沖縄をいく
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 第25回日本最西端与那国島1周マラソン大会
20172016年(平成28年)12月1(木)〜12月9日(金)
 2016年(平成28年)12月1(木)〜12月9日(金)
  第32回NAHAマラソン・
沖縄県立博物館
ガンガラーの谷・港川フィッシャー遺跡
久高島 
2016年(平成28年)12月1(木)〜12月9日(金)
12月9日(金) 
12月8日(木)
・県立博物館へ。参加したいイベントがあった。
12月7日(水)
・小中学校幼稚園 高校はないから島の外へ

・アマミキヨ浪漫の会のをガイドさんに案内してもらう。
・歩いて島の突端カベール岬へ
・朝食は交流会館500円 ヘビ:イラブー料理 燻製
・農家の大きなつくりの部屋
12月6日(火)
・宿舎へ カギが壊れてかからない!イライラ 店が見つからない
・安座真港へ
・港川フィッシャー遺跡
・八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館
・ 早朝ランニング。 フルーツ盛りだくさんの朝食。ゲストハウスのイメージが変わる。
12月5日(月)
・おきなわワールド,ハブの展示
・玉泉洞

・知念岬公園
・斎場御嶽(セーファーウタキ:Sefa-utaki)
・ゲストハウス おじいは私と同じ年,NAHAマラソンがどこに行っても話題になる。琉球テレビ中継ラジオなどNAHAマラソンが大きく取り上げられる

・傷だらけのゴール後の夜はきつかった。左足膝,左手小指,右肘2箇所の深い擦り傷が痛かった。身体全体が熱を持っているように感じた。しかい明け方には痛みのピークを乗り越えた気がした。シーツに血液のしみ出したあとが多数あった。でも大事に至らず朝のランニングをする気になったことがうれしい!足が動いた!
12月4日(日)NAHAマラソン当日 
・NAHAマラソンコース近くの南城市のゲストハウスに向かった。
・ガンガラーの谷最後のツアー4時に間に合う
・NAHAマラソン終了ご隣接するレンタカーで手続き次の宿舎に向かう。店員から「フルマラソン走った後なのに平気ですね。」といわれる。もう普通に歩けているからか。
好立地で割安の宿舎で気に入っていたけれど,今回は一部屋5人(昨年は3人)いびきの「合唱」は覚悟していたけれど午前2時頃強烈ないびきで起こされる。その後目がぱっちりと眠れない。身体を横にするだけで身体は休めていると言い聞かせる。でも凄いよなぁ休むことなくいびきが続くんだから。
12月3日(土)
・天気予報:昼前まで曇り,その後雨最高気温26度。
・いよいよ宿舎をNAHAマラソン会場近くに移動した。一部屋5人で少し窮屈だけれどもランナー同士だから気が楽だ。愛知県,大阪出身の人とすぐお話しできる状態になった。NAHAマラソン初めてだという。

・旅程の変更手配。久高島へのフェリー,久高島の宿泊数変更,レンタカーの日数の変更。
12月2日(金)
・明らかにランナー仲間のお客さんが増えてきた。ホテルのフロントも昨日よりも一挙に慌ただしくなってきた。

・ホテルの近くの食事処に入る。「お一人様ですか?」と必ず聞かれる。「カウンターへどうぞ。」という。まだ空きすきの店内だ。「いやこちらの席でお願いします。」と私。カウンターで一人というのは何か寂しい。えさを食べている他の動物を連想してしまう。一人でもテーブルで食べることが私には癒やされる。私の要求に再度カウンターへと促すお店。「ごめんね!」と行って店を出た。「お一人様」のお客さんの気持ちをわかって欲しいね。「お一人様」を大事にするお店は繁盛する!とおもった。
・ガンガラーの谷,サキタリ洞窟へ:凄い場所だ!今年世界で話題になった現場。世界で一番古い釣り針が発見された場所だ。想像以上だった。20歳台の若者の解説付きのツアーはたいへん興味をそそる内容だった。
・沖縄県立博物館で午前中すごした。特別展「港川人の時代とその後〜琉球弧をめぐる人類史の起源と展開〜」をじっくり見ることができた。見学者ほとんどなし。落ち着いて心ゆくまで堪能した。3万年前の航海徹底プロジェクトにつながる話で理解が深まった。
・3qランできた。もう少し走りたかったけれど9時までの朝食ということで引き返した。奥武山公園はもう那覇マラソン準備がほぼ終えた状態になっていた。
12月1日(木)
・沖縄の高速道路:沖縄自動車道は「日本最南端,最西端の高速道路です!」がキャッチフレーズだ。那覇市の那覇IC〜名護市の許田ICまで57.3km,1020円(軽840円)。この高速道路を走って気持ちがよいことは見晴らしがよいことだ。まだ途中のサービスエリアによったことはないけれど「便利で楽しい」という。いつかよってみる
・沖縄の現状 リーダーの逮捕
・雨が降り出した。レンタカーを借りてまず向かったのが「ヤンバルの森」。そこに住む人達,ヤンバルクイナ,ノグチゲラ等の生き物が心配だった。人気のない両側が米軍演習場の道を進む。雨が一段と激しくなってきた。二つのゲートがみえてきた,雨の中にしては警備員の数が多い。「ここがへりパットの基地建設のゲートですか。」と車から降りて聞いた。サングラスの警備員表情は硬く「その件は応えられません。」だって!こんな静かな森が戦争準備の演習場に使われているのか!現場を走り地図を見て改めて思った沖縄の米軍基地が沖縄の一番の自然のよい場所が占拠されている

・NAHA空港に到着。機内から出たとたんに暖気が身体を包む。荷物を待っている間に冬支度の衣服を脱いだ。
・始発にゆとりで間に合わせるために3時30分起床ができた。朝の都心のラッシュを避けるためだ。4つの荷物は通勤の人達の邪魔になる。
・久しぶりの一人旅だ。旅に出るとなると準備をする。そして旅から帰ってきたとき新たな気持ちで生活できるようにできるだけ家を整理しようという気持ちになる。身辺整理ということか。行き先は沖縄というだけでウキウキしてくる。寒さが厳しくなってくる毎日なので沖縄の暖かさを思うだけで準備も軽い気持ちになる。 そして今年で3回目の沖縄の今までの記録を読み返し思い出すことが多い。
与那国島を知る
ヨナグニサン・草舟づくり・島一周ラン 
2016年(平成28年)6月30(木)〜7月19日(火)

3万年前の航海 徹底再現プロジェクトに参加
与那国島を知るためのメモ
・島の幹線道路216号線
・久部良(くぶら)のナーマ浜、祖納(そない)のナンタ浜、比川のカタブル浜
・ヨナグニサン(アヤミハビル)
・与那国(どぉなん)
 まとめ: 貴重な大量の写真の整理をする。
7月19日(火)
・今回の失敗
・仏壇に花をそえて、自宅での生活が始まった。
・無事自宅着。金魚も生きていた。隣の人にご挨拶したら、ニュース見ましたよいってくれた。
・別れの日が来た。長期滞在で民宿のおかみさんそして若いスタッフの女性が見送ってくれた。「生きて生きて生きて」を口ずさみ忘れられない歌だといってくれた。
・旅立ちの朝、4時過ぎに目がぱっちり。
7月18日(月)
・民宿「おもろ」最後の夜となった。私より長く長期滞在しているSさんとの交流で盛り上がった。娘と同じくらいの年齢で与那国島の医療に携わっている。いろいろ興味を示してくれた。これからの交流を約した。
・3万年前の航海が西表島無事到着で終えられた!途中半分以上の距離、動力をもった船に曳航された、強い海流に流された。3万年前なら流されたままになりどこかにたどり着くか、沈没してしまうのでしょうか。だから実験は失敗でしょうか。科学の実験は多くが失敗の連続です。その失敗から真実に迫っていけるのです。今回研究者をコアに私達市民も参加しての実験はその試み自体が意義あると思います。「かえって謎が深まった。」とチームリーダーの海部さんがNHKニュースで述べていました。さぁこれからが楽しみです。
・ナーマ浜、避難港、カタブル浜そして草舟づくりの中心そしてプロジェクトチームの合宿場所アヤミはビル館横の与那国町立児童生徒交流センターを訪れた。もう誰もいない。草舟づくりに参加して与那国島の生活をすぐそばで見聞できたような気がする。観光名所も素晴らしいけれども何よりもその場所で共に汗をながす仲間と出会えたことが貴重に思える。今回の与那国島の旅がまた新しいせかいを知るきっかけになったようだ。
・早朝最後のラン朝食後一休みしていた。11時過ぎに全島放送が入った!草舟無事西表島到着の報だった!ああよかったぁ。3万年前を徹底再現することは難しい。しかしこの試みにより多くの学びを得た。この旅をいい話で締めくくることができた。
・草舟がどうなったか心配だった。途中潮に流され一端中断、全員伴走船に移ったという情報だった。あの木の葉のような草舟から伴走船に移る練習も見てきたので全員が無事移ることができてよかったと思った。そしてそのまま伴走船で西表島到着でもいいよ!無事なら。
 

