ねこねこ




 ここさざなみ寮は、暖かい所であり続けたいと思っている。
 それはオーナーの愛さん、管理人である俺、そしてこの寮の部屋を買い取って暮らしている仁村姉妹の、一致した意見だ。
 そのためには寮生が、安心して生活できる場として、あり続ける必要がある。
 幸いにも、俺がここに就職してからは、いくつか些細な問題もあったけど、みんな楽しい日々を過ごしている。実に嬉しい。
 遠出することが多い薫が寮に帰ってきて、自分の茶碗でお茶を飲むときの一言は、その場にいるみんなが頷く。「ここは、あったかか場所ですね。安らげます」って。

 今この寮で生活しているのは、オーナーの愛さん、管理人の俺、槙原耕介、真雪さんと知佳の仁村姉妹、薫と十六夜さん、美緒、みなみちゃん、ゆうひ、そしてリスティ。過去にこれだけの大人数がいたことは、ないらしい。だから、賑やかなのが好きな愛さんは、とても喜んでいる。
 だが、時折その人数が一気に減ることがあり、そういう時は寂しいもんだな、って思い出させられる。特に一番新しく入居してきたリスティは、寂しいのを嫌がるようだ。
 これが、「冬」という季節を加えると、寂しさに寒さが上乗せされて、大騒ぎになるんだこれ が。
 今日はそんな、冬の寂しい一日。




「で?」
「で?って言われても……」困る。
 真雪さんが怒った所で、どうにもならないし。
「たまにはこういうこともあるでしょ」
 今日は、というかここ数日、寮には人が少なかった。
 学校の部活の合同合宿(寒稽古だそうな、ご苦労様)で、薫とみなみちゃんは不在、十六夜さんは帰省中だ。
 愛さんは大学の方でレポート作成のため、大学に缶詰状態。リスティがすごく寂しそうに電話をかけていたな、昨夜は。
 美緒は、仕事で日本に帰ってきているお父さんと旅行に行っている。次郎たちも一緒にワンボックスワゴンに乗って。ただでさえ寂しいのが余計に寂しい。
 というわけで、今この寮にいるのは、仁村姉妹と槙原姓の2人だけなのだ。
 でも、出かける人がいれば戻ってくる人もいる、というわけで。
 ゆうひが英国から一時帰国してくるんだ。実は知佳とリスティが今、迎えに行っていたりする。
 で、どうして真雪さんが怒っているかというと、実に切実な理由があるのだ。
「いいから耕介!猫だけでも呼び戻せ!これは命令だ!」
「……無茶言わないでくださいよ」
「バカ!無茶でも何でもない!これはあたしの命に関わる重大問題なんだぞ!」
 んな、大袈裟な………
「でも、もう車なんかとっくに行っちゃってるし」
 真雪さんが爆睡中に行っちゃったからなあ……
「どこに行ったかなんて……無理だよなあ、猫の親父さん、勝手気ままに旅するのが、大好きな人だから」
 この辺はさすがに古株。ちゃんと美緒のお父さんのことをわかっている。もっとも、俺との付き合いよりも長いわけだから、当然か。
「くーそー!あのバカ猫、自分だけで出かけりゃいいのに余計なことしやがって……どうしてくれるんだよちくしょー!」
 そうなんだ。
 問題は、美緒が「大サービスなのだー」と言って連れて行ってしまった次郎たち、つまり猫のことなんだ。
 基本的に女の子は冷え性が多く、この寮の住民もほとんどが冷え性で、俺も一応それなりに気を使って、食生活や風呂の設定温度、寝る前のお茶や、布団等、色々とやってはいるんだけど、 どうにも成果は上がってくれず。
 そんな彼女たちにとって最高の味方が、ここ周辺にいる猫たちなのだ。
 うちの近辺にいる猫たちは、美緒の命令を忠実に聞き、蚤持ちが一匹もいない、だから安心して寮生の女の子(一部だけど)は、抱きながら布団に一緒に潜り込む……らしい。さすがに直接見て確認を取ったわけじゃないから、真実は教えてくれた知佳に聞いて欲しい。
 とりあえずは我慢してもらうしかない、だろうなあ………




