いなせなお姉さん・・・と河野さん。まじぇる会        20071014日 記

      2007826日 北海道 千年の森プロジェクト 第一回植樹会でのエピソード

 

「まじぇる会」とは、20033月にボルネオの植樹プロジェクトに参加した三菱グループの各企業の皆さん三十数名が立ち上げた会です。森づくりの際、自分の好きなものだけを植えるのではなく、自然の森の掟にしたがって、種類も大きさも、そして植え方も「混ぜる、混ぜる、混ぜる」と私が連呼した森づくりの鉄則から、会の名前が付けられました。私は故郷の岡山弁が抜けないので、「混ぜる」が「まじぇる」になるらしいのです。まじぇる会のみなさんは、今では青森県の下北半島から、九州の佐賀、佐世保、マレーシアのクアラルンプールまで植樹活動を展開しています。メンバーは86(200610月現在)。身銭をきってどこへでもでかけ、植樹祭のリーダーとして、いつも明るく楽しく植樹祭を 盛り上げてくれます。

                           宮脇昭著 「木を植えよ!」新潮社 P148

   

小樽長橋小学校での植樹会前日の準備のとき「てやんでぇ。べらぼうめ」とでも言いたくなるような姿の   お姉さんが目についた。上の写真左はその日の集合写真の一部。緑のTシャツには「まじぇる会」だったか   「まじぇる」だけだったか、かっこよく白い文字が書かれていた。植樹会終了後、写真撮影をお願いした。   顔を出さなければということで許可をいただいた。厳密に言えば前日には許可はいただいていないのだが、緑のTシャツ姿の方が印象的だったのでぜひ載せたいと思った。残念ながら、緑のシャツ姿のお姉さんが写った写真は他には見当たらなかった。(塾主も準備作業をしていたので、写真を撮る時間自体あまりなかった)

「まじぇる会」というのは宮脇先生の親衛隊というかファンの集まりというか、今回もわざわざ北海道にまでやって来た。先生がいらっしゃる前に現地のスタッフと植樹会の準備を整える。植樹会では脇役にまわり現地で選ばれた各班のリーダーをサポートし、終了後はサッと引き上げる。来るのも帰るのも、滞在するのも経費は全部自分持ち。お姉さんのカッコが示すままの、キップのよさだ。

塾主は4班のリーダーを担当。リーダーと言っても特別に知識があるわけではない。植樹会前の準備を手伝った人たちの中から選ばれただけだ。一般参加者が来る前にちょっとだけ「予習」しているだけでシロウトであることにかわりはない。でも4班には「まじぇる会」の河野さんが助っ人としてついてくれた。温和だけれど知的で芯の強さも感じられる、一緒にいたいと感じさせる、頼もしい助っ人だ。今写真を見ていて、もう   お会いする機会はないのだろうかと少しさびしい気持にもなった。もちろん河野さんがいたので4班の作業はバッチリOK。でも下の4班の記念のネームプレートには河野さんの名前はない。塾主なら助っ人だろうと  何だろうと、きっと署名しただろう。「まじぇる会」ってどこまでもカッコいいと思う。どこの組織にも例外は  いるかもしれないが。下の写真が河野さん。

    

 下の写真に写っている谷さんが、「まじぇる会」代表、6月の千年の森の設立総会で講演をして下さった。谷さんが写っている写真は残念ながらこれしかない。

   

「まじぇる会」を見て考えた。宮脇先生にとっての「まじぇる会」のように、千年の森プロジェクトにとってのサポートグループがあってもいいのではないか?或いは「まじぇる会」の北海道支部のようなものがあってもいいのではないか?「まじぇる会」は宮脇先生のお手伝いのため、海外にまで足を伸ばす。そこまではできなくても道内の活動なら。また「まじぇる会」から情報をいただき、道内での広報活動で「千年の森」をサポートしたりできる地域限定グループがあってもいいのではないか?塾主はひそかにネーミングまで考えている。岡山弁の「まじぇる」に加え、北海道弁を入れる。「まじぇる会だべさ」或いは「まじぇる会っしょ」というのはどうだろうか。「まじぇる会だべさ」はかなり気に入っているのだが、本家「まじぇる会」は許してはくれないだろう?植樹会には蘭越町やニセコ町からの参加者もいた。島牧村を加え、小樽以外の南後志(しりべし)の拠点があってもいいような気がする。

植樹会が終わってそろそろ二ヶ月。でもまだまだ話題は尽きない。1021日には「ポット苗づくり&自然を楽しむ会」もある。誰でも参加できるが、小樽は少し遠いかもしれない。だから近い将来、島牧村周辺で    ぜひ、植樹の催しをしたい。でも賛同者がいなければ何もできないのも事実。少しずつ、輪が広がってくれることを祈りたい。


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