7月17日(日) 
・この旅の大きな目標、3万年前の航海徹底プロジェクトに参加の最後を締めくくる「出航」ができてほんとうよかった!多くのプロジェクトメンバーと感動を共有できた。
・今日は4時30起床。まだ真っ暗の道をカタブル浜に向かった。一挙に報道陣が増えたようだ。真っ暗なカタブル浜はもうすでにヘッドランプをつけたスタッフ達の動きが光の点として見えた。風も少し収まってきたようだ。
「出航決定!」
 

7月16日(土)
・Dr.コト診療所 「カラスとハブとやくざがいない与那国島」
・ランニングウエアーでドライブ。いつでも走ることができるように!しかし猛烈な暑さに走る気がしない。
・トムさんが教えてくれた。「北牧場がいいですよ。あそこの与那国馬は南より元気。」与那国空港の滑走路を見渡すことができる素晴らしい牧場だ。私(人)一人と牛と与那国馬が広大な牧場に共存している。ジッと私を見る与那国牛と馬、どのように感じただろうか。
・ミーティングが終了してみなさん解散した。ランニング中遠くからバイクの人、トムさんだった。草舟づくりで最初に出会い親切にわたしにいろいろ教えてくれた。名古屋出身で「与那国馬のお陰で与那国に移住した。」という。わずかな時間だったけれどプライベートな話もできて再会を約した。明日西表島にいくという。
・本日もカタブル浜周辺のランから始まった。プロジェクトメンバーにミーティングが午前5時。波の高さ天候から出航を断念!最後のチャンスを明日に託した。
7月15日(金)
・与那国島のお食事処 :
・豊年祭
・猛暑、熱中症に注意の予報、与那国での滞在が残り少なくなってきた。自分は少々の暑さには強いと自覚して本日与那国島一周、与那国マラソンのコース制覇の意気込みで民宿おもろの近く与那国中学校をスタートした。両手に500ccの水、ポカリをもち早め早めの水分補給を心がける。熱中症は症状が出てきたら手遅れ。15km過ぎからこれは危ないとランを中止、ウォーキングを中心にする。体温上昇、水分補給も間に合わなくなってきたのか走る意欲も失う。久部良の売店、与那国空港で体冷やし
何とかあと3km地点のガソリンスタンドにさしかかると何と舟づくり仲間ニュージーランドのトイとサキさんの車に遭遇。「あえてよかった!」少し元気が出てランニングできる状態になる。全25km無事に完走!スタートが午前11時過ぎで5時間少し。一番温度的に困難な時間帯を走ったことになる。こんな無謀は二度としないと誓った。
・石川仁さんの奥さんの姿が見えた。近づくと仁さんそしてあの舟づくりの仲間と会うことができた。わずか4日くらい間があいたのに「懐かしい!」「菊池さん突然いなくなったのでどうしていたかと」「これからはみなさんが中心私の仕事は終わったので」そんな会話をした。私の靴のおかしさに気づいてくれた。みなさんいい顔でした。あと2日のチャンス是非出航して欲しい!
・朝の出会い!与那国一周ラン敢行のため比川村の道を知るためと毎日の「日課」となったカタブル浜の草舟を見るためにランニングを始めた。前方から車がきた。そこに今回のプロジェクトの中心となっている海部さんと内田さんが乗っておられた。車を止めてくれて話ができた。共通の願いがわかっている。責任ある立場できっと大変な思いをされているのだろう。
 

 

7月14日(木)曇り
・今日は民宿の主、Mさんとそのお仲間と猛暑の中ウォーキング&ラン1時間。私のランニングの話を聞いてくれて、さらに一緒に走ろうというところまで盛り上がったことが嬉しい。
・今日もナーマ浜に駐車、カタブル浜へラン。昨日よりか少し海が穏やかになってきたようだけれどまだ波は高い。カタブル浜に近づくと多くの車が駐車していた。遠目からプロジェクトチームのミーティング最中だった。時々笑い声も聞こえみな元気そうでよかった! 
7月13日(水) 
与那国馬との出会い
゛与那国島一周ラン敢行のためそのコースを探っている。これが面白い。与那国島の村の位置,そして道路の繋がりがわかるようになってきた。特に景勝地,立神岩を通過する道は長いアップダウンそして素晴らしい海の景色最高のロケーションだ。
゛今日も早朝カタブル浜へ。風強い,まだおさまりそうにない。
 

7月12日(火)
・朝5時起床まだ薄暗い中ランニング開始。波の音、鳥の鳴き声最高に気持ちよい!ナーマ浜、灯台、最西端記念碑、そしてカタブル浜で出航を待ちわびる2つの草舟にあってきました。昨日よりも波は高く岩に砕ける波の白さが目立っていた。朝から与那国馬がゆったりと歩いているようすに見とれてしまう。 
・私は昨日より気持ちを切り替え観光ランを開始!
・記者会見後多くのメディアで取り上げられたようです。私の民宿には3人の朝日新聞の記者が同宿しています。それだけ多くの注目を集めているということです。
 

7月11日(月) 曇りがち 風邪強い
・いよいよ与那国島観光ランの始まりだ!まずは与那国空港までの約4km猛暑だけれどきもちよい。久しぶりのランで体が喜んでいるようだ。
よくここまで、「肉体労働」を中心とした仕事を元気な若者達に混じってやれたと自分を褒めた!途中切り傷から細菌が入り高熱を出して病院がよいの若者が複数いた。石川仁さんも緊急入院して危ないところまでいった。無事に終えることができてホッとしている。後は出航を見送るまで与那国中を走る。
・プロジェクト参加の大きな目標を無事終了することができた。記者会見の後記者達に2つの舟のお披露目と練習船の解体、テントの撤去という仕事があったが、自分は記者会見終了時点で自分の仕事は終わった!と民宿へ。
・出航ができない!最悪18日頃まで海の状態を見定める必要があるかもしれないという。
・漕ぎ手は与那国チームと西表チームに分かれてそのメンバーが選抜された。それぞれのキャプテンがその意気込みを語る。頼もしい若者達だ。海に関係したプロフェナルの人も初めて知り、自分がよくこの若者達と共同作業ができたなぁと思った。
・出航に向けての記者会見:まだ海は荒れている。避難港にあった草舟をカタブル浜までトラックで運ぶ。これも大変な仕事だった。皆で心合わせて丁寧に載せて降ろさなければならない。二つだから2往復。そして昼食後記者会見の準備でテント張りなど。ナーマ浜に読売朝日毎日他記者が集まった。
・進水式
 


7月10日(日) 波荒い
・空撮スタッフとの話:ドローンは中国製が優秀
・安全を願った儀式
・名前書き
・食料の仕分け
石川仁さんとの話
・各自の小物づくり
・チームメンバーの決定
・科博の仲間Mさんと
 

