.youtube.com/watch?v=lPLZK0BP9pA
midiでは
y19Oshogatsu120.mid




第二十 さよなら (東クメ 作詞 滝廉太郎 作曲)

  今日のけいこも、  すみました。
  みなつれだって、  帰りましょー。
  あしたもまたまた、 こヽに来て。
  けいこやあそびを、 いたしましょー。
  先生御機嫌よー、  さよーなら。

midi音源は
y20Sayonara120strings-rev.mid





参考

[1] 小長久子『滝廉太郎』(吉川弘文館、2003年8月)
[2] 大槻三好『石原和三郎と明治唱歌抄』(講談社出版、1977年11月) pp. 231−249.
[3] 大分県教育庁文化課編『大分県先哲叢書 滝廉太郎 資料集』(大分県教育委員会、1994年3月)

2009. 12.15: 『猫の子』,『白よこいこい』,『お池の蛙』,『風車』の音源は桜井雅人氏に作成いただいた.記して感謝する.
2010. 4. 15: midiファイルは全て桜井雅人氏に作成していただいた.あらためて氏に感謝する.

以上


(2009年6月)


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