「ただいまー」「ただいまやー!」「…ただいま」

おっ、どうやらゆうひたちがが帰ってきたらしいな。

「おっす」
「おお!耕介くん!」
 でっかいスーツケースを重そうに持ち上げたゆうひが、俺を見て微笑む。
「会いたかった……会いたかったー!」
「わっっ!わわわわわっっ!」
 ケースを途中で落として(知佳とリスティが、慌てて途中で掴んだ。ナイス)、ゆうひは俺の首に腕を巻きつける。
「ほんまに会いたかっためっちゃ会いたかった死ぬほど会いたかったんやー!」
 耳元で喚くゆうひの声。喚いているのに、耳に気持ちがいい。
 久し振りに直接聞く、一番大好きな人の声だ。当たり前のことだ。
「……ごちそうさまー」
「……遠慮なし」
 ケースを抱える発育遅れ気味の2人の少女が不満声を出す。ちょっと照れくさい。
「えへへへー。これはうち独占―。うちの所有物やもーん。あげへんよー」
 上機嫌でゆうひは俺にしがみつく。いろんな意味で、嬉しい。
「あーこらこら。濡れ場なら部屋でやれ部屋で」
 そこに真雪さんがやって来た。さすがにゆうひも俺から離れた。
「真雪さん、お久し振りですー」「おお、久し振り」
 めちゃくめちゃ淡白な再会の挨拶だな。半ば呆れる。
「あれ?ちょっと元気がないですねえ」
 口調で真雪さんの状態が、いつもと違うことを感じ取ったらしい。
「ああ、ちょっと、いや、かなり切実な問題に直面してな」
 目が真剣だ。事情を知っている俺は笑いたくなるが、ゆうひには効果が大きいかも。
「ああ、ねこたちのことですね。確かに切実ですー」
 だが、あっさりとゆうひはそう言って、真雪さんと俺をずっこけさせた。
「あら?2人ともどないしたんです?」
「い、いや、まさか事情を知っているとは思わなかったもんでつい……」
「知佳!お前ばらしやがったな内情を!」
「だ、だって、帰る途中で寮の今の話が出たんだもん。それは話すよ普通」
「代わりにゆうひの向こうの話を聞かせてくれた」
 リスティも知佳も嬉しそうに顔を綻ばせている。参加出来なかったのが口惜しい。「再会は寮で」という約束なんか、しなきゃよかった。
「ったく……まあ、とにかく」
 ぶつぶつ言いながら体勢を立て直し、やっぱり真雪さんも嬉しそうに、
「お帰り、ゆうひ」
と言って、抱きついた……のをうまくゆうひがすり抜ける。
「……こら、感動の再会をどうしてかわすんだお前は!」
 そして、さっと俺の後ろに回りこむ。
「真雪さんの狙いは読め読めですもん。うちは耕介くんのもんです。耕介くんの許可なしで触ったらあかんのですよー」
 さざなみの住人は、例外なく真雪さんの「親父的セクハラ攻撃」を受ける。そのことをちゃんと覚えていたか、ゆうひ。そうだよなあ、ゆうひは現役寮生の中じゃ一番スタイル良いから、一番狙われていたんだったよな。
「……耕介」
 獣の目が俺を射抜く。
「駄目です」毅然と。引くわけにはいかない。
「猫の落し前はこれでつけてやる。だから触らせろ」
 殺気すら感じる。何が彼女をそこまでさせるのか。後ろでゆうひが俺に強くしがみつく。殺気が読めたのか。
「きゃーん、耕介くーん。うちを守ってー」
 …………煽るなよ。
 何だ、楽しんでいるだけか。まあ、久し振りだからな。こういうノリ好きだからゆうひは。ってことは、真雪さんも遊びでやっているだけか。
「……あたしを本気にさせる気か?そっちがそうくるなら、ゆうひ。あたしにも考えがあるぞ」
 ぞくり。嫌な予感。
「お前の所有物の耕介をべたべたに触り尽くしてやるー!」
 …………………………………はい?
「……………………………はい?」
 いきなり真雪さんの姿が消えた、と思ったら、俺に正面から抱きついた。そして
「うりうりー、あたしに蹂躙されろ耕介―」
「ちょ、ちょっとっっ!変なところを触らないでくださ……あうっっ!」
「あー!それはずるいですー!耕介くんっっ!変な声出したらあかんっっ!そないな声、うちと 2人っきりでいる時以外は出したらあかんー!」

「……帰って来る早々、何をやっているのやら」
「……賑やかなのは、ボク、好きだ」




 と、ゆうひが帰って来ると、不在の全員分を埋めるほどの賑わいが戻ってくる。
 だから、それからはゆうひは引っ張りだこで、知佳には向こうの話を、リスティにはこっちの話を、真雪さんはみんなの話を、とにかく人気者ってことだ。
 …………恋人の俺をほっぽってまで。くそ…真雪さんの逆襲はかくも厳しい……