完成!
7月09日(土)天気は不安定
・避難港に移動 
・夕食
・草舟完成
 

7月08日(金) 
・ヨナグニサン(ハヤミハビル)の羽化!を見ることができた!
・終日草舟づくりに参加
7月07日(木) 
・若い漕ぎてのRさんにベビー誕生、その場で祝福 
・石川仁さん指導で最初から教えてもらう。
・台風対策で草舟づくりはアヤミハブル「交流センターに場所を移し本日8時より第2艘目の舟造りに参加。
ボランティア参加のお二人を「ピックアップして会場へ向かう。
 

7月06日(水) 
・石川仁さん登場で安心感が皆に広がるのを感じる。朝の名言「風に乗って」に始まり、作業Yの指示と本日の目標が設定される。チームワケしての組織的な動きもできるよになる。一人一人とのつながりを大切にしている。私との交流も心がけてくれているようだ。
・本番用一艘目がもうすぐで完成。猛暑の中、トウツルモドキで仮締めから本締めに草を叩きながらの全力での締め作業だった。根気のいる仕事をやりきった!若者に混じって仕事できることが貴重だ。
7月05日(火)
・朝のNHK ニュースで取り上げられる。自分も少し映っています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160705/k10010583691000.html
・とにかくギリギリの生活 ホームページが追いつかないぐらい充実。
・草舟大家の石川仁さん退院 現地に松葉杖で登場
・ナーナ浜で記者会見 
・草舟づくり 締め仕事
・台風台風1号接近 
 

7月04日(月)
民宿おもろ〜民宿もすらに移動 
・車で送る 真っ暗道に迷う
・夜間での外洋練習
・外洋での練習 伴走船
草舟づくり
7月03日(日)いい天気
・カジキ釣り大会:最終日120kgのカジキマグロが釣り上げられた。表彰式のあとそのマグロの丸焼きを食べるという佳境を見届けて民宿へ。屋台の焼きそば、コロッケを買って夕食とした。
・3時から草舟づくりと漕ぎの練習。漕ぎ手候補の若者に練習して欲しいから自分は陸での船造りを中心にはたらく。
・午前5:45ナーマ浜集合。草舟の本体になるヒメガマという植物が少し足りないので草刈りにいくという。長靴が長靴があった方がいいと言われたけれども調達できず運動靴とランニングタイツをはき向かう。与那国島の湿地に入っての草刈りだがカマを持っての作業もあまり経験がなかったけれど何とかできた。途中アブに刺され刺されているのに手を使えなく払うことができない不快さぐらいで皆との作業も楽しかった。人数多いから早く終わったという。
 

猛暑の中の草舟づくり
7月02日(土)
・炎天下、ワタルさんリュウセイさんを中心に試行錯誤しながらの作業が始まる。
・ミーティング:はスカイプを使って草舟づくりの「大家」石川仁さんの指導を仰ぐためだ。私が参加する少し前に仁さんが入院しなければならないハプニング。石垣島の病院からの通信だ。まだ直接お会いしていないけれども画面を通じても優しい人柄を感じた。「そこの黄色いティーシャツの人誰?と初参加の私にも気を遣ってくれた。」若者が「仁さん仁さん」と慕っている。
・8時草舟づくり開始。少し遅れて到着。もうすでに今までで一番多い人数だ。皆仕事をしながらの参加だ。西表島からも漕ぎ手の若者が集結しての活動開始。 
 

漕ぎ手の一員として乗った
7月01日(金)真夏日
日本西南端与那国島国際カジキ釣り大会前夜祭 与那国島あげてのお祭り 屋台で焼きそば たこ焼き いなり寿司を買った。車できたのでビール飲めなかったことが残念。
・草舟に乗り漕ぎ手としてナーマ浜を何回もまわる 初めての「世界」
・猛烈な暑さ 草舟づくり
・朝3km後シャワー朝食なしでナーマ浜へ向かう
 




 
6月30日(木) 
・夕食時ミニライブ おかみさん、宿の従業員、お客さん一人
・民宿「おもろ」朝食夕食付きで安い。食事も沖縄料理風でたっぷり。食事を出せる宿舎が少なくなってきたという。おかみさんはまだ若いから出せるという。
・レンタカー
与那国空港
・駐cより直行便で午後2時過ぎ石垣空港着陸。機内から出ると熱い空気がウワッと迎えてくれた。南北に長い日本列島の変化を実感できる。これから午後5時過ぎ与那国島へ向けてフライトだ。
・北海道より28日帰宅、1日休んで次は沖縄・与那国島へ。強行スケジュールになった。何とか体も回復、気持ちも切り替えられて出発できることが嬉しい。 
20016年(平成28年)5月上旬
 駐c・石垣・与那国島フライト 7月1日からカジキ祭りということで予定していた民宿が使えないこと分かる。少しはなれた村の民宿確保。ホッとする。3万年前の航海徹底再現プロジェクの草舟作りに参加しやすい民宿も確保。レンタカーも手配完了。 「3万年前」のプロジェクトについて島でも知られているようだ。
宜野湾市・普天間基地周辺を走り回る
2016年(平成28年)1月13(水)〜16日(土)
 
最高の民宿「ゴーヤ荘」 沖縄風パンケーキ?三線 
隣の人の話し声 トイレの音がきこえる でも

・出会い!研究者がパネラーになって自分の専門的立場からサンゴについて話している。琉球大学の研究者が「瀬底」という言葉を発したとき「ピン」ときた。
・全く予定をしていなかったイベントに参加することができた。現地の友人が「2016’島人ぬ宝 サンゴのちゅら海大会」があるという情報を教えてくれた。終了時刻が21:00とあった。日中の活動でかなり疲れていたけれど、その友人とお会いしたかった。。ジュゴンを守るために積極的に活動している方だ。立派なコンベンションセンターに向かった。明日のためにも途中から退席するつもりが次々と登壇するパネラーのお話が大変興味深く最後の最後までいることになった。科博の展示にもサンゴがあるのでなおさら興味深かった。
・14日(木)歩き回り、声も出してヘトヘトになったけれど充実した1日になった。そしてサプライズの出会いもあった。それは後で書くことにします。眠い! 
・民宿「ごーや荘」 安い!ということはそれなりに予想していくがそれでもワクワクした。「早めに着いたので、荷物置かしてもらえますか?」と空港近くで電話。「いいですよ。」「誰もいないけど入って良いですから。」と感じの良い宿主からの返答だったが「えっ!大丈夫か?」と一瞬不安がよぎる。
・色んな旅がある。しかし今回は腹を決めてきている。沖縄が大好きだからことあるごとに訪問したい!そして少しでも沖縄のため日本のためになりたいと考えての単独行動だ。自分勝手な動きにならないように、党派を超えてまとまって活動している統一連絡会の行動を応援することに徹したい。
第31回NAHAマラソンと辺野古・西表島の旅
     2015(平成27)年12月4日(金)〜17日(金)  
大好きな沖縄の訪問
今回はちょっといつもと違う。
 これからやること 次の旅に向けて
・今回の旅を振り返って 資料整理と学んだこと
・旅程の反省 
・写真整理
・荷物整理チェック
 スーツケースのスペースを新聞紙を丸めて埋めた。それほどゆとりがあったが、まだ必要のない余分な荷物があった。沖縄ハワイへは下着のシャツはいらない。綿のティーシャツでよい。
2015/12/17(木)
・「ただいまぁ」無事に帰れた!心配していた庭の花壇のスミレがきれいに咲いていた。冷蔵庫のものがほとんど痛んでおらず夕食に使えた、これからの生活に参考になる。
・沖縄からの服装でそれほど温度差は感じなかったが次第に体が冷やされて行く感じで取手駅に降り立つ頃は寒気を感じた。やはり沖縄は温かい。
・最後のヒヤリ 石垣空港への定期バス6:46発に乗った。乗客は数名。ギターとスーツケースを下ろしていざ空港へと足を踏み出したらバスの運転手(女性)から呼び止められる。コンピュータなど入れたバックを背負っていなかった。危なかった!
・石垣空港から那覇空港が気流の関係で少し揺れた。本当に飛行機の揺れは怖い。乗務員が「安心して下さい!」のアナウンスをするが気休めに聞こえる。
でも久しぶりに太陽の日差しが差し込むのを見て明るい気持ちになった。
・昨晩は若者が遅くまで騒いでいたけれど、1日だけだからということであまり気にせず熟睡できた。

