法隆寺・東大寺・薬師寺の飛天たち



(図をクリックすると大きくなる.)


 ここでは法隆寺・東大寺・薬師寺に残されている楽器をかなでる天女の姿をとりあげる.



法隆寺の創建は613(推古21)年といわれるが,670(天智9)年全焼した.その後も何度か火事にみまわれているが,我々の記憶にあるのは1949(昭和24)年の金堂の失火である.金堂は693(持統7)年完成し,重要文化財金堂飛天は創建当時のものである.


図1.法隆寺金堂.
右手に五重塔.




図2a.重要文化財「法隆寺金堂天蓋」

金堂阿弥陀如来の頭上の天蓋.まわりは楽器を演奏する飛天で飾られている.




図2b.「天蓋の飛天」
琵琶を演奏.

図2c.「天蓋の飛天」
横笛を吹いている.

図2d.「天蓋の飛天」
竪笛を吹いている.




図2e.「天蓋の飛天」


図2f.「天蓋の飛天」


図2g.「天蓋の飛天」





図3a.金堂内陣の壁の「飛天」
7-8 世紀




図3b.中国の「笛吹き飛天」
楡林第15窟
8 世紀




図4.「法隆寺金堂小幡」

金銅製の小さな幡の上部に,横笛を吹く飛天が透かし彫りされている.



薬師寺は天武天皇の皇后[慮に鳥]野讃良々皇女(うののさららのひめみこ,後の持統天皇)の病平癒の発願により,完成した(藤原京南の元薬師寺)のは持統天皇の時代と考えられる.その後,718年(養老2)頃に現在の地に移った. その後何度か風水害の被害を受けたが,中でも1528(享禄元)年には兵火に遭い金堂・講堂・中門・西塔・僧坊等を焼失した.
東塔は焼けずに残り,730(天平2)年の創建当時の姿を残す.西塔が再建されたのは1981(昭和56)年の事である.


図5.薬師寺
左から金堂,西塔,東搭.




図6.国宝「薬師寺東搭」
三重の塔だが各階に裳階(もこし)
を付け六層の軒が連なる.
頂上部に水煙.




図7a.「薬師寺東搭水煙」

図7b.4枚同じ型から造られた.

図7c.クローズ・アップ(中川昇氏撮影)




図7d.

図7e.「薬師寺東搭水煙」部分



743(天平15)年聖武天皇は大仏造立を発願した.完成し開眼供養したのは9年後の752(天平勝宝4)年であった.しかし1180(治承4)年と1567(永禄10)年の二度の兵火で焼失,現在のものは1692(元禄5)年に再建され開眼供養されたものである.
しかし幸いなことに,南面した大仏殿の前庭にある八角燈籠は二度の戦火をくぐり抜け創建当時のもので,高さは4.62 m あり,国内最大である.

図8.東大寺大仏殿と
南側の回廊に囲まれた中庭.
中庭中央に八角燈籠が見える.




図9.国宝「東大寺八角燈籠」
八角燈籠の一面おきに,楽器を演奏している,通称音声(おんじょう)菩薩が付けられている.




図10a.「八角燈籠」音声
菩薩(北西)
竪笛を吹いている.



図10b.「八角燈籠」音声菩薩(北東)
銅[金偏に友のフの上の横画無しに点]
子(ばっし)を演奏.近年盗難のため破
損した.


図10c.「八角燈籠」音声菩薩
(部分)







図10d.「八角燈籠」音声菩薩
(南西,部分)
横笛を吹いている.

図10e.「八角燈籠」音声菩薩
(南東)
笙を吹いている.後補.



(2009年12月)

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2013年11月追記

韓国・慶州の世界遺産「仏国寺」の仁王様を見てきた.
仏国寺の創建は新羅の法興王の535年で,751年 (日本では奈良時代) に本格的に拡充された.
山門には仏舎利を護持する方など,四人いらっしゃる.その中のお一人に日本の弁天様のように楽器を奏でていらっしゃるのがおられた.
表情は日本の仁王(= 二王)様より何処となく愛嬌がある.



ちなみに,東大寺南大門の金剛力士阿像・吽像は奈良時代のオリジナルは焼けてしまい,現在のものは 1203 (建仁3) 年造立,
像高は 8 mの巨大なものである.こわい表情をされている. 日本最古(711年の天平初期製作)の法隆寺中門の阿吽も同じくこわい.


東大寺阿像 (国宝).

東大寺吽像 (国宝).

法隆寺吽像 (重文).


   [参考]

   法隆寺の金堂天蓋飛天については,
    大西修也『新編名宝日本の美術1 法隆寺』(小学館,1990年10月).
   薬師寺の東搭については,
    松山鉄夫『新編名宝日本の美術2 薬師寺』(小学館,1990年10月).
   東大寺八角燈籠については
    田中義恭『新編名宝日本の美術4 東大寺』(小学館,1990年10月).

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