鹿児島ハリストス正教会

(初致命者 聖使徒 聖大イアコフ聖堂)

所在地
〶892-0848 鹿児島市平之町12-39
           鹿児島ハリストス正教会
          電話Faxはありますが、不在時には、だれも応答しません。
           

12-39,Hirano-Cho,Kagoshima,892-0848

略歴
 1878(明治11)年開教。明治10年の西南戦争後、キリスト教諸派に先駆け
て、1878年1月、イイスス正教会として鹿児島に創立しました。
 初代司祭は、聖ニコライの弟子、司祭イアコフ高屋仲神父様。その後、2度、
火災で聖堂等を焼失。3度目は第2次世界大戦時の昭和20年の大空襲。
 そのあと、長司祭イオアン大木竹次郎神父様はじめ信徒の努力があり、
1957(昭和32)年6月、大主教イリネイ師により、現聖堂が成聖されました。
 築後45年目に、全面的な修復・改修工事が行われ、2002年(平成14)年
10月、宮城県仙台市のセラフィム辻永主教座下をお招きし、成聖祈祷が行わ
れました。
 鹿児島聖堂は、イイススの12弟子(聖使徒)の1人、初めての致命者(ちめ
いしゃ、殉教者)聖大イアコフ(ヤコブ)を記念する聖堂です。スペインの守護
聖人として有名です。スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」は、星降
る野原の地 聖イアコフの町への巡礼街道として世界中の人を誘っています。

交通案内
 溝辺鹿児島空港から、九州高速道を利用し、車で約1時間。鹿児島北ICから
 車で約20分。JR鹿児島中央駅、天文館から車で数分。
 国道沿い、平田橋から東へ200m(照国神社・中央公園から西へ約1km)。
 市バス26番線、中之平バス停前。

定例会は毎月第1主日(日曜日) 朝10時からです
  これは原則です。変更することもありますので、必ず日時をご確認の上、
いらっしゃってください。

世界初「露日辞典」を編纂した薩摩の少年ゴンザ
 1727年、薩摩から船荷を満載した船が出港。しかし大嵐に遭い、6か月余
の漂流後、目的地の大阪とはまったく異なるシベリアに漂着しました。
 乗組員15人は、現地に駐在したコサックらに殺害され、積荷も略奪されまし
た。生き残った2人は、ロシア帝国の首都サンクト・ペテルブルグに送致され、
エカテリーナ女帝と謁見しました。1734年10月、ゴンザはダミアン、ソウザは
コスマの聖名で洗礼を受けました。ゴンザは『新スラブ日本語辞典』等の著作
で知られています。ゴンザは薩摩方言を駆使し、日本を紹介しました。
      サカシカ ワラベナンド     元気な 子どもたちよ
      キャイ ナレヤイ         来なさい 習いなさい
      フルカドン ニカテ        古いが 新しい
      キェイナ サツマンコトバ    優美な 薩摩の言葉を
      ソシチェ               そして
      ディクナ フテ ナイヤイ     利口な人になりなさい
  *参考図書  田頭壽雄『漂流民ゴンザ』かごしま文庫47、春苑堂出版 

最後のロシア皇帝ニコライⅡ世
 1891(明治24)年ロシア皇太子ニコライが、軍艦アロー号から鹿児島に上
陸し、県知事を表敬訪問した際、突然、皇太子が人力車から降り、高屋神父
の前にひざまずき、祝福を願ったという風聞(うわさ)が広まりました。
 そのあとの大津事件、日露戦争、そしてロシア革命で非業の最期をとげた、
皇帝ニコライⅡ世の青春の一景(ひとこま)が鹿児島にありました。

ロシア文学者 昇曙夢
 昇曙夢(1878~1958、のぼりしょむ、直隆)は奄美大島出身、高屋神父
から洗礼を受け、正教神学校を卒業。日本で最初のロシア文学研究者として
知られています。主著に『ロシヤ・ソヴェート文学史』など。
 *参考図書 和田芳英『ロシア文学者 昇曙夢 芥川龍之介論考』和泉書院 

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