L帰途へ 
2015/12/16(水)
・夕食は石垣牛の店

・いよいよ明日帰途につく。バスで石垣島空港へそして那覇空港経由駐c空港。最後気を引き締め無事帰宅を願うばかりだ。 
・昼食をとるために沖縄料理店へ。そこでテレビのニュースに目を見張った。イリオモテヤマネコの交通事故死が映像とともに大きく報道されていた。私が滞在中の出来事だ。イリオモテヤマネコについて多くのことを知ったけれど現地にいなければわからないこと、イリオモテヤマネコを交通事故から守り大事にしようとしている西表島の人達の「心」をを知ることができた。
・下船してから大きな荷物を引きずりながら近くの「エミックス石垣」へ。どんなところだろう?「エッここに宿泊所?」という「門構え」。29歳の感じのよい青年が案内してくれた。いわゆる「ゲストハウス」宿泊料2400円」。トイレ、シャワー、台所パッと見できれいなので安心した。Wifiもストレスなしのスピードだ。狭いスペイスで筋トレをするその若者に教わり筋トレをしてひとしきりランニングの話をした。よく聞いてくれた。
・比較的大きな船に乗客は私ともう一人、そして子供連れの4人家族。雨風が激しい。結構揺れた。大原港発着は台風でない限り運休はしないという。西表島の生命線だ。45分後石垣島港に到着した。
・感じのよい青年が現れた。大阪から来て1年と少し、ここで永住するつもりだ。今から3月まではサトウキビ畑の仕事が忙しいという。荷物を運んでくれて出発しようとするから「追加料金まだ払ってないよ。」というと「あっそうだ!」と事務所に引き返した。
・レンタカーを返しに長井運送の事務所に行っても無人だった。事務所には三線(サンシン)が飾ってあったので触らせてもらった。適当にポロロンと弾いてみてもいい感じの音がした。チラッと三線もやってみたいなと思った。
・西表島は全島1周できる道路がない(作れない)だから約50kmの道路を覚えれば移動は簡単だ。何度も往復した道を最後のイリオモテヤマネコとの遭遇を期待してユックリユックリと走った。しかしダメでした。大原港に着いた
・午前6時起床、外は台風のような雨風の音。西表島を去る日だ。船が出るのか心配。いるもて荘のすぐ近くに上原港があり定期便のでる港だがこの時期はほとんど欠航のようだ。もう一つの港大原港に行かなければならない。10時発の便で石垣島に向かう。

K石垣島へ 
2015/12/15(火)  
・いるもて荘最後の夕食。今日はオーナーとスタッフと一緒のテーブルで食事をした。40年間の苦労はいかばかりか。今のユースホテルの現状と島での宿泊施設の様子など話してくれた。消費税の話から政治の話まで話題は尽きなかった。
・宿舎で一息入れて西表野生物保護センターに行った。そのホームページを見ると祝!!ヤマネコ無事故250日達成とあった。しかし保護センターの最新情報によると昨日14日午後7時頃子供のイリオモテヤマネコが交通事故で死亡したという。イリオモテヤマネコ約100頭を守り保護することに町を挙げて取り組んでいる。それを知ってから車をゆっくり走らせ動くものがいないか注意して運転するようになった。人類とイリオモテヤマネコが共存するために人という生き物の責任が大きい!
・沖縄西表島に炭鉱!?
・まだ外は雨と風が朝から続いている。台風ではないかと思える激しさだが地元の人にお聞きすると「この時期ははこんなもんだ。季節風だよ。」と平然としておられる。台風は凄まじいらしい。今日は早朝からイリオモテヤマネコに出会うランやるぞ!と気合いを入れ、まだ暗い7;01にいるもて荘をでた。カッパを着てのスタートだ。少しでも動くものはないか道路の前方両側を見てのランニングだ。ヤマネコマラソンのスタート地点上原小学校横を通り過ぎた。風がビュンビュン、気温は低くないけれど風雨により寒気を感じる。西表トンネルをくぐるとすぐ白浜港の待合室がある。そこに何とか到着したが全体がグショグショ寒さを一段と感じてきた。モチベーションがグーと下がってしまった。バス乗り場を見ると後3分で発車することがわかった。そのバスに自然と向かっていた。天気に負けた!

Kイリオモテヤマネコ探ランし
2015/12/14(月) 
・町内放送が流れた「イリオモテヤマネコの親子が道路上で発見されています。車の運転に注意して下さい!」イリオモテヤマネコを交通事故から守ることが人の生活に根付いている。クルーズの若いスタッフに聞いた「イリオモテヤマネコを見たことあるの?」「この島に移り住んで12年になりますが2回しかありません。」明日本気でイリオモテヤマネコに出会うために1日中走り回ろうと考えているのだけれど
・いるもて荘はユースホテル。快適だ!お客さんは私の他に私と同世代の姉妹。旅慣れた方達で楽しみ方を知っている。オーナーも同じ世代の女性、スタッフは若い女性。感じがよく世話をしてくれる。本日は姉妹が最後の夜、そしてオーナからいるもて荘40周年記念ということで記念品を頂いた。いい雰囲なのでまたギターを取り出した。外は雨もあがり静か。8時過ぎ「10分間コンサートやらして下さい。」というと皆さん大喜びしてくれた。オーナーもスタッフもすべての仕事を終えて食事場所が会場になって。3曲そしてアンコール。若いスタッフが涙を流して聴いてくれた。ギターをもってきてよかった!
・こんな天気で沖縄で最大の川、「浦内川ジャングルクルーズ」あるのかな?と思い電話すると「やります。」とのことでした雨が激しく降り続く中カッパと靴は長靴を借りて遊覧船に乗り込む。神戸からの修学旅行の高校生と一緒だった。石垣島空港が出来て沖縄本島を経由せずに直接石垣そして島へという修学旅行が今人気だという。遊覧船を降りてからマリユドゥ・カンビレーの滝までトレッキング。雨と汗で服はグショグショ。滝の水量が多く凄い迫力、それだけが雨の降らない日よりもよかったことかな。貴重な体験だった。ここでもイリオモテヤマネコに注意を喚起する掲示物があった。
・今日も朝から雨が激しく降っている。西表島にきて一度も青い海を見ることができな
い。
2015/12/13(日)  
・外で甲高い決して快い響きでない鳥の声がする。それも長い時間続いている。カメラをもってその鳴き声を頼りに近づいた意外と警戒心がないように見えた。その鳥が飛び立った大きな鳥だ!そして近くの木に止まったのでまた追いかけた。はっきりと見えたワシだ!ひょっとしてカンムリワシでは!国の特別天然記念物だ。動画で撮影も成功。図鑑で確認。宿のスタッフも間違いないと言った。カンムリワシの鳴き声が遠くからそして近くにもそこら中で響いている。食物連鎖の頂点に立つこの生き物が元気に生きているということは、大量のえさとなる生き物が生きているということだ!安心した気持ちになった。
・自分にとって旅の記録をここに記すということは、大きな楽しみであり、本日の行動の反省の場であり次の行動を考える場だ。そして一人旅だけど一人でない!二人分を一人で!を実感できる場なのだ。天国の裕子さんへの報告の場でもある。このレポートを読んでいただける人がいることが大きな励みになっている。これを抜きに私の旅はない。
・もう一度冷静にパソコンに向かう。「そうだ!『ごみ箱』を見てみよう。」これがあたった!いつの間にかゴミ箱に入っていた。どうしてだろう?これから考察することにしてすべての画像がちゃんと元に戻った!!万歳!またいい勉強をした。このホームページのバックアップも久しぶりにした。面倒くさがらずに、データの取り扱いの基本をしっかりやっていかなければならない。
・ちょっと頭を冷やすため雨も上がった外に出た。最初はどこにお店があるのかもわからなかったが品数は少ないが看板も目立たないスーパーが近くにあることで少し安心した。朝食は簡単なものがでるが夕食はオーナーの都合で不安定。昨日は近くの新八食堂で野菜炒めを食べた。この店も看板も目立たなく灯りも暗くて見つけにくかった。

