ホーム メニュー プロフィール ギャラリー 展覧会 ベトナム作家 アーカイブ Q&A
*下地塗り(VOC)の工程 *SON MAIの描法
芸のことをベトナム語で‘Son Mai’と言います。‘漆(Son)、砥ぐ(Mai)’という意味があるのです。

 日本の漆芸も漆面を滑らかに研ぐ作業をしますが、ベトナムの漆芸においては加飾、 つまり絵を描く作業にもこのMai(研ぎ)が非常に大きな意味を持ちます。日本では漆を糊代わりにして金銀の粉をまく蒔絵や色漆で漆器の表面に漆絵を施のが主体 です。しかしSon Maiでは、色とりどりの漆や金銀箔・卵殻などの異なる素材が幾重にも複雑に重ねられ、それが平らに研ぎだされることで地層にも似た豊かな色彩と質感を持った絵画表現がされるのです。
 実はこの独特な技法の秘密はベトナムの天然漆そのものの性質にあるのです。
トナムの漆採取は首都ハノイから北西に位置するフー・ト省の各地で行われてきました。山岳地帯でありながら冬でも最低気温が十二℃を下回らない気候、またこの一帯の赤い土が漆樹の栽培に適しているといわれます。ベトナムの漆樹から採取される漆の主成分はラッコールと呼ばれ、主成分がウルシオールである日本の漆とは別種の漆です。 日本にも多少輸入されていますが、漆膜の肌が悪いうえ、乾きが遅くシマリが悪い (漆膜表面は乾燥しているが、内部が完全に乾燥していない)ということで人気がありません。

しかし、乾燥が遅いというのは日本で扱った場合の問題であって、ベトナム北部の湿度の高い気候にはもってこいの漆なのです。実は天然漆は乾燥するのではなく空気中の湿気と反応して硬化するものなのです。日本の漆をベトナムに持ってきたら逆に硬化が速すぎて仕事ができないでしょう。
また、漆膜の肌が悪いというのはラッコールの純度が低くゴム質が多いからなのですが、実はゴム質が多いことはマイナス面ではありません。ゴム質は漆を硬化する酵素のいわば餌になる多糖類のことであり、完成品となってからもゴム質を消化しながら化学変化を続けるのです。仕上がった作品は数ヶ月から数年のうちに艶と透明感、彩度、また硬度をも増してゆきます。透明度の高いベトナム漆は日本の色漆よりずっと鮮やかな色になります。時間をかけて硬化を進めることは、複雑に重ねられた漆層を研ぎだすSon Mai独特の技法には好都合なのです。日本漆では、はじめから硬度が高すぎて何層も重ねられた層を傷つけずに研ぎ出すのは大変な作業になるでしょう。
 
 このように、ベトナム天然漆は研ぎ出しによって複雑で豊かな色合いと質感を表現できると同時に、時が経つにつれ、上質のワインのように熟成する神秘的な生きた素材だったのです。

在、手間のかかり技の熟練を要する伝統技法を用いた本物のSon Maiは、ベトナム人の間でさえ知る人が少なくなっています。ベトナムで生産されている漆製品、漆画の100%近くが人工漆を使用していると言っていいでしょう。

伝統Son Maiに、新しい感覚、素材、技法を取り入れて進化させてゆく。その作品が評価されることで本物の良さに振り向いてもらいたい。それが、私の創作活動の大きな活力となっています。