 そして、夜。
「耕介―!耕介後介耕介!」
 何を賑やかな。
「どうしたんですー?」
 皿洗い終了して、手を拭いたところで真雪さんが目の前に飛び込んできた。
「………わ」
 すげえ顔。吊り上げている上、白目がち。何をそんなに怒っているのやら。
「坊主はどこだ坊主は!」
 坊主?ああ、リスティのことか。
「いません?」少なくても俺は見ていない。
「イ・タ・ラ・キ・ク・ト・オ・モ・ウ・カ・?」
 恐。
「イヤデモ、オレモシラナインデスケド」カクカクカクカク。
「いねえんだよ!どこにも!」
「イヤ、デモりすてぃダッテコドモジャナインダシ、ベツニシンパイスルコトモナインジャナイカト」
「小僧の心配なんざ全然してねえ!」
 おっと。激しい剣幕で我に返れた。
「って、じゃあ何について心配しているんです?」
「あたしについてに決まってんだろ!」
 …………今一つ意味がわからんのですが。
「懐炉を確保してたんだよ!」
 か、懐炉ぉ?
「猫娘が懐炉を持っていっちまったからな、今夜は肉布団で凌ごうと思ってたんだよ」
に、肉布団……鼻血出そう……
「ところがどこにもいねえんだ!ちくしょー何処に行きやがったんだよっっ!」
「さ、さぁ……」
「あ、いたいた」
 そこに知佳が入ってきた。
「知佳。リスティ知らないか?真雪さんが探しまくっていて、すごいことになっているんだが」
「す、すごいことって…はははは…確かにそうみたい…」
 知佳は引きつった笑いを浮かべた。
「実は、さっきリスティが……」
 と、そこに電話が鳴る。
「あ、うちが出るからええよー。はい、さざなみ寮です……うわー、電話でこれ言うのめっちゃ久々で嬉しいわー…って、うわ!愛さーん!」
 …………本当賑やかなやつだな。どうやら相手は我等がオーナーらしい。ゆうひとも親友だ。 話が弾みそうだな。


「はいーはいー。それじゃ、明日になー。うん。お休みなさい―」
 1時間後。電話が切れる。さすがに女の子、長電話だなあ。しかし、ほとんどゆうひが喋りっ放しだったように聞こえたぞ。
「耕介くんに愛さんから伝言や。「リスティが「愛と一緒に寝たい」って言うから、今日はこっちで預かることにしたから、よろしくお願いしますー」やて」
「おお、上手い上手い」愛さんの真似付き伝言。
「なぁーにぃー!?」
 それを聞いて真雪さんが血相を変えた。
「知佳!それはまことかっっ!?」
 キャラが変わるほど、衝撃的でしたか……
「う、うん…そうみたい。でも「知佳、後は任せた」って言われたんだけど、どういう意味なんだろうね」
 「後を頼む」…?まさか…
 と、真雪さんが知佳の肩をぐわし、と掴む。
「?な、なに?」
「今日は姉妹水入らずで、一緒に仲良く寝ような、知佳ぼー」
 悪魔の微笑で、知佳の襟首を掴んで去っていく真雪さん。
「な、なにゆえー?」
 パニックを起こしている知佳。ご愁傷様……



 しかし、やっと落ち着けるわけで。
 これでどうやらのんびり出来そうだ。
 ゆうひとゆっくり、話でもしよう。
「じゃあ、うちももう休ませてもらうわ」
 ………………え。
「さすがに長旅で疲れたんよー。積もる話は、明日にでもゆっくり、な。耕介くん」
「あ、ああ……そう、だよな。疲れて、いるもんな……」
 まるで猫だ。気まぐれで…全く…でも、しょうがないよな。長旅なのは間違いないし。
 それに、嬉しい。ゆうひが猫みたいになるのは、俺の前だけだから。 「ああん、耕介くん。そないに寂しい顔せんといてー」
「……わかったわかった。大丈夫だよ。だって、すぐそばにいるんだし……」
「うふふふ。にゃー………」
 今日は一人で寝るとするか……ちょっとがっかりだな。




 ……………ん
 なんだ?もぞもぞと……布団の中に……
「にゃーご」
「………何してるの?」
 ゆうひが潜り込んでいた。しかも裸で。
「今のうちはねこやー。耕介くんの寝床がぬくぬくそうだから、潜り込みに来たんやー。にゃー」
「……なんで裸なの」いや、嬉しいけど。
「ねこは裸なのは当たり前やないのー。すりすり」
 はは、ははははは。敵わないよ、本当に……
「よしよし。一緒に暖まろうな、ねこー」
「にゃーん」




 なるほど、あったかくて気持ちがいい。猫っていいもんだな……

おしまい

2003・2・9UP



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