トラブル 一瞬青ざめた!いつものようにOneDriveにファイルを整理していた。スマホでゲットした情報を転送しそのデータを他のソフトで使うということを考えた。これが出きればいろんな情報をまとめて電子化して持ち歩くことができる。昨日自然保護センターで得たイリオモテヤマネコの情報で試していた最中だ!慎重にやっているはずなのに今回沖縄を訪問して以来の写真を日付ごとにフォルダーに整理していたフォルダーがすべて消えてしまったのだ。「落ち着け、落ち着け」とOneDriveの機能をもう一度チェック、自力で出きることをやってみた。ダメだ!PCのマイクロソフトのサポートに電話すぐに繋がったが担当者はOneDriveについてはわからないということだった。
ネットを見ると結構多くのトラブルがあることを知った。ファイルが消えたというトラブルについてもでていたが自分のには当てはまらなかった。困った!せっかくこれからまだDEFGとまとめようと思っていたのに!大量の画像をバックアップもとらずにOneDriveにまとめてしまったことが失敗の一つだ!どんなにPCは優れていてもトラブルはつきものなのにそれへの対応を怠っていた。マイクロソフトがつくっているソフトだから間違いないだろうという考えてしまった。この原因をずっとこの先も調べたいけれど残念だ!まだ残っているファイルをかき集めてできるものはつくりたい。
・今日は休みの日にした。NAHAマラソン以来動き続け少し疲れ気味だ。たまった写真も整理しここでの記録も忘れないうちにやっておきたい。昨日も雨で沖縄にきて沖縄らしい太陽がでた日がない。今日も雲がどんよりと空をおおい宿舎からすぐ見える海も灰色だ。空の青さがあって海の青色もありそして木々の緑もはえる。でも部屋で休むには落ちつく天気だ。

Iカンムリワシ  その他
2015/12/12(土)
・快適な宿
 
・イリオモテヤマネコとの出会いを「実現したい。そのための情報を知りたい。西表野生生物保護センターへ向かった。
H西表の動物
2015/12/11(金)
・レンタカー 「少々傷ついてもかまいません!」

・石垣島から船で西表島へ 複数の会社が運行していた。窓口にいったら今でてしまいました。隣の船が後少しででますのでそちらを利用したらと案内してくれた。有り難い。
・4時20分起床 今回の旅のもう一つの大きな目標イリオモテヤマネコに会うために西表島へ向けて辺野古を出発した。
G  
2015/12/10(木)  
・キャンプ・シュアブゲート前に来て4日目になる。写真だけを撮ることから始まったが自分の気持ちは自然と隣の人とスクラムを組むことができるようになっていた。緒方さんも次の訪問地へ、浦島さんも鈴木さんも仕事があり、私は初めて一人で早朝からゲート前にいった。そしてゲート前の行動が終了するまで頑張るつもりでいた。今日は辺野古最後の日になる。NAHA マラソン以来休みなく動いてきて疲れ気味だけれど、毎日早朝から皆でいたわりながらゲートに集まる沖縄の人達の大変さを考えればたいしたことない。この4日間で学んだこと、知ったことを周りの人に「なぜこのような座り込みをしているのか。」から話しをしたい、そして大好きな沖縄のために何かあれば現場に直接自力で馳せ参じる方法も知った。そして何より心の準備ができた。魅力的な仲間と知り合えたことが次へと繋がると確信した。
F座り込み
2015/12/09(水)  
・釈放された瀬長さんのお孫さん
・大抗議行動の水曜日 続々と人が集まってくる。ゲート前にびっしりと人が座り込む。目の前に警察車両がありサングラスをした機動隊員の連絡係が連絡を取り合っている。「現場の様子を逐一報告し隙があれば機動隊がきます。」としっかり隊列を整えるようにリーダーが呼びかける。その間にいろんな人がスピーチをする。オール沖縄の県会議員、市町村長、など沖縄全土から集まっている。そして宮城から群馬からそして茨城からも参加者がいるということが報告されると「ありがとう!」の声が響いた。本当に本土からの応援は沖縄の人達には大きな励ましになっている。
・民宿「てるや」1泊3000円広い庭、全盛期はきっと多くの人が訪れたのだろう。様々な貝殻で装飾されている。宿主も一人でやっているから大変そうだけれど気さくで何でも相談できる。洗濯機も驚くほど旧式だけれど大きな音が鳴りそれで選択終了もわかりちゃんと洗濯できている。夜も静かでよく眠れたが、部屋が一人になったときゴソゴソと押し入れ付近から音がきこえる。きっとネズミだろう。沖縄のネズミも見てみたいがきっと大きいに違いない。何度か壁をドンドンと叩くと静かになった。ネズミさんの驚いたようすが想像できる。昔は普通の家でもネズミと共存していることがあったよなぁ。変なところで感慨深くなった
E水曜日行動
2015/12/08(火)  
・ベテランの船長と若いスタッフ。船長はあごひげが似合い芸術的なお顔の人だ。カメラマンだという。海での海上保安庁の職員への呼びかけは素晴らしい。「君たちの本来の仕事に戻りなさい!」抗議船が移動するとそれにピタリとついてくる。黒の制服サングラスの海上保安庁職員が悪人に見える。突風がふき私の帽子が海中に飛ばされた。自分の責任だからしょうがないと諦めたが、若いスタッフが「わざわざ応援に来てくれた人が大事なものを失っては申し訳ない。」といって船を急旋回してまだプカリプカリと浮かぶ帽子を引き上げてくれた。この優しい心遣い応援を続けなければと思った。
・今日は大浦湾での抗議行動に参加することになった。
・ゲート前では昨日と同じように機動隊員との小競り合いが続いていた。
・今日はゲート前だけでなく、途中の交差点で工事車両の動きをストップさせる作戦に参加した。車の陰に隠れ車両が現れたら出て行って車の前に立ちはだかる。車両の運転手もあきらめたようにストップさせる。そして警察機動隊の一部が駆けつけたら終了。あらゆる抵抗を駆使しようと考えているようだ。
D船で大浦湾へ   その他
2015/12/07(月)
・緒方さんはいつも焼酎を用意している。私もビールがなくなり勧められて飲んだ。気持ちよい出会いに酔いしれて「私の歌を聴いて下さい。」ギターを取り出し譜面も見ないで歌った。歌の合間に歌の話そしてそれにつながる話、歌を通して一対一で心を交わし合う。酔っぱらった勢いもあるけれどこんな楽しい経験は初めてだ。「菊池さん熊本でも歌ってよ!いい歌だ。」と褒めてくれた。
・夜 緒方さんと飲んだ。話は尽きない、漁師であり水俣病での障害をもち父親を水俣病で亡くされている。自分は新聞の報道でしか水俣病を知らなかったが緒方さんを通して今現代に通じる水俣病患者の闘いの歴史を直接知ることが出来た。今も漁師の仕事をしている是非熊本にきてくださいと言われた。
・辺野古キャンプ・シュアブだけでない座り込み現場があった。地元の浦島さんと鈴木さんが私たちを案内してくれた。大分の平野さんが帰路についた。
・私はできる限り接近し事実を写真におさめることに専念した。出きるだけ多くの顔を撮りたかった。するといきなり背後から二人がかりで機動隊員から両腕を押さえられ実力で連行された。装甲車に入れられるのかと抵抗を試みたが隊員の力は強い。どこに連れていくのかわからなかったが、機動隊の車両二台と基地の塀と鉄柵で囲われた仮の「留置場」だった。出ようとすると10人くらいの機動隊員が出口を固め出ることが出来なかった。工事車両が基地内に入るまで拘束された。人生で初めてだ実力で自由を奪われたこと。
・まだ暗い中遠くに警察の装甲車の赤ランプが点滅しながら近づいてくる。初めての私はどんな動きになるか予想もしなかった。リーダーが「皆さん無理をしないで、力を入れて抵抗すると怪我します。体重を預けてください重くなります(笑)」機動隊員が白い棒を振りかざしている隊長の号令で座り込む人の前に整列した。座り込みの老練なリーダーが、機動隊員(皆若い)一人一人の顔に近づき君たちのやっていることは違法行為だ、手荒なまねをしたら駄目だ。と語りかける。」 
・まだ暗い。ゲート前には駐車スペースもあるが市民に迷惑にならないように少し離れた駐車場に集まりそこから送迎の車がピストンで現場に行くという。本当にこんな早くから集まるのかなぁと思った。もうすでに多くの車が来ている。その緊迫感が伝わってくる。これを毎日やっているのか!知事を先頭に「海の破壊を止めてくれ」というのに毎日早朝から大型の工事関係車両が車列を整えてゲート前にやってくる。それを1分でも1秒でも動きを止めることがこのゲート前の抗議行動だった。
・今日は早朝6時起床。緒方さんと同じ部屋だった。「菊池さん時間だよ」から始まった。何度もゲート前の抗議行動に参加している鈴木さんから注意があった「機動隊は手荒いから眼鏡は外した方がいい。」「私たちは慣れているから菊池さんは隊列に入らないで、写真を撮って皆に知らせて。」
・人と出会い一緒に飲み食事をすることは有り難いしうれしい。今回偶然に民宿「てるや」での出会いは本当にうれしかった。とにかく人の話をよく聞き何にでも興味を示す知的な会話が飛び交っている。後から知ったことだけれどそれなりの人達だった。緒方正人さん(漁師・水俣本願の会・熊本)著書が最近アマゾンで中古なのに6千円以上の値が付いている。講演活動を続けてる。浦島悦子さん(フリーランスライター・名護市在住)多くの著書があり今年の10月に「みるく世や やがて」という本を出版している。鈴木雅子さん(北限のジュゴンを見守る会代表・名護市在住)私と同じ年齢。平野美和子さん(由布院「いのちを問う」実行委員会代表・大分)そして吉本宏樹さん(名護市在住)寡黙だけど皆の言葉に頷きながら聞いている。
そしてその人達の思いは一つだった「美しい海、大浦湾の破壊を許さない」「新基地建設に反対」私は活動豊富な人々の話に頷きながらこの人達と行動を共にすることを決めた。
・一人旅はやはり寂しい。特に食事のときとか、夫婦連れを見ると目を避けてしまう。店に入ると「何名様ですか?」と聞かれる。「お一人様ですよ。お一人様にいい一番の席をお願いします!お一人様を大事にするお店は繁盛しますよ。」などと余計なことまで言ってしまう。でもそれをちゃんと受け止めてくれて、一端案内した席を変えてくれるお店もある。暖かい心づかいがうれしい。でもそれも半分冗談のつもりなのだけれど!

