生活文化特別セミナー講義10月より


文化と政治 平成15年10月 イラク戦争とその波紋 片倉 邦雄



イスラム文明と中東の現状
                         平成15年10月25日





   大東文化大学教授 
              片倉 邦雄氏


1 中東の特質

 湾岸戦争の際、私はイラク大使としてバクダットに駐在し、2百数10人の人質解放に努力した。今から12年前のことであるが、その後も中東に深い関心を持っている。

 この一帯は常に動乱の地で10年ぐらいのタームで事件が爆発する。1948年第1次中東戦争、1956年スエズ動乱、1967年シナイ半島占領、1973年第4次中東戦争とめまぐるしい。

 これには3つの原因がある。第1は帝国主義、第1次世界大戦の時に自国の都合で独立の空手形を切ったこと、第2はイスラム教発祥の地という誇りがあり、ユダヤ教、キリスト教は堕落したと見ていること。第3は膨大な石油産地で利権の争いが絶えないことである。

2 イラク戦争の総括

 米・英軍の圧倒的な軍事力によってイラクの指揮中枢は破壊され、戦争は短時間に制圧された。サダム政権はあっけなく崩壊し、市街戦による徹底抗戦の呼びかけの効果は薄い。

 この無条件降伏の手続きのない戦争終結は今後どのような経過を辿るのか柔断を許さない面を持っている。大量破壊兵器の残存やアルカイダ等国際テロ組織関連の証拠は見つからず、バース党指導者の行方も不明である。

 メソモタミア文明遺産は心無き住民によって散逸し、報道規制やTV特派員などの誤射による殉職、湾岸戦争を上回る一般市民・戦斗員のボディ・カウントの問題も出ている。

3 戦争の波紋

 バース党は解体し、民族・宗教(宗派)のモザイク構造はむき出しになり、局地的抵抗と混迷が広まっている。占領統治の組織化は遅れて暫定統治機構の発足は進んでいない。

 周辺諸国への波紋を見ると、巨大産油国のサウジアラビアは統治能力を問われ、米軍は軸足をカタルに移している。モバラク率いるエジプトは、内なるイスラーム抵抗勢力の増大に苦しんでいる。唯一バース党政権が残存するシリアは、対イスラエル強行派が「中東非核提案」を行っている。イスラーム神政国家のイランは、イラク南部の2大聖地に伸びる地下茎を利用し情報を集めている。パレスチナは6月4日の「アガバの揃い踏み」でテロ取締り、聖地共有問題に思い切った突破口をつけたが、また暴力の悪循環に逆戻りしている。

4 戦後復興の悩み 

 過激派イスラミスト組織の地下潜伏と被虐的殉教者との分断が問題である。イスラム過激派幹部の消息も分からず、湾岸戦争の戦死者148人に対し、今回はすでに316人の戦死者を出している。米英は戦争には勝ったが紛争は今もなお続いているのである。

 10月下旬、イラク復興会議は終了したが、石油資源を握る米国と各国の連携が薄く、十分な成果を上げていない。アラブ社会主義復興党(バース党)はスンニ派アラブの宗教色を出さなかったので、宗教がモザイク構造になっている。

 米国の民主化構想の重石が取り去られた後のイラクの将来像は確かではない。中東民主化のシナリオは過激派シーア派地下茎が分断可能か、過激派イスラミストの地下潜伏がマグマの蓄積とならないかにかかっている。超大国米国の悩みは「文明の衝突」の袋小路に入れば軍事的にイスラーム反米主義の潮流を制圧することはできないであろう。

5 わが国の対応

 米英の武力行使に理解を示し、支持した日本は、湾岸戦争時の邦人人質問題より厳しい対応をせまられよう。日本はこれまで、経済技術協力を通じて、イラクとの友好関係を深めてきたが、戦争支持によってイラク住民にどのような印象をあたえたのだろうか。

 友好の預金残高が残っているのか心配である。イラクの一般市民の対日イメージの変化は要注意である。自衛隊派遣の合理性、正当性、に対する現場イラク住民の評価はどうなっているであろうかを見定める必要がある。日本とアラブの「対話フォーラム」の開催等に本腰を入れて取り組む必要があると思う。


片倉邦雄(かたくらくにお)
1933(昭和8)年出生

略歴
1960(昭和35)年東京大学法学部卒業、同年外務省入省、1971(昭和46)年国連代表部一党書記官、1986(昭和61)年在アラブ首長国連邦特命全権大使、
1990(平成2)年在イラク共和国特命全権大使、1991(平成3)年国際交流基金専務理事、1994(平成6)年在エジプト・アラブ共和国特命全権大使、1999(平成11)年外務省退官、同年大東文化大学国際関係学部教授

主な兼職
日本イスラム協会理事、中東経済研究所理事

主要著書
JAPAN and the MIDDLE EAST (英文、共著、1994年、中東調査会)、『人質と共に生きて』(1994年、毎日新聞社)、『トン考―ヒトとブタをめぐる愛憎の文化史』(共著、2001年、アート・ダイジェスト)


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