Chttps://youtu.be/kDj6wdk1dmg 
2015/12/6(日) 
・NAHAマラソン完走祝いを一人ででもやりたい!早く宿に着きたい!やっと民宿「てるや」に着いた。そこで玄関を入ると5人の人たちが宴たけなわの状態だった。「こんばんわ」のご挨拶程度で部屋に引きこもろうと思ったけれどなかなかいい雰囲気で、荷物の整理もままならないまま、「私も一緒に飲んでいいですか。」と言ってしまった。「NAHAマラソン完走してきました!」というだけで皆さんが話をよく聞いてくれました。一人で完走祝をするつもりが、熊本からの男性著名人、大分からの女性そして地元の著名人女性二人、地元の私たちより若い男性の五人の人達とすることができました。そして初めましての人達と明日の行動へとつながったのです。
・民宿「てるや」 (一泊3千円)に向かう。ナビを設定し高速を使い1時間30分かかる。食事も途中でしなければならない。フルマラソン完走後だけれどまだ緊張しているせいか集中力は切れていない。
・この後は辺野古へ移動しなければならない。昨年は隣り合わせにレンタカーがありスムーズに次の宿泊施設へ移動できたけれども、なくなっていて、工事中だった。タクシーでレンタカー営業所まで行かなければならない。大雨が続きユースホステルへの迎いのタクシーがみな満車で使えない。さぁー困った!レンタカー営業所に連絡、こちらまで向かいに来てくれないか相談した。来てくれた!
・NAHAマラソンは大雨でランニング後にそこらここらである完走乾杯!の宴会ができないくらいの激しい雨となった。友人をゴール後の出口で待ったけれども会えなかった。そのお陰で最後のランナーがゴールに出てくるまで、多くのランナーのゴール後を見ることができた。自分が走ったらおしまいでなく、最後のランナーがゴールして終了なのだ。土砂降りのなかゴールした人たちは皆いい顔していた。きっと普通の天気よりずっと達成感があったのではないか。
・記録が追いつかない!でも濃密な記録を少しずつ書いていきます。(12/9)

・怒濤の4日が始まる!激しい雨風のNAHAマラソンを完走!そしてレンタカーで辺野古民宿「てるや」に向かったのはもう真っ暗。6時を過ぎていた。
BNAHAマラソン当日
2015/12/5(土) 
・OneDrive YouTubeを利用すればこんなことができると感心しながらその機能を使いこなそうと旅に出るたびに学んできました。今回はYouTubeを使いこなせるようにしたいな。
・昼食は回転寿司、国際通りの近くに自分が今まで食した回転寿司の中で一番感じのよいお店を見つけた。ランチ定食を用意して品のよい出し方をしてくれた。NAHAマラソン前日のおきまりのコースになりそうだ。お昼をしっかり食べたから夕食はコンビニでおにぎり、カップラーメンを買いユースのミーティングルームで食べた。これも誰もいなくて食後は自分のコンピュータルームになっている。明日NAHAマラソンを楽しむ準備完了といっていい。現在7:44。
・同室のランナー 渡辺さん66歳福岡出身トライアスロンをやるランナー記録は自分より少し上。山崎さん52歳松戸市出身血圧が高いんですともう友達のような会話が始まっている。ギターにも興味を示す。自分の一人旅にあった施設だ。
・NAHAマラソン参加の人が続々と詰めかけて、昨日とは違って一気にNAHAマラソンの雰囲気が盛り上がってきた。自分は移動の日。旭橋東横インもNAHAマラソンに絶好の地だけれども、それよりも素晴らしい条件の宿泊施設がある。昨年初めて知った
沖縄国際ユースホステルだ。私のスタートゾーンDまで歩いて5分くらい。ギリギリまで体調を整えてスタートラインに立つことができる。スタッフも親切で雰囲気がよい!

ANAHAマラソン前日 その他
2015/12/4(金)
・第1回目の画像転送。旭橋東横インのWIFIは閲覧はストレスなくできるのにこちらからの転送ができなくなっている。持参の携帯ルータが力を発揮してくれた。
・久しぶりの羽田空港国内線、WIFIが3時間まで無料。手荷物預かりが一部自動になっていた。そちらを使てくださいの係員の声。慣れないものは避けたい心情だがやってみた。横に係員がついてくれたけど、よくできている!これでは笑顔のチェックインカウンターにいる女性達がいなくなってしまうのも時間の問題か。 
・ほぼ4時起床。 前回タクシーが呼び出しても来なくて冷や汗の経験から今回は前日から「5:30にお出迎え」を予約。5:46取手発にゆとりで乗れた。
・荷物は4点。スーツケース11.7kgサブバック4.8kgウエストポーチ(貴重品入れ)1.2kgギター(頑丈ケース)5.1kg 海外旅行に比べれば準備も気が楽だけれど最後まで忘れ物チェックで右往左往。旅行するということは本当に人間のいろんな機能が試される。今回は宿泊施設5箇所の予約、フライト、レンタカー等事前の準備もあった。ただ日本国内だからずっと気が楽だ。この準備がまたワクワクするのだ。
@たびたち那覇へ
2015/12/3(木)
・新聞配達停止の依頼
・弟と久しぶり夕食をともにした。有り難かった。仏壇に向かって「行ってきまーす。」だけでは寂しい。いよいよ明日旅立ちだ。・ MOVICS柏のは「シネマ歌舞伎ヤマトタケル」(梅原猛作、市川猿之助が出演した歌舞伎の舞台「ヤマトタケル」を映像化し劇場で上映)。これをゆとりで見るために旅行の準備、片づけを頑張った。弟と一緒にゆったりと見ることができた。4時間にわたる映像と歌舞伎役者市川猿之助の迫真の演技とその創造的内容だけれど自分の現実と重なるものがあり、じわっとした感動がこみ上げてきた。

2015/12/2(水)
久しぶりの滞在旅行だ。 とにかく準備も今から開始。昨年の記録を読むところから始める
 0回NAHAマラソンとヤンバルクイナと辺野古の旅
     2014(平成26)年12月4日(木)〜12日(金) 
・昨年に続いての沖縄。ヤンバルクイナに代表されるここにだけしかいないという生き物がいる。美ら海水族館での海の生き物たちも豊かだけれど陸にも多くの生き物たちがいる。そしてやさしい沖縄の人とのふれあいと食べ物は多くの人を「また来るね!」というきにさせる。あの広大な米軍基地がなくなれば,沖縄はハワイより魅力的な島になるだろう。 
2014/12/12(金) 東京へ
・ギターも入れて4個の荷物を持ちタクシーを使わずバスで自宅へ。(エライ!)「ただいまぁ!」「シーン」これが寂しいよなぁ。無事に帰ることができた!仏壇に語りかけた。
・空気がヒヤリ!肌が緊張するようだ。さあ!また普通の生活にもどらなければならない。
・レンタカーを無事返して那覇空港には8時ころ到着。フライトは10時10分でゆとりだ。そうしたら「使用機到着遅れのため出発が遅れます。」というメールが入る。えーっ!11時45分に変更だという。搭乗口も変更。その後何度もメールが入る。そして変更のアナウンスも何度も流れる。4回目のメールで12:00発に変更。こんなこともあるのだ。安全第一に考えてのことだと思うから乗客もしょうがないなぁということか。でもビジネスとか,羽田乗り継ぎの人などきが気でないだろう。しかし羽田に到着すると乗り継ぎの人たちへの案内もしっかりやっていた。
・昨晩宿泊費の清算をしてあとは旅立つばかり。5時起床5時31分出発できた。おばさんももう起きていて「気を付けておかえり。」と送ってくれた。真っ暗な58号線を南下,高速をでたら急に車の量が増えた。早めに出てよかった。
2014/12/11(木)
・明日は早朝5時30分に出発だ。最後気を引きしめていこう。
・今日の夕食は家族連れと一緒。若いハーフのお父さんと美人の奥さんとまだ幼児の娘さん二人。可愛いなぁ。家族で旅行した幸せな時間を思い出した。夫婦は子供の世話をしながら私と交流。知的な雰囲気を感じた。娘さんも落ち着いている。英語を日常用語にしているという。可愛い幼児英語を聞くことができた。私の英語も幼児英語に近いと思った。ガクっ!
・マングローブ林を歩く!「東村ふれあいヒルギ公園」双眼鏡でじっくり観察。オヒルギ,メヒルギ,ヤエヤマヒルギを目の当たりに見ることができた。沖縄は違う!亜熱帯の植物たちの生命力を感じた。こんなところでも生きているのか!
・海岸線に沿って5km走り戻る。途中土砂崩れ復旧の工事中箇所があった。赤っぽい土が見えていた。
・最後の1日を迎えた。いつものように朝のランニングスタート時点ではほとんど雨なしだったが,スタートして間もなく雨が本降りでびしょ濡れ。しかし気持ちがよい。体を冷やすさめざめとした雨ではない。東京では寒い日が続いているという。暖かいことは,体にとってありがたい。
アルバム東村ふれあいヒルギ公園
2014/12/10(水)
夕食時,私より若いひと3人と出会った。よく話を聞いてくれた。ランニングの話から政治の話しまで。やはり政治の話しになるとその人の生き方考えかたが出てくるので違ってくると雰囲気は重ぐるしくなる。しかし新鮮だった。強固に自分の思いを持っている人に話を聞いてもらうにはどうすればよいか。刺激的な会話になる。趣味や遊びの話をしていればハッピーなのだが,若い人にはできる限り自分の考えを率直に述べたいと思う。
比地大滝観光,本島最大の滝,豊富な水量に恵まれ落差25m。入場時間3時まで。3時を過ぎていたが入れてくれた。お客さんは私を入れて5人くらい。滝にたどり着くまで約40分。長い階段がいくつもあり汗びっしょりになる。すごいトレーニングになった。一人では怖いぐらいの滝までの道のり。途中台風による土砂崩れの現場もあった。赤い土と露わになった根っこが痛々しい。
・ウフギー自然観(環境省やんばる野生生物保護センター)訪問,充実した展示と映像。ヤンバルクイナの生態を詳しく知ることができた。
・朝起きてランニングが日課になり生活のリズムができてきた。民宿のおばさんもよくしてくれる。「おばさん,帰りました!」というといつもの朝食場所と違ったところへ案内してくれた。なんとこたつまで準備して庭の美しいハスを見ながらの朝食。何というおもてなしだ。
アルバム2014.12.10ウフギー自然観察公園と滝
2014/12/09(火)
・久しぶりにギターの練習。静かな中でいつもより良い響きにきこえる。
・54歳の旅人と出会った。レンタルの50ccバイクを利用してこの民宿に到着。広告関係の仕事をされているバリバリの現役だ。奥さんを6年前に亡くしている。寂しさを共有できる人との出会いだった。6年経ってもその悲しみは消えないという。私が「慣れるしかないのですかね。」と聞いたら,「なれることはないですね。」といわれた。奥さんの葬儀で二人で可愛がっていたペットの犬が霊柩車の後を追っていくのに驚いたという。犬は人と同じですね,ということだった。
・今回の旅の目的の一つ,普天間のアメリカ軍基地辺野古移設反対のために毎日座り込みをしているテントへの訪問。このままだと埋め立てられてしまう大浦湾を見てきた。反対活動をしている地元の人たちの説明を受けた。これは多くの人に知らさなければならないと思った。
ネオパークオキナワ(名護自然動植物園)の特徴:フラミンゴの湖,アマゾンのジャングル,ふれあい広場,オセアニアの花・鳥,国際種保存センター,自然博物情報館,沖縄軽便鉄道
・ヤンバルクイナにこだわる旅。今日はネオパークオキナワ(名護自然動植物園)でヤンバルクイナの飼育繁殖にも取り組んでいるということで訪問した。ところがヤンバルクイナは9月以降そこから他の施設に移動したということでした。専門の獣医がいなくなり飼育できなくなったという。貴重な動物でしっかりと育てていく条件がないと飼育できないらしい。しかしヤンバルクイナに会えなかったけれども,今まで見たこともない動物植物に出会えた。時も忘れて見入ってしまった。修学旅行生とバッティングしたけれど素晴らしい動物たち出会えた。また訪問したい!
・国頭森林公園をはしる。静寂神秘な場所にしばし佇んだ。
アルバム2014.12.09ネオパークオキナワと辺野古大浦湾
2014/12/08(月)
・民宿はいい 沖縄料理。おばさんといろいろお話する。うれしいことにおばさんはマラソンを見ることが大好きだという。私がNAHAマラソンを走ったというだけで通じるものがあった。「てーげ」でいいからという。いいかげんでいいという意味らしい。朝のランニング後の朝食もいつでも声かけたら出してくれる。
・朝7kmラン・
ヤンバルクイナ生態展示学習施設でヤンバルクイナ「キョンキョン」に会えた!
アルバムヤンバルクイナ生態展示
2014/12/07(日)
・新たな出会い、若いアリの収集家?研究家? 話が弾む。
移動ヤンバルクイナの村へ,ヤンバルクイナ荘にチェックイン
・レンタカー ホンダFi t 快適な乗り心地。
停車時に自動でエンジン停止,そしてスムースな再スタートは初めての「経験だった。
アルバム第30回NAHAマラソン 
2014/12/06(土) 
・71歳の一人旅の男性と出会う。「一人で寂しくないですか。」と質問したら「寂しくない、一人のがいい。」と言った。「いつも子供なような気持ち」を心がけているという。神社仏閣訪問、山登り、「海外旅行はもういい。日本が一番。」等「旅の達人」の話は面白かった。鉄道の利用、宿の利用などできるだけ安くあげることが「贅沢な旅」だという。なるほど。話がたくさんあることはいいことだが、やはり私の話は少ししか聞いてくれなかった。
・急遽ゲストハウスをキャンセル、安くて好立地の宿に空きがあった。大浴場もあり助かった。これで明日スタートラインに立つまでのいくつかのハードルをクリアできた。ナンバーD3029だ。頑張ろうという気持ちになっている。wifiも好調だ。
・本当はスタートライン近くの旭橋の近くの比較的安いホテルに連泊したいのだけれどここは、NAHAマラソンのために土日はすぐに満室になってしまう。私が手配した時はもうすでに満室。これより安い宿といったらゲストハウス。昨年お世話になったところに移動だ。
・10時チェックアウトだがNAHAマラソン受付13時まで時間がありロビーでユックリした。主催者の一つである沖縄タイムズ紙の今日の一面「仲井真知事が承認」に、2ページぶち抜きの「知事承認雲隠れ、県民あきれ憤り」の大見出しが目に飛び込んできた。地方新聞は大変興味深い、地元の情報、思いを知るために必ず見ることにしている。
2014/12/05(金)
330号線、ゆいレールに詳しくなってきた。ゆいレールの24時間乗車券(700円)は日にちを超えて使えるのでありがたい。
・寄り道ラン、旭橋付近スタート-泉崎交差点-那覇市役所前-国際通り-安里三差路-330号線-おもろまち駅-沖縄県立博物館・美術館-新都心公園-古島駅-浦添まなびばおきなわ-我如古交差点-中部商業高校-琉球大学17km 帰路浦添大公園展望台-陸上競技場‐奥武山公園‐那覇空港21km 
アルバム2014.12.05琉球大学・那覇空港38kmラン
2014/12/04(木)
琉球王国のお菓子を茶室で食べる。普段は込み合う場所だという。私一人。落ち着いた場所で説明を聞くことがだきた。美味しかった。
花ぼうる、くんべん、ちいるんこう、ちんすこうとさんぴん茶。
首里城へ、子供がまだ小さいとき家族で訪問したけれど短時間。妻とまた行きたい場所だった。書・絵・陶器など彼女の話を聞きたかった。
・沖縄を歩く楽しみはいろんなシーサーに出会えることだ。
・空はどんより、少しランニングと思ったけれどやめた。昼食をしっかりと食べたので歩きの観光にきりかえることにした。
・沖縄は雨、ANA467は安定した飛行で着陸した。高校の修学旅行生、中高年のツアーグループが多くほぼ満席だ。飛行機から出ると「温かい空気」が出迎えてくれた。これだから沖縄はありがたい。到着ロビーでの団体さんをしり目にゆいレール乗り場に向かった。団体さんが列をなしてバスの駐車場に移動していた。昨年は11月から滞在してた。
アルバム2014.12.04沖縄へ
 私にとって沖縄は娘が琉球大学に入学(2006年平成18年4月)してから特別な地域になりました。ことあるごとに行きました。妻との楽しい旅行でもありました。NAHAマラソンを走り出したのもこのときです。そして妻が亡くなった今は涙が出るほど思い出がたくさんある沖縄です。今回初めてNAHAマラソンだけでない長期滞在を試みました。
 2013(平成25)年11月25日(月)〜12月6日(金)
   
2013/12/06(金)明日12:55NAHA空港を発ちます。今日は古宇利島にいった。瀬底島と同じ大きな橋を渡る。まずその島を一周ランニング。脇道に入りできるだけ島の一周を試みた。7q少し。沖縄の魅力が詰まっている。夫婦で畑仕事をしている人に「こんにちわ!」「あの橋の空気で元気になるよ。」住民が三百と少し。観光客もまだ少し。気持ちの良い時間が過ぎていく。古宇利大橋片道2q少し。立派,利根川大橋より大きくきれい。平成17年完成。
 頑張って買い物後,目の前の海洋博記念公園の全体を知りたくてゆっくりラン。美ら海水族館が有名だけれど,凄い公園だ。無料で楽しめる場所がたくさん。エメラルドビーチを始め熱帯植物,お花畑高低差もあり凄い階段とエレベーター。自分一人だけが階段だった。このコースならいくらでも走れそうだ。そしてゆっくり見学も楽しめる。これからリピートしたい場所を見つけることができた。沖縄一人旅次につながる旅となった。老夫婦が目につく。
アルバム 2013.12.06小宇利島巡り
2013/12/05(木)今日であった言葉「大切な人の死は辛いものですが、貴方の中にたくさんの励ましを残してくれています」、「ありがとうが私に力をくれました」身に沁みます。今沖縄にいて一人での寂しさと亡き妻との思い出が自分を突き動かしているのを感じます。海の見えるきれいなマンションで「きれいだね。」と感動を共有できない寂しさと静かさは自分で乗り越えていくしかない。大声で歌とギターを響かせている。
アルバム2013.12.05滞在生活
2013/12/04(水)昨日から「けらま」とは違った環境。マンションの一室。オーナーが別荘として使っているのを,使わないときに貸して料金をとるというものだ。イヤハヤ家具なども自分の今の生活よりランクが上の物がそろっている。確かに空き家にしておくのはもったいない。案内人にこの物件で「いくらぐらいするの?」「○○○です。」「へぇー」そこで会話はおしまい。
○食料を買 い込んで食べられるのがうれしい。そうそう室内はTシャツ。快適。
アルバム 2013.12.01-04NAHAから本部
2013/12/02(月)フリースクール「まなびばおきなわ訪問。貴重な出会いであった。今回沖縄訪問での一番の「収穫」でした。大事にしたい。 
アルバム2013.12.01NAHAマラソン
2013/11/29(金)足の疲労は少しづつ回復している感じ。後はできるだけ良い食事と自分が欲するものを食べている。今日の夕食はラーメンと餃子とビール。こんなにじっくりとマラソンの前を過ごしたことはない。
アルバム2013.11.28まなびばおきなわ探し
2013/11/27 (水)19:04
 44qを走り抜いた。ゲストハウスけらま(泊まり港の近く)から琉球大学へ向かう。58号線をひたすら北へ,途中アメリカ海兵隊の基地のフェンスに沿って走る。一番良い土地をたっぷりと確保している。
2013年11月25日(月)NAHA空港に着いたときもう暗かった。今回のフライトの飛行機は話題の787機でした。天気はあまり良くなかったけれど安定した飛行でした。
アルバム2013.11.25-27沖縄泊